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第11話 奪還と対話

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 マダム・プラムのジープは、イージス・セキュリティの装甲車が残した(わだち)を、執拗に追い続けていた。やがて荒野にそびえ立つ、軌道戦争時代の遺物である古い通信中継タワーのシルエットが見えてくる。その麓には、複数の軍用テントが円陣を組むように設営され、いくつかの焚き火が赤い光を放ち、武装した傭兵たちの影を揺らしている。奴らの野営地は、おそらくあそこだ。荒野の夜風が、俺たちの体温を容赦なく奪っていく。

「いいこと、ザッキー?」プラムはハンドルを握りながら、ニヤリと笑った。「アタシがあのタワーの正面で、派手にパーティーを始めてあげる。その隙に、アンタたちは裏から忍び込んで大事な『お宝』を取り返してくるのよ。分かった?」

「……分かったよ。ただし、しくじるなよ、プラム」
「アタシを誰だと思ってるの?」
 プラムはそう言うと、ジープのアクセルを全開にした。彼女は車に搭載された拡声器のスイッチを入れると、けたたましい音楽を鳴らす代わりに、彼女自身の甲高い声が荒野に響き渡った。

「泥棒猫どもー! アタシの大事な商品を返しなさーい! さもないと、このマダム・プラムが、自慢のネイルでひっかいてやるわよー!」
 ジープは、意味不明な罵詈雑言を撒き散らしながら、タワーの正面ゲートへと突っ込んでいった。すぐに傭兵たちの怒声と、威嚇射撃の音が響き渡る。陽動は、始まった。プラムは、傭兵たちとまともに撃ち合うつもりなど毛頭なく、ただひたすらにジープを走らせ、彼らの注意を引きつけながら逃げ回っていた。

「今だ! 行くぞ!」
 俺とイリスは、ジープから飛び降り、野営地の裏手にあるフェンスへと駆け寄った。
「警備センサーが三つ。それに、見張りが二人……」イリスが、ゴーグル越しに敵の配置を分析する。

「いや、待て」俺は、彼女を制した。なぜか分からない。だが、俺の勘が、左手のルートは危険だと告げていた。「右だ。右の給水タンクの裏から回り込む」
「……あなたのその勘、本当に信用できるの?」イリスは訝しげに言うが、先の戦闘で、俺の直感が何度も危機を救ったことを思い出しているのだろう、彼女は黙って頷いた。

 俺たちは、俺の直感を頼りに、見張りの死角を縫うようにして野営地の奥深くへと潜入していく。途中、イリスが音もなく見張りの一人を背後から気絶させ、そのアサルトライフルを奪った。これで、俺たちの心許ない戦力も、少しはマシになった。

 やがて俺たちは、野営地の中央に置かれた、ひときわ大きな指令テントらしき場所にたどり着いた。エイダは、この中にいるはずだ。
 テントに小さな切れ込みを入れ、中を覗く。いた。広いテントの中央に置かれた無骨な金属製の作業台の上に、スリープモードのままのエイダが静かに横たえられている。その白いボディには、彼女の内部構造を探るためであろう、何本もの細いケーブルや解析用のセンサーが取り付けられていたが、物々しい拘束具は見当たらない。周囲には、高性能な分析機器や、壁にはこの周辺の立体地図が投影されている。彼らにとって、スリープモードの彼女は抵抗できない、貴重な解析対象の「物」でしかないのだろう。

「……ザック、あなた、どうする気?」
「こいつを動かす」
 俺たちはテントに滑り込み、エイダの元へ駆け寄った。俺は、手持ちのポータブルバッテリーと、ジャンクパーツを組み合わせ、エイダのボディにある外部ポートに接続した。

「起きろよ、エイダ! 俺だ!」
 俺が呼びかけると、供給された電力に反応したのか、エイダの蒼い瞳が、ゆっくりと光を取り戻した。
『……ザック……? ここは……?』
「話は後だ! 今からお前を助け出す!」

「油断も隙もないな、ジャンク屋」
 冷たい声に、俺ははっと振り返った。テントの入り口に、いつの間にかガシュレー・ウォードが立ちはだかっていた。その手には、大型の拳銃が握られ、その銃口は真っ直ぐに俺の心臓を捉えている。

「その『遺物』から離れろ。そうすれば、命までは取らん」
 イリスも、奪ったアサルトライフルをガシュレーに向け、一触即発の空気が流れる。
 ガシュレーは、今度こそ俺を撃つつもりだ。その目が、そう語っていた。
 その時だった。
 作業台の上で、ゆっくりと半身を起こしたエイダから、静かだが、凛とした声が響いた。
「待って」
 ガシュレーは、自らの意志で話したアンドロイドに驚き、動きを止めた。「……お前が、喋ったのか?」
「彼は私のマスターユーザーです。私には彼を守る義務があります」エイダは、まず事実を告げた。そして、ガシュレーを真っ直ぐに見つめ、続けた。

「それだけではありません。彼は私を守ってくれました。彼の肩の傷も、私を庇ってできたものです。この人を傷つけるというのなら、私も、あなたと戦います」その言葉には、論理だけではない、確かな意志と、俺への信頼が込められていた。

 ガシュレーは、エイダの言葉に、そしてその蒼い瞳に宿る、機械のものとは思えない強い光に、何かを揺さぶられたようだった。彼の眉間に、深い皺が刻まれる。彼は、目の前のアンドロイドが、単なるプログラムされた「遺物」ではなく、明確な意志と、そして人間が「恩義」と呼ぶような感情を持っていることに、長年の傭兵生活で培われた常識を覆されるような、深い驚きを隠せないようだった。彼はゆっくりと銃口を下ろし、深く考え込むように、俺と、そして作業台の上で毅然と彼を見つめ返すエイダを、改めて見つめた。

 遠くで、マダム・プラムが立てる陽動の騒音がまだ微かに聞こえている。この静かで、しかし張り詰めたテントの中で、三者(と一体)の、奇妙な対話が始まろうとしていた。


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 マダム・プラムのジープは、イージス・セキュリティの装甲車が残した|轍《わだち》を、執拗に追い続けていた。やがて荒野にそびえ立つ、軌道戦争時代の遺物である古い通信中継タワーのシルエットが見えてくる。その麓には、複数の軍用テントが円陣を組むように設営され、いくつかの焚き火が赤い光を放ち、武装した傭兵たちの影を揺らしている。奴らの野営地は、おそらくあそこだ。荒野の夜風が、俺たちの体温を容赦なく奪っていく。
「いいこと、ザッキー?」プラムはハンドルを握りながら、ニヤリと笑った。「アタシがあのタワーの正面で、派手にパーティーを始めてあげる。その隙に、アンタたちは裏から忍び込んで大事な『お宝』を取り返してくるのよ。分かった?」
「……分かったよ。ただし、しくじるなよ、プラム」
「アタシを誰だと思ってるの?」
 プラムはそう言うと、ジープのアクセルを全開にした。彼女は車に搭載された拡声器のスイッチを入れると、けたたましい音楽を鳴らす代わりに、彼女自身の甲高い声が荒野に響き渡った。
「泥棒猫どもー! アタシの大事な商品を返しなさーい! さもないと、このマダム・プラムが、自慢のネイルでひっかいてやるわよー!」
 ジープは、意味不明な罵詈雑言を撒き散らしながら、タワーの正面ゲートへと突っ込んでいった。すぐに傭兵たちの怒声と、威嚇射撃の音が響き渡る。陽動は、始まった。プラムは、傭兵たちとまともに撃ち合うつもりなど毛頭なく、ただひたすらにジープを走らせ、彼らの注意を引きつけながら逃げ回っていた。
「今だ! 行くぞ!」
 俺とイリスは、ジープから飛び降り、野営地の裏手にあるフェンスへと駆け寄った。
「警備センサーが三つ。それに、見張りが二人……」イリスが、ゴーグル越しに敵の配置を分析する。
「いや、待て」俺は、彼女を制した。なぜか分からない。だが、俺の勘が、左手のルートは危険だと告げていた。「右だ。右の給水タンクの裏から回り込む」
「……あなたのその勘、本当に信用できるの?」イリスは訝しげに言うが、先の戦闘で、俺の直感が何度も危機を救ったことを思い出しているのだろう、彼女は黙って頷いた。
 俺たちは、俺の直感を頼りに、見張りの死角を縫うようにして野営地の奥深くへと潜入していく。途中、イリスが音もなく見張りの一人を背後から気絶させ、そのアサルトライフルを奪った。これで、俺たちの心許ない戦力も、少しはマシになった。
 やがて俺たちは、野営地の中央に置かれた、ひときわ大きな指令テントらしき場所にたどり着いた。エイダは、この中にいるはずだ。
 テントに小さな切れ込みを入れ、中を覗く。いた。広いテントの中央に置かれた無骨な金属製の作業台の上に、スリープモードのままのエイダが静かに横たえられている。その白いボディには、彼女の内部構造を探るためであろう、何本もの細いケーブルや解析用のセンサーが取り付けられていたが、物々しい拘束具は見当たらない。周囲には、高性能な分析機器や、壁にはこの周辺の立体地図が投影されている。彼らにとって、スリープモードの彼女は抵抗できない、貴重な解析対象の「物」でしかないのだろう。
「……ザック、あなた、どうする気?」
「こいつを動かす」
 俺たちはテントに滑り込み、エイダの元へ駆け寄った。俺は、手持ちのポータブルバッテリーと、ジャンクパーツを組み合わせ、エイダのボディにある外部ポートに接続した。
「起きろよ、エイダ! 俺だ!」
 俺が呼びかけると、供給された電力に反応したのか、エイダの蒼い瞳が、ゆっくりと光を取り戻した。
『……ザック……? ここは……?』
「話は後だ! 今からお前を助け出す!」
「油断も隙もないな、ジャンク屋」
 冷たい声に、俺ははっと振り返った。テントの入り口に、いつの間にかガシュレー・ウォードが立ちはだかっていた。その手には、大型の拳銃が握られ、その銃口は真っ直ぐに俺の心臓を捉えている。
「その『遺物』から離れろ。そうすれば、命までは取らん」
 イリスも、奪ったアサルトライフルをガシュレーに向け、一触即発の空気が流れる。
 ガシュレーは、今度こそ俺を撃つつもりだ。その目が、そう語っていた。
 その時だった。
 作業台の上で、ゆっくりと半身を起こしたエイダから、静かだが、凛とした声が響いた。
「待って」
 ガシュレーは、自らの意志で話したアンドロイドに驚き、動きを止めた。「……お前が、喋ったのか?」
「彼は私のマスターユーザーです。私には彼を守る義務があります」エイダは、まず事実を告げた。そして、ガシュレーを真っ直ぐに見つめ、続けた。
「それだけではありません。彼は私を守ってくれました。彼の肩の傷も、私を庇ってできたものです。この人を傷つけるというのなら、私も、あなたと戦います」その言葉には、論理だけではない、確かな意志と、俺への信頼が込められていた。
 ガシュレーは、エイダの言葉に、そしてその蒼い瞳に宿る、機械のものとは思えない強い光に、何かを揺さぶられたようだった。彼の眉間に、深い皺が刻まれる。彼は、目の前のアンドロイドが、単なるプログラムされた「遺物」ではなく、明確な意志と、そして人間が「恩義」と呼ぶような感情を持っていることに、長年の傭兵生活で培われた常識を覆されるような、深い驚きを隠せないようだった。彼はゆっくりと銃口を下ろし、深く考え込むように、俺と、そして作業台の上で毅然と彼を見つめ返すエイダを、改めて見つめた。
 遠くで、マダム・プラムが立てる陽動の騒音がまだ微かに聞こえている。この静かで、しかし張り詰めたテントの中で、三者(と一体)の、奇妙な対話が始まろうとしていた。