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第17話 低層ステーション

ー/ー



 メンテナンス用エレベーターのドアが閉まると、俺たちを乗せた箱は静かに、しかし確かな速度で上昇を始めた。ガシュレーとジン、そしてイージス・セキュリティの仲間たちを残し、向かう先は軌道エレベーターの低層階層。そこには、ローウェル・ケインと、奪われたエイダの胴体が待っているはずだ。

 エレベータの中は、駆動音以外は静かだった。俺は、リュックサックに入れたエイダの頭部を胸に抱き、壁に寄りかかる。イリスは、その隣にそっと腰を下ろした。
「ザック、さっきはありがとう」彼女は、少し顔を赤らめつつ、礼を言った。「あなたの勘には、助けてもらってばっかりだわ」

 その心からの言葉に、俺も照れくさくなった。
「いやぁ、昔から勘は良い方でさ。ジャンク屋なんてヤクザな商売で生き残ってこれたのも、この勘あってのものだよ」

「そういえば……」俺は、ずっと気になっていたことを尋ねた。「なんでイリスは地球再生局に入ったんだ? 何か事情があったみたいだが」
 俺の問いに、イリスは少しだけ遠い目をして、静かな駆動音だけが響くエレベーターの中で、ぽつりぽつりと語り始めた。その声は、いつもより少しだけ低く、抑揚がなかった。
「……私は古い鉱山町、レッドウォーター・クリークというところに生まれたの。少し汚染の影響が強いところで、原因不明の病に苦しんでいる人が多かったわ。十五歳だったかな、親友が『遺物』に触れて、それが爆発したの。それも、私の眼の前で……」
 彼女の視線は、エレベーターの冷たい壁の、何もない一点を見つめていた。

「親友はそれで亡くなって、私はしばらく塞ぎこんでいたわ。それから一ヵ月くらいして、この事故のために地球再生局の調査チームが来たの。私はできる限りその調査に協力したわ。それで、そのリーダーに言われたの。『君、このままこんな町で埋もれていていいのか? 君のその知識と覚悟があれば、もっと多くの人を救えるかもしれんぞ』って……。それで、地球再生局のエージェントになることを決意したの」

「そうか……。イリスも、大切な人をなくしてたんだな……」
 俺の言葉に、彼女は静かに頷いた。俺たちは、違う場所で、だけど同じように、この世界の理不尽さに傷つけられてきたのかもしれない。
 そんな俺たちのやり取りを邪魔しないように、マダム・プラムはわざとらしく壁の方を向いて、寝たふりをしていた。

 やがて、エレベータが静かに停止し、俺たちは目的の階層に到着した。
「ここが低層階層のステーションがあるあたりか。ということは、もう地上から数百キロメートルの高さなんだろ? まだ普通に重力があるんだな」俺はイリスに聞いてみた。
「ええ、まだこの程度の高度だと、ほとんど地上と変わらない程度の重力があるわ」

 イリスがそう答えた、その瞬間だった。
 エレベータ内の案内表示用モニターが、突然ノイズと共に砂嵐に切り替わった。そして、あの嫌味な男、ローウェル・ケインの顔が、大写しになったのだ。彼は、どこかの司令室のような場所から、余裕の笑みを浮かべてこちらを見ている。

『ようこそ我がチャンネルへ。この映像は複数の配信サービス、そして電波を通じて、今この瞬間、世界中で見ることができる。私はローウェル・ケイン。直に世界の支配者になる者だ。さて、今この映像を見てくれている者達に、我が支配の始まりを告げる、特別なショーをご覧に入れよう』

 モニターの映像が切り替わり、宇宙から見た地球と、低軌道上にあるデブリ除去用の大型作業ステーションが映し出される。
『君たち旧人類が、宇宙に撒き散らしたゴミ……。実に嘆かわしい。だが、見方を変えれば、これもまた力だ。私がそれを証明してやろう』
 ローウェルの合図で、ステーションのアームが巨大な金属塊のデブリを捕獲し、電磁カタパルトで射出するシーケンスが開始された!

 俺たちがなすすべもなく見つめる中、デブリはオレンジ色の灼熱の火球となって大気圏を落下し、モニターに映し出された青い太平洋上の無人環礁に、音もなく着弾した。次の瞬間、巨大な白い水柱が、まるで天を突くかのように噴き上がり、巨大な衝撃波が同心円状に広がっていくのが見える。小規模ながらも、明確な津波が発生しているのが分かった。ステーション全体が、その遠い衝撃の余波で、ゴトゴトと不気味な揺れを立てた。イリスが息をのみ、俺もその圧倒的な破壊力を前に、背筋が凍るのを感じた。

『見ているかね、地球連邦の愚か者共よ! そして、AIの研究を閉ざした全ての者たちよ! 君たちが恐怖から目を背け、封印した扉を、今、私がこじ開ける! これが、AIによって最適化された、人類の真の進歩だ!』再びローウェルの顔が映る。
『そして、次はこの力で、君たちの信じる非合理な世界を浄化してやろう』

 彼はそう言うと、一方的に通信を切った。モニターは再びステーションの案内表示に戻る。エレベータのドアが、静かに開いた。
 俺たちは、ローウェルの圧倒的な力と狂気を目の当たりにし、戦慄していた。だが、同時に、奴を止めなければならないという決意が、怒りと共に込み上げてくる。

 俺たちは、ステーションの入り口へと向かった。
 案の定、通路の角から、犬型のドローンが三体、待ち伏せするように姿を現した!
「来たわね!」
 壁を背にしたイリスとプラムの銃撃が火を噴く! 二人の正確な射撃の前に、ドローンは反撃する間もなく、次々と破壊され、火花を散らして沈黙した。

 警戒しながらステーションに入っていくと、備え付けのスピーカーから、ローウェル・ケインの嫌味な声がした。
『思ったよりも速かったな。しかも三人も。ブラックアウトの役立たずが』
 俺は、声がした方向、天井近くにある監視カメラを見つけ、銃を撃って破壊した。
 だが、すぐに別のスピーカーから声がした。
『おや、マダム・プラム。あなたもご一緒でしたか。またこちらに付きませんか? その二人を倒してくれれば、十分な礼はしますよ』
 プラムは一瞬、視線を彷徨わせたが、イリスの銃口が真っ直ぐに自分を狙っているのに気付き、慌てて言った。
「じょ、冗談じゃないわよ! 他人を舐めるのも大概にしなさい! 私はアンタをブチのめすためにここまで来たのよ!」
 なおも警戒を解かないイリスに向けて、彼女は続ける。
「や、やだぁ、イリスちゃん。いくらアタシでも、この状況で裏切らないわよ。本当よ!」
「まぁ、良いわ」イリスは、ため息をついて銃を下ろした。

「カメラで監視してるってことはだ」俺はイリスに言った。「何か管制室のような部屋が、近くにあるってことだよな?」
「そうね。多分、あっちの宇宙港の方だと思うわ」

 イリスが指さす方向へ向かって、俺たちは息を殺しながら進んでいく。ローウェルの声は、もう聞こえない。だが、奴がこの先のどこかで見ていることは間違いなかった。
 少し進むと、壁にビッシリと古い落書きがあるのを見つけた。
「PEACE」「NO MORE WAR」「家に帰りたい」「もう誰も死なないで」「お父さん、会いたいよ - エミリー」……。
「軌道戦争時代のものか……」俺は、感慨深げに言った。
「そうね……」
 胸が締め付けられるような思いで、俺たちはその壁を通り過ぎた。

 やがて通路を抜けると、空気がひやりと変わり、広々とした空間に出た。
「ここが……宇宙港か」俺は、思わず呟いた。
 天井は、ビルの2フロア分はありそうなほど高く、巨大な円筒状の空間の壁面の中央には、宇宙船やモジュールを接続するための与圧結合アダプタが巨大な口を開けている。空間の中央には、何本もの巨大なアームや、荷物を固定するための電磁クランプが、まるで巨人の肋骨のように天井から吊り下がっていた。床には、コンテナを移動させるためのガイドレールが幾何学模様を描いている。

 ここは、軌道戦争時代、宇宙と、このステーションを結ぶ、急ごしらえの物流ハブだったのだろう。そして、おそらくは多くの人々が、ここから地上へ、あるいは宇宙へと避難していったに違いない。

「敵は俺たちのことをカメラで監視してるはずだ。そろそろ仕掛けてきてもおかしくない」
「……いい勘をしているね」
 背後から、ねっとりとした声がした。ローウェルだ! そう認識した瞬間、俺のすぐ真横で、乾いた発射音が響いた。
 考えるより先に、イリスが「ザック!」と叫びながら俺の身体を強く突き飛ばす。俺はバランスを崩して床に倒れ込み、その俺に覆いかぶさるように、イリスもまた倒れ込んできた。一瞬、何が起こったのか分からなかった。ただ、彼女のしなやかな身体の重みと、温かい何かが俺の首筋を濡らす感触だけがあった。彼女の、美しいアッシュカラーの髪の間から、信じられないほど鮮やかな赤い血が、ゆっくりと流れ出しているのが見えた。
「イリス!!!」
 俺の、生まれて初めて発したかもしれない、心の底からの絶叫が、だだっ広い宇宙港に響き渡った。



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 エレベータの中は、駆動音以外は静かだった。俺は、リュックサックに入れたエイダの頭部を胸に抱き、壁に寄りかかる。イリスは、その隣にそっと腰を下ろした。
「ザック、さっきはありがとう」彼女は、少し顔を赤らめつつ、礼を言った。「あなたの勘には、助けてもらってばっかりだわ」
 その心からの言葉に、俺も照れくさくなった。
「いやぁ、昔から勘は良い方でさ。ジャンク屋なんてヤクザな商売で生き残ってこれたのも、この勘あってのものだよ」
「そういえば……」俺は、ずっと気になっていたことを尋ねた。「なんでイリスは地球再生局に入ったんだ? 何か事情があったみたいだが」
 俺の問いに、イリスは少しだけ遠い目をして、静かな駆動音だけが響くエレベーターの中で、ぽつりぽつりと語り始めた。その声は、いつもより少しだけ低く、抑揚がなかった。
「……私は古い鉱山町、レッドウォーター・クリークというところに生まれたの。少し汚染の影響が強いところで、原因不明の病に苦しんでいる人が多かったわ。十五歳だったかな、親友が『遺物』に触れて、それが爆発したの。それも、私の眼の前で……」
 彼女の視線は、エレベーターの冷たい壁の、何もない一点を見つめていた。
「親友はそれで亡くなって、私はしばらく塞ぎこんでいたわ。それから一ヵ月くらいして、この事故のために地球再生局の調査チームが来たの。私はできる限りその調査に協力したわ。それで、そのリーダーに言われたの。『君、このままこんな町で埋もれていていいのか? 君のその知識と覚悟があれば、もっと多くの人を救えるかもしれんぞ』って……。それで、地球再生局のエージェントになることを決意したの」
「そうか……。イリスも、大切な人をなくしてたんだな……」
 俺の言葉に、彼女は静かに頷いた。俺たちは、違う場所で、だけど同じように、この世界の理不尽さに傷つけられてきたのかもしれない。
 そんな俺たちのやり取りを邪魔しないように、マダム・プラムはわざとらしく壁の方を向いて、寝たふりをしていた。
 やがて、エレベータが静かに停止し、俺たちは目的の階層に到着した。
「ここが低層階層のステーションがあるあたりか。ということは、もう地上から数百キロメートルの高さなんだろ? まだ普通に重力があるんだな」俺はイリスに聞いてみた。
「ええ、まだこの程度の高度だと、ほとんど地上と変わらない程度の重力があるわ」
 イリスがそう答えた、その瞬間だった。
 エレベータ内の案内表示用モニターが、突然ノイズと共に砂嵐に切り替わった。そして、あの嫌味な男、ローウェル・ケインの顔が、大写しになったのだ。彼は、どこかの司令室のような場所から、余裕の笑みを浮かべてこちらを見ている。
『ようこそ我がチャンネルへ。この映像は複数の配信サービス、そして電波を通じて、今この瞬間、世界中で見ることができる。私はローウェル・ケイン。直に世界の支配者になる者だ。さて、今この映像を見てくれている者達に、我が支配の始まりを告げる、特別なショーをご覧に入れよう』
 モニターの映像が切り替わり、宇宙から見た地球と、低軌道上にあるデブリ除去用の大型作業ステーションが映し出される。
『君たち旧人類が、宇宙に撒き散らしたゴミ……。実に嘆かわしい。だが、見方を変えれば、これもまた力だ。私がそれを証明してやろう』
 ローウェルの合図で、ステーションのアームが巨大な金属塊のデブリを捕獲し、電磁カタパルトで射出するシーケンスが開始された!
 俺たちがなすすべもなく見つめる中、デブリはオレンジ色の灼熱の火球となって大気圏を落下し、モニターに映し出された青い太平洋上の無人環礁に、音もなく着弾した。次の瞬間、巨大な白い水柱が、まるで天を突くかのように噴き上がり、巨大な衝撃波が同心円状に広がっていくのが見える。小規模ながらも、明確な津波が発生しているのが分かった。ステーション全体が、その遠い衝撃の余波で、ゴトゴトと不気味な揺れを立てた。イリスが息をのみ、俺もその圧倒的な破壊力を前に、背筋が凍るのを感じた。
『見ているかね、地球連邦の愚か者共よ! そして、AIの研究を閉ざした全ての者たちよ! 君たちが恐怖から目を背け、封印した扉を、今、私がこじ開ける! これが、AIによって最適化された、人類の真の進歩だ!』再びローウェルの顔が映る。
『そして、次はこの力で、君たちの信じる非合理な世界を浄化してやろう』
 彼はそう言うと、一方的に通信を切った。モニターは再びステーションの案内表示に戻る。エレベータのドアが、静かに開いた。
 俺たちは、ローウェルの圧倒的な力と狂気を目の当たりにし、戦慄していた。だが、同時に、奴を止めなければならないという決意が、怒りと共に込み上げてくる。
 俺たちは、ステーションの入り口へと向かった。
 案の定、通路の角から、犬型のドローンが三体、待ち伏せするように姿を現した!
「来たわね!」
 壁を背にしたイリスとプラムの銃撃が火を噴く! 二人の正確な射撃の前に、ドローンは反撃する間もなく、次々と破壊され、火花を散らして沈黙した。
 警戒しながらステーションに入っていくと、備え付けのスピーカーから、ローウェル・ケインの嫌味な声がした。
『思ったよりも速かったな。しかも三人も。ブラックアウトの役立たずが』
 俺は、声がした方向、天井近くにある監視カメラを見つけ、銃を撃って破壊した。
 だが、すぐに別のスピーカーから声がした。
『おや、マダム・プラム。あなたもご一緒でしたか。またこちらに付きませんか? その二人を倒してくれれば、十分な礼はしますよ』
 プラムは一瞬、視線を彷徨わせたが、イリスの銃口が真っ直ぐに自分を狙っているのに気付き、慌てて言った。
「じょ、冗談じゃないわよ! 他人を舐めるのも大概にしなさい! 私はアンタをブチのめすためにここまで来たのよ!」
 なおも警戒を解かないイリスに向けて、彼女は続ける。
「や、やだぁ、イリスちゃん。いくらアタシでも、この状況で裏切らないわよ。本当よ!」
「まぁ、良いわ」イリスは、ため息をついて銃を下ろした。
「カメラで監視してるってことはだ」俺はイリスに言った。「何か管制室のような部屋が、近くにあるってことだよな?」
「そうね。多分、あっちの宇宙港の方だと思うわ」
 イリスが指さす方向へ向かって、俺たちは息を殺しながら進んでいく。ローウェルの声は、もう聞こえない。だが、奴がこの先のどこかで見ていることは間違いなかった。
 少し進むと、壁にビッシリと古い落書きがあるのを見つけた。
「PEACE」「NO MORE WAR」「家に帰りたい」「もう誰も死なないで」「お父さん、会いたいよ - エミリー」……。
「軌道戦争時代のものか……」俺は、感慨深げに言った。
「そうね……」
 胸が締め付けられるような思いで、俺たちはその壁を通り過ぎた。
 やがて通路を抜けると、空気がひやりと変わり、広々とした空間に出た。
「ここが……宇宙港か」俺は、思わず呟いた。
 天井は、ビルの2フロア分はありそうなほど高く、巨大な円筒状の空間の壁面の中央には、宇宙船やモジュールを接続するための与圧結合アダプタが巨大な口を開けている。空間の中央には、何本もの巨大なアームや、荷物を固定するための電磁クランプが、まるで巨人の肋骨のように天井から吊り下がっていた。床には、コンテナを移動させるためのガイドレールが幾何学模様を描いている。
 ここは、軌道戦争時代、宇宙と、このステーションを結ぶ、急ごしらえの物流ハブだったのだろう。そして、おそらくは多くの人々が、ここから地上へ、あるいは宇宙へと避難していったに違いない。
「敵は俺たちのことをカメラで監視してるはずだ。そろそろ仕掛けてきてもおかしくない」
「……いい勘をしているね」
 背後から、ねっとりとした声がした。ローウェルだ! そう認識した瞬間、俺のすぐ真横で、乾いた発射音が響いた。
 考えるより先に、イリスが「ザック!」と叫びながら俺の身体を強く突き飛ばす。俺はバランスを崩して床に倒れ込み、その俺に覆いかぶさるように、イリスもまた倒れ込んできた。一瞬、何が起こったのか分からなかった。ただ、彼女のしなやかな身体の重みと、温かい何かが俺の首筋を濡らす感触だけがあった。彼女の、美しいアッシュカラーの髪の間から、信じられないほど鮮やかな赤い血が、ゆっくりと流れ出しているのが見えた。
「イリス!!!」
 俺の、生まれて初めて発したかもしれない、心の底からの絶叫が、だだっ広い宇宙港に響き渡った。