〝悪魔の翁〟の誕生
ー/ー * * *
それから数日が経ち廃墟を出た彼は、拠点を移そうと播磨の地まで足を運ぶ。
その道中で刀鍛冶がいないかと目を光らせていた。
しかし、刀を売り歩いている商人などいないまま、播磨まで着いてしまった。
どうしたもんかと思いながら歩いていると、鉄の焼ける匂いを嗅ぎつけて、家の前までいく。
私怨で武家を壊滅した際、どんな刀を使ってもすぐに使い物にならなくなったので、かなり困っていたのだ。
金はたっぷりと懐に入れてきたので、全額出して交渉してみようと思っていた。
引き戸を叩きながら彼は言う。
「邪魔をする」
「誰だ、お前?」
訝しげな顔をした刀鍛冶と目が合う。
「刀を一本打ってもらいたいんだが、金ならある」
彼はそこまで言って金がずっしりと入った袋を見せる。
「入れ」
袋を一瞥した刀鍛冶が引き戸を大きく開けた。
静かに中に入った彼は、机に袋をドンと置いた。
「これで足りるか?」
「全部は要らんな」
刀鍛冶は袋に手を突っ込んで金をむんずとつかむと、残りを突き返してきた。
「分かった」
彼は懐に袋を仕舞う。
「名は?」
「今の段階では、ない。名なんて忘れてしまった」
刀鍛冶はその言葉に言葉を失ったが、声を出す。
「それは不便だろう。自分で好きな名をつけるのはどうだ? 漢字はこっちでいいのを探す。呼ばれたい候補はねぇか?」
刀鍛冶の提案に、彼はしばし考え、思いついた名を口にする。
「……がざぎ、ざんぎ」
刀鍛冶は奥から和紙、硯、墨と筆を持ってきて、漢字を書き始める。
「これならどうだ? ちょいと難しいが」
そこには達筆な字で〝呀嵜慚愧〟と書かれていた。
「それも味だろう。気に入った。なんとか憶えたし」
「よし! 叉辞ってんだ、よろしくな。どのような刀が入り用で?」
嬉しそうな叉辞に、真面目な表情で告げる慚愧。
「実用性に特化していて、刀身の色を変えたい。どんな色ならできる?」
「目立つのは緑青色だな。これでよければ、鞘、鍔、柄は黒にするが?」
「それで構わない」
低い声で慚愧が言う。
「今日から作る。十五日経ったらきてくれ」
慚愧はうなずくと、その場を後にした。
その帰り道、面を売り歩いている商人を見つけた。
足を止めた慚愧は、黒翁の面に一目惚れして買って帰る。
それから十五日が過ぎ、慚愧はもう一度、叉辞の許を訪れる。
出来上がった刀を見るなり、あまりの美しさに息を呑む。
「これが……俺の刀か」
「なんでこんなにも美しいんだろうな。人の命を奪う得物だって言うのに」
叉辞も思わず言う。
「この地で……。誰からも見捨てられた人を、救いたい。……俺が代わりに元を断てば、人を救えるかもしれない」
慚愧は暗い目をして言う。
「それはとても立派だが、お前さんはどうなる?」
叉辞はその暗さに驚きながら尋ねる。
「俺の手はだいぶ前から穢れている。俺は己のことが心底、どうでもいいのさ。ずいぶん前に、心は闇に喰わせてやった」
叉辞はその言葉を聞きながら絶句する。
――とんでもないくらいに暗い目。歳に似合わないなんてもんじゃねぇ。こいつ、どんな闇を抱えてやがる?
叉辞が声をかけずにいると、慚愧が口を開く。
「大事なこの日を〝悪魔の翁〟の誕生日としよう」
「〝悪魔の翁〟?」
叉辞は聞き返す。
「俺が翁の面をかぶって、夜動くときの通り名さ。これなら、皆に知られても構わない」
慚愧は口端を吊り上げて嗤い、刀を手にして叉辞の元を去る。
――そうと決まれば、動きやすい着物がいるか。
考えた慚愧は、仕立屋に向かい、主に通り名と着物の使い道を話した。
主は了承し、二日後にまた行くことに。
二日後、装束を着てみたところ、かなり動きやすくなっていた。
その日からずっと、夜に依頼をこなし続けているのだ。傷だらけになりながら。
* * *
慚愧はそこまで言って口を噤み、面を外す。
「意外と面倒だな。面をかぶって呑むのは」
慚愧は苦笑し、悪魔の翁が慚愧であることを皆に伝えた。
皆の顔を見ると、驚いている者と、泣いている者に分かれていた。
それから数日が経ち廃墟を出た彼は、拠点を移そうと播磨の地まで足を運ぶ。
その道中で刀鍛冶がいないかと目を光らせていた。
しかし、刀を売り歩いている商人などいないまま、播磨まで着いてしまった。
どうしたもんかと思いながら歩いていると、鉄の焼ける匂いを嗅ぎつけて、家の前までいく。
私怨で武家を壊滅した際、どんな刀を使ってもすぐに使い物にならなくなったので、かなり困っていたのだ。
金はたっぷりと懐に入れてきたので、全額出して交渉してみようと思っていた。
引き戸を叩きながら彼は言う。
「邪魔をする」
「誰だ、お前?」
訝しげな顔をした刀鍛冶と目が合う。
「刀を一本打ってもらいたいんだが、金ならある」
彼はそこまで言って金がずっしりと入った袋を見せる。
「入れ」
袋を一瞥した刀鍛冶が引き戸を大きく開けた。
静かに中に入った彼は、机に袋をドンと置いた。
「これで足りるか?」
「全部は要らんな」
刀鍛冶は袋に手を突っ込んで金をむんずとつかむと、残りを突き返してきた。
「分かった」
彼は懐に袋を仕舞う。
「名は?」
「今の段階では、ない。名なんて忘れてしまった」
刀鍛冶はその言葉に言葉を失ったが、声を出す。
「それは不便だろう。自分で好きな名をつけるのはどうだ? 漢字はこっちでいいのを探す。呼ばれたい候補はねぇか?」
刀鍛冶の提案に、彼はしばし考え、思いついた名を口にする。
「……がざぎ、ざんぎ」
刀鍛冶は奥から和紙、硯、墨と筆を持ってきて、漢字を書き始める。
「これならどうだ? ちょいと難しいが」
そこには達筆な字で〝呀嵜慚愧〟と書かれていた。
「それも味だろう。気に入った。なんとか憶えたし」
「よし! 叉辞ってんだ、よろしくな。どのような刀が入り用で?」
嬉しそうな叉辞に、真面目な表情で告げる慚愧。
「実用性に特化していて、刀身の色を変えたい。どんな色ならできる?」
「目立つのは緑青色だな。これでよければ、鞘、鍔、柄は黒にするが?」
「それで構わない」
低い声で慚愧が言う。
「今日から作る。十五日経ったらきてくれ」
慚愧はうなずくと、その場を後にした。
その帰り道、面を売り歩いている商人を見つけた。
足を止めた慚愧は、黒翁の面に一目惚れして買って帰る。
それから十五日が過ぎ、慚愧はもう一度、叉辞の許を訪れる。
出来上がった刀を見るなり、あまりの美しさに息を呑む。
「これが……俺の刀か」
「なんでこんなにも美しいんだろうな。人の命を奪う得物だって言うのに」
叉辞も思わず言う。
「この地で……。誰からも見捨てられた人を、救いたい。……俺が代わりに元を断てば、人を救えるかもしれない」
慚愧は暗い目をして言う。
「それはとても立派だが、お前さんはどうなる?」
叉辞はその暗さに驚きながら尋ねる。
「俺の手はだいぶ前から穢れている。俺は己のことが心底、どうでもいいのさ。ずいぶん前に、心は闇に喰わせてやった」
叉辞はその言葉を聞きながら絶句する。
――とんでもないくらいに暗い目。歳に似合わないなんてもんじゃねぇ。こいつ、どんな闇を抱えてやがる?
叉辞が声をかけずにいると、慚愧が口を開く。
「大事なこの日を〝悪魔の翁〟の誕生日としよう」
「〝悪魔の翁〟?」
叉辞は聞き返す。
「俺が翁の面をかぶって、夜動くときの通り名さ。これなら、皆に知られても構わない」
慚愧は口端を吊り上げて嗤い、刀を手にして叉辞の元を去る。
――そうと決まれば、動きやすい着物がいるか。
考えた慚愧は、仕立屋に向かい、主に通り名と着物の使い道を話した。
主は了承し、二日後にまた行くことに。
二日後、装束を着てみたところ、かなり動きやすくなっていた。
その日からずっと、夜に依頼をこなし続けているのだ。傷だらけになりながら。
* * *
慚愧はそこまで言って口を噤み、面を外す。
「意外と面倒だな。面をかぶって呑むのは」
慚愧は苦笑し、悪魔の翁が慚愧であることを皆に伝えた。
皆の顔を見ると、驚いている者と、泣いている者に分かれていた。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
* * *
それから数日が経ち廃墟を出た彼は、拠点を移そうと播磨の地まで足を運ぶ。
その道中で刀鍛冶がいないかと目を光らせていた。
しかし、刀を売り歩いている商人などいないまま、播磨まで着いてしまった。
どうしたもんかと思いながら歩いていると、鉄の焼ける匂いを嗅ぎつけて、家の前までいく。
私怨で武家を壊滅した際、どんな刀を使ってもすぐに使い物にならなくなったので、かなり困っていたのだ。
金はたっぷりと懐に入れてきたので、全額出して交渉してみようと思っていた。
その道中で刀鍛冶がいないかと目を光らせていた。
しかし、刀を売り歩いている商人などいないまま、播磨まで着いてしまった。
どうしたもんかと思いながら歩いていると、鉄の焼ける匂いを嗅ぎつけて、家の前までいく。
私怨で武家を壊滅した際、どんな刀を使ってもすぐに使い物にならなくなったので、かなり困っていたのだ。
金はたっぷりと懐に入れてきたので、全額出して交渉してみようと思っていた。
引き戸を叩きながら彼は言う。
「邪魔をする」
「誰だ、お前?」
訝しげな顔をした刀鍛冶と目が合う。
「刀を一本打ってもらいたいんだが、金ならある」
彼はそこまで言って金がずっしりと入った袋を見せる。
「入れ」
袋を一瞥した刀鍛冶が引き戸を大きく開けた。
静かに中に入った彼は、机に袋をドンと置いた。
「これで足りるか?」
「全部は要らんな」
刀鍛冶は袋に手を突っ込んで金をむんずとつかむと、残りを突き返してきた。
「分かった」
彼は懐に袋を仕舞う。
「名は?」
「今の段階では、ない。名なんて忘れてしまった」
刀鍛冶はその言葉に言葉を失ったが、声を出す。
「それは不便だろう。自分で好きな名をつけるのはどうだ? 漢字はこっちでいいのを探す。呼ばれたい候補はねぇか?」
刀鍛冶の提案に、彼はしばし考え、思いついた名を口にする。
「……がざぎ、ざんぎ」
刀鍛冶は奥から和紙、硯、墨と筆を持ってきて、漢字を書き始める。
「これならどうだ? ちょいと難しいが」
そこには達筆な字で〝呀嵜慚愧〟と書かれていた。
「それも味だろう。気に入った。なんとか憶えたし」
「よし! 叉辞ってんだ、よろしくな。どのような刀が入り用で?」
嬉しそうな叉辞に、真面目な表情で告げる慚愧。
「実用性に特化していて、刀身の色を変えたい。どんな色ならできる?」
「目立つのは緑青色だな。これでよければ、鞘、鍔、柄は黒にするが?」
「それで構わない」
低い声で慚愧が言う。
「今日から作る。十五日経ったらきてくれ」
慚愧はうなずくと、その場を後にした。
「邪魔をする」
「誰だ、お前?」
訝しげな顔をした刀鍛冶と目が合う。
「刀を一本打ってもらいたいんだが、金ならある」
彼はそこまで言って金がずっしりと入った袋を見せる。
「入れ」
袋を一瞥した刀鍛冶が引き戸を大きく開けた。
静かに中に入った彼は、机に袋をドンと置いた。
「これで足りるか?」
「全部は要らんな」
刀鍛冶は袋に手を突っ込んで金をむんずとつかむと、残りを突き返してきた。
「分かった」
彼は懐に袋を仕舞う。
「名は?」
「今の段階では、ない。名なんて忘れてしまった」
刀鍛冶はその言葉に言葉を失ったが、声を出す。
「それは不便だろう。自分で好きな名をつけるのはどうだ? 漢字はこっちでいいのを探す。呼ばれたい候補はねぇか?」
刀鍛冶の提案に、彼はしばし考え、思いついた名を口にする。
「……がざぎ、ざんぎ」
刀鍛冶は奥から和紙、硯、墨と筆を持ってきて、漢字を書き始める。
「これならどうだ? ちょいと難しいが」
そこには達筆な字で〝呀嵜慚愧〟と書かれていた。
「それも味だろう。気に入った。なんとか憶えたし」
「よし! 叉辞ってんだ、よろしくな。どのような刀が入り用で?」
嬉しそうな叉辞に、真面目な表情で告げる慚愧。
「実用性に特化していて、刀身の色を変えたい。どんな色ならできる?」
「目立つのは緑青色だな。これでよければ、鞘、鍔、柄は黒にするが?」
「それで構わない」
低い声で慚愧が言う。
「今日から作る。十五日経ったらきてくれ」
慚愧はうなずくと、その場を後にした。
その帰り道、面を売り歩いている商人を見つけた。
足を止めた慚愧は、黒翁の面に一目惚れして買って帰る。
足を止めた慚愧は、黒翁の面に一目惚れして買って帰る。
それから十五日が過ぎ、慚愧はもう一度、叉辞の許を訪れる。
出来上がった刀を見るなり、あまりの美しさに息を呑む。
「これが……俺の刀か」
「なんでこんなにも美しいんだろうな。人の命を奪う得物だって言うのに」
叉辞も思わず言う。
「この地で……。誰からも見捨てられた人を、救いたい。……俺が代わりに元を断てば、人を救えるかもしれない」
慚愧は暗い目をして言う。
「それはとても立派だが、お前さんはどうなる?」
叉辞はその暗さに驚きながら尋ねる。
「俺の手はだいぶ前から穢れている。俺は己のことが心底、どうでもいいのさ。ずいぶん前に、心は闇に喰わせてやった」
叉辞はその言葉を聞きながら絶句する。
――とんでもないくらいに暗い目。歳に似合わないなんてもんじゃねぇ。こいつ、どんな闇を抱えてやがる?
叉辞が声をかけずにいると、慚愧が口を開く。
「大事なこの日を〝悪魔の翁〟の誕生日としよう」
「〝悪魔の翁〟?」
叉辞は聞き返す。
「俺が翁の面をかぶって、夜動くときの通り名さ。これなら、皆に知られても構わない」
慚愧は口端を吊り上げて嗤い、刀を手にして叉辞の元を去る。
出来上がった刀を見るなり、あまりの美しさに息を呑む。
「これが……俺の刀か」
「なんでこんなにも美しいんだろうな。人の命を奪う得物だって言うのに」
叉辞も思わず言う。
「この地で……。誰からも見捨てられた人を、救いたい。……俺が代わりに元を断てば、人を救えるかもしれない」
慚愧は暗い目をして言う。
「それはとても立派だが、お前さんはどうなる?」
叉辞はその暗さに驚きながら尋ねる。
「俺の手はだいぶ前から穢れている。俺は己のことが心底、どうでもいいのさ。ずいぶん前に、心は闇に喰わせてやった」
叉辞はその言葉を聞きながら絶句する。
――とんでもないくらいに暗い目。歳に似合わないなんてもんじゃねぇ。こいつ、どんな闇を抱えてやがる?
叉辞が声をかけずにいると、慚愧が口を開く。
「大事なこの日を〝悪魔の翁〟の誕生日としよう」
「〝悪魔の翁〟?」
叉辞は聞き返す。
「俺が翁の面をかぶって、夜動くときの通り名さ。これなら、皆に知られても構わない」
慚愧は口端を吊り上げて嗤い、刀を手にして叉辞の元を去る。
――そうと決まれば、動きやすい着物がいるか。
考えた慚愧は、仕立屋に向かい、主に通り名と着物の使い道を話した。
主は了承し、二日後にまた行くことに。
二日後、装束を着てみたところ、かなり動きやすくなっていた。
考えた慚愧は、仕立屋に向かい、主に通り名と着物の使い道を話した。
主は了承し、二日後にまた行くことに。
二日後、装束を着てみたところ、かなり動きやすくなっていた。
その日からずっと、夜に依頼をこなし続けているのだ。傷だらけになりながら。
* * *
慚愧はそこまで言って口を噤み、面を外す。
「意外と面倒だな。面をかぶって呑むのは」
慚愧は苦笑し、悪魔の翁が慚愧であることを皆に伝えた。
皆の顔を見ると、驚いている者と、泣いている者に分かれていた。
「意外と面倒だな。面をかぶって呑むのは」
慚愧は苦笑し、悪魔の翁が慚愧であることを皆に伝えた。
皆の顔を見ると、驚いている者と、泣いている者に分かれていた。