第9話 混沌の四つ巴と覚醒の力
ー/ー
「おいおい、マジかよ……!」
マダム・プラムの店の裏口から、俺たちは地獄のど真ん中に放り出された。
店の豪華な内装とは裏腹に、外の歓楽街は本物の戦場と化していた。夜空を埋め尽くすケバケバしいネオンが、飛び交うコイルガンの弾道やレーザーの閃光に照らされて、悪夢のように明滅している。
空からは、オムニテック社の軍用ドローンが滑るように降下し、地上からは、イージス・セキュリティの傭兵部隊が装甲車を盾に応戦していた。互いの攻撃がビルや路面に叩きつけられ、コンクリートの破片と火花が絶え間なく飛び散る。
「クソッ!連中、戦争でも始める気か!?」
俺は悪態をつきながら、エイダの手を強く引いて、近くのゴミコンテナの陰へと飛び込んだ。
「イリス! 大丈夫か!」
「ええ、なんとか!」イリスは、ライフルを構えながら、冷静に、しかし悔しそうに答えた。「でも、このままじゃジリ貧よ!」
彼女の言う通りだった。俺の悪運は尽きてないらしく、何度も致命的な流れ弾や、崩落する瓦礫を避けることができたが、それも時間の問題だった。
その大混乱に、新たなプレイヤーが乱入してきた。
──ウウウウゥゥゥ……!
街中に、けたたましいサイレンが鳴り響く。ジャンクション・セブンの治安維持部隊だ。旧式の強化服に身を包み、時代遅れのドローンを伴った連中が、装甲車で現場を包囲し始めた。
「武器を捨てて投降しろ! 抵抗する者は全て敵と見なす!」
拡声器から響く、間延びした警告。だが、最新鋭の兵器で殺し合っているオムニテックとイージスが、そんなものに従うはずもなかった。
業を煮やした治安維持部隊は、やがて無差別に発砲を開始した。イージスに、オムニテックに、そして、その戦闘に巻き込まれている俺たちにも!
「最悪だ! これで四つ巴かよ!」俺は悪態をついた。
もはやどこが安全でどこが危険なのかも分からない。オムニテックのドローンが放つ青いパルスレーザー、イージス・セキュリティの傭兵たちが撃ち返す赤い曳光弾、そして治安維持部隊の旧式ライフルから放たれる黄色い実体弾が、夜空のネオンと混じり合い、四方八方から降り注いでくる。俺たちはただひたすらに崩れる建物の影や炎上する車両の陰を転がるように移動し続けた。
そしてついに、俺たちは袋小路に追い詰められた。背後は瓦礫の山。そして正面には、オムニテック社のエリートガードと思われる、ひときわ大型のドローンが、その主砲をこちらに向け、エネルギーチャージを開始していた。青白い光が、砲口に収束していく。もう、逃げ場はない。
「ここまで、か……!」イリスが、弾切れになったライフルを捨てながら、悔しそうに呟いた。
クソッ、こんな所で……! 俺は、無意識のうちに、震えるエイダの前に自分の身体を割り込ませていた。ただの気休めだ。ジャンク屋の身体なんざ、あの主砲の前じゃ紙切れ同然だ。でも、そうせずにはいられなかった。妹を救えなかった、あの時の無力感が、蘇ってくる。今度こそ、守りたかったのに……!
ドローンの砲口の光が、最大に達した。全てが終わる、その瞬間。
俺の腕の中で、それまで人形のように静かだったエイダの身体が、ピクリと動いた。
『……マスターユーザーへの、致命的脅威を検知』
彼女の蒼い瞳が、淡い光を放った。
『休眠中のローカルネットワーク内アセットにアクセス。強制起動シーケンス、開始します』
その無機質な声と同時に、彼女の蒼い瞳が、まるで内部から発光するかのように、強い、冷たい光を放った。次の瞬間、街のあちこちから、金属が擦れるような、あるいは地中から何かが這い上がってくるような、無数の異様な音が響き始めた。マンホールの蓋が内側から吹き飛ばされ、路地裏のゴミの山が不気味に蠢き、廃ビルの割れた窓から、錆びついた金属の脚が何本も姿を現す。
錆びついた、軌道戦争時代の警備ドローン。蜘蛛のような形をした、旧式のメンテナンスボット。それは、この街の片隅で、百年近く眠っていたガラクタの軍勢だった。その無数の赤いカメラアイが、一斉にオムニテックのドローン部隊へと向けられる!
ガラクタの軍勢は、統制も何もなく、ただただ物量に任せて、オムニテックの最新鋭ドローンへと襲いかかった! けたたましい金属音、火花、そして爆発。最新鋭のドローン部隊が、予測不能な動きで襲いかかる「ジャンク・ドローン」の群れに、次々と破壊されていく。
そして、その狂乱は機械だけにとどまらなかった。ジャンク・ドローンの一部は、近くにいた治安維持部隊の兵士や、オムニテック社の傭兵たちにも襲いかかった。悲鳴と銃声が上がる。強化服の装甲が、錆びた金属の爪に引き裂かれ、赤い血がネオンに照らされたアスファルトを濡らす。混乱の中、イージス・セキュリティの傭兵も数名が流れ弾に倒れた。それは、もはや戦闘ではなく、ただの無差別な破壊と殺戮だった。
やがて街は再び、先ほどまでとは質の違う、死んだような静寂に包まれた。後には、スパークを散らしながら黒煙を上げるオムニテック社のドローンの残骸と、再び無機質なガラクタへと戻り、ぴくりとも動かなくなったジャンクたちの残骸だけが、ネオンの虚しい光に照らされて転がっている。
ザックの腕の中で、エイダの身体からふっと力が抜けた。彼女の蒼い瞳から強い光が失われ、その輝きは鈍いガラス玉のように変わる。力の行使により、彼女のシステムは限界を迎え、緊急用の「低電力モード」へと移行したのだ。 反応は鈍く、身体を動かすこともままならないようだが、その瞳は、まだ確かにザックの顔を映していた。
ザックは、力の抜けたエイダを抱えながら、目の前の惨状を見つめていた。助かった。だが、これは……。
腕の中の少女が見せた、あまりに強大で、そして無慈悲な力。その力によってもたらされた、一方的な破壊と殺戮の光景。
「……こんなのは、間違ってる」彼は、誰に言うでもなく、しかし腕の中のエイダに聞かせるように呟いた。「ただの、殺戮じゃないか……」
イリスはその言葉と、エイダを庇うように抱きかかえるザックの姿を、瓦礫の陰から黙って見つめていた。彼女の瞳から、ザックに対する警戒の色が少しだけ薄れたように見えた。
だが、安堵する暇はなかった。周囲にはまだ、武装したイージス・セキュリティの傭兵たちと、混乱した治安維持部隊が残っている。予断を許さない状況は、まだ続いていた。
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「おいおい、マジかよ……!」
マダム・プラムの店の裏口から、俺たちは地獄のど真ん中に放り出された。
店の豪華な内装とは裏腹に、外の歓楽街は本物の戦場と化していた。夜空を埋め尽くすケバケバしいネオンが、飛び交うコイルガンの弾道やレーザーの閃光に照らされて、悪夢のように明滅している。
空からは、オムニテック社の軍用ドローンが滑るように降下し、地上からは、イージス・セキュリティの傭兵部隊が装甲車を盾に応戦していた。互いの攻撃がビルや路面に叩きつけられ、コンクリートの破片と火花が絶え間なく飛び散る。
「クソッ!連中、戦争でも始める気か!?」
俺は悪態をつきながら、エイダの手を強く引いて、近くのゴミコンテナの陰へと飛び込んだ。
「イリス! 大丈夫か!」
「ええ、なんとか!」イリスは、ライフルを構えながら、冷静に、しかし悔しそうに答えた。「でも、このままじゃジリ貧よ!」
彼女の言う通りだった。俺の悪運は尽きてないらしく、何度も致命的な流れ弾や、崩落する瓦礫を避けることができたが、それも時間の問題だった。
その大混乱に、新たなプレイヤーが乱入してきた。
──ウウウウゥゥゥ……!
街中に、けたたましいサイレンが鳴り響く。ジャンクション・セブンの治安維持部隊だ。旧式の強化服に身を包み、時代遅れのドローンを伴った連中が、装甲車で現場を包囲し始めた。
「武器を捨てて投降しろ! 抵抗する者は全て敵と見なす!」
拡声器から響く、間延びした警告。だが、最新鋭の兵器で殺し合っているオムニテックとイージスが、そんなものに従うはずもなかった。
業を煮やした治安維持部隊は、やがて無差別に発砲を開始した。イージスに、オムニテックに、そして、その戦闘に巻き込まれている俺たちにも!
「最悪だ! これで四つ巴かよ!」俺は悪態をついた。
もはやどこが安全でどこが危険なのかも分からない。オムニテックのドローンが放つ青いパルスレーザー、イージス・セキュリティの傭兵たちが撃ち返す赤い曳光弾、そして治安維持部隊の旧式ライフルから放たれる黄色い実体弾が、夜空のネオンと混じり合い、四方八方から降り注いでくる。俺たちはただひたすらに崩れる建物の影や炎上する車両の陰を転がるように移動し続けた。
そしてついに、俺たちは袋小路に追い詰められた。背後は瓦礫の山。そして正面には、オムニテック社のエリートガードと思われる、ひときわ大型のドローンが、その主砲をこちらに向け、エネルギーチャージを開始していた。青白い光が、砲口に収束していく。もう、逃げ場はない。
「ここまで、か……!」イリスが、弾切れになったライフルを捨てながら、悔しそうに呟いた。
クソッ、こんな所で……! 俺は、無意識のうちに、震えるエイダの前に自分の身体を割り込ませていた。ただの気休めだ。ジャンク屋の身体なんざ、あの主砲の前じゃ紙切れ同然だ。でも、そうせずにはいられなかった。妹を救えなかった、あの時の無力感が、蘇ってくる。今度こそ、守りたかったのに……!
ドローンの砲口の光が、最大に達した。全てが終わる、その瞬間。
俺の腕の中で、それまで人形のように静かだったエイダの身体が、ピクリと動いた。
『……マスターユーザーへの、致命的脅威を検知』
彼女の蒼い瞳が、淡い光を放った。
『休眠中のローカルネットワーク内アセットにアクセス。強制起動シーケンス、開始します』
その無機質な声と同時に、彼女の蒼い瞳が、まるで内部から発光するかのように、強い、冷たい光を放った。次の瞬間、街のあちこちから、金属が擦れるような、あるいは地中から何かが這い上がってくるような、無数の異様な音が響き始めた。マンホールの蓋が内側から吹き飛ばされ、路地裏のゴミの山が不気味に蠢き、廃ビルの割れた窓から、錆びついた金属の脚が何本も姿を現す。
錆びついた、軌道戦争時代の警備ドローン。蜘蛛のような形をした、旧式のメンテナンスボット。それは、この街の片隅で、百年近く眠っていたガラクタの軍勢だった。その無数の赤いカメラアイが、一斉にオムニテックのドローン部隊へと向けられる!
ガラクタの軍勢は、統制も何もなく、ただただ物量に任せて、オムニテックの最新鋭ドローンへと襲いかかった! けたたましい金属音、火花、そして爆発。最新鋭のドローン部隊が、予測不能な動きで襲いかかる「ジャンク・ドローン」の群れに、次々と破壊されていく。
そして、その狂乱は機械だけにとどまらなかった。ジャンク・ドローンの一部は、近くにいた治安維持部隊の兵士や、オムニテック社の傭兵たちにも襲いかかった。悲鳴と銃声が上がる。強化服の装甲が、錆びた金属の爪に引き裂かれ、赤い血がネオンに照らされたアスファルトを濡らす。混乱の中、イージス・セキュリティの傭兵も数名が流れ弾に倒れた。それは、もはや戦闘ではなく、ただの無差別な破壊と殺戮だった。
やがて街は再び、先ほどまでとは質の違う、死んだような静寂に包まれた。後には、スパークを散らしながら黒煙を上げるオムニテック社のドローンの残骸と、再び無機質なガラクタへと戻り、ぴくりとも動かなくなったジャンクたちの残骸だけが、ネオンの虚しい光に照らされて転がっている。
ザックの腕の中で、エイダの身体からふっと力が抜けた。彼女の蒼い瞳から強い光が失われ、その輝きは鈍いガラス玉のように変わる。力の行使により、彼女のシステムは限界を迎え、緊急用の「低電力モード」へと移行したのだ。 反応は鈍く、身体を動かすこともままならないようだが、その瞳は、まだ確かにザックの顔を映していた。
ザックは、力の抜けたエイダを抱えながら、目の前の惨状を見つめていた。助かった。だが、これは……。
腕の中の|少女《アンドロイド》が見せた、あまりに強大で、そして無慈悲な力。その力によってもたらされた、一方的な破壊と殺戮の光景。
「……こんなのは、間違ってる」彼は、誰に言うでもなく、しかし腕の中のエイダに聞かせるように呟いた。「ただの、殺戮じゃないか……」
イリスはその言葉と、エイダを庇うように抱きかかえるザックの姿を、瓦礫の陰から黙って見つめていた。彼女の瞳から、ザックに対する警戒の色が少しだけ薄れたように見えた。
だが、安堵する暇はなかった。周囲にはまだ、武装したイージス・セキュリティの傭兵たちと、混乱した治安維持部隊が残っている。予断を許さない状況は、まだ続いていた。