プロローグ
ー/ー
―プロローグ―
出口を塞いでいた物を押し退け、少年は床下から這い出た。
「隠れているんだ!」
「出ては駄目!」
リュックの中から引き止める声が聞こえる。だが少年はそれを無視し、立ち上がってゆっくりと辺りを見回す。そこに広がっていた光景は、子どもが目にしてよい類のものではなかった。
四肢があり得ない方向に向いているからだ、真っ赤な液体の上に横たわったからだ――どれもピクリとも動かない。だが少年は知っていた。それらの半分は人ではないと。
やがて少年はそれらの中に見知った顔を見つけた。
「絶対にここを出るな。アイビー、キミカゲ、後を頼む」
少年の頭とリュックを交互にポンポンと叩いてそう言うと、底上げされていたブースの床下に少年を押し込み、入り口を隠してから去った兄。非番だったが、彼は惨劇の中に身を投じることを選んだ。
赤い液体の中に体を横たえる兄を前にして、少年は叫ぶこともできず、自分が水の中にいるような不思議な感覚に見舞われた。周囲の悲鳴や怒号は聞こえているのに、鈍い声にしか聞こえない。
見えない何かに五感が遮断されているようだ――
ショックの大きさゆえか、むしろ何の感情も湧き上がってこなかった。
「君! 何をしてるんだ! 逃げろ!」
横から大柄な男が覆い被さってきた。警官だ。この騒動に、やっと警察が到着したのだ。
「佐々城巡査!? くそ!!」
自分を守ろうとしている男は兄の知り合いだったらしい。少年のそばに見つけた死体に動揺し、警官はぶつける先のない苛立ちに声を荒げる。
「いったいなぜこんなことになったんだ!? ヒューマンタイプのロボットたちがなぜ急に殺戮を? 何が……」
目の前に、パイプ椅子を振り上げた女性が立ちはだかった。警官は少年を後ろにかばい拳銃を両手で構えたが、それはすぐにパイプ椅子で弾き飛ばされた。細腕の女性とは思えない怪力だ――否、それは人ではない。
少年は視線の先にスタイリッシュで精悍な姿のロボットが数機、展示されているのに気付いた。大手業務ロボット製造会社の最新機種だ。
少年の中にぞわりとした焦燥感と急き立てられるような高揚感が沸き上がってくる。それはアイビーとキミカゲと出会うことになったときと同じ様な感覚だ。
少年は衝動の赴くまま警官の後から飛び出した。そして二体に駆け寄ると、飛び込むように両手をそれらの胸に付けた。
――気が付くと病院のベッドの上だった。警官の後ろから飛び出した後の記憶が欠けている。気を失ったのだ。
事件から一週間が過ぎていること、その間に兄の葬儀が終わっていたことを知らされ、少年は呆然とした。
病室の窓際にはいつも持ち歩いている見守りロボットの2体、アイビーとキミカゲが佇んでいたが、いつも真っ先に心配してくれる彼らからの言葉もない。
「アイビー? キミカゲ? どうしたの? 返事してよ、どこ行ったの? 蓮兄、本当に死んじゃった? ねぇ、みんな、どこ。ひとりにしないでよ……」
ロボットたちの心はどこにもなく、優しかった兄ももういない。
働き手が減りゆく中、次世代の社会の担い手として期待されたのは、ヒューマン型のロボットだった。
だが権威ある発表の場として長年開催されていたロボット工学国際見本市で発生した事件――展示、及び業務に当たっていたロボット達の暴走――は、ロボット社会の未来に大きな影を落とした。
人間の代替とできるよう、見た目も動きもそっくりに造ることに心血が注がれてきたため、人とロボットの区別が付かず、警察は積極的に武器を使用することができなかったのだ。その結果、500人近い人間が亡くなった。
二度と同じ過ちを犯さないために、ロボット製造企業は共通の企業理念を打ち出した。
『ロボットは安心安全を第一として社会貢献のための手段として開発、利用する。安全上の問題により人を完全に模したヒューマン型ロボットの製造を禁止する。倫理上の問題が解消されない限りハイブリッド型ロボットの製造を禁止する。』と――。
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―プロローグ―
出口を塞いでいた物を押し退け、少年は床下から這い出た。
「隠れているんだ!」
「出ては駄目!」
リュックの中から引き止める声が聞こえる。だが少年はそれを無視し、立ち上がってゆっくりと辺りを見回す。そこに広がっていた光景は、子どもが目にしてよい類のものではなかった。
四肢があり得ない方向に向いているからだ、真っ赤な液体の上に横たわったからだ――どれもピクリとも動かない。だが少年は知っていた。それらの半分は人ではないと。
やがて少年はそれらの中に見知った顔を見つけた。
「絶対にここを出るな。アイビー、キミカゲ、後を頼む」
少年の頭とリュックを交互にポンポンと叩いてそう言うと、底上げされていたブースの床下に少年を押し込み、入り口を隠してから去った兄。非番だったが、彼は惨劇の中に身を投じることを選んだ。
赤い液体の中に体を横たえる兄を前にして、少年は叫ぶこともできず、自分が水の中にいるような不思議な感覚に見舞われた。周囲の悲鳴や怒号は聞こえているのに、鈍い声にしか聞こえない。
見えない何かに五感が遮断されているようだ――
ショックの大きさゆえか、むしろ何の感情も湧き上がってこなかった。
「君! 何をしてるんだ! 逃げろ!」
横から大柄な男が覆い被さってきた。警官だ。この騒動に、やっと警察が到着したのだ。
「|佐々城《ささしろ》巡査!? くそ!!」
自分を守ろうとしている男は兄の知り合いだったらしい。少年のそばに見つけた死体に動揺し、警官はぶつける先のない苛立ちに声を荒げる。
「いったいなぜこんなことになったんだ!? ヒューマンタイプのロボットたちがなぜ急に殺戮を? 何が……」
目の前に、パイプ椅子を振り上げた女性が立ちはだかった。警官は少年を後ろにかばい拳銃を両手で構えたが、それはすぐにパイプ椅子で弾き飛ばされた。細腕の女性とは思えない怪力だ――否、それは人ではない。
少年は視線の先にスタイリッシュで精悍な姿のロボットが数機、展示されているのに気付いた。大手業務ロボット|製造会社《メーカー》の最新機種だ。
少年の中にぞわりとした焦燥感と急き立てられるような高揚感が沸き上がってくる。それはアイビーとキミカゲと出会うことになったときと同じ様な感覚だ。
少年は衝動の赴くまま警官の後から飛び出した。そして二体に駆け寄ると、飛び込むように両手をそれらの胸に付けた。
――気が付くと病院のベッドの上だった。警官の後ろから飛び出した後の記憶が欠けている。気を失ったのだ。
事件から一週間が過ぎていること、その間に兄の葬儀が終わっていたことを知らされ、少年は呆然とした。
病室の窓際にはいつも持ち歩いている見守りロボットの2体、アイビーとキミカゲが佇んでいたが、いつも真っ先に心配してくれる彼らからの言葉もない。
「アイビー? キミカゲ? どうしたの? 返事してよ、どこ行ったの? |蓮兄《れんにぃ》、本当に死んじゃった? ねぇ、みんな、どこ。ひとりにしないでよ……」
ロボットたちの心はどこにもなく、優しかった兄ももういない。
働き手が減りゆく中、次世代の社会の担い手として期待されたのは、ヒューマン型のロボットだった。
だが権威ある発表の場として長年開催されていたロボット工学国際見本市で発生した事件――展示、及び業務に当たっていたロボット達の暴走――は、ロボット社会の未来に大きな影を落とした。
人間の代替とできるよう、見た目も動きもそっくりに造ることに心血が注がれてきたため、人とロボットの区別が付かず、警察は積極的に武器を使用することができなかったのだ。その結果、500人近い人間が亡くなった。
二度と同じ過ちを犯さないために、ロボット製造企業は共通の|企業理念《フィロソフィー》を打ち出した。
『ロボットは安心安全を第一として社会貢献のための手段として開発、利用する。安全上の問題により人を完全に模したヒューマン型ロボットの製造を禁止する。倫理上の問題が解消されない限りハイブリッド型ロボットの製造を禁止する。』と――。