オンボロの装甲バギーは、どこまでも続くかのような荒野をひた走っていた。昨夜の戦闘と脱出劇の興奮が冷め、車内には気まずい沈黙が流れている。俺は運転に集中し、後部座席の女エージェント──イリス・ソーンは、時折俺と、助手席に座るエイダを監視するように、鋭い視線を向けていた。
「あなたのやっていることは無謀よ」
沈黙を破ったのは、イリスだった。その声は、冷静だが明確な非難を含んでいた。「あなたにも分かるはずよ。このアンドロイドは、いかにも機械的なデザインのものとは違う、明らかに高い技術を投入されて作られているわ。何ができるのか、分かったもんじゃないわ。それに、これを手にするために無茶なことをするのはあなた一人ではすまないはずよ。だから地球再生局に譲渡すべきよ。一攫千金なんて考えている場合じゃないわ」
「正論だけじゃ腹は膨れないんだよ、エージェント様」俺は、バックミラー越しに彼女を睨みつけ、皮肉と怒りを込めて反論した。「俺には俺の事情がある。それにこいつはただのアンドロイドだ。話だってできるし、俺を守ってくれた。危険な『遺物』だって決めつけるのは早計だろ?」
しかし、俺は心の中でエイダを見つけたポッドの制御パネルに書かれた文言を思い出していた……。
『これを扱う者は、その手に世界の天秤を乗せる』
俺は、努めて考えないように頭を振った。しかし、イリスはまだ言い足りなかったようだ。
「……そうやって、油断したジャンク屋を何人も見てきたわ」イリスは、ふっと表情を消し、冷たい声で語り始めた。「一攫千金を夢見て、遺物の『声』に耳を傾けて、破滅していった連中をね」
「なんだそりゃ、脅しか?」
「忠告よ」彼女の声は、温度を失っていく。「……昔、あなたみたいな腕利きのジャンク屋がいたの。彼も軌道戦争時代の施設から、それは美しいエネルギーコアを見つけた。まるで磨き上げられたサファイアのように、内側から澄んだ青い光を放ち、耳を澄ますと、心地よいハミングのような音を立てていたんですって」
イリスは、まるでその光景を思い出すかのように、遠い目をして続けた。
「男はそれに魅入られた。これを売れば大金持ちになれると狂喜し、誰にも渡すものかと、自分のアジトに持ち帰って四六時中眺めていた。やがて、彼はそのコアから『囁き』が聞こえるようになったと言い出したわ。『宇宙の真理』や『失われた技術』を教えてくれる、と……」
俺は、眉をひそめて黙って彼女の話を聞いていた。
「彼の仲間たちは彼がおかしくなっていくのを心配した。そして気づいたの。彼がいつもコアを抱えている左腕の様子がおかしいことに。皮膚が色を失い、まるでガラス細工のように透き通り始めていた。でも男は『これは進化だ』と言って、聞かなかった」
イリスは、そこで一度言葉を切り、俺の目をじっと見つめた。
「数日後、仲間が彼の部屋に入ると、男は恍惚とした表情で、コアを抱きしめたまま死んでいた。そして、彼の左腕は……肘から先が、完全に美しい青色の結晶体に置き換わっていたそうよ。まるで、コアが彼の腕を『栄養』にして、成長したみたいにね。肉も、骨も、神経も、全てが内側から喰い尽くされ、えぐり取られていた」
その話に、俺は思わずごくりと唾をのんだ。
「軌道戦争の遺物はね、ジャンク屋」イリスは自身の腕を水平に持ち上げ、冷たい目で言い放った。「甘い夢を見せて、魂ごと喰っていくのよ。油断していると……こうなるのよ!」
イリスは言い放つと同時に袖をまくり上げ、特殊メイクで抉られたように見せかけた腕をザックの目の前に突きつけた。
「ひっ……!」
俺は、そのあまりにリアルな傷跡に、思わず声を上げ、ハンドルを切り損ねそうになった。
その、俺の情けない反応を見て、イリスはふっと表情を緩めた。そして、こらえきれないといった様子で、くすりと小さく笑ったのだ。普段の彼女からは想像もできないような、悪戯が成功した子供のような、無邪気な笑みだった。
「……なっ、てめえ、まさか!」
「ふふっ、冗談よ」彼女は、袖を元に戻しながら、楽しそうに言った。「これは任務用の特殊メイク。あなたみたいな、遺物の危険性を理解していない素人を黙らせるための、ちょっとした『お守り』みたいなもの」
「……とんでもねえ女だ……」
俺は冷や汗を拭い、心臓がまだバクバクしているのを感じながら悪態をついた。クソっ! あのパネルの文言さえ思い出さなきゃ、こんな怪談なんぞ……。
だが、彼女の意外な一面を見たことで、俺の中で彼女に対する印象が、また少しだけ変わったような気がした。
その時、バギーのコンソールでエネルギー残量を示す警告ランプが、赤く点滅を始めた。
「ちっ、もうエネルギー切れかよ」
このバギーは、旧式の充電式全固体電池を無理やり積んだ改造品だ。電費は最悪だった。
「この先に、古い充電ステーションがあったはずだ。まだ使えるか分からねえが、寄るしかねえな」
俺たちは、ハイウェイの残骸の脇にポツンと立つ、寂れた充電ステーションにバギーを乗り入れた。風力と太陽光のハイブリッド型だが、そのソーラーパネルは埃をかぶり、風車は油が切れたような重い軋み音を立てていた。
俺が車を降りて、充電ケーブルをバギーのポートに接続しようと悪戦苦闘している間、イリスは銃を手に、周囲の警戒を怠らなかった。
その時だった。
地平線の向こうから、一台の大型装甲車が土煙を上げながら、こちらへ猛スピードで接近してくるのが見えた。その車体には、見覚えのある紋章が描かれている。盾と剣を組み合わせたような、あのマーク。
「おい、ザック! 来るわよ!」イリスが叫ぶ。
「分かってる! イージス・セキュリティの連中だ!」
装甲車は俺たちのすぐそばで停止し、油圧式のドアが音を立てて開くと、最新鋭のタクティカルベストに身を固め、こちらも最新鋭のアサルトライフルを携えた傭兵が数人、降りてきた。その中の一人が、ヘルメットのバイザーを上げ、俺の顔を見ると、にやつきながら声をかけてきた。
「よぉ、ザックじゃねーか。こんな所で油売ってんのか? 相変わらず運のねえ奴だな」
そいつは、ジャンクの取引で何度か顔を合わせたことのある傭兵だった。まさか、こいつらがイージスの人間だったとは。
だが、その男の軽口は、すぐに止まった。彼の視線が、バギーの助手席に座るエイダに向けられ、その目の色が一瞬で変わったのだ。他の傭兵たちの間にも、緊張が走る。
リーダー格と思われる、ガタイのいい傭兵が、一歩前に出た。
「……ザック。それはお前には過ぎた『遺物』だ。俺たちイージス・セキュリティで、丁重に預からせてもらえないか? もちろん、タダとは言わん。多少の『情報提供料』は払ってやる」
その口調は丁寧だが、有無を言わせぬ圧力を感じた。
俺は、充電ケーブルを放り出し、腰のホルスターに手をかけながら答えた。
「断る。こいつは俺の獲物だ。誰にも渡す気はねえよ」
俺の言葉を合図にしたかのように、イージス・セキュリティの傭兵たちが、一斉にアサルトライフルの安全装置を外す金属音を響かせ、その銃口をこちらに向けた。イリスも即座に銃を構え、俺の背後から傭兵たちを鋭く睨みつける。荒野の風が、俺たちの間を吹き抜け、古い風車の軋む音だけがやけに大きく聞こえた。助手席のエイダは、ただ静かに、その蒼い瞳で傭兵たちを見つめている。
寂れた充電ステーションを舞台にした、絶望的な銃撃戦の火蓋が、今、切って落とされようとしていた。