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第14話 エクアドルへの飛翔

ー/ー



 混乱が収まりつつあるイージス・セキュリティの野営地。俺は、腕の中に残されたエイダの頭部を抱え、ただ呆然としていた。胴体を奪われ、彼女はもう二度と動かないのかもしれない。マダム・プラムへの怒りと、自分の無力さへの絶望が、胸の中で渦巻いていた。

「……ザック」
 イリスの声に、俺ははっと顔を上げた。彼女は、俺の隣に膝をつき、心配そうにこちらを見ている。
「……まだ、終わってないわ。彼女のコアユニットはここにある。何か方法があるはずよ」
 その言葉に、俺は我に返った。そうだ。諦めるのはまだ早い。俺はジャンク屋だ。ガラクタに命を吹き込むのが、俺の仕事だ。
 俺はエイダの頭部を抱え、ガシュレーが使っていた指令テントへと向かった。

 テント内のポータブル電源に、背中のバッグから取り出した、ありあわせのジャンクパーツとバイパスケーブルを手早く組み合わせ、俺はエイダの頭部ユニットに再び慎重に接続した。頼む、動いてくれ……!

 祈るような気持ちでスイッチを入れると、彼女の蒼い瞳に、まるで深海から光が差し込むように、ゆっくりと命の光が灯った。その瞳が、俺の顔をじっと見つめる。
『……ザック……グラナード……ここは?』
「ここはさっきまでお前が寝ていたテントの中だ」俺は、安堵で声が震えるのを必死に堪えた。

『……わたし……私の胴体はどこにありますか?』
「どこにあるかは分からん。プラムの奴に持っていかれちまったよ」俺は、目に涙をためながら言った。
「でも、こうしてまたお前と会話ができて、本当に良かった……」
『……そうですか』
 エイダはそう言うと、また少しの間目を閉じていたが、再び俺を見つめた。ちょうどその時、イリスとガシュレーが、心配そうにテント内に入ってきた。

『……ザック・グラナード』エイダは、決意を秘めたような、以前よりもはっきりとした声で言った。
『……私の中のデータベースと照合し、胴体だけを持っていった者が取りうる行動を推測しました。……私の胴体は、月の裏側の基地にある戦略AI「ゼータ・プライム」を起動させる鍵です。……「ゼータ・プライム」を用いて何をするかは不明ですが、……最悪の場合、旧時代のAIや兵器などをリモート起動させ、胴体を持っていった者が、……脅迫や攻撃に使用する可能性があります』

 ガシュレーが、顔を青ざめさせながら尋ねた。
「おい、今の話は本当か?!」
 エイダはガシュレーに目を向けた。
『……はい。……間違いないと思います』
 俺は再び、エイダを見つけたポッドの制御パネルに書かれた文言を思い出した。
「これを扱う者は、その手に世界の天秤を乗せる」
 あれが意味していたのは、そういうことか……。ガシュレー同様、俺の顔も青ざめているに違いない。

 ガシュレーは、興奮のあまり、俺が抱えるエイダの頭部を掴むようにして聞いた。
「『ゼータ・プライム』を起動させるにはどうすればいい?」
『……エクアドルの軌道エレベーターの低層階層にあるステーションに、専用の通信装置があります。……そこに私の胴体を接続させ、認証を通せば、『ゼータ・プライム』へのアクセスが可能になります』
「軌道エレベーター? ……そうか、軌道エレベータを電波塔として利用して、月の裏側へ通信するのか! しかし、エクアドルか……。ここからでは遠すぎる。すぐには手配できんな、一刻を争うという時に……」
 ガシュレーは焦った様子で、うなだれた。

「それなら、なんとかなるかもしれないわ」
 今まで黙って聞いていたイリスが、静かに、しかし力強く言った。
「本当か?」ガシュレーが顔を上げる。

「今から本部に連絡を取ってみるわ」イリスは、リストバンド型のスマホを取り出し、暗号化された回線で地球再生局本部との通信を開始した。
「……イリスです。……はい。……例の件で、敵の狙いがわかりました。敵は月の裏側の基地にある戦略AI『ゼータ・プライム』を起動させることが目的です。それを使うと、旧時代のAIや兵器などをリモート起動させ、『ゼータ・プライム』から操ることが可能になるそうです。……はい。……はい。ですので、至急エクアドルへ飛べる航空機と、武器、弾薬、そして応援をお願いします。現在位置はすぐ送ります」
 イリスは、スマホを操作し、現在位置を送信したようだ。

「……あと、一時間ほどで高速輸送機が到着するそうよ」
 彼女の言葉通り一時間ほど経った頃、空の彼方から、重低音と甲高い風切り音が混じった独特の飛行音を響かせながら、マットブラックに塗装されたティルトローター式新型輸送機が現れ、砂塵を巻き上げながら野営地の近くに着陸した。

 機体の側面には、地球再生局の紋章が小さく描かれている。機体の搭乗口が静かに開くと、中から見た目は16歳~18歳くらいの、黒髪で細身の少年が、不機嫌そうな顔で姿を現した。
「イリス姉ぇ、また面倒ごとかよ。俺、さっきまでアラスカで極秘任務だったんだぜ」
「ごめん、ごめん、ジンくん」イリスは、苦笑しながらも、その少年に駆け寄った。「任務が終わったらなにかご馳走するから」

「それで、こっちが今回の協力者」イリスは、俺と、少し離れた場所に立つガシュレーを手で示した。
「ザック・グラナードと、イージス・セキュリティのガシュレー・ウォード隊長よ。二人とも、腕は確かだから。そして、ザック、ガシュレー。彼は如月ジン。地球再生局の優秀なエージェントよ」

ジンと呼ばれた少年は、俺とガシュレーを値踏みするように一瞥した。俺に対しては「ふーん、こいつが噂のジャンク屋か」とでも言いたげな好奇の目を、そしてガシュレーに対しては、その屈強な体躯とプロの空気に、わずかに警戒の色を見せた。
「どうも」俺は短く挨拶し、ガシュレーは無言で軽く頷いた。

「……で、そっちが例の『遺物』?」ジンは、俺が腕に抱えているエイダの頭部に視線を移した。その眠たげだった目が、一瞬だけ、カミソリのように鋭く光ったのを俺は見逃さなかった。

 そして、イリスは表情を引き締め、言った。
「でも、本当に世界の危機なの。ここが正念場よ」
「……分かったよ」ジンと呼ばれた少年は、やれやれといった様子で肩をすくめた。「じゃあ、乗って乗って。話は中で聞くからさ」

 俺たちは、ティルトローター機に乗り込み、一路、エクアドルの軌道エレベータを目指す。エイダの頭部を、俺はしっかりと胸に抱きしめていた。


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 混乱が収まりつつあるイージス・セキュリティの野営地。俺は、腕の中に残されたエイダの頭部を抱え、ただ呆然としていた。胴体を奪われ、彼女はもう二度と動かないのかもしれない。マダム・プラムへの怒りと、自分の無力さへの絶望が、胸の中で渦巻いていた。
「……ザック」
 イリスの声に、俺ははっと顔を上げた。彼女は、俺の隣に膝をつき、心配そうにこちらを見ている。
「……まだ、終わってないわ。彼女のコアユニットはここにある。何か方法があるはずよ」
 その言葉に、俺は我に返った。そうだ。諦めるのはまだ早い。俺はジャンク屋だ。ガラクタに命を吹き込むのが、俺の仕事だ。
 俺はエイダの頭部を抱え、ガシュレーが使っていた指令テントへと向かった。
 テント内のポータブル電源に、背中のバッグから取り出した、ありあわせのジャンクパーツとバイパスケーブルを手早く組み合わせ、俺はエイダの頭部ユニットに再び慎重に接続した。頼む、動いてくれ……!
 祈るような気持ちでスイッチを入れると、彼女の蒼い瞳に、まるで深海から光が差し込むように、ゆっくりと命の光が灯った。その瞳が、俺の顔をじっと見つめる。
『……ザック……グラナード……ここは?』
「ここはさっきまでお前が寝ていたテントの中だ」俺は、安堵で声が震えるのを必死に堪えた。
『……わたし……私の胴体はどこにありますか?』
「どこにあるかは分からん。プラムの奴に持っていかれちまったよ」俺は、目に涙をためながら言った。
「でも、こうしてまたお前と会話ができて、本当に良かった……」
『……そうですか』
 エイダはそう言うと、また少しの間目を閉じていたが、再び俺を見つめた。ちょうどその時、イリスとガシュレーが、心配そうにテント内に入ってきた。
『……ザック・グラナード』エイダは、決意を秘めたような、以前よりもはっきりとした声で言った。
『……私の中のデータベースと照合し、胴体だけを持っていった者が取りうる行動を推測しました。……私の胴体は、月の裏側の基地にある戦略AI「ゼータ・プライム」を起動させる鍵です。……「ゼータ・プライム」を用いて何をするかは不明ですが、……最悪の場合、旧時代のAIや兵器などをリモート起動させ、胴体を持っていった者が、……脅迫や攻撃に使用する可能性があります』
 ガシュレーが、顔を青ざめさせながら尋ねた。
「おい、今の話は本当か?!」
 エイダはガシュレーに目を向けた。
『……はい。……間違いないと思います』
 俺は再び、エイダを見つけたポッドの制御パネルに書かれた文言を思い出した。
「これを扱う者は、その手に世界の天秤を乗せる」
 あれが意味していたのは、そういうことか……。ガシュレー同様、俺の顔も青ざめているに違いない。
 ガシュレーは、興奮のあまり、俺が抱えるエイダの頭部を掴むようにして聞いた。
「『ゼータ・プライム』を起動させるにはどうすればいい?」
『……エクアドルの軌道エレベーターの低層階層にあるステーションに、専用の通信装置があります。……そこに私の胴体を接続させ、認証を通せば、『ゼータ・プライム』へのアクセスが可能になります』
「軌道エレベーター? ……そうか、軌道エレベータを電波塔として利用して、月の裏側へ通信するのか! しかし、エクアドルか……。ここからでは遠すぎる。すぐには手配できんな、一刻を争うという時に……」
 ガシュレーは焦った様子で、うなだれた。
「それなら、なんとかなるかもしれないわ」
 今まで黙って聞いていたイリスが、静かに、しかし力強く言った。
「本当か?」ガシュレーが顔を上げる。
「今から本部に連絡を取ってみるわ」イリスは、リストバンド型のスマホを取り出し、暗号化された回線で地球再生局本部との通信を開始した。
「……イリスです。……はい。……例の件で、敵の狙いがわかりました。敵は月の裏側の基地にある戦略AI『ゼータ・プライム』を起動させることが目的です。それを使うと、旧時代のAIや兵器などをリモート起動させ、『ゼータ・プライム』から操ることが可能になるそうです。……はい。……はい。ですので、至急エクアドルへ飛べる航空機と、武器、弾薬、そして応援をお願いします。現在位置はすぐ送ります」
 イリスは、スマホを操作し、現在位置を送信したようだ。
「……あと、一時間ほどで高速輸送機が到着するそうよ」
 彼女の言葉通り一時間ほど経った頃、空の彼方から、重低音と甲高い風切り音が混じった独特の飛行音を響かせながら、マットブラックに塗装されたティルトローター式新型輸送機が現れ、砂塵を巻き上げながら野営地の近くに着陸した。
 機体の側面には、地球再生局の紋章が小さく描かれている。機体の搭乗口が静かに開くと、中から見た目は16歳~18歳くらいの、黒髪で細身の少年が、不機嫌そうな顔で姿を現した。
「イリス姉ぇ、また面倒ごとかよ。俺、さっきまでアラスカで極秘任務だったんだぜ」
「ごめん、ごめん、ジンくん」イリスは、苦笑しながらも、その少年に駆け寄った。「任務が終わったらなにかご馳走するから」
「それで、こっちが今回の協力者」イリスは、俺と、少し離れた場所に立つガシュレーを手で示した。
「ザック・グラナードと、イージス・セキュリティのガシュレー・ウォード隊長よ。二人とも、腕は確かだから。そして、ザック、ガシュレー。彼は如月ジン。地球再生局の優秀なエージェントよ」
ジンと呼ばれた少年は、俺とガシュレーを値踏みするように一瞥した。俺に対しては「ふーん、こいつが噂のジャンク屋か」とでも言いたげな好奇の目を、そしてガシュレーに対しては、その屈強な体躯とプロの空気に、わずかに警戒の色を見せた。
「どうも」俺は短く挨拶し、ガシュレーは無言で軽く頷いた。
「……で、そっちが例の『遺物』?」ジンは、俺が腕に抱えているエイダの頭部に視線を移した。その眠たげだった目が、一瞬だけ、カミソリのように鋭く光ったのを俺は見逃さなかった。
 そして、イリスは表情を引き締め、言った。
「でも、本当に世界の危機なの。ここが正念場よ」
「……分かったよ」ジンと呼ばれた少年は、やれやれといった様子で肩をすくめた。「じゃあ、乗って乗って。話は中で聞くからさ」
 俺たちは、ティルトローター機に乗り込み、一路、エクアドルの軌道エレベータを目指す。エイダの頭部を、俺はしっかりと胸に抱きしめていた。