―セクション3―
リソナはほどなく彼女を案内してきた。
研矢は大杜の隣に移動して、片方のソファーを花鈴に譲った。
「ありがとう。――断られるかと思ったわ」
「なんでだ?」
研矢が怪訝そうに聞くと、彼女は笑みを浮かべた。
「だって、話題の佐々城君を連れ去って――邪魔されたくないかなぁって」
「なんだよ、その言い方」
大杜も苦笑している。
「見てたんなら、声を掛けてきたのは大杜の方だって知ってるだろ。まぁ店に誘ったのは俺だけど」
「それおいしそうね。チーズケーキ?」
研矢の言葉を無視して、花鈴は大杜がフォークに刺したままにしていたカケラを指差す。
「そう。ランチセットのデザート――」
大杜が言い終わる前に、彼女は身を乗り出し、手を掴んでフォークを引き寄せると、先をパクリとくわえた。
「……うん、おいしい。これにするわ」
大杜が固まっているのを見て、研矢が代わりに声を掛ける。
「ランチに付いてるデザートだって言ってんだろ」
「単品でも頼めるでしょ。今あんまりお腹空いてないのよね」
花鈴は気にしたふうもなく、メニューのドリンクページを開いた。
大杜はしばらく固まっていたが、やがてゆっくりと体を動かし、次の一口のために、ぎこちなくフォークをケーキに刺した。が、
「タイト、それでは間接キスになるだろう」
不意に声が聞こえた。
研矢と花鈴が驚いて周囲を見回す。だが近くの席には誰もいない。
「どこから、声が――」
「ご、ごめん。――アイビー、急にしゃべるなって」
大杜が学生カバンをパシパシと叩く。
被せ蓋が少し開いていて、隙間から目のようなものが、テーブルの方を向いていた。
「私は君の行動を見守り、間違った行動を正す役目がある。キスは好き合った者同士がする行為だ。見過ごすわけにはいかない」
「キ……いや、ただ同じフォーク使っただけで……」
大杜は真っ赤になって体を震わせた。
「もしかしてそれ――見守りロボットか? いつも持ち歩いてんのか?」
「違うんだ。普段はそんなことしていない。今日は初日だから心配だって――」
(『見守りロボット』の部分は否定しないんだな)
研矢は思った。
大杜は、被せ蓋の金具を留めようとしたが、中から押し返されて、蓋が勢いよく外側に開いた。アームのようなものがカバンの縁に乗っかったかと思うと、本体が姿を現す。
「アニメロボット型の見守りロボット?」
花鈴に言われ、大杜は耳を真っ赤にして俯いた。
その言葉のとおり、カバンから出てきた物は、子ども向けのアニメに出てきそうなロボットを模した、見守りロボットと呼ばれる家電だった。
見守りロボットは育児サポートを行うアイテムで、人工知能が搭載されており、会話することができる。子どもの健康や安全を見守り、非常時には、人工知能が判断して自ら警察や消防に通報することもある。
基本的に外見は所有者の嗜好に合っているため、長く使うほどに愛着は湧く。がそれでも、その性質上、使われるのは小学生ぐらいまで。――そんな代物だ。
「お嬢さん。ほぼ初対面に近い異性と、そのような行為は慎んだほうがいい」
「……そうね」
花鈴は口元をひくつかせて答えた。
「ずいぶん、賢いロボットね」
「うん……長く使ってるから……」
大杜は恥ずかしさから、テーブルに突っ伏すようにして答える。
「なるほどね。でも高校生にもなって見守りロボット持ち歩くなんて、どうかと思うわよ。卒業したほうがいいんじゃない?」
「卒業させるつもりはない」
見守りロボットの言葉に、研矢と花鈴は顔を見合わせた。
「中に人が入ってるみたいね」
「こんなにスムーズに会話ができるものは見たことがないな。長く使ったらこんなふうになるのか?」
研矢は大杜に向かって聞いたが、大杜は「そうかもね」と力なく呟くに留まった。
「ご注文はお決まりですか?」
リソナが戻ってきて、花鈴は注文がまだだったことを思い出した。慌ててメニューを繰り、ロイヤルミルクティーを注文する。
「ベイクドチーズケーキはやめたのか?」
研矢の言葉に、花鈴は拗ねたように、
「食べる気がなくなったわ」
「なんか――ごめん」
大杜は顔を上げて申し訳なさそうに言う。
隠れることをやめた見守りロボットは、開き直ったように、テーブルの端に腰掛けた。
研矢が自宅の門のセキュリティーを解除して敷地に入ると、姉の車が停まっているのが見えた。
怪訝に思いながら玄関ホールを抜けリビングに向かう。リビングの真ん中に鎮座するグランドピアノの椅子に、姉の周が座っていた。
「ただいま。姉貴、仕事は?」
「おかえり。リモートワークに変更になったのよ。――入学式、間に合った?」
「『間に合った?』じゃねぇよ。寝坊してるのわかってんなら、起こしてくれりゃいいだろ」
「家を出てないことはわかっていたけど、まだ寝てたなんてわかるわけないじゃない」
家は豪邸といわれる部類で、姉とは部屋が離れており、互いが家にいるのか何をしているのかすらもわからない。
家族は普段からバラバラに生活しており、バスルームやトイレも複数あるので、顔を合わすのはリビングぐらいだ。
研矢は溜め息を付きながら譜面台を見やった。周は視線に気が付いて、譜面台に広げていた仕事の資料を片付け出した。
周がピアノの前で仕事をしているときは、行き詰っているか悩みがあるときだ。趣味のピアノを弾いて気晴らしをしつつ、頭では仕事のことを考えている。
「俺はすぐに部屋に行くから、いろよ。コーヒー飲むか?」
「あら、淹れてくれるの?」
「ついでにな」
本当はさっきのランチでコーヒーは飲んだのだが、姉の分だけだと言うと遠慮しそうだから、研矢は自分のカップを取り出した。
「どうせなら、特別に美味しく淹れなさいよね」
「注ぐだけだろ」
コーヒーは常に出来立てのものが用意されている。彼らの家では家事を担う自家製の業務ロボットがあちこちにいるからだ。
周と研矢の両親は、MatsuQの創業者だ。父は研究者で最高技術責任者であり、母は代表取締役社長だ。そして周は母の第一秘書である。
家は裕福で家族は皆才能に満ち溢れているが、一家揃って食事をすることもなければ旅行に行くようなこともない。
「お昼食べてきたんでしょ。一人?」
「いや、友だちと」
その瞬間、姉の顔が上がって、感心したような表情を浮かべた。
「やるじゃない」
「褒めてねぇな」
「あら褒めてるわよ。新しい友だちを作れるのか心配してたのよ。勉強もスポーツもできて面倒見もいいから、教師からも友だちからも評判はいいようだけど、本気で心を許すことってほとんどないでしょ?」
「そんなふうに見えてんのか……」
「で、どんな子? 男? 女?」
周が興味深そうに聞く。
「弟の交友関係なんか聞いて楽しいのか」
研矢はコーヒーカップをピアノのそばのテーブルに置き、自身の分は手に持った。
大杜を思い返す。特務員だそうだが、高校生でいまだに見守りロボットを持ち歩いている不思議な少年だ。
「過保護に育ってそうな奴――かな」
特務員であることは言わずにおいた。本人はそれを隠しているわけではないようだが、言ったところで、何の任務を負っているのかすら知らないからだ。
「男子?」
「ああ」
「つまんないわね。女子に声掛けなさいよ」
今度は花鈴のことを思い出す。こちらから声をかけたわけではないが、結果的に一緒にランチをした、ということになるだろう。
「成り行きで女子も一緒だった」
「へぇ、かわいい?」
「超美人。気の強いお嬢様系だな」
物怖じしなさそうだった。が、動作がいちいち可愛くて、つい目で追ってしまう。気がないと言えば嘘になる。
「その子たちと仲良く出来そう?」
「まあそれなりに」
そう言うと、話は終わりだとばかりに、軽く手を振って、研矢はリビングを出た。
コーヒーカップを慎重に持ちながら自室へ向かう。途中で掃除中の家事ロボットに頭を下げられた。
部屋に入ると深い息が漏れた。緊張とは縁のない性格のつもりだったが、新しい交友関係を構築することに、無意識に緊張していただろうか。
研矢はカフェでのやりとりを思い返した。
アイビーと名付けられた見守りロボットが、やたらとお節介を焼いてきたのがおもしろかった。
3人で店を出たが、すぐに駅で分かれた。大杜と花鈴はともに電車通学だが逆方面で、研矢は徒歩だったからだ。
(仲良く、か――)