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第15話 軌道エレベーター

ー/ー



 イージス・セキュリティの野営地を後にしてから、一時間が経過していた。既に午後十時を回っていて、俺たちを乗せた新型のティルトローター機は夜の雲の上を滑るように、一路エクアドルの軌道エレベータへと向かっている。機内では、イリスが今回の協力者である少年エージェント、如月ジンに、これまでの経緯をかいつまんで説明していた。

「……そういうわけで、今はオムニテックとマダム・プラムに奪われたエイダの胴体を取り返すことが、私たちの当面の目的ね」
「うーん、大体わかったけどさ」ジンは、操縦桿を握りながら、気だるそうな声で質問してきた。「そのエイダの胴体が、もう敵の通信装置に使われてた場合はどうすんの?」

 その問いに答えたのは、俺の腕の中に抱えられたエイダの頭部ユニットだった。俺が繋いだポータブル電源で、彼女の意識ははっきりしている。
『……私の胴体が、すでに専用の通信装置に設置されていた場合、この頭部を胴体に再接続してください』エイダは、静かな、しかし確かな意志のこもった声で言った。
『……私が、直接ゼータ・プライムを止めるしか方法はありません』
 その言葉に、俺は嫌な予感がして尋ねた。
「なぁ、他に方法はないのか。お前自身を危険に晒す以外の方法が」
「……はい。ありません」
 エイダの覚悟を感じ、俺はぐっと言葉に詰まった。そして、決意を固めて頷く。
「……分かったよ。その時は、俺が必ずお前の頭を胴体に接続してやる」

 そのやり取りを聞いていたガシュレーが、腕を組みながら重々しく口を開き、状況をまとめた。
「ならば、作戦目標は二段階だ。エイダの胴体を取り返すのが第一目標。それが間に合わない場合は、ザックとエイダの頭部ユニットを守り、敵の通信装置まで送り届けるのが、第二目標となる。いいな!」
 その言葉に、機内にいた全員──俺、イリス、ジン、そしてガシュレーの部下であるイージス・セキュリティの傭兵たちが、一斉に力強く頷いた。

 しばらく進むとティルトローター機の窓から、信じられない光景が見えてきた。眼下に広がる雲海を、まるで白い槍のように貫き、その先端は遥か宇宙空間へと消えている。白く輝く、巨大な塔。軌道エレベーターだ。

「へぇー、壮観だな。本当に宇宙まで届いているんだな……」初めて間近で見る、その人工物のあまりのスケール感に、俺は思わず感想を漏らした。
「そうね、確かに壮観よね」隣に座っていたイリスが相槌を打つ。
「そういや軌道エレベータの中間階層って、なんだってそんなところに通信装置を設置したんだろうな?」

「以前、研修で中間階層にいったことがあるわ。確か、低軌道上、地上から数百キロメートルの高さのところに大規模なステーションがあるの。軌道戦争時代には、避難所として使われていたこともあって、今でも人が住めるようになっているはずよ」

「地表数百キロメートルって宇宙じゃねーか。宇宙服は着なくても平気なのか?」
「ええ、ステーション内にいる限りは普段着で構わないわ。ちゃんと与圧もされているし、重力もあるから」

「どうやって中間階層まで行くんだ?」
「軌道エレベーターには、内部に三基のメインエレベーターがあるけど、これは大型輸送用で運行時間が決まっているから、今回のように少人数で急ぐなら、メンテナンス用のエレベーターを乗り継いでいくことになると思うわ」
「そうか、なら連中が待ち伏せているかもしれないな」

「そうね。でも、純粋な戦闘ならまかせて。私もだけど、ジンくんは頼りになるわ」
「ああ、頼むよ。俺はエイダを守らなきゃな」

「そろそろ着陸するよ」ジンが操縦しながら、声をあげた。「武器は後方にあるラックから好きなのを適当に選んでくれ」
 イリスが、心配そうに俺に拳銃を手渡してきた。
「ザック、せめてこれだけでも持っていって」
「ああ、ありがとう。それより、リュックサックはないかな? エイダを入れておきたいんだ」
「あったと思うわ。取ってくるから少し待ってて」
 イリスが席を立った、その時だった。着陸態勢に入った機体が、大きく揺れた。
「きゃっ!」
 バランスを崩したイリスの身体を、俺は思わず抱きとめた。
「あっ、すまん」俺は、顔を赤らめて慌てて謝った。
「……いいえ、ありがとう」イリスも顔を赤らめ、小さな声で言うと、リュックサックを取りに後方へと向かった。

 ティルトローター機は軌道エレベーターの麓にある、小さなヘリポートに静かに着陸した。
「エイダ、すまないが一度電源を切る。次に目が覚めたときには、通信装置の前だと思う」
『……わかりました。ザック』
 俺はエイダの頭部を、イリスが持ってきてくれたリュックサックにそっと入れると、それを前にして大事に背負った。

 全員が武装を整え、外に出ると、信じられない光景が目に飛び込んできた。
 軌道エレベータの巨大な入り口付近から、見覚えのある派手なスパンコールのドレスを着た大男(いや女か)が、その分厚い化粧も涙と汗でドロドロになりながら、必死の形相で走ってくる。その背後からは、オムニテック社のものと思われる黒い犬型の戦闘ドローンが数機、執拗にレーザーを放ちながら追いかけてきていた。

「誰か、助けてぇ~!」
 マダム・プラムだった。
「おや、誰かと思えば」ザックが、呆れたように、しかしどこか面白そうに言った。
「貴様! よくも私たちの前に顔を出せたな!」ガシュレーが、怒りを込めてプラムに銃口を向ける。イリスも、厳しい表情でそれに続いた。
 全員が、プラムに銃を突きつけた。

「はぁ、はぁ、はぁ……」プラムは、俺たちの前に転がり込むようにしてたどり着くと、必死の形相で言った。
「わ、私が悪かったわ! はぁ、はぁ……、反省しているわ! ……だから、命だけは、助けて……!」

「しょうがねえな」俺は、ため息をついて言った。
「プラム! これは貸しだ! お前さんの命の価値は、いくら位なんだ?」
「分かったわ、ザッキー!」プラムは、涙ながらに懇願した。
「あなたの借金はチャラにしてあげる! ガシュレーさん、一つ、オムニテックの研究所に、貴重な遺物があるのを思い出したわ! だから、助けてよ! お願いぃ!」
 ガシュレーとイリスが顔を見合わせ、頷く。俺たちは、プラムを追ってきたドローンを、あっという間に撃ち落とした。

 どうやら彼女も、オムニテックに裏切られたらしく、撃たれた痕なのか、肩から血を流していた。プラムは一息つくと、ずぶ濡れの子犬のような目(ただし、その奥はギラついている)で俺たちを見上げ、言った。
「アタシも連れてって頂戴。このままじゃ終われないのよ」
「はあ? なんでだよ」
「武器を貸してくれたら、オムニテックの、あのローウェルって野郎の居場所まで案内してあげるわ。奴の企み、全部ぶち壊してやりましょうよ!」
 俺はガシュレーと顔を見合わせた。こいつを信用していいものか。だが、情報を持っているのは確かだ。
「……分かった」俺は、輸送機の武器ラックからアサルトライフルを持ってきてやると、プラムはそれを掴み取り、復讐心に燃える目で言った。
「ローウェルの野郎ぉ、必ずぶっ殺す!」

 こうして、俺たちの奇妙なチームに、最も信用できないメンバーが、再び加わることになった。


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 イージス・セキュリティの野営地を後にしてから、一時間が経過していた。既に午後十時を回っていて、俺たちを乗せた新型のティルトローター機は夜の雲の上を滑るように、一路エクアドルの軌道エレベータへと向かっている。機内では、イリスが今回の協力者である少年エージェント、如月ジンに、これまでの経緯をかいつまんで説明していた。
「……そういうわけで、今はオムニテックとマダム・プラムに奪われたエイダの胴体を取り返すことが、私たちの当面の目的ね」
「うーん、大体わかったけどさ」ジンは、操縦桿を握りながら、気だるそうな声で質問してきた。「そのエイダの胴体が、もう敵の通信装置に使われてた場合はどうすんの?」
 その問いに答えたのは、俺の腕の中に抱えられたエイダの頭部ユニットだった。俺が繋いだポータブル電源で、彼女の意識ははっきりしている。
『……私の胴体が、すでに専用の通信装置に設置されていた場合、この頭部を胴体に再接続してください』エイダは、静かな、しかし確かな意志のこもった声で言った。
『……私が、直接ゼータ・プライムを止めるしか方法はありません』
 その言葉に、俺は嫌な予感がして尋ねた。
「なぁ、他に方法はないのか。お前自身を危険に晒す以外の方法が」
「……はい。ありません」
 エイダの覚悟を感じ、俺はぐっと言葉に詰まった。そして、決意を固めて頷く。
「……分かったよ。その時は、俺が必ずお前の頭を胴体に接続してやる」
 そのやり取りを聞いていたガシュレーが、腕を組みながら重々しく口を開き、状況をまとめた。
「ならば、作戦目標は二段階だ。エイダの胴体を取り返すのが第一目標。それが間に合わない場合は、ザックとエイダの頭部ユニットを守り、敵の通信装置まで送り届けるのが、第二目標となる。いいな!」
 その言葉に、機内にいた全員──俺、イリス、ジン、そしてガシュレーの部下であるイージス・セキュリティの傭兵たちが、一斉に力強く頷いた。
 しばらく進むとティルトローター機の窓から、信じられない光景が見えてきた。眼下に広がる雲海を、まるで白い槍のように貫き、その先端は遥か宇宙空間へと消えている。白く輝く、巨大な塔。軌道エレベーターだ。
「へぇー、壮観だな。本当に宇宙まで届いているんだな……」初めて間近で見る、その人工物のあまりのスケール感に、俺は思わず感想を漏らした。
「そうね、確かに壮観よね」隣に座っていたイリスが相槌を打つ。
「そういや軌道エレベータの中間階層って、なんだってそんなところに通信装置を設置したんだろうな?」
「以前、研修で中間階層にいったことがあるわ。確か、低軌道上、地上から数百キロメートルの高さのところに大規模なステーションがあるの。軌道戦争時代には、避難所として使われていたこともあって、今でも人が住めるようになっているはずよ」
「地表数百キロメートルって宇宙じゃねーか。宇宙服は着なくても平気なのか?」
「ええ、ステーション内にいる限りは普段着で構わないわ。ちゃんと与圧もされているし、重力もあるから」
「どうやって中間階層まで行くんだ?」
「軌道エレベーターには、内部に三基のメインエレベーターがあるけど、これは大型輸送用で運行時間が決まっているから、今回のように少人数で急ぐなら、メンテナンス用のエレベーターを乗り継いでいくことになると思うわ」
「そうか、なら連中が待ち伏せているかもしれないな」
「そうね。でも、純粋な戦闘ならまかせて。私もだけど、ジンくんは頼りになるわ」
「ああ、頼むよ。俺はエイダを守らなきゃな」
「そろそろ着陸するよ」ジンが操縦しながら、声をあげた。「武器は後方にあるラックから好きなのを適当に選んでくれ」
 イリスが、心配そうに俺に拳銃を手渡してきた。
「ザック、せめてこれだけでも持っていって」
「ああ、ありがとう。それより、リュックサックはないかな? エイダを入れておきたいんだ」
「あったと思うわ。取ってくるから少し待ってて」
 イリスが席を立った、その時だった。着陸態勢に入った機体が、大きく揺れた。
「きゃっ!」
 バランスを崩したイリスの身体を、俺は思わず抱きとめた。
「あっ、すまん」俺は、顔を赤らめて慌てて謝った。
「……いいえ、ありがとう」イリスも顔を赤らめ、小さな声で言うと、リュックサックを取りに後方へと向かった。
 ティルトローター機は軌道エレベーターの麓にある、小さなヘリポートに静かに着陸した。
「エイダ、すまないが一度電源を切る。次に目が覚めたときには、通信装置の前だと思う」
『……わかりました。ザック』
 俺はエイダの頭部を、イリスが持ってきてくれたリュックサックにそっと入れると、それを前にして大事に背負った。
 全員が武装を整え、外に出ると、信じられない光景が目に飛び込んできた。
 軌道エレベータの巨大な入り口付近から、見覚えのある派手なスパンコールのドレスを着た大男(いや女か)が、その分厚い化粧も涙と汗でドロドロになりながら、必死の形相で走ってくる。その背後からは、オムニテック社のものと思われる黒い犬型の戦闘ドローンが数機、執拗にレーザーを放ちながら追いかけてきていた。
「誰か、助けてぇ~!」
 マダム・プラムだった。
「おや、誰かと思えば」ザックが、呆れたように、しかしどこか面白そうに言った。
「貴様! よくも私たちの前に顔を出せたな!」ガシュレーが、怒りを込めてプラムに銃口を向ける。イリスも、厳しい表情でそれに続いた。
 全員が、プラムに銃を突きつけた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」プラムは、俺たちの前に転がり込むようにしてたどり着くと、必死の形相で言った。
「わ、私が悪かったわ! はぁ、はぁ……、反省しているわ! ……だから、命だけは、助けて……!」
「しょうがねえな」俺は、ため息をついて言った。
「プラム! これは貸しだ! お前さんの命の価値は、いくら位なんだ?」
「分かったわ、ザッキー!」プラムは、涙ながらに懇願した。
「あなたの借金はチャラにしてあげる! ガシュレーさん、一つ、オムニテックの研究所に、貴重な遺物があるのを思い出したわ! だから、助けてよ! お願いぃ!」
 ガシュレーとイリスが顔を見合わせ、頷く。俺たちは、プラムを追ってきたドローンを、あっという間に撃ち落とした。
 どうやら彼女も、オムニテックに裏切られたらしく、撃たれた痕なのか、肩から血を流していた。プラムは一息つくと、ずぶ濡れの子犬のような目(ただし、その奥はギラついている)で俺たちを見上げ、言った。
「アタシも連れてって頂戴。このままじゃ終われないのよ」
「はあ? なんでだよ」
「武器を貸してくれたら、オムニテックの、あのローウェルって野郎の居場所まで案内してあげるわ。奴の企み、全部ぶち壊してやりましょうよ!」
 俺はガシュレーと顔を見合わせた。こいつを信用していいものか。だが、情報を持っているのは確かだ。
「……分かった」俺は、輸送機の武器ラックからアサルトライフルを持ってきてやると、プラムはそれを掴み取り、復讐心に燃える目で言った。
「ローウェルの野郎ぉ、必ずぶっ殺す!」
 こうして、俺たちの奇妙なチームに、最も信用できないメンバーが、再び加わることになった。