第136話 本音を言えない生き物
ー/ー
「それ、轟先輩にも言われました」
「はは! さすが轟ちゃんだ!」
俺の言葉に津田先輩は愉快そうに笑った。
やっぱり、先輩たちからしたらそれが重要な事なのだろう。
「そんなに、今の俺って部活に不真面目ですかね?」
「……杉野が、っていうより二年生がだね」
俺の質問に木崎先輩が答えてくれた。
それは、そうなのかもしれない。
現に椎名と増倉は喧嘩するまでに至った。
「大事なことだぜ? 今日みたいなことが起きないようにするには、な」
津田先輩は言葉が、嫌に的を射ている気がした。
暗に、今日の喧嘩は二年生の所為だと言われた。
俺の横で、樫田も渋い顔になった。
「返す刀ってわけじゃないですが、そのためにもご助言頂きたいですね」
「樫田は偉いな……そうだなぁ、杉野。急いては事を仕損じるって言葉知っているか?」
「ええ、まぁ、はい」
「なら、言葉の通りだ。みんなの意見を確認して、ゆっくりとタイミングは推し量れ」
「それだけですか……?」
「ああ、それだけだ」
津田先輩は清々しいまでに正直に断言する。
その抽象的な言葉に、どこかで期待していた俺は少しがっかりする。
「杉野、顔に出ているぞ」
「え」
樫田が全員に聞こえる声量で教えてくれた。
俺は樫田を一瞬見た後に、津田先輩と木崎先輩を見る。
二人は呆れたように笑っていた。
「……杉野は分かりやすいからね」
「まったく、やれやれだ」
特に怒った様子のない先輩たちに安堵する。
そんな俺を見て、津田先輩がため息をついた。
「はぁ、しゃーない。サービスしてやるよ」
「……いいのかいコウジ?」
「ああ、かわいい後輩のためだ」
「……君が男にサービスするなんて珍しい」
「うっせい」
木崎先輩が微笑み、津田先輩は真剣な表情でこちらを見てきた。
俺は自然と背筋を伸ばしていた。
「杉野。それと樫田も。人は本音を言えない生き物だ。言い方ひとつ、聞き方ひとつで心を閉ざす。だから変に具体的なことは止めろ。どこか抽象的で、曖昧なまま話を進めろ」
「でも、それじゃあ」
「信じろ」
俺が何かを言う前に、津田先輩が堂々と言う。
たった一言。その重みがずしりと心にのっかかる。
「話が通じているんだと、意志が、心が理解し合っているんだと信じろ。お前たちはそれが出来るはずだ」
不思議だった。津田先輩の言葉がすとんと心の中に残る。
俺の中で何かが力強く固くなる。
頭を下げ、感謝を述べる。
「ありがとうございます先輩」
「よせよ、ただのサービスだ」
照れたように頭をかく津田先輩。
その様子を微笑みながら見ていた木崎先輩がまとめるように言った。
「……さて、アドバイスもほどほどにして、麺が伸びる前に食べ終わろうか」
「だな」
「はい」
俺たちは頷き、そこからは食べることに専念するのだった。
空腹の男子高校生がラーメンを食べきるのにそう時間はかからなかった。
『ごちそうさまでした』
食べ終えると、津田先輩が話し出す。
「てか、本当は演出の打合せで集まったのに、全然してないな」
「え! そうだったんですか!?」
「……じゃあ少しするかい?」
「いいですか?」
「おう、手短にな」
樫田は確認が取れると、カバンからノートを出して机に広げた。
演出の打合せって、どんなのか俺は気になった。
「色々話したいことはありますが、まず稽古初日の今日、予定が狂いました」
「だな。予定してたところまでいかなかったな」
「……あのまましていてもって感じだったけどね」
「なので、リスケが必要です」
リスケ。確かリスケジュールの略だったよな。
すごいな、たった一時間稽古をしなかっただけで予定の再調整をするのか。
「まぁ、落ち着け。物事ってのは予定通りに行かないものだ。遅かれ早かれ予定は狂う」
「……樫田の言いたいことも分かるけど、今はリスケのタイミングじゃないかもね」
「そういうこと。全員の演技を見てからでも遅くない」
「なるほど、そうですね」
樫田が何かをメモしていく。
これは、俺が経験したことのない裏方の雰囲気だった。
緻密な世界だと感じた。
「あと、一年生たちについてですね」
「ああ、田島ちゃんと池本ちゃんのこと?」
「はい」
「……何か問題あったかい?」
「いえ、そうじゃないんですが……」
樫田が一瞬だけこちらを見てきた。
? なんだろうか?
「演技の話か」
「……そういう話ね」
先輩たちはその一瞬で理解する。
俺だけが何の話か分からなかった。津田先輩がそれを察して、樫田に指示する。
「杉野に説明してやれ」
「はい。要するに演技のサポート役を誰にするかって話だ」
「ああ、なるほど」
そこまで言われてようやく俺も問題を知る。
基本的に演出家が演技を決まるのだが、だからといって役者は手ぶらでいいわけではない。
役者が演技を考える。それを演出家に見せて合否を確認する。
ここで問題なのが、入りたての一年生は演技を考える力が乏しいことである。
そこで先輩の誰かが演技について相談に乗ったりアドバイスしたりするサポート役になる。
だが役者とは十人十色。サポート役が多ければいいわけでもない。
よって桑橋高校演劇部では、一人一役でサポートに入ることになっている。
「椎名と増倉は今日の一件で、まぁ、一年からの尊厳は薄まっただろうし」
「確かに……」
慎重に言葉を選んだ樫田に俺は頷いた。
元々は二人に頼むつもりだったのだろう。
けど、今日の喧嘩を見るとそうしていいのか考えるよな。
「夏村はどうなん?」
「一人はそれで構わないが、もう一人がな」
もう一人か。轟先輩ってわけにもいかないもんな。
難しい顔で考える俺たちに、木崎先輩が軽く言った。
「……杉野がやったらいいよ」
「え」
「そりゃいい。名案だ」
「いやいや先輩! 俺主役やってんですよ!? なぁ樫田!」
「現実的には、そうなるしかないか」
横で納得したような顔をする樫田。
何解決したみたいな雰囲気してんだよ!
「無理ですよ! ほとんどのシーンに俺出ているじゃないんですか!」
「ならこうしよう。基本は佐恵ちゃんが二人を見る。で、可能な時に杉野も手伝うって感じで」
「まぁ、それなら……」
出来ないこともない、か? 大丈夫か俺。そんな安請け合いして。
そう思ったが、時すでに遅し。みんなもう決定事項みたいな顔して次の議題に移っていた。
え、そんなあっさり?
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「はは! さすが轟ちゃんだ!」
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やっぱり、先輩たちからしたらそれが重要な事なのだろう。
「そんなに、今の俺って部活に不真面目ですかね?」
「……杉野が、っていうより二年生がだね」
俺の質問に木崎先輩が答えてくれた。
それは、そうなのかもしれない。
現に椎名と増倉は喧嘩するまでに至った。
「大事なことだぜ? 今日みたいなことが起きないようにするには、な」
津田先輩は言葉が、嫌に的を射ている気がした。
暗に、今日の喧嘩は二年生の所為だと言われた。
俺の横で、樫田も渋い顔になった。
「返す刀ってわけじゃないですが、そのためにもご助言頂きたいですね」
「樫田は偉いな……そうだなぁ、杉野。急いては事を仕損じるって言葉知っているか?」
「ええ、まぁ、はい」
「なら、言葉の通りだ。みんなの意見を確認して、ゆっくりとタイミングは推し量れ」
「それだけですか……?」
「ああ、それだけだ」
津田先輩は清々しいまでに正直に断言する。
その抽象的な言葉に、どこかで期待していた俺は少しがっかりする。
「杉野、顔に出ているぞ」
「え」
樫田が全員に聞こえる声量で教えてくれた。
俺は樫田を一瞬見た後に、津田先輩と木崎先輩を見る。
二人は呆れたように笑っていた。
「……杉野は分かりやすいからね」
「まったく、やれやれだ」
特に怒った様子のない先輩たちに安堵する。
そんな俺を見て、津田先輩がため息をついた。
「はぁ、しゃーない。サービスしてやるよ」
「……いいのかいコウジ?」
「ああ、かわいい後輩のためだ」
「……君が男にサービスするなんて珍しい」
「うっせい」
木崎先輩が微笑み、津田先輩は真剣な表情でこちらを見てきた。
俺は自然と背筋を伸ばしていた。
「杉野。それと樫田も。人は本音を言えない生き物だ。言い方ひとつ、聞き方ひとつで心を閉ざす。だから変に具体的なことは止めろ。どこか抽象的で、曖昧なまま話を進めろ」
「でも、それじゃあ」
「信じろ」
俺が何かを言う前に、津田先輩が堂々と言う。
たった一言。その重みがずしりと心にのっかかる。
「話が通じているんだと、意志が、心が理解し合っているんだと信じろ。お前たちはそれが出来るはずだ」
不思議だった。津田先輩の言葉がすとんと心の中に残る。
俺の中で何かが力強く固くなる。
頭を下げ、感謝を述べる。
「ありがとうございます先輩」
「よせよ、ただのサービスだ」
照れたように頭をかく津田先輩。
その様子を微笑みながら見ていた木崎先輩がまとめるように言った。
「……さて、アドバイスもほどほどにして、麺が伸びる前に食べ終わろうか」
「だな」
「はい」
俺たちは頷き、そこからは食べることに専念するのだった。
空腹の男子高校生がラーメンを食べきるのにそう時間はかからなかった。
『ごちそうさまでした』
食べ終えると、津田先輩が話し出す。
「てか、本当は演出の打合せで集まったのに、全然してないな」
「え! そうだったんですか!?」
「……じゃあ少しするかい?」
「いいですか?」
「おう、手短にな」
樫田は確認が取れると、カバンからノートを出して机に広げた。
演出の打合せって、どんなのか俺は気になった。
「色々話したいことはありますが、まず稽古初日の今日、予定が狂いました」
「だな。予定してたところまでいかなかったな」
「……あのまましていてもって感じだったけどね」
「なので、リスケが必要です」
リスケ。確かリスケジュールの略だったよな。
すごいな、たった一時間稽古をしなかっただけで予定の再調整をするのか。
「まぁ、落ち着け。物事ってのは予定通りに行かないものだ。遅かれ早かれ予定は狂う」
「……樫田の言いたいことも分かるけど、今はリスケのタイミングじゃないかもね」
「そういうこと。全員の演技を見てからでも遅くない」
「なるほど、そうですね」
樫田が何かをメモしていく。
これは、俺が経験したことのない裏方の雰囲気だった。
緻密な世界だと感じた。
「あと、一年生たちについてですね」
「ああ、田島ちゃんと池本ちゃんのこと?」
「はい」
「……何か問題あったかい?」
「いえ、そうじゃないんですが……」
樫田が一瞬だけこちらを見てきた。
? なんだろうか?
「演技の話か」
「……そういう話ね」
先輩たちはその一瞬で理解する。
俺だけが何の話か分からなかった。津田先輩がそれを察して、樫田に指示する。
「杉野に説明してやれ」
「はい。要するに演技のサポート役を誰にするかって話だ」
「ああ、なるほど」
そこまで言われてようやく俺も問題を知る。
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役者が演技を考える。それを演出家に見せて合否を確認する。
ここで問題なのが、入りたての一年生は演技を考える力が乏しいことである。
そこで先輩の誰かが演技について相談に乗ったりアドバイスしたりするサポート役になる。
だが役者とは十人十色。サポート役が多ければいいわけでもない。
よって桑橋高校演劇部では、一人一役でサポートに入ることになっている。
「椎名と増倉は今日の一件で、まぁ、一年からの尊厳は薄まっただろうし」
「確かに……」
慎重に言葉を選んだ樫田に俺は頷いた。
元々は二人に頼むつもりだったのだろう。
けど、今日の喧嘩を見るとそうしていいのか考えるよな。
「夏村はどうなん?」
「一人はそれで構わないが、もう一人がな」
もう一人か。轟先輩ってわけにもいかないもんな。
難しい顔で考える俺たちに、木崎先輩が軽く言った。
「……杉野がやったらいいよ」
「え」
「そりゃいい。名案だ」
「いやいや先輩! 俺主役やってんですよ!? なぁ樫田!」
「現実的には、そうなるしかないか」
横で納得したような顔をする樫田。
何解決したみたいな雰囲気してんだよ!
「無理ですよ! ほとんどのシーンに俺出ているじゃないんですか!」
「ならこうしよう。基本は佐恵ちゃんが二人を見る。で、可能な時に杉野も手伝うって感じで」
「まぁ、それなら……」
出来ないこともない、か? 大丈夫か俺。そんな安請け合いして。
そう思ったが、時すでに遅し。みんなもう決定事項みたいな顔して次の議題に移っていた。
え、そんなあっさり?