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結論

ー/ー



 ひとしきり嗤い、思う存分余韻に浸った慚愧は、布団を広げて身を横たえる。
 忌まわしいこの見た目が、美しいと。それだけでなく、こんな自分のことが心配だという言葉までくれて。
 慚愧の頭の中は混乱している。
 それから逃れられるわけがないのに、額を左手の甲にあてる。深く息を吸い込んで、吐き出す。しかし、その吐息は震えていた。
「まさか、そう言われるとはな」
 慚愧はただ力のない笑みを浮かべることしかできなかった。
 寝返りを打ち、意識を手離した。

 それから数日後、慚愧は面をつけて、柳の診療所を訪れた。手当てのたびに着替えるのは馬鹿らしいので、昼の恰好のままである。
 柳はさっと奥に案内する。慚愧は部屋に足を踏み入れ、その場に胡座をかく。肩衣袴と小袖を脱いで半裸になる。柳は引き締まった身体を見て、必ず悲しそうな顔をする。慚愧は醜くてもどうしようもない身体を見下ろす。見るのも(はばか)られるほど、古傷に塗れている。醜いと思う者が大半だと思っていたが、悲しいと思う者もいるようだった。それが不思議で仕方ないと思いながら、慚愧は胸の内で呟く。〝痛み〟にはだいぶ鈍くなった。この性格になってからというもの、憎悪や哀しみだけでなく、全てに関して、他人事のように考えるようになった。
「もし? 手当てが終わりました」
 その声で慚愧は現実に引き戻される。
「感謝する。次はいつ?」
 身支度を整えながら慚愧が尋ねる。
「三日後に」
「分かった。これを」
 慚愧は懐から銭五枚を出して払うと、診療所を後にした。

 その帰り道、叉辞の許を訪れた。ただ気が向いたというだけである。
 声を張ると顔を出した叉辞に、片手を上げる慚愧。
「んー? 何の用もないのにくるなんて、初めてだ」
 叉辞がかかかと豪快に笑う。
「相変わらずだな。なぁ、つかぬことを聞くが」
「うん?」
 叉辞が首をかしげる。
「少し昔話でもしようか、と考えている」
 どうだろうか?と慚愧は目で訴える。
「ふむ? 興味深そうだな。いっそ、話したい奴ら集める、ってのはどうだ? 大丈夫、誰も言ったりしねぇと思うぜ!」
 かかかとまたも笑う。
「笑えるような話は一切ないが?」
 ぎろりと慚愧が睨むと叉辞が肩を竦める。
「それでもいいから、聞かせてくれよ」
「……明日の夜、家にくるように柳に言っておいてくれ」
「すぐ言いにいく」
「頼んだ」
 うなずいた叉辞に片手を上げた慚愧は、その場を後にした。

 袋小路に辿り着く前に面をかぶる。
 人の目がないことを察し、指笛を吹く。
 すぐさま鎬が姿を見せる。
「骸がないね。何の用?」
「明日の夜、町外れにある家にきてくれ」
「いけばわかるってことか。気になるからそうしよう」
「分かった」
「そういえば、傷は癒えた?」
 慚愧は鼻で嗤う。
「無論だ」
「じゃあ、明日の夜に」
 慚愧がうなずくと、鎬が立ち去った。

 袋小路を後にした慚愧は、面を懐に仕舞いながら歩く。
 しばらくすると家の前に人影を見つける。
 着物の色で誰かが分かったので、のんびりと歩き進めながら片手を上げる。
 その人物は笑顔で右手をぶんぶんと振っている。
「そんなに振るな。腕が抜けるぞ」
 慚愧は思わず苦笑する。
「抜けませーん! 人の身体は柔じゃないって、分かってるでしょ?」
 鎖那がキッと睨んでくる。
「ちょうどよかった」
「え?」
 鎖那が首をかしげる。
「明日の夜、ここへきてくれ」
「分かった」
 鎖那はうなずいたものの首をかしげていたが、それを無視して慚愧は家に入った。

 面を隠し棚に仕舞い、慚愧は徳利と盃を用意して、酒を呑み始める。
 ――これで支度は整った。あとは俺の気持ち次第といったところだが……あいつらにすべてを語ろう。
 慚愧はそんなことを思った。


次のエピソードへ進む 最初の地獄


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 ひとしきり嗤い、思う存分余韻に浸った慚愧は、布団を広げて身を横たえる。
 忌まわしいこの見た目が、美しいと。それだけでなく、こんな自分のことが心配だという言葉までくれて。
 慚愧の頭の中は混乱している。
 それから逃れられるわけがないのに、額を左手の甲にあてる。深く息を吸い込んで、吐き出す。しかし、その吐息は震えていた。
「まさか、そう言われるとはな」
 慚愧はただ力のない笑みを浮かべることしかできなかった。
 寝返りを打ち、意識を手離した。
 それから数日後、慚愧は面をつけて、柳の診療所を訪れた。手当てのたびに着替えるのは馬鹿らしいので、昼の恰好のままである。
 柳はさっと奥に案内する。慚愧は部屋に足を踏み入れ、その場に胡座をかく。肩衣袴と小袖を脱いで半裸になる。柳は引き締まった身体を見て、必ず悲しそうな顔をする。慚愧は醜くてもどうしようもない身体を見下ろす。見るのも|憚《はばか》られるほど、古傷に塗れている。醜いと思う者が大半だと思っていたが、悲しいと思う者もいるようだった。それが不思議で仕方ないと思いながら、慚愧は胸の内で呟く。〝痛み〟にはだいぶ鈍くなった。この性格になってからというもの、憎悪や哀しみだけでなく、全てに関して、他人事のように考えるようになった。
「もし? 手当てが終わりました」
 その声で慚愧は現実に引き戻される。
「感謝する。次はいつ?」
 身支度を整えながら慚愧が尋ねる。
「三日後に」
「分かった。これを」
 慚愧は懐から銭五枚を出して払うと、診療所を後にした。
 その帰り道、叉辞の許を訪れた。ただ気が向いたというだけである。
 声を張ると顔を出した叉辞に、片手を上げる慚愧。
「んー? 何の用もないのにくるなんて、初めてだ」
 叉辞がかかかと豪快に笑う。
「相変わらずだな。なぁ、つかぬことを聞くが」
「うん?」
 叉辞が首をかしげる。
「少し昔話でもしようか、と考えている」
 どうだろうか?と慚愧は目で訴える。
「ふむ? 興味深そうだな。いっそ、話したい奴ら集める、ってのはどうだ? 大丈夫、誰も言ったりしねぇと思うぜ!」
 かかかとまたも笑う。
「笑えるような話は一切ないが?」
 ぎろりと慚愧が睨むと叉辞が肩を竦める。
「それでもいいから、聞かせてくれよ」
「……明日の夜、家にくるように柳に言っておいてくれ」
「すぐ言いにいく」
「頼んだ」
 うなずいた叉辞に片手を上げた慚愧は、その場を後にした。
 袋小路に辿り着く前に面をかぶる。
 人の目がないことを察し、指笛を吹く。
 すぐさま鎬が姿を見せる。
「骸がないね。何の用?」
「明日の夜、町外れにある家にきてくれ」
「いけばわかるってことか。気になるからそうしよう」
「分かった」
「そういえば、傷は癒えた?」
 慚愧は鼻で嗤う。
「無論だ」
「じゃあ、明日の夜に」
 慚愧がうなずくと、鎬が立ち去った。
 袋小路を後にした慚愧は、面を懐に仕舞いながら歩く。
 しばらくすると家の前に人影を見つける。
 着物の色で誰かが分かったので、のんびりと歩き進めながら片手を上げる。
 その人物は笑顔で右手をぶんぶんと振っている。
「そんなに振るな。腕が抜けるぞ」
 慚愧は思わず苦笑する。
「抜けませーん! 人の身体は柔じゃないって、分かってるでしょ?」
 鎖那がキッと睨んでくる。
「ちょうどよかった」
「え?」
 鎖那が首をかしげる。
「明日の夜、ここへきてくれ」
「分かった」
 鎖那はうなずいたものの首をかしげていたが、それを無視して慚愧は家に入った。
 面を隠し棚に仕舞い、慚愧は徳利と盃を用意して、酒を呑み始める。
 ――これで支度は整った。あとは俺の気持ち次第といったところだが……あいつらにすべてを語ろう。
 慚愧はそんなことを思った。