第8話 無法都市のオークション
ー/ー
ジャンクション・セブンに到着してから、二日が過ぎた。俺たちは、マダム・プラムが用意した店の最上階にあるスイートルームで、賓客として扱われていた。豪華な食事、清潔なシャワー、そしてふかふかのベッド。しかし、それは金色の鳥かごにいるのと同義だった。部屋の外には常に屈強な用心棒が見張っており、俺たちはプラムの許可なく、一歩も外へは出られなかった。
この二日間で、イリスは俺の肩の傷の手当てをしてくれた。そして、俺はエイダの簡単なメンテナンスを行い、俺たちは互いの過去の断片に触れ、三人の間には以前とは違う、奇妙な連帯感が生まれていた。だが、この状況が長く続くはずもない。
「……本当に、買い手なんて見つかるのかね」
俺は、部屋の隅で静かに待機しているエイダを見ながら、警戒を解かないイリスに呟いた。
「あのマダム・プラムという女、信用できないわ。彼女自身が、一番の買い手かもしれない」イリスは冷静に答えた。
その時、部屋のドアが開き、プラムの店の用心棒が現れた。
「マダムがお呼びだ。取引の準備ができたそうだ。ついてこい」
俺たちが案内されたのは、店の地下にある、かつてワインセラーだった場所を改造したような、広大な空間だった。中央にはスポットライトが当てられ、その中心にエイダを立たせるよう指示される。俺とイリスは、少し離れた壁際に立たされた。
やがて、複数の入り口から、三組の客人が姿を現した。
一方からは、オムニテック社のロゴがプラチナで刺繍された、いかにも高価そうなダークスーツを着こなした、爬虫類のように冷たい目をした男。彼の背後には、護衛として数機の最新鋭軍用ドローンが、低い駆動音を立てながら静かに浮遊している。
もう一方から現れた男の姿を見て、俺は全身の筋肉が強張るのを感じた。身の丈二メートルはあろうかという巨躯に、歴戦の猛者の風格を漂わせる男――ガシュレー・ウォード。「イージス・セキュリティ」のリーダーだ。
そして、最後の入り口からは、生命維持装置と思しき機械が一体化した豪華な装飾の施されたフローティングチェアに乗った老人が、全身をサイボーグ化した護衛を伴って現れた。軌道戦争時代の遺物を集めているという、闇市場では噂に名高い「コレクター」だろうか。
さらに、その隣には、顔を深いフードとヴェールで隠した、性別すら定かではない謎の人物が一人、まるで彫像のように静かに佇んでいる。
俺は咄嗟に、エイダの前に一歩踏み出し、彼女を背中に庇うような位置に立った。
「……嫌な予感がする」俺は、イリスにだけ聞こえるように囁いた。「イリス、あのデカい男(ガシュレー)に気をつけろ。奴はただの傭兵じゃない。前の充電ステーションにいた連中の、リーダーだ。食えない男だよ」
俺の言葉に、イリスの表情も険しくなる。ガシュレーは、俺の存在に気づいたのか、その口元に、わずかに嘲るような笑みを浮かべたように見えた。
そこへ、マダム・プラムが、二人の屈強な護衛を従えて、悠々と現れた。
「ようこそ、皆様。お集まりいただき、アタシ、嬉しいわぁ」プラムは、優雅に煙管をくゆらせながら言った。「本日の『商品』はこちらの可愛らしいお人形さん。ルールは簡単。一番高い値を付けた方が、この子をお持ち帰りになれる。では、オークション、スタートよ!」
オムニテック社の男が、鼻で笑った。「結構。ではまず、こちらから。我が社は、彼女の『保護と研究』のために、連邦クレジットで5000万を提示しましょう」
すると、ヴェールを被った謎の人物が、プラムが用意したサクラだとすぐに分かった。彼はプラムの合図で、わざとらしく声を張り上げる。
「当方、1億クレジットでどうでしょう?」
「ほう」コレクターの老人が、初めて口を開いた。「素晴らしい『作品』だ。その造形美は、まさに軌道戦争末期の芸術品。私のコレクションに加えるにふさわしい。1億2000万」
「我々の目的は、この危険な遺物の『保護と管理』だ」ガシュレーが低い声で言った。「金の問題ではないが、誠意は見せよう。1億3000万」
「ふん、ケチなことだ」オムニテック社の男は、嘲るように言った。「では、2億。これでどうですかな、皆さん?」
その法外な額に、コレクターは静かに首を振り、ガシュレーも沈黙した。サクラは、役目を終えたとばかりに静かになる。
「はーい、交渉成立ね!」プラムは、芝居がかった仕草で手を叩いた。「オムニテック社のローウェル様、お買い上げありがとうございます! では、商品のお引き渡しを……」
オムニテックの交渉人がアンドロイドに近づこうとした、その瞬間。
「交渉は決裂だ」
それまで沈黙を守っていたガシュレー・ウォードの、静かだが、鋼のように硬質で決然とした声が、ワインセラーの空気を震わせた。一瞬にして場の空気が凍りつき、オムニテックの男もコレクターも、そしてプラムでさえも、驚愕の表情でガシュレーへと視線を向けた。
「その遺物は、お前たちのような企業が、利益のために手にしていいものではない」
「利益、ですか……」ローウェルは小馬鹿にするようにガシュレーに向き合う。
「我々が見ているのは、もっと先ですよ。軌道戦争の愚かな指導者たちと、その後の臆病な官僚たちが封印してしまった、人類の『本来あるべき未来』を取り戻すのです。このアンドロイドは、そのための鍵に過ぎません」
「悪いが、あれを貴様らに渡すわけにはいかん」
その言葉を合図に、ガシュレーは左腕を素早く上げた。その手首から先が、カシャリという機械音と共に不自然な角度に倒れ、その内側から隠されていた銃口が姿を現した!
──プスッ! プスッ!
圧縮ガスによる、ほとんど音のしない発射音。プラムの護衛たちが、悲鳴を上げる間もなく、次々と床に崩れ落ちていく。
「ッ!……愚かな真似を!」ローウェルは苦虫を噛み潰しつつ、護衛に守られながら会場から去っていく。
「な、なんですって!?」プラムの顔から血の気が引く。「アタシの店で、なんてことを!」
ガシュレーは、腕の銃口をプラムに向けたまま、静かに言った。「あんたの商売を邪魔する気はない。だが、あのアンドロイドは我々が確保する。大人しくしていれば、命までは取らん」
プラムは、一瞬、悔しさに顔を歪めたが、すぐに状況を判断したのだろう。彼女は、俺とイリス、そしてエイダに鋭い視線を送った。
「……こっちよ! このままじゃ、全員蜂の巣よ!」
彼女はそう叫ぶと、壁の一部を押した。隠し通路だ! プラムは、アンドロイドを奪われるくらいなら、この場を混乱させてでも、一度仕切り直すつもりなのだ!
俺たちは、プラムに促されるまま、隠し通路へと飛び込んだ。背後で、ガシュレーが「逃がすか!」と叫ぶ声と、オムニテックの男の怒声が聞こえる。
薄暗い通路を駆け抜け、裏口から外へ飛び出した瞬間、俺たちは言葉を失った。
店の外、ジャンクション・セブンのケバケバしいネオンが乱反射する通りは、既に地獄のような戦場と化していたのだ。
空からは、オムニテック社の無人軍用ドローンが、昆虫のような甲高い飛翔音を立てながら滑るように降下し、地上からは、装甲車を盾にしたイージス・セキュリティの傭兵部隊が、重々しい銃声で応戦している。両者の銃弾とレーザーが夜空を切り裂き、あちこちで駐車車両が炎上し、黒煙を上げていた。流れ弾に怯えた住民たちの悲鳴が、喧騒の中に混じっている。両陣営とも、最初からこの場所で事を構えるつもりで、本体を待機させていたのだ!
「おいおい、マジかよ……!」
銃弾とレーザーが飛び交う大混乱の中、俺はエイダの手を強く握りしめた。
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
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この二日間で、イリスは俺の肩の傷の手当てをしてくれた。そして、俺はエイダの簡単なメンテナンスを行い、俺たちは互いの過去の断片に触れ、三人の間には以前とは違う、奇妙な連帯感が生まれていた。だが、この状況が長く続くはずもない。
「……本当に、買い手なんて見つかるのかね」
俺は、部屋の隅で静かに待機しているエイダを見ながら、警戒を解かないイリスに呟いた。
「あのマダム・プラムという女、信用できないわ。彼女自身が、一番の買い手かもしれない」イリスは冷静に答えた。
その時、部屋のドアが開き、プラムの店の用心棒が現れた。
「マダムがお呼びだ。取引の準備ができたそうだ。ついてこい」
俺たちが案内されたのは、店の地下にある、かつてワインセラーだった場所を改造したような、広大な空間だった。中央にはスポットライトが当てられ、その中心にエイダを立たせるよう指示される。俺とイリスは、少し離れた壁際に立たされた。
やがて、複数の入り口から、三組の客人が姿を現した。
一方からは、オムニテック社のロゴがプラチナで刺繍された、いかにも高価そうなダークスーツを着こなした、爬虫類のように冷たい目をした男。彼の背後には、護衛として数機の最新鋭軍用ドローンが、低い駆動音を立てながら静かに浮遊している。
もう一方から現れた男の姿を見て、俺は全身の筋肉が強張るのを感じた。身の丈二メートルはあろうかという巨躯に、歴戦の猛者の風格を漂わせる男――ガシュレー・ウォード。「イージス・セキュリティ」のリーダーだ。
そして、最後の入り口からは、生命維持装置と思しき機械が一体化した豪華な装飾の施されたフローティングチェアに乗った老人が、全身をサイボーグ化した護衛を伴って現れた。軌道戦争時代の遺物を集めているという、闇市場では噂に名高い「コレクター」だろうか。
さらに、その隣には、顔を深いフードとヴェールで隠した、性別すら定かではない謎の人物が一人、まるで彫像のように静かに佇んでいる。
俺は咄嗟に、エイダの前に一歩踏み出し、彼女を背中に庇うような位置に立った。
「……嫌な予感がする」俺は、イリスにだけ聞こえるように囁いた。「イリス、あのデカい男(ガシュレー)に気をつけろ。奴はただの傭兵じゃない。前の充電ステーションにいた連中の、リーダーだ。食えない男だよ」
俺の言葉に、イリスの表情も険しくなる。ガシュレーは、俺の存在に気づいたのか、その口元に、わずかに嘲るような笑みを浮かべたように見えた。
そこへ、マダム・プラムが、二人の屈強な護衛を従えて、悠々と現れた。
「ようこそ、皆様。お集まりいただき、アタシ、嬉しいわぁ」プラムは、優雅に煙管をくゆらせながら言った。「本日の『商品』はこちらの可愛らしいお人形さん。ルールは簡単。一番高い値を付けた方が、この子をお持ち帰りになれる。では、オークション、スタートよ!」
オムニテック社の男が、鼻で笑った。「結構。ではまず、こちらから。我が社は、彼女の『保護と研究』のために、連邦クレジットで5000万を提示しましょう」
すると、ヴェールを被った謎の人物が、プラムが用意したサクラだとすぐに分かった。彼はプラムの合図で、わざとらしく声を張り上げる。
「当方、1億クレジットでどうでしょう?」
「ほう」コレクターの老人が、初めて口を開いた。「素晴らしい『作品』だ。その造形美は、まさに軌道戦争末期の芸術品。私のコレクションに加えるにふさわしい。1億2000万」
「我々の目的は、この危険な遺物の『保護と管理』だ」ガシュレーが低い声で言った。「金の問題ではないが、誠意は見せよう。1億3000万」
「ふん、ケチなことだ」オムニテック社の男は、嘲るように言った。「では、2億。これでどうですかな、皆さん?」
その法外な額に、コレクターは静かに首を振り、ガシュレーも沈黙した。サクラは、役目を終えたとばかりに静かになる。
「はーい、交渉成立ね!」プラムは、芝居がかった仕草で手を叩いた。「オムニテック社のローウェル様、お買い上げありがとうございます! では、商品のお引き渡しを……」
オムニテックの交渉人がアンドロイドに近づこうとした、その瞬間。
「交渉は決裂だ」
それまで沈黙を守っていたガシュレー・ウォードの、静かだが、鋼のように硬質で決然とした声が、ワインセラーの空気を震わせた。一瞬にして場の空気が凍りつき、オムニテックの男もコレクターも、そしてプラムでさえも、驚愕の表情でガシュレーへと視線を向けた。
「その遺物は、お前たちのような企業が、利益のために手にしていいものではない」
「利益、ですか……」ローウェルは小馬鹿にするようにガシュレーに向き合う。
「我々が見ているのは、もっと先ですよ。軌道戦争の愚かな指導者たちと、その後の臆病な官僚たちが封印してしまった、人類の『本来あるべき未来』を取り戻すのです。このアンドロイドは、そのための鍵に過ぎません」
「悪いが、あれを貴様らに渡すわけにはいかん」
その言葉を合図に、ガシュレーは左腕を素早く上げた。その手首から先が、カシャリという機械音と共に不自然な角度に倒れ、その内側から隠されていた銃口が姿を現した!
──プスッ! プスッ!
圧縮ガスによる、ほとんど音のしない発射音。プラムの護衛たちが、悲鳴を上げる間もなく、次々と床に崩れ落ちていく。
「ッ!……愚かな真似を!」ローウェルは苦虫を噛み潰しつつ、護衛に守られながら会場から去っていく。
「な、なんですって!?」プラムの顔から血の気が引く。「アタシの店で、なんてことを!」
ガシュレーは、腕の銃口をプラムに向けたまま、静かに言った。「あんたの商売を邪魔する気はない。だが、あのアンドロイドは我々が確保する。大人しくしていれば、命までは取らん」
プラムは、一瞬、悔しさに顔を歪めたが、すぐに状況を判断したのだろう。彼女は、俺とイリス、そしてエイダに鋭い視線を送った。
「……こっちよ! このままじゃ、全員蜂の巣よ!」
彼女はそう叫ぶと、壁の一部を押した。隠し通路だ! プラムは、アンドロイドを奪われるくらいなら、この場を混乱させてでも、一度仕切り直すつもりなのだ!
俺たちは、プラムに促されるまま、隠し通路へと飛び込んだ。背後で、ガシュレーが「逃がすか!」と叫ぶ声と、オムニテックの男の怒声が聞こえる。
薄暗い通路を駆け抜け、裏口から外へ飛び出した瞬間、俺たちは言葉を失った。
店の外、ジャンクション・セブンのケバケバしいネオンが乱反射する通りは、既に地獄のような戦場と化していたのだ。
空からは、オムニテック社の無人軍用ドローンが、昆虫のような甲高い飛翔音を立てながら滑るように降下し、地上からは、装甲車を盾にしたイージス・セキュリティの傭兵部隊が、重々しい銃声で応戦している。両者の銃弾とレーザーが夜空を切り裂き、あちこちで駐車車両が炎上し、黒煙を上げていた。流れ弾に怯えた住民たちの悲鳴が、喧騒の中に混じっている。両陣営とも、最初からこの場所で事を構えるつもりで、本体を待機させていたのだ!
「おいおい、マジかよ……!」
銃弾とレーザーが飛び交う大混乱の中、俺はエイダの手を強く握りしめた。