―セクション1―
――2月中旬。
寒空の下、ボアコートを着込んだ佐々城大杜は、遅めの昼食を取っていた。
場所はビルの屋上。直風に煽られない場所を選んでいるが、強い風にフードは何度も後ろに飛ばされる。
こんな場所で食べなくても、といつも身内に言われるが、見晴らしの良さと静けさが気に入っているのだ。
『入電 関係機関へ』
骨伝導イヤフォンに、管轄エリア内の高速道路上で発生した多重追突事故の知らせが届いた。とはいっても彼に入った連絡ではなく、ただ近隣の情報が流れているだけだ。
だがその知らせに意識を取られた瞬間、寒さをしのぐためのオーバーサイズが仇になって、袖にケチャップが付く。
それを溜め息混じりにウェットティッシュで拭っていると、視界の端に、膝ぐらいの高さのロボットがやって来るのが見えた。それは最新鋭のハイテク機器ではなく、男の子向けのアニメに出てきそうなおもちゃのロボットだ。
「多重追突事故の件で、出動要請がありそうだ」
近くまで来ると、ロボットは大杜の顔を見上げてそう言った。姿から想像される機械的な音声ではなく、若い男のような声だ。
「交通事故だよね。うちが出るの?」
「副室長が詳しい情報を集めている」
大杜は弁当箱の蓋を閉めた。時間があるようなら、続きは司令室で食べようと思い、ランチクロスを緩めに結んで立ち上がる。
何気なく辺りを見渡すと、遠くの方に黒い狼煙のろしのようなものが上がっているのが見えた。
「事故はあれかな? 大きそうだな……」
残りを食べる時間はなさそうだと諦めつつ、大杜は最上階にある司令室へ早足で向かった。
司令室に入った瞬間、スピーカーから出動の本指令が流れた。
「ナイスタイミングだね」
メタリックな材質のマネキンのようなロボットが、明るく声を掛けてきた。機動隊の出動服に身を包み、頭部はオレンジブラウンのショートボブのウィッグをつけている。出動服の左肩付近に識別ナンバーのQ0ー12の刺繍があった。
「俺としては、あと5分待って欲しかったけどね」
大杜はお弁当の包みを振って見せた。小さなカサカサした音が、あと少し残っているのだと主張している。
「それくらい食べてくればよかったのに」
「アイビーが呼びに来たんだよ」
大杜が小さなロボットに視線を走らせると、傍にいた女性を彷彿とさせるスタイルのロボットが、アイビーと呼ばれたおもちゃを睨んだ。
「貴様! ボスの体を第一に考えろ! 呼ぶのは出動要請が入ってからでもよかっただろ!」
「ケリア、いいんだよ」
大杜が慌ててたしなめる。
ケリアはウィッグはつけず、出動服の識別ナンバーはQ0ー09。隊員の中でも特に大杜に傾倒しているせいで、他者への当たりが強くなりがちだ。
大杜が苦笑しながら椅子に座った時、ドアが開き、副室長の紀伊国が入ってきた。ロマンス・グレーの癖っ毛に、縁なしの眼鏡を掛けている。スリーピースの細身のスーツが似合う壮年の紳士然とした男だ。
「休憩中に申し訳ありません。詳細確認できました」
紀伊国は危機感のない穏やかな口調で言いながら、司令室のスクリーンの一角を触れた。遠くから撮影したと思われる事故付近の映像が映し出される。
「ずいぶんと大規模だね」
高架型の高速道路が交わっている地点近くで、複数の車が追突したり、横転したりしている。
「鉄柱を載せたトラックが横転し、後続の大型タンクローリーが追突を避けようとして、ハンドルを切り過ぎたようです。防音壁を突き破って下の高速道路へ半分落ち、後続車は散らばった鉄柱に突っ込んだり玉突きを起こしています。鉄柱は下の高速道路内にも落ちており、それに巻き込まれた事故も発生している模様です」
「タンクローリーは何を積んでるの?」
「可燃性の高圧ガスです」
大杜は顔をしかめた。
「周囲は市街地のため、近隣に避難指示が出ています。タンクローリー近くは人が近寄れず、警官ロボットと消防ロボットが大量投入されました。ですが、それが逆に混乱を生じさせたようです」
紀伊国は言葉を切って、大杜を見やった。
「というわけで、こちらに出動要請がありました」
全国の警察署へ配備されている警官ロボットも消防署へ配備されている消防ロボットも、優秀な人工知能を有してはいるが、複雑な状況下では彼らだけで行動するのは難しい。彼らの特性をよく理解した指揮官が現場に入らなければ、適切な対応はできない。
「俺たちは、独自に救助や事故処理することを求められてる? それとも現場のロボットをまとめる方?」
「両方です」
紀伊国の言葉に、大杜は頷いた。
司令室にいたケリアへ視線を向け、本部にいない隊員にも通信を繋ぎ指示を入れる。
「ケリアとダスティは先に現地に入って、上空からの映像を各方面に送ること。同時に高架上に取り残されてる人の避難をサポート」
「了解」
『了解しました』
通信機から、男の声が返ってくる。パトロールに出ているダスティだ。
「カスミは副室長とともにここで総括を。――こういう現場に俺と一緒に出ると色々と混乱させるからね」
ショートボブのロボット――カスミ――に大杜が言うと、カスミは頷いた。
「俺とアイビーは現地ロボットの統制を行うよ。ほかの隊員も全員現場に向かうように。到着後は各自の判断で行動してね」
途端カスミが吹き出す。「各自の判断で」なんて、指揮官が言うことではないからだ。
大杜は笑われた理由にすぐに気付き、むうっと頬を膨らませた。
「仕方ないだろ。俺は専門の知識を有した警察官じゃないし、そもそも消防局員でもない。各自で判断して行動する方がきっと役に立つ」
「役目を放棄してるんじゃなくて、部下を信頼してくれてるってことだね」
「そう、そういうことにしておいて。――それじゃあ行ってきます。アイビー、装備室へ行こう」
大杜はアイビーをひょいと持って肩に乗せ、階下へ繋がっている螺旋階段のある扉を開くと、軽快な足取りで降りて行った。
「だから機械は嫌いなんだよ!」
「警部、そんなこと言っても、これからの時代、彼らなしでは社会は成り立ちませんよ?」
「だったらお前、この状況どうするんだ⁉」
「高坂警部、通行禁止区域内で立ち往生していた、車両の誘導終わりました。――どうしました?」
「いや、警視庁と消防本部から送られてきた業務ロボットが邪魔になってんだよ」
報告しにきた警官の質問に答えながら、小佐は現場の方を見やった。
消防や救急医療チームや警察など、各関係部署が怪我人の救助や避難を行なっているが、ある意味一番危険な状態にある落ちかかったタンクローリーの処置ができないままでいる。上層部からロボット部隊が派遣されてきたが、それらがまったく役に立っていないからだ。
「対処方法はプログラムされてきてるでしょう?」
「そのはずなのに、ほとんど停止してるんだよな。――壊れてんのか?」
「とにかく、タンクローリー付近の現場の状況だけでもわからんのか‼」
高坂の怒声に、警官が上空を見上げる。
「そういや、ヘリも飛んでませんね」
「爆発の危険があるから、近くは飛べないと言っているらしい。発生から50分が経ってるんだけどな」
小佐が溜め息交じりに言う。
「ドローンでもなんでもいいから、飛ばして確認してくれりゃいいんだけど」
「どいつもこいつも無能かぁ!!」
高坂の頭から湯気が出るんじゃないかと小佐が心配し始めた時、現地対策本部として設営されたテントの中のモニターに、突如映像が映し出された。
驚いて、皆モニターに視線を向ける。
それは上空のかなり間近な位置からの現場の映像だった。至近距離過ぎて、テレビドラマか映画か――合成動画のようだった。
『タンクローリーの運転手を確認。脈、呼吸あり、意識なし。救出し、付近の救急隊員に委ねる』
「は? 誰の声だ? 女?」
「映像の送り主ですかね? ――あ」
対策本部のテントの前を小柄な影が通り過ぎるのに気付いた小佐は、慌てて声を上げた。
「君! 止まって!」
「お疲れ様です」
声を掛けられた方は焦った様子もなく挨拶を返してくる。
凄惨な現場に不似合いな、小柄な背格好の人間だった。黒のシステムヘルメットで顔ははっきりと見えないが、声も背格好も少年といって差し障りないだろう。
「こら、コスプレ少年! 何やってんだ⁉ こんな近くまで野次馬に来る奴があるか!」
高坂も気付いて、腰に手を当てて声を荒げる。コスプレと言ったのは、少年が機動隊の出動服を身にまとっていたからだ。
少年は高坂の恫喝に動じることなく、静かに敬礼を返した。
「高次犯罪対策室の佐々城です。投入された業務ロボットの制御と、後方支援で参りました」
「は? え? 何、こう……?」
「こうじ、はんざい、たいさくしつ、です」
出動服の少年こと大杜は、丁寧に区切って繰り返した。
「こ、高次犯罪対策室⁉」
小佐が声を上げた。
「警部、ほら、高機能警官ロボットチームの部署ですよ! 特命公務員が室長のとこ!」
「あ、ああ……ああ⁉ なんかできんのか? この子どもが――」
「子どもなのは否定しませんけど、お手伝いはできると思います」
大杜は気にした風もない。実力が疑われるのはいつものことだからだ。
「それじゃあ失礼します。爆発の危険がある一帯はこちらで処理します」
「いや待て、危ないだろうが!」
「心配は無用だ」
高坂が大杜を引き留めようとテントを飛び出した瞬間、大きな機体が立ちはだかった。メタリックな筐体の警官ロボットだ。出動服の肩には、Q0ー01の文字が刺繍されている。ヘルメットはなく、シルバーのショートヘアのウィッグをつけていた。
「ケリアはこのまま映像を関係機関に送りながら、可能な範囲で救助を手伝うこと。ダスティはアキレアともにタンクローリーからガス漏れがないか確認」
大杜は独り言のように指示を入れながら、混乱している現場近くへ向かう。
「タイト、この先だ」
声が掛かり、大杜は立ち止まって高速道路の先を真っすぐに見やった。普段なかなか目にすることがない数の警官ロボットと消防ロボットがいる。しかしどれもその場に立ち尽くすか不自然にきょろきょろと周囲を窺うなどして、見るからに正しく機能していない。
大杜は一番近くにいた消防ロボットの胸に手を触れた。
「……高性能の人工知能とボディの性能があっても、エラーを起こしてちゃ仕方ないよね」
「どういうことだ⁉」
後ろを付いてきていた高坂が、大杜の言葉を聞き咎めて怒鳴るように聞いた。
大杜は顔をしかめる。ヘルメット越しでも頭に響く声量だ。
「特殊任務を遂行できるほどの人工知能を有していても、彼らだけでは、複雑な現場では上手く立ち回れません。指揮する者が近くにいてこそ効率良く動けるんです。今回は現場に人間が近付けなかったから事前に入力したプログラムだけで対応しようとしたんでしょうけど、それがエラーの原因になってるんです」
「事前に入力されているなら問題ないはずだろうが!」
「はい、1、2チームぐらいなら問題なかったと思います。ですが事故の規模が大きく複数の管理下のものが同時に投入されてしまった」
「何が問題だ?」
「人間でもあるでしょう? そちらの管轄でしょ、いやそっちですよ、みたいな状況。指揮系統がはっきりしないため、どの機体も動けない状態です」
高坂は思わず返答に詰まってしまった。
大杜は警官ロボットの一体にも触れた後、部下のロボットを振り返る。
「君に指揮権をまとめるよ」
「了解だ」
機体は頷くと大杜からかなりの距離を取った。
「総員、干渉領域外へ退避」
大杜は通信機を通して伝えてから、左腰のホルダーから警棒を抜き取り、最大まで伸ばすと、地面をコンコンと叩いた。
(大丈夫かな……)
プログラムに干渉する対象は特殊任務仕様のロボットたちだけだが、広範囲に散らばっているため力加減が難しい。弱過ぎると能力を伝えきれないし、強過ぎると無関係のシステムにエラーを引き起こしてしまう可能性がある。危険なタンクローリーの機器に影響を与えてしまうのは論外だ。
大杜は目を瞑り、神経を研ぎ澄まして手の先に意識を集め、警棒を介して力を周囲に伝達した。
――直後、地面が小刻みに震えるように揺れ、電波するように空気も振動する。ただしそれがわかるのはロボットだけだ。
大杜が目を開けると、不規則な動きをしていた警官ロボットと消防ロボットは皆、Q0ー01に向かって敬礼していた。また周囲に大きなトラブルやミスもなさそうだった。
大杜ははぁと大きな息を吐いた。
「良かった。大丈夫そう……」
「確かに目に見えるトラブルはなさそうだな」
「やめてよ。そういうの」
「しかしよく一気にやったな。体の負担が大きいだろう。半分の人数でも任務を遂行できたと思うが」
「人命救助も原状回復も早くやった方がいい。動ける機体は多いに越したことないから」
「まあ、そうだな。ではあとは我々に任せて先に帰ってくれ。明日は大切な日だ。少しでも早く寝た方がいいからな」
「うん。もうすでに眠くなってきてる……」
「帰るまで寝るな」
「――頑張る。じゃ、後は頼んだよ」
大杜はふぅと息を吐き、帰ろうと向きを変えると、唖然と立ち尽くす高坂と目が合った。
「あ、そう言えば」
大杜は高坂に話し掛けた。
「すみませんが、どなたかに、近くの駅まで送ってもらえるようにお願いできませんか?」
「え、あ……ああ……ああ?」
「自分は運転できないので、部下を置いていくと一人で帰れないんです」
小佐が駆け寄ってきてさっと手を挙げた。
「警部、自分が行きます」
「あ、ああ……」
高坂はまだ状況が理解しきれていないのか、呆然としている。
「すみませんね、警部は機械とかが苦手で、戸惑っておられるんだと思います。――あちらのパトカーで送らせてもらいますね」
小佐が少し先に停まっているパトカーを示して言う。
「助かります」
「あ、でもその格好で電車に乗れないでしょう? 本部まで送りましょうか?」
「大丈夫です。乗ってきた車に着替えが入っているので」
そう言って、大杜はシステムヘルメットを脱いだ。
中から中性的な整った顔だちが現れ、小佐は驚いた。
(アイドルグループのメンバーだと紹介される方が納得しちまうぐらいだな。でも確か、警視正扱いだと聞いたことがあるような――えっ、この子どもが⁉)
小佐の内心のパニックをよそに、大杜は顔に不似合いな物々しい出動服の袖口で額の汗を拭った。寒空の下にも関わらず、汗が何度もにじみ出てくる。
「先に着替えてきます」
大杜がその場を離れようとした時、やっと理解が追いついたらしい高坂が、ぽつりと呟いた。
「大切な、日?」
大杜は「気になったのはそこ?」と内心苦笑しながらも、高坂を振り返って言った。
「明日は高校の入学試験なんです」
「は? ……入学試験?」
「え、もしかして中学生?」
小佐も驚いて声を上げる。幼い顔立ちだとは思ったが、まさか義務教育を受けている年齢だとは思わなかったのだ。
「――そうか――」
高坂はやっと自身の理解の超える事象を受け入れる心が整ったらしい。
「本日は助かりました。受験、頑張って下さい」