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第3話:それぞれの理由

ー/ー



 オンボロの装甲バギーは、軌道戦争が残した広大な傷跡──見渡す限り赤茶けた大地が広がる荒野をひた走っていた。かつてここにあったであろう街や森は跡形もなく、時折、奇妙にねじれた植物や、3本足のビッグホーンシープ、風化してねじ曲がった金属の残骸が、墓標のように突き出しているだけだ。
 さきほどの戦闘と脱出劇の興奮が冷め、車内には気まずい沈黙が流れている。

 俺は運転に集中し、後部座席の女エージェント──イリス・ソーンは、リストバンド型のスマホで何やらメッセージをやり取りしていた後、唐突に「また応援は出せないって? ……いい加減にしてほしいわね」と悪態をついた後、コホンと咳払いをした後何もなかったように、俺と助手席に座るアンドロイドを監視するように、鋭い視線を向けていた。

 当のアンドロイドは、ただ静かに、窓の外を流れる荒涼とした景色を眺めている。その美しい横顔からは、何の感情も読み取れない。

 数時間、そんな状態が続いた後、不意に彼女が口を開いた。その声は、相変わらず感情の起伏がない、澄んだ声だった。

 「……ココは私の知る北米とは異なります。……現在位置を教えてください」

 「現在位置、ねぇ」俺はバックミラーで彼女を見ながら、自嘲気味に笑った。
 「地獄のど真ん中、とでも言っておくか。北米グレートプレーンズ放射線地帯の、まだマシな方の外れだよ」

 すると、後部座席のイリスが、俺の言葉を補足するように、冷静な声で説明を始めた。
 「正確には、統一歴64年現在の、旧カンザス州セクター4。軌道戦争によって、この一帯は広範囲に汚染されました」


 「軌道戦争……? 私の記録には、その戦争のデータがありません」


 「だろうな。お前さん自身が、その戦争の真っ只中に作られた『遺物』なんだからな」俺は、少し皮肉を込めて言った。「軌道戦争ってのは、要するに超大国と呼ばれた国々が、十年も続けたクソみてえな世界大戦だよ。おかげで地球の十分の一は汚染されて、俺たちみてえなジャンク屋が、あんたみたいな『遺物』を漁って暮らす羽目になったのさ」

 俺の乱暴な説明に、イリスが眉をひそめながら、さらに公式な見解を付け加える。

 「軌道戦争によって、それまでの国家体制は事実上崩壊したわ。北米――アメリカは国ではなく、連邦政府の北米管区に属する一地域になったわ」

 アンドロイドは、それらの情報をインプットし、整理するかのように、再び沈黙に戻った。
 「……情報を受理。理解しました」

 彼女は短く告げると、今度は俺とイリスに交互に視線を向け、続けた。
 「では次の質問を。識別名ザック・グラナード、識別名イリス・ソーン。あなた方の目的は何ですか? なぜ私は、あなた方と行動を共にしているのですか?」

 イリスが、すっと息をのんだのが分かった。彼女は答えようとして、しかし言葉に詰まっているようだ。任務内容は機密だろうし、俺のような男に話すわけにもいかないのだろう。俺は、ハンドルを握り直し、バックミラー越しにイリスを一瞥した。

 「あんたは地球再生局のエージェントだろ?」
 俺の言葉に、イリスの肩がわずかに揺れた。
 アンドロイドが、俺の言葉に反応して尋ねる。「地球再生局……? 私の記録には、そのデータもありません」

 「さっきも言ったが、軌道戦争で地球のあちこちが汚染された地域ができたんだが、そういった場所はたいてい過去の基地や研究所なんかがあってな。汚染地域の再生管理をやってるのが、地球再生局さ。そんでイリスは、俺みたいな『遺物』を探して汚染地域に入ってくる連中を取り締まったり、危険な『遺物』を回収するのが仕事ってわけだ」

 俺の、あまりに的確で、そして皮肉の込められた説明に、イリスは苦虫を噛み潰したような顔をして黙り込んだ。
 俺は、ふんと鼻を鳴らして続けた。「で、俺の目的は、単純明快さ。金だよ、金。それも、山ほどのな」

 「金……」

 「ああ。俺には、とんでもない額の借金があるんでな。あんたは、その借金を一発でチャラにしてくれる、最高のお宝ってわけだ。だから俺は、あんたを一番高く買ってくれる奴に売り飛ばす。ただそれだけのことさ。一週間以内に利子だけでも払わないと、マダム・プラムにどんな目に遭わされるか……分かったもんじゃないんでな」

 アンドロイドは、その蒼い瞳でじっと俺を見つめていた。
 「『借金』……。その目的を達成することは、あなたにとって、私の機能や存在そのものよりも優先される事項なのですか?」

 「……当たり前だろ」俺は吐き捨てた。「これは、死んだ妹との……いや、何でもない」
 口が滑った。妹のことなど、話すつもりはなかった。

 「……妹?」イリスが、少しだけ声のトーンを変えて尋ねてきた。
 「……あんたには関係ない」

 「関係なくはないわ」彼女は、静かだが強い口調で言った。「あなたの借金の理由……それが、あなたがあのアンドロイドをどう扱うかに関わるのなら、それは私の任務にも関わることよ」


 車内に、重い沈黙が落ちる。俺はしばらく前方の荒野を見つめたまま黙っていたが、やがて諦めたように、ふっと息を吐き、バックミラーに映る自分のやつれた顔から目をそらしながら、ぽつりぽつりと語り始めた。

 「……妹がいたんだ。軌道戦争後の汚染が原因で、難病に罹ってな。治療には、目の玉が飛び出るような金が必要だった。俺は、マダム・プラム……高利貸しから金を借りて、治療に望みを繋いだけど……結局、ダメだった。妹は死んで、俺の手元には、どうやったって返せねえ額の借金だけが残ったってわけさ」

 言い終えると、車内は再び静寂に包まれた。バックミラーに映るイリスの顔から、先ほどまでの厳しい表情が消えているのが見えた。その瞳には、軽蔑ではなく、何か別の、理解と……そして、わずかな同情のような色が浮かんでいた。彼女もまた、この世界の理不尽さの中で、何かを失ってきたのかもしれない。

 そんな重い空気を破ったのは、またしても、アンドロイドの静かな声だった。
 「……マスターユーザー、ザック・グラナード。あなたの目的と背景情報をインプットしました。私は、あなたの命令に従い、あなたの安全を最優先します。」

 彼女は俺を真っ直ぐに見つめると、続けた。
 「それで、マスターユーザー。私はなんと呼称されるべきですか? 型番は……」

 「……」俺は、彼女の問いに、何と答えていいか分からなかった。「首の『AIDA』ってのは何だ?」

 俺がそう尋ねると、アンドロイドはゆっくりとこちらを向いた。その蒼い瞳が、俺を真っ直ぐに見つめる。彼女はしばらく何かを思考するように数回瞬きを繰り返し、そして、それまでの無機質な音声合成とは明らかに違う、ほんの少しだけ揺らぎのある、柔らかな響きで、こう言った。

 「……私の識別名称は、AIDA。……ですが、エイダと、呼んでください」
 その言葉に、俺は少しだけ驚いた。それは、プログラムされた応答ではない、彼女自身の「願い」のように聞こえたからだ。

 「……エイダ、か」俺は小さくその名を呟いた。
 後部座席で、イリスが息をのむ気配がした。彼女もまた、このアンドロイドが初めて見せた「人間らしさ」の片鱗に、何かを感じ取ったのかもしれない。

 車内には、再び走行音だけが響く。だが、先ほどまでの気まずい沈黙とは、明らかに何かが変わっていた。助手席にいるのは、もはや単なる「お宝」や「遺物」ではない。エイダという「名前」を持つ、謎めいた存在だった。


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次のエピソードへ進む 第4話:荒野の口論と囁く遺物


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 オンボロの装甲バギーは、軌道戦争が残した広大な傷跡──見渡す限り赤茶けた大地が広がる荒野をひた走っていた。かつてここにあったであろう街や森は跡形もなく、時折、奇妙にねじれた植物や、3本足のビッグホーンシープ、風化してねじ曲がった金属の残骸が、墓標のように突き出しているだけだ。
 さきほどの戦闘と脱出劇の興奮が冷め、車内には気まずい沈黙が流れている。
 俺は運転に集中し、後部座席の女エージェント──イリス・ソーンは、リストバンド型のスマホで何やらメッセージをやり取りしていた後、唐突に「また応援は出せないって? ……いい加減にしてほしいわね」と悪態をついた後、コホンと咳払いをした後何もなかったように、俺と助手席に座るアンドロイドを監視するように、鋭い視線を向けていた。
 当のアンドロイドは、ただ静かに、窓の外を流れる荒涼とした景色を眺めている。その美しい横顔からは、何の感情も読み取れない。
 数時間、そんな状態が続いた後、不意に彼女が口を開いた。その声は、相変わらず感情の起伏がない、澄んだ声だった。
 「……ココは私の知る北米とは異なります。……現在位置を教えてください」
 「現在位置、ねぇ」俺はバックミラーで彼女を見ながら、自嘲気味に笑った。
 「地獄のど真ん中、とでも言っておくか。北米グレートプレーンズ放射線地帯の、まだマシな方の外れだよ」
 すると、後部座席のイリスが、俺の言葉を補足するように、冷静な声で説明を始めた。
 「正確には、統一歴64年現在の、旧カンザス州セクター4。軌道戦争によって、この一帯は広範囲に汚染されました」
 「軌道戦争……? 私の記録には、その戦争のデータがありません」
 「だろうな。お前さん自身が、その戦争の真っ只中に作られた『遺物』なんだからな」俺は、少し皮肉を込めて言った。「軌道戦争ってのは、要するに超大国と呼ばれた国々が、十年も続けたクソみてえな世界大戦だよ。おかげで地球の十分の一は汚染されて、俺たちみてえなジャンク屋が、あんたみたいな『遺物』を漁って暮らす羽目になったのさ」
 俺の乱暴な説明に、イリスが眉をひそめながら、さらに公式な見解を付け加える。
 「軌道戦争によって、それまでの国家体制は事実上崩壊したわ。北米――アメリカは国ではなく、連邦政府の北米管区に属する一地域になったわ」
 アンドロイドは、それらの情報をインプットし、整理するかのように、再び沈黙に戻った。
 「……情報を受理。理解しました」
 彼女は短く告げると、今度は俺とイリスに交互に視線を向け、続けた。
 「では次の質問を。識別名ザック・グラナード、識別名イリス・ソーン。あなた方の目的は何ですか? なぜ私は、あなた方と行動を共にしているのですか?」
 イリスが、すっと息をのんだのが分かった。彼女は答えようとして、しかし言葉に詰まっているようだ。任務内容は機密だろうし、俺のような男に話すわけにもいかないのだろう。俺は、ハンドルを握り直し、バックミラー越しにイリスを一瞥した。
 「あんたは地球再生局のエージェントだろ?」
 俺の言葉に、イリスの肩がわずかに揺れた。
 アンドロイドが、俺の言葉に反応して尋ねる。「地球再生局……? 私の記録には、そのデータもありません」
 「さっきも言ったが、軌道戦争で地球のあちこちが汚染された地域ができたんだが、そういった場所はたいてい過去の基地や研究所なんかがあってな。汚染地域の再生管理をやってるのが、地球再生局さ。そんでイリスは、俺みたいな『遺物』を探して汚染地域に入ってくる連中を取り締まったり、危険な『遺物』を回収するのが仕事ってわけだ」
 俺の、あまりに的確で、そして皮肉の込められた説明に、イリスは苦虫を噛み潰したような顔をして黙り込んだ。
 俺は、ふんと鼻を鳴らして続けた。「で、俺の目的は、単純明快さ。金だよ、金。それも、山ほどのな」
 「金……」
 「ああ。俺には、とんでもない額の借金があるんでな。あんたは、その借金を一発でチャラにしてくれる、最高のお宝ってわけだ。だから俺は、あんたを一番高く買ってくれる奴に売り飛ばす。ただそれだけのことさ。一週間以内に利子だけでも払わないと、マダム・プラムにどんな目に遭わされるか……分かったもんじゃないんでな」
 アンドロイドは、その蒼い瞳でじっと俺を見つめていた。
 「『借金』……。その目的を達成することは、あなたにとって、私の機能や存在そのものよりも優先される事項なのですか?」
 「……当たり前だろ」俺は吐き捨てた。「これは、死んだ妹との……いや、何でもない」
 口が滑った。妹のことなど、話すつもりはなかった。
 「……妹?」イリスが、少しだけ声のトーンを変えて尋ねてきた。
 「……あんたには関係ない」
 「関係なくはないわ」彼女は、静かだが強い口調で言った。「あなたの借金の理由……それが、あなたがあのアンドロイドをどう扱うかに関わるのなら、それは私の任務にも関わることよ」
 車内に、重い沈黙が落ちる。俺はしばらく前方の荒野を見つめたまま黙っていたが、やがて諦めたように、ふっと息を吐き、バックミラーに映る自分のやつれた顔から目をそらしながら、ぽつりぽつりと語り始めた。
 「……妹がいたんだ。軌道戦争後の汚染が原因で、難病に罹ってな。治療には、目の玉が飛び出るような金が必要だった。俺は、マダム・プラム……高利貸しから金を借りて、治療に望みを繋いだけど……結局、ダメだった。妹は死んで、俺の手元には、どうやったって返せねえ額の借金だけが残ったってわけさ」
 言い終えると、車内は再び静寂に包まれた。バックミラーに映るイリスの顔から、先ほどまでの厳しい表情が消えているのが見えた。その瞳には、軽蔑ではなく、何か別の、理解と……そして、わずかな同情のような色が浮かんでいた。彼女もまた、この世界の理不尽さの中で、何かを失ってきたのかもしれない。
 そんな重い空気を破ったのは、またしても、アンドロイドの静かな声だった。
 「……マスターユーザー、ザック・グラナード。あなたの目的と背景情報をインプットしました。私は、あなたの命令に従い、あなたの安全を最優先します。」
 彼女は俺を真っ直ぐに見つめると、続けた。
 「それで、マスターユーザー。私はなんと呼称されるべきですか? 型番は……」
 「……」俺は、彼女の問いに、何と答えていいか分からなかった。「首の『AIDA』ってのは何だ?」
 俺がそう尋ねると、アンドロイドはゆっくりとこちらを向いた。その蒼い瞳が、俺を真っ直ぐに見つめる。彼女はしばらく何かを思考するように数回瞬きを繰り返し、そして、それまでの無機質な音声合成とは明らかに違う、ほんの少しだけ揺らぎのある、柔らかな響きで、こう言った。
 「……私の識別名称は、AIDA。……ですが、エイダと、呼んでください」
 その言葉に、俺は少しだけ驚いた。それは、プログラムされた応答ではない、彼女自身の「願い」のように聞こえたからだ。
 「……エイダ、か」俺は小さくその名を呟いた。
 後部座席で、イリスが息をのむ気配がした。彼女もまた、このアンドロイドが初めて見せた「人間らしさ」の片鱗に、何かを感じ取ったのかもしれない。
 車内には、再び走行音だけが響く。だが、先ほどまでの気まずい沈黙とは、明らかに何かが変わっていた。助手席にいるのは、もはや単なる「お宝」や「遺物」ではない。エイダという「名前」を持つ、謎めいた存在だった。