第6話 ドラァグクイーンと新たな火種
ー/ー
オンボロの装甲バギーで荒野を走ること半日。俺たちは、無法都市「ジャンクション・セブン」の巨大な、錆びついたゲートの前にたどり着いた。軌道戦争時代の高速道路の第7ジャンクション跡地に、難民やならず者たちが勝手に寄り集まってできた、連邦の法の光も届かない巨大なスラム街。だが、ここにはモノも、情報も、そして欲望も、世界中のあらゆるものが流れ着く。
「……ひどい場所ね」
後部座席から、イリス・ソーンが吐き捨てるように言った。彼女のようなエリート様には、この街の混沌と活気、そして腐臭は我慢ならないだろう。
「アンタみたいな『お上』の人間にはな。だが、ここじゃ誰も身分なんて聞きやしない。重要なのは、腕っぷしか、金か、あるいは使える『情報』を持ってるかどうかだ」俺はそう言うと、ゲートの自警団に慣れた様子で少額のチップを渡し、バギーを街の中へと進めた。
途端に、様々な言語の喧騒と、どこかの店から大音量で流れる音楽、そしてスパイスと機械油と得体の知れない何かが混じり合った独特の匂いが、俺たちを包み込んだ。空には無数のネオンサインが瞬き、そのけばけばしい光が、薄汚れた路地や、サイバネティクス化された体で闊歩する人々、そして路肩で怪しげな商品を広げる露天商たちを、まだらに照らし出している。助手席のエイダは、その混沌とした街の景色を、相変わらず無表情なまま、その蒼い瞳に映していた。
俺たちが向かったのは、街の中心部でひときわ派手なネオンを輝かせている店、「パレス・プラム」だ。表向きは高級クラブだが、その実態は、このジャンクション・セブンを裏で牛耳る情報屋兼、違法な高利貸し、マダム・プラムの城だった。俺の借金の債権者でもある。
店の中に一歩足を踏み入れると、外の喧騒が嘘のような、甘ったるい香水の匂いと、紫煙が漂う退廃的な空間が広がっていた。薄暗い照明の中、あちこちでけばけばしいドレスを着た女たちが、金のありそうな商人や、明らかに裏社会の人間と見える男たちに媚を売っている。その周囲を、体格の良い屈強な用心棒たちが鋭い目つきで監視していた。ジャズのような、しかしどこか気怠い音楽が低く流れている。俺は、その中をイリスとエイダを連れて、まるでモーゼが海を割るかのように、堂々と進んでいく。
「あら、ザッキーじゃない。久しぶりね、可愛い坊や」
店の奥、VIP席に鎮座する、ひときわ巨大な影が、ねっとりとした声で俺を呼んだ。マダム・プラムだ。身長は二メートルを超え、ど派手なスパンコールのドレスと、完璧だが分厚い化粧に身を包んだ、この街の女王。その性別が男か女かなんて、この街じゃ誰も気にしない。
「プラム……」
「アタシのことはマダムとお呼びなさい」彼女は長い煙管をくゆらせながら、俺たちのことを見下ろしている。「で? 借金の返済に来てくれたのかしら? それとも、また新しい借金の相談?」
「どっちも、だ」俺は、意を決して言った。「アンタに、とびきりの『お宝』を持ってきた。こいつをさばく手伝いをしてくれれば、アンタへの借金なんざ、お釣りが出るぜ」
俺は、隣に立つエイダを顎で示した。
マダム・プラムの目が、初めて俺から逸れ、エイダへと注がれた。その目は、獲物を見つけた猛禽類のように、ギラリと欲に輝いた。彼女はその巨体でゆっくりと立ち上がると、エイダの周りを、まるで最高級の美術品を品定めするかのように、ぬらりぬらりと歩き始めた。その鋭い視線は、エイダの寸分の狂いもない顔立ちから、滑らかなボディライン、そして首筋に刻まれた「AIDA」という小さな刻印まで、まるでレントゲン写真でも撮るかのように、じっくりと舐め回すように観察していた。やがて、プラムはエイダの腕にそっと触れ、感嘆のため息を漏らした。
「……まあ。これは……とんでもない『遺物』を拾ってきたわね、ザッキー。ただのアンドロイドじゃない。軌道戦争時代の、それも最高機密レベルの……」
彼女の目が、ギラリと欲に輝いた。
「いいわ。この話、乗った。アンタたちには部屋を用意させるから、アタシが最高の買い手を見つけてくるまで、そこで大人しくしてるのよ。いいわね?」
その言葉には、逆らうことを許さない響きがあった。
プラムが用意した部屋は、店の最上階にある、無駄に豪華なスイートルームだった。俺とイリスは、部屋の隅で静かに座っているエイダを挟んで、互いに警戒しながら向かい合っていた。
「……信用できる相手なの? あの人」イリスが、低い声で尋ねてきた。
「信用? ハッ、この街で一番しちゃいけねえ言葉だ。だが、腕は確かだよ。金になることならなんだってやる。今はそれに賭けるしかねえだろ」
「はぁ……、ただで済みそうもないわね。ダメ元で、私も応援を頼んでみるわ」と言って、イリスはため息をついた。
俺たちの間に、重い沈黙が流れる。
その頃、マダム・プラムは、自室の黄金の通信機で、二つの異なる暗号化回線に、立て続けに連絡を取っていた。
「……ええ、そうよ。間違いなく『本物』。軌道戦争時代の、極上のアンドロイドよ。興味あるでしょ、オムニテックさん? ……もちろん、お値段は勉強させてもらうわ。ただし、他にも欲しがってる方々がいるから、お早めにね」
そして、もう一方の回線へ。
「……もしもし? そちら、イージス・セキュリティでよろしいかしら? あなたたちが血眼で探してる『遺物』、今、アタシが預かってるわよ。ええ、女性型のアンドロイド……。アタシの情報はいつでも確かよ。もちろん、情報料はそれなりにいただくけどね」
プラムは、受話器を置くと、グラスの中のワインを満足げに一気に飲み干した。
「さあ、ショーの始まりよ……!」
彼女の妖艶な笑みが、部屋の薄暗い照明に不気味に照らし出されていた。
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「……ひどい場所ね」
後部座席から、イリス・ソーンが吐き捨てるように言った。彼女のようなエリート様には、この街の混沌と活気、そして腐臭は我慢ならないだろう。
「アンタみたいな『お上』の人間にはな。だが、ここじゃ誰も身分なんて聞きやしない。重要なのは、腕っぷしか、金か、あるいは使える『情報』を持ってるかどうかだ」俺はそう言うと、ゲートの自警団に慣れた様子で少額のチップを渡し、バギーを街の中へと進めた。
途端に、様々な言語の喧騒と、どこかの店から大音量で流れる音楽、そしてスパイスと機械油と得体の知れない何かが混じり合った独特の匂いが、俺たちを包み込んだ。空には無数のネオンサインが瞬き、そのけばけばしい光が、薄汚れた路地や、サイバネティクス化された体で闊歩する人々、そして路肩で怪しげな商品を広げる露天商たちを、まだらに照らし出している。助手席のエイダは、その混沌とした街の景色を、相変わらず無表情なまま、その蒼い瞳に映していた。
俺たちが向かったのは、街の中心部でひときわ派手なネオンを輝かせている店、「パレス・プラム」だ。表向きは高級クラブだが、その実態は、このジャンクション・セブンを裏で牛耳る情報屋兼、違法な高利貸し、マダム・プラムの城だった。俺の借金の債権者でもある。
店の中に一歩足を踏み入れると、外の喧騒が嘘のような、甘ったるい香水の匂いと、紫煙が漂う退廃的な空間が広がっていた。薄暗い照明の中、あちこちでけばけばしいドレスを着た女たちが、金のありそうな商人や、明らかに裏社会の人間と見える男たちに媚を売っている。その周囲を、体格の良い屈強な用心棒たちが鋭い目つきで監視していた。ジャズのような、しかしどこか気怠い音楽が低く流れている。俺は、その中をイリスとエイダを連れて、まるでモーゼが海を割るかのように、堂々と進んでいく。
「あら、ザッキーじゃない。久しぶりね、可愛い坊や」
店の奥、VIP席に鎮座する、ひときわ巨大な影が、ねっとりとした声で俺を呼んだ。マダム・プラムだ。身長は二メートルを超え、ど派手なスパンコールのドレスと、完璧だが分厚い化粧に身を包んだ、この街の女王。その性別が男か女かなんて、この街じゃ誰も気にしない。
「プラム……」
「アタシのことはマダムとお呼びなさい」彼女は長い煙管をくゆらせながら、俺たちのことを見下ろしている。「で? 借金の返済に来てくれたのかしら? それとも、また新しい借金の相談?」
「どっちも、だ」俺は、意を決して言った。「アンタに、とびきりの『お宝』を持ってきた。こいつをさばく手伝いをしてくれれば、アンタへの借金なんざ、お釣りが出るぜ」
俺は、隣に立つエイダを顎で示した。
マダム・プラムの目が、初めて俺から逸れ、エイダへと注がれた。その目は、獲物を見つけた猛禽類のように、ギラリと欲に輝いた。彼女はその巨体でゆっくりと立ち上がると、エイダの周りを、まるで最高級の美術品を品定めするかのように、ぬらりぬらりと歩き始めた。その鋭い視線は、エイダの寸分の狂いもない顔立ちから、滑らかなボディライン、そして首筋に刻まれた「AIDA」という小さな刻印まで、まるでレントゲン写真でも撮るかのように、じっくりと舐め回すように観察していた。やがて、プラムはエイダの腕にそっと触れ、感嘆のため息を漏らした。
「……まあ。これは……とんでもない『遺物』を拾ってきたわね、ザッキー。ただのアンドロイドじゃない。軌道戦争時代の、それも最高機密レベルの……」
彼女の目が、ギラリと欲に輝いた。
「いいわ。この話、乗った。アンタたちには部屋を用意させるから、アタシが最高の買い手を見つけてくるまで、そこで大人しくしてるのよ。いいわね?」
その言葉には、逆らうことを許さない響きがあった。
プラムが用意した部屋は、店の最上階にある、無駄に豪華なスイートルームだった。俺とイリスは、部屋の隅で静かに座っているエイダを挟んで、互いに警戒しながら向かい合っていた。
「……信用できる相手なの? あの人」イリスが、低い声で尋ねてきた。
「信用? ハッ、この街で一番しちゃいけねえ言葉だ。だが、腕は確かだよ。金になることならなんだってやる。今はそれに賭けるしかねえだろ」
「はぁ……、ただで済みそうもないわね。ダメ元で、私も応援を頼んでみるわ」と言って、イリスはため息をついた。
俺たちの間に、重い沈黙が流れる。
その頃、マダム・プラムは、自室の黄金の通信機で、二つの異なる暗号化回線に、立て続けに連絡を取っていた。
「……ええ、そうよ。間違いなく『本物』。軌道戦争時代の、極上のアンドロイドよ。興味あるでしょ、オムニテックさん? ……もちろん、お値段は勉強させてもらうわ。ただし、他にも欲しがってる方々がいるから、お早めにね」
そして、もう一方の回線へ。
「……もしもし? そちら、イージス・セキュリティでよろしいかしら? あなたたちが血眼で探してる『遺物』、今、アタシが預かってるわよ。ええ、女性型のアンドロイド……。アタシの情報はいつでも確かよ。もちろん、情報料はそれなりにいただくけどね」
プラムは、受話器を置くと、グラスの中のワインを満足げに一気に飲み干した。
「さあ、ショーの始まりよ……!」
彼女の妖艶な笑みが、部屋の薄暗い照明に不気味に照らし出されていた。