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第7話 傷跡と、重なる面影

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 マダム・プラムが用意したスイートルームは、無駄に豪華で、そして息が詰まるほど静かだった。けばけばしい趣味のベルベットのソファ、壁にかかった出所不明の絵画、そして分厚いカーペットが、部屋の主の悪趣味と権力を同時に示しているようだった。窓の外からは、ジャンクション・セブンの喧騒とネオンの光が、防音ガラス越しにぼんやりと届いている。だが、この金色の鳥かごの中で、俺たちの間には重い沈黙が流れていた。

「……じっとしてなさいよ」
 イリスが、俺の左肩の傷口を消毒しながら、呆れたような、しかしどこか優しい声で言った。俺はシャツを脱ぎ、部屋のソファに腰掛けている。彼女は、手際よく、そして驚くほど丁寧に、俺の傷を手当てしてくれていた。
「……悪いな」

「本当に馬鹿なことをしたわね。あんな無防備に飛び出して……。死んだら、あなたの言う『借金』も返せないでしょうに」彼女は、軽口を叩きながらも、その指先は真剣だった。

「……うるせえよ」俺は、そっぽを向いて悪態をついた。
 だが、分かっていた。彼女が俺を本気で心配してくれていることも、そして、彼女の的確な援護がなければ、俺は今頃ここにはいなかっただろうということも。

 手当てが終わり、イリスが包帯を固く結びながら言った。
「これでよし。しばらくは安静にしてなさい」
「ああ、助かった」俺は礼を言うと、今度は部屋の隅で静かに座っているエイダの方へ向き直った。「さて、次はあんたの番だ」

 エイダは、先の戦闘の衝撃で、腕の関節部からいくつかの細いケーブルが剥き出しになっていた。大した損傷ではないが、放置すれば機能不全に陥るかもしれない。俺は、いつも使っている工具セットを取り出し、彼女の前に膝をついた。

「へぇ……あなた、本当に修理できるのね」イリスが、少し感心したような声で言った。
「これでも、プロのジャンク屋なんでな」俺は得意げに答えながら、エイダの滑らかな腕のパネルを慎重に開けた。中には、まるで宝石を散りばめたかのように、無数の光ファイバーと精密な基盤が複雑に、しかし美しく配置されている。旧時代の、俺たちが普段目にするガラクタとは次元が違う、芸術品のような内部構造だ。

「こういう旧時代の機械(ガラクタ)をいじるのだけは、得意なんだよ」
 俺は、いつも使っている工具セットから精密ドライバーを取り出し、剥き出しになったケーブルの接続を確認し始めた。その手つきは、自分でも驚くほど自然で、丁寧だった。まるで、壊れやすいガラス細工を扱うように。妹の好きだった、古いオルゴールを修理してやった時のことを、なぜかふと思い出した。

 しばらく、俺が作業に没頭する音だけが、部屋に響いていた。その沈黙を破ったのは、イリスだった。
「……あの時、どうして彼女を庇ったの?」彼女の声は、静かだった。「あなたは、彼女を『お宝』だと言っていた。商品価値が下がるのを恐れた、というわけでもなさそうだったけど」

 俺の手が、一瞬止まる。
「……さあな。身体が、勝手に動いただけだ」

「……」イリスは、何かを確信したように、続けた。「彼女に、あなたの妹さんの面影を重ねているの?」

 俺は、自分でも整理のつかない感情を指摘され、ぶっきらぼうに答えた。
「……あんたには、関係ない話だ」
「そうかもしれないわね」イリスは、静かに頷いた。「でも……どんな子だったの? あなたの妹さんは」

 その一言が、俺の中で決壊寸前だった感情のダムに、最初の亀裂を入れた。ここから一度でも溢れさせてしまえば、もう元には戻れない。そんな恐怖と、全てを吐き出してしまいたいという衝動が、俺の中で激しくせめぎ合った。俺は言葉に詰まり、視線を落とした。イリスは、責めるでもなく、ただ静かに、俺の言葉を待っている。

「……明るくて、強くて……いつも、俺なんかよりずっと前向きな奴だった」俺は、ぽつりぽつりと語り始めた。「病気になっても、最後まで笑顔を絶やさなくて……。なのに、俺は……何もしてやれなかった。借金だけが残って……」

 イリスは、黙って俺の話を聞いていた。そして、俺が言葉を終えると、彼女は静かに言った。
「……そう。……私にも、似たような経験があってね」その声は、先ほどまでの冷静さを失い、わずかに震えていた。彼女は窓の外の喧騒に視線を向け、まるで遠い過去を思い出すかのように目を細める。「軌道戦争の遺物で、大切な人を……」彼女はそこまで言って、はっと我に返ったように口をつぐんだ。「……だから、少し……気になったのよ」

 その言葉に、俺は再び彼女の顔を見た。彼女の瞳の奥にも、俺と同じような、深い喪失の影が揺らめいているように見えた。こいつも、何かを背負って戦っているのか……。まぁ、珍しくもないか……。

 その時、俺たちのやり取りを、すぐそばで聞いていたエイダが、わずかに首を傾げた。そして、その蒼い瞳で、俺の顔と、イリスの顔を、交互に見つめた。まるで、俺たちの会話に出てきた「妹」や「大切な人」という言葉の意味と、それに伴う「悲しみ」や「優しさ」という感情のデータを、必死で理解しようとしているかのように。

 その瞬間、俺は、確かに感じたんだ。このアンドロイドは、ただの機械じゃない。彼女は、俺たちの言葉を聞き、何かを学び、そして、変わろうとしている。
 俺たち三人の間に、奇妙な、しかし確かな絆が生まれたような、不思議な静寂が流れていた。


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 マダム・プラムが用意したスイートルームは、無駄に豪華で、そして息が詰まるほど静かだった。けばけばしい趣味のベルベットのソファ、壁にかかった出所不明の絵画、そして分厚いカーペットが、部屋の主の悪趣味と権力を同時に示しているようだった。窓の外からは、ジャンクション・セブンの喧騒とネオンの光が、防音ガラス越しにぼんやりと届いている。だが、この金色の鳥かごの中で、俺たちの間には重い沈黙が流れていた。
「……じっとしてなさいよ」
 イリスが、俺の左肩の傷口を消毒しながら、呆れたような、しかしどこか優しい声で言った。俺はシャツを脱ぎ、部屋のソファに腰掛けている。彼女は、手際よく、そして驚くほど丁寧に、俺の傷を手当てしてくれていた。
「……悪いな」
「本当に馬鹿なことをしたわね。あんな無防備に飛び出して……。死んだら、あなたの言う『借金』も返せないでしょうに」彼女は、軽口を叩きながらも、その指先は真剣だった。
「……うるせえよ」俺は、そっぽを向いて悪態をついた。
 だが、分かっていた。彼女が俺を本気で心配してくれていることも、そして、彼女の的確な援護がなければ、俺は今頃ここにはいなかっただろうということも。
 手当てが終わり、イリスが包帯を固く結びながら言った。
「これでよし。しばらくは安静にしてなさい」
「ああ、助かった」俺は礼を言うと、今度は部屋の隅で静かに座っているエイダの方へ向き直った。「さて、次はあんたの番だ」
 エイダは、先の戦闘の衝撃で、腕の関節部からいくつかの細いケーブルが剥き出しになっていた。大した損傷ではないが、放置すれば機能不全に陥るかもしれない。俺は、いつも使っている工具セットを取り出し、彼女の前に膝をついた。
「へぇ……あなた、本当に修理できるのね」イリスが、少し感心したような声で言った。
「これでも、プロのジャンク屋なんでな」俺は得意げに答えながら、エイダの滑らかな腕のパネルを慎重に開けた。中には、まるで宝石を散りばめたかのように、無数の光ファイバーと精密な基盤が複雑に、しかし美しく配置されている。旧時代の、俺たちが普段目にするガラクタとは次元が違う、芸術品のような内部構造だ。
「こういう旧時代の|機械《ガラクタ》をいじるのだけは、得意なんだよ」
 俺は、いつも使っている工具セットから精密ドライバーを取り出し、剥き出しになったケーブルの接続を確認し始めた。その手つきは、自分でも驚くほど自然で、丁寧だった。まるで、壊れやすいガラス細工を扱うように。妹の好きだった、古いオルゴールを修理してやった時のことを、なぜかふと思い出した。
 しばらく、俺が作業に没頭する音だけが、部屋に響いていた。その沈黙を破ったのは、イリスだった。
「……あの時、どうして彼女を庇ったの?」彼女の声は、静かだった。「あなたは、彼女を『お宝』だと言っていた。商品価値が下がるのを恐れた、というわけでもなさそうだったけど」
 俺の手が、一瞬止まる。
「……さあな。身体が、勝手に動いただけだ」
「……」イリスは、何かを確信したように、続けた。「彼女に、あなたの妹さんの面影を重ねているの?」
 俺は、自分でも整理のつかない感情を指摘され、ぶっきらぼうに答えた。
「……あんたには、関係ない話だ」
「そうかもしれないわね」イリスは、静かに頷いた。「でも……どんな子だったの? あなたの妹さんは」
 その一言が、俺の中で決壊寸前だった感情のダムに、最初の亀裂を入れた。ここから一度でも溢れさせてしまえば、もう元には戻れない。そんな恐怖と、全てを吐き出してしまいたいという衝動が、俺の中で激しくせめぎ合った。俺は言葉に詰まり、視線を落とした。イリスは、責めるでもなく、ただ静かに、俺の言葉を待っている。
「……明るくて、強くて……いつも、俺なんかよりずっと前向きな奴だった」俺は、ぽつりぽつりと語り始めた。「病気になっても、最後まで笑顔を絶やさなくて……。なのに、俺は……何もしてやれなかった。借金だけが残って……」
 イリスは、黙って俺の話を聞いていた。そして、俺が言葉を終えると、彼女は静かに言った。
「……そう。……私にも、似たような経験があってね」その声は、先ほどまでの冷静さを失い、わずかに震えていた。彼女は窓の外の喧騒に視線を向け、まるで遠い過去を思い出すかのように目を細める。「軌道戦争の遺物で、大切な人を……」彼女はそこまで言って、はっと我に返ったように口をつぐんだ。「……だから、少し……気になったのよ」
 その言葉に、俺は再び彼女の顔を見た。彼女の瞳の奥にも、俺と同じような、深い喪失の影が揺らめいているように見えた。こいつも、何かを背負って戦っているのか……。まぁ、珍しくもないか……。
 その時、俺たちのやり取りを、すぐそばで聞いていたエイダが、わずかに首を傾げた。そして、その蒼い瞳で、俺の顔と、イリスの顔を、交互に見つめた。まるで、俺たちの会話に出てきた「妹」や「大切な人」という言葉の意味と、それに伴う「悲しみ」や「優しさ」という感情のデータを、必死で理解しようとしているかのように。
 その瞬間、俺は、確かに感じたんだ。このアンドロイドは、ただの機械じゃない。彼女は、俺たちの言葉を聞き、何かを学び、そして、変わろうとしている。
 俺たち三人の間に、奇妙な、しかし確かな絆が生まれたような、不思議な静寂が流れていた。