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第2節 クラスメイト/ §2

ー/ー



   ―セクション2―
  
 終礼が終わり、研矢は席を立った。

 大杜の方を見ると、さっそくクラスメイトに囲まれている。短い自己紹介ではどんな人間かわからない。皆彼がどんな人間か知りたいのだろう。

(不安そうな顔ばっかしてるけどな)

 話せば笑うし内気というわけでもないのだが、どこかおどおどとした雰囲気が拭えない。

 研矢は、一緒に帰ろうと声を掛けかけて、思い留まった。

 あの集団の中から彼に親しい友人ができるかもしれないのだ。自分が声を掛けては邪魔になるかもしれない――とはいえ、自分も彼には興味がある。

 研矢が躊躇していると、大杜が研矢に気付き、集団の中から手を挙げた。

「松宮君待って! 一緒に帰ろうよ」

 思いがけず向こうから声を掛けられ、研矢は驚くと同時に、少し誇らしい気持ちになった。

 大杜はカバンを持って立ち上がった。

「じゃあ、また」

 自分を取り巻くクラスメイトに挨拶してから、大杜は集団を抜け出し研矢のそばに駆け寄った。

 ふたりは朝のように横に並んで昇降口を抜けた。

「教室出てきて良かったのか? みんなお前と仲良くなりたかったんだと思うぞ」

「いや、珍しい肩書きに興味あるだけだよ」

「そんなことはねぇだろ。そうだ、佐々――いや、名前でいいよな。なぁ大杜、昼飯どうする?」

「え、何……」

 名前で呼ばれたことに動揺して、大杜はすぐに返事ができなかった。

「いやだから、昼飯。帰ってから食うのか? もうすぐ一時だろ。駅前で食っていかないか?」

「あ、う、うん。いいよ」

「なんだよ、その動揺。用事があるか? ああ、特務員の任務とか?」

「ううん、それは大丈夫。友だちと名前で呼び合ったことがなかったから、びっくりしただけ……」

 研矢は眉根を寄せた。

「名前で呼ばれるのが嫌いなら――」

「違う、違う! 名前で呼び合う親しい友だちがいなかっただけ。嬉しいよ、ありがとう」

「……おぅ」

 入試の日に門前で悩んでいた様子を思い出し、いろいろ事情があるのだろうと、研矢は追及しなかった。

「お前も名前で呼べよ」

「うん」

 大杜は今度は戸惑うことなく、全開の笑みで返した。

「叔父貴がやってるカフェが駅前にあるんだ。結構おしゃれな店だしうまいんだぜ」

「男性の入りにくい店じゃない?」

「外観はおしゃれだけど、メシはボリュームあるから、男の客も結構いるぜ。俺もよく行くし」

「そっか……うん、ならそこで」

「しっかり食えよ」

 研矢は何気なく大杜の全身を見やって言う。ガリガリではないが、「もうちょっと太れば?」と口に出したくなる程度には、彼は華奢に見えた。

「よく食べるほうなんだよ、これでも」

「マジか」

「それなりに筋肉もあるよ」

 見た目は細いが、任務で現場に出る以上、それなりに鍛えてはいるし、体力に自信もある。

「なら、今度腕相撲でもするか」

「腕相撲は……負けそう。走るのは得意なんだけどな」

「お、それでもいいぜ。俺は苦手な種目ないからな」

「頭も運動神経もいいなんて、神様はなん物も与えるよね……」

 大杜は苦笑した。



 「六連星学院前」駅の周辺は、落ち着いた街並みが広がっていた。

 駅前のロータリーの脇には大きな公園があり、その一部に食い込むようにして、研矢が目指すカフェ『リトルバード』があった。外観は北欧のログハウスといった雰囲気だ。

「おしゃれな店だろ」

 木製の扉を開くと、ドアベルが軽やかな音を立てる。小鳥が鐘を鳴らすような愛らしいデザインだ。

 研矢は慣れた様子で店内に入り、大杜は研矢の後ろに隠れ気味に足を踏み入れた。

「いらっしゃいませ」

「おおっ」
 研矢は思わず声を上げた。

 接客に出迎えたのが、ヒューマン型の業務ロボットだったからだ。

 ロボットといっても、カフェの制服を身にまとい、深緑色のエプロンとダークブラウンのウィッグを付けているから、パッと見は物静かな男性店員といった印象だ。

「2名様でしょうか」

「あ、ああ……」

「ご案内させていただきます」

 ホストロボットはふたりに目線を合わせてお辞儀してから、二足歩行で店内を進む。

 安価な業務ロボットは上半身は人に似せても、足元は小さなローラーで移動するため、バリアフリーが徹底されてる場所でしか利用できない。二足歩行をするヒューマン型の業務ロボットは、かなり高価だ。

(叔父貴、こんなのよく買えたな)

 ネットや雑誌にたびたび取り上げられているとはいえ、場所柄のせいか、賑わっているところには出くわしたことがない。

 叔父はサラリーマン時代に蓄えた資金でカフェをオープンさせたが、財布事情はよくはないはずだった。

 研矢の家は資産家だが、それは母方であり、父は松宮家に婿入りしているため、父の弟であるこの叔父は松宮家の資産とは無関係だ。またどちらかと言うとふたりは兄弟仲が良いとは言えず、そもそも疎遠だ。

 しかし研矢は、父よりむしろ叔父との方が親しく、この店ができてからは、よく食べにきている。

 研矢と大杜は広いソファー席に案内された。隣の席とは背の高い観葉植物で区切られ、個室のようになっている。

 水のグラスとおしぼりを置き、メニュー表をそれぞれに手渡した業務ロボットが去ると、大杜は小声で言った。

「この席広過ぎない? なんか落ち着かない……」

「ああ。大人数向きだよな――」

「よ、いらっしゃい、研矢」

 叔父である鷹田(たかだ)佳幸(よしゆき)が奥から出てきて声を掛ける。

「叔父さん、久しぶり。ってか、席、広過ぎねぇか」

「特別席だ。空いてたら案内してやろうと思って、リソナにお前の画像データ入力しといたんだ。六連星学院に通うんだろ? 入学祝いと、これから友だちに紹介しまくってくれよなー ――ってことで、今日は奢りだ」

「そりゃぁサンキュー。しかし叔父貴、リソナなんてよく買えたな」

 リソナは、業務ロボットの大手製造会社であるMatsuQ(マツキュー)の、汎用型業務ロボットの通称だ。特別目立った機能はないが、手頃な価格も相まって、一番売れ筋のモデルだ。もちろん手頃な価格と言っても、高級車が買えるぐらいの値段ではあるが。

「まさか! ほら、あの事件――あれでバイトが一人辞めてさ。次のバイトが決まるまでレンタルしてるんだ。バイト代よりは高くつくが、人件費のことを考えたら、そこまで割高じゃない。人手が足りなくて、店開けられないよりはいいだろうって思ってさ」

「ふぅん。なら女性タイプにすりゃいいのに」

「わかってないな。うちの客は七割方女性だぞ。イケメンロボットの方がいいだろうが」

 鷹田はウィンクして見せた。

 一見キザな態度もやたらと似合っている。黄色いチェックのシャツに黒のチノパンがおしゃれに見えるのは、この叔父だからだな、と研矢は思った。

「さっそく友だちできたのか。連れてきてくれたんだな」

 鷹田が大杜を見やって笑う。

「あ、えっと、佐々城です」

 大杜は慌てて立ち上がって頭を下げた。

「はは、気を遣わないでいいよ。君も奢りだから、好きなの食べてって」

「あ、いえ、俺は」

「いいから。これも投資みたいなもんさ。君も友だち連れておいでね。彼女とかさ」

「――あはは、望み薄いかな」

 大杜はポスンとソファーに座り直し、頬を掻いた。



「ほんとにすごいボリュームだね」

「だろ。女性客にはミニを勧めるんだ。レギュラーが大盛り仕様」

「逆じゃない」

 大杜は笑いながら、特大ハンバーガーの写真をスマートフォンに収めた。

「そういえば、事件って? ……あ、話せないならいいけど」

 メインを食べ終わり、デザートに移行したころ、大杜が不意に聞いた。

 研矢は先ほどの叔父との会話を思い出し、「ああ」と頷いた。

「別に構わねぇよ。先月ここに強盗が入ったんだ。――未遂で済んだんだけどな」

「強盗……未遂?」

 大杜はベイクドチーズケーキを刺したフォークを空中で止め、顔を上げた。

「叔父貴はこの上の階に住んでるんだ。強盗と鉢合わせして一悶着あったみたいだ。向かいの交番の巡査が異常に気付いてくれたおかげで、叔父貴に怪我はなく、何も盗まれることはなかったらしい。ただ覆面をしていたから特定できるほどの情報もなくて、捕まってはいない。――バイトの奴も怖くなったのかもな」

 研矢がそう言いながらコーヒーカップに指をかけた瞬間、リソナが、六連星学院の制服を着た女子生徒を案内しているのが見えた。

「お。あいつ、クラスの奴だぞ」

 研矢が小さく声を上げる。

 大杜は視線を追ってから姿を認める。確かに自己紹介で見た。が名前は覚えていない。

 クラスメイトの名前を覚えるぞ、と気合は入れたものの、結局前から数名しか覚えられなかったのだ。

「えっと、誰だっけ」

羽曳野(はびきの) 花鈴(すず)

「すごいね。俺全然覚えられてないのに……」

「記憶に残るだろ?」

「覚えようと必死だったけど、ハ行なんてとっくに挫折してたよ」

「いや、すげぇ美人じゃん。そっちで記憶に残るだろ」

「確かに美人だけど、美人過ぎて、逆に避けちゃうかな……俺」

「なんでだよ」

 研矢が笑う。

 彼女はふたりの視線に気付いたらしく、驚いたような表情を浮かべた。それからリソナに何か話しかけ、二人を指差す。

「お知り合いとのことで、あちらのお客様が同席したいと申されています。いかがいたしましょうか」

 リソナがやって来てそう尋ねる。研矢が大杜を見やって、目で「どうする?」と聞いている。

 大杜はうろたえた。鈴木副社長といい母といい、身近な美人は押しが強くて苦手なタイプだ。そのせいもあって、美人には惹かれるというより、逃げ出したくなる。

 だが、研矢が嬉しそうなのに自分が断るわけにはいかないだろう。

(クラスメイトと仲良くなるキッカケと思わないと……)

 自分を変えるためにした進学で、逃げていては意味がない――と自分に言い聞かせ、大杜は頷いてみせた。

 研矢は悪戯っぽくニヤリと笑い、
「一緒でいい。ここに案内してくれ」
 そうリソナに告げた。



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 終礼が終わり、研矢は席を立った。
 大杜の方を見ると、さっそくクラスメイトに囲まれている。短い自己紹介ではどんな人間かわからない。皆彼がどんな人間か知りたいのだろう。
(不安そうな顔ばっかしてるけどな)
 話せば笑うし内気というわけでもないのだが、どこかおどおどとした雰囲気が拭えない。
 研矢は、一緒に帰ろうと声を掛けかけて、思い留まった。
 あの集団の中から彼に親しい友人ができるかもしれないのだ。自分が声を掛けては邪魔になるかもしれない――とはいえ、自分も彼には興味がある。
 研矢が躊躇していると、大杜が研矢に気付き、集団の中から手を挙げた。
「松宮君待って! 一緒に帰ろうよ」
 思いがけず向こうから声を掛けられ、研矢は驚くと同時に、少し誇らしい気持ちになった。
 大杜はカバンを持って立ち上がった。
「じゃあ、また」
 自分を取り巻くクラスメイトに挨拶してから、大杜は集団を抜け出し研矢のそばに駆け寄った。
 ふたりは朝のように横に並んで昇降口を抜けた。
「教室出てきて良かったのか? みんなお前と仲良くなりたかったんだと思うぞ」
「いや、珍しい肩書きに興味あるだけだよ」
「そんなことはねぇだろ。そうだ、佐々――いや、名前でいいよな。なぁ大杜、昼飯どうする?」
「え、何……」
 名前で呼ばれたことに動揺して、大杜はすぐに返事ができなかった。
「いやだから、昼飯。帰ってから食うのか? もうすぐ一時だろ。駅前で食っていかないか?」
「あ、う、うん。いいよ」
「なんだよ、その動揺。用事があるか? ああ、特務員の任務とか?」
「ううん、それは大丈夫。友だちと名前で呼び合ったことがなかったから、びっくりしただけ……」
 研矢は眉根を寄せた。
「名前で呼ばれるのが嫌いなら――」
「違う、違う! 名前で呼び合う親しい友だちがいなかっただけ。嬉しいよ、ありがとう」
「……おぅ」
 入試の日に門前で悩んでいた様子を思い出し、いろいろ事情があるのだろうと、研矢は追及しなかった。
「お前も名前で呼べよ」
「うん」
 大杜は今度は戸惑うことなく、全開の笑みで返した。
「叔父貴がやってるカフェが駅前にあるんだ。結構おしゃれな店だしうまいんだぜ」
「男性の入りにくい店じゃない?」
「外観はおしゃれだけど、メシはボリュームあるから、男の客も結構いるぜ。俺もよく行くし」
「そっか……うん、ならそこで」
「しっかり食えよ」
 研矢は何気なく大杜の全身を見やって言う。ガリガリではないが、「もうちょっと太れば?」と口に出したくなる程度には、彼は華奢に見えた。
「よく食べるほうなんだよ、これでも」
「マジか」
「それなりに筋肉もあるよ」
 見た目は細いが、任務で現場に出る以上、それなりに鍛えてはいるし、体力に自信もある。
「なら、今度腕相撲でもするか」
「腕相撲は……負けそう。走るのは得意なんだけどな」
「お、それでもいいぜ。俺は苦手な種目ないからな」
「頭も運動神経もいいなんて、神様はなん物も与えるよね……」
 大杜は苦笑した。
 「六連星学院前」駅の周辺は、落ち着いた街並みが広がっていた。
 駅前のロータリーの脇には大きな公園があり、その一部に食い込むようにして、研矢が目指すカフェ『リトルバード』があった。外観は北欧のログハウスといった雰囲気だ。
「おしゃれな店だろ」
 木製の扉を開くと、ドアベルが軽やかな音を立てる。小鳥が鐘を鳴らすような愛らしいデザインだ。
 研矢は慣れた様子で店内に入り、大杜は研矢の後ろに隠れ気味に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ」
「おおっ」
 研矢は思わず声を上げた。
 接客に出迎えたのが、ヒューマン型の業務ロボットだったからだ。
 ロボットといっても、カフェの制服を身にまとい、深緑色のエプロンとダークブラウンのウィッグを付けているから、パッと見は物静かな男性店員といった印象だ。
「2名様でしょうか」
「あ、ああ……」
「ご案内させていただきます」
 ホストロボットはふたりに目線を合わせてお辞儀してから、二足歩行で店内を進む。
 安価な業務ロボットは上半身は人に似せても、足元は小さなローラーで移動するため、バリアフリーが徹底されてる場所でしか利用できない。二足歩行をするヒューマン型の業務ロボットは、かなり高価だ。
(叔父貴、こんなのよく買えたな)
 ネットや雑誌にたびたび取り上げられているとはいえ、場所柄のせいか、賑わっているところには出くわしたことがない。
 叔父はサラリーマン時代に蓄えた資金でカフェをオープンさせたが、財布事情はよくはないはずだった。
 研矢の家は資産家だが、それは母方であり、父は松宮家に婿入りしているため、父の弟であるこの叔父は松宮家の資産とは無関係だ。またどちらかと言うとふたりは兄弟仲が良いとは言えず、そもそも疎遠だ。
 しかし研矢は、父よりむしろ叔父との方が親しく、この店ができてからは、よく食べにきている。
 研矢と大杜は広いソファー席に案内された。隣の席とは背の高い観葉植物で区切られ、個室のようになっている。
 水のグラスとおしぼりを置き、メニュー表をそれぞれに手渡した業務ロボットが去ると、大杜は小声で言った。
「この席広過ぎない? なんか落ち着かない……」
「ああ。大人数向きだよな――」
「よ、いらっしゃい、研矢」
 叔父である|鷹田《たかだ》|佳幸《よしゆき》が奥から出てきて声を掛ける。
「叔父さん、久しぶり。ってか、席、広過ぎねぇか」
「特別席だ。空いてたら案内してやろうと思って、リソナにお前の画像データ入力しといたんだ。六連星学院に通うんだろ? 入学祝いと、これから友だちに紹介しまくってくれよなー ――ってことで、今日は奢りだ」
「そりゃぁサンキュー。しかし叔父貴、リソナなんてよく買えたな」
 リソナは、業務ロボットの大手製造会社である|MatsuQ《マツキュー》の、汎用型業務ロボットの通称だ。特別目立った機能はないが、手頃な価格も相まって、一番売れ筋のモデルだ。もちろん手頃な価格と言っても、高級車が買えるぐらいの値段ではあるが。
「まさか! ほら、あの事件――あれでバイトが一人辞めてさ。次のバイトが決まるまでレンタルしてるんだ。バイト代よりは高くつくが、人件費のことを考えたら、そこまで割高じゃない。人手が足りなくて、店開けられないよりはいいだろうって思ってさ」
「ふぅん。なら女性タイプにすりゃいいのに」
「わかってないな。うちの客は七割方女性だぞ。イケメンロボットの方がいいだろうが」
 鷹田はウィンクして見せた。
 一見キザな態度もやたらと似合っている。黄色いチェックのシャツに黒のチノパンがおしゃれに見えるのは、この叔父だからだな、と研矢は思った。
「さっそく友だちできたのか。連れてきてくれたんだな」
 鷹田が大杜を見やって笑う。
「あ、えっと、佐々城です」
 大杜は慌てて立ち上がって頭を下げた。
「はは、気を遣わないでいいよ。君も奢りだから、好きなの食べてって」
「あ、いえ、俺は」
「いいから。これも投資みたいなもんさ。君も友だち連れておいでね。彼女とかさ」
「――あはは、望み薄いかな」
 大杜はポスンとソファーに座り直し、頬を掻いた。
「ほんとにすごいボリュームだね」
「だろ。女性客にはミニを勧めるんだ。レギュラーが大盛り仕様」
「逆じゃない」
 大杜は笑いながら、特大ハンバーガーの写真をスマートフォンに収めた。
「そういえば、事件って? ……あ、話せないならいいけど」
 メインを食べ終わり、デザートに移行したころ、大杜が不意に聞いた。
 研矢は先ほどの叔父との会話を思い出し、「ああ」と頷いた。
「別に構わねぇよ。先月ここに強盗が入ったんだ。――未遂で済んだんだけどな」
「強盗……未遂?」
 大杜はベイクドチーズケーキを刺したフォークを空中で止め、顔を上げた。
「叔父貴はこの上の階に住んでるんだ。強盗と鉢合わせして一悶着あったみたいだ。向かいの交番の巡査が異常に気付いてくれたおかげで、叔父貴に怪我はなく、何も盗まれることはなかったらしい。ただ覆面をしていたから特定できるほどの情報もなくて、捕まってはいない。――バイトの奴も怖くなったのかもな」
 研矢がそう言いながらコーヒーカップに指をかけた瞬間、リソナが、六連星学院の制服を着た女子生徒を案内しているのが見えた。
「お。あいつ、クラスの奴だぞ」
 研矢が小さく声を上げる。
 大杜は視線を追ってから姿を認める。確かに自己紹介で見た。が名前は覚えていない。
 クラスメイトの名前を覚えるぞ、と気合は入れたものの、結局前から数名しか覚えられなかったのだ。
「えっと、誰だっけ」
「|羽曳野《はびきの》 |花鈴《すず》」
「すごいね。俺全然覚えられてないのに……」
「記憶に残るだろ?」
「覚えようと必死だったけど、ハ行なんてとっくに挫折してたよ」
「いや、すげぇ美人じゃん。そっちで記憶に残るだろ」
「確かに美人だけど、美人過ぎて、逆に避けちゃうかな……俺」
「なんでだよ」
 研矢が笑う。
 彼女はふたりの視線に気付いたらしく、驚いたような表情を浮かべた。それからリソナに何か話しかけ、二人を指差す。
「お知り合いとのことで、あちらのお客様が同席したいと申されています。いかがいたしましょうか」
 リソナがやって来てそう尋ねる。研矢が大杜を見やって、目で「どうする?」と聞いている。
 大杜はうろたえた。鈴木副社長といい母といい、身近な美人は押しが強くて苦手なタイプだ。そのせいもあって、美人には惹かれるというより、逃げ出したくなる。
 だが、研矢が嬉しそうなのに自分が断るわけにはいかないだろう。
(クラスメイトと仲良くなるキッカケと思わないと……)
 自分を変えるためにした進学で、逃げていては意味がない――と自分に言い聞かせ、大杜は頷いてみせた。
 研矢は悪戯っぽくニヤリと笑い、
「一緒でいい。ここに案内してくれ」
 そうリソナに告げた。