手がかり
ー/ー それから数日後のある日。身を起こした慚愧は、ふうっと息を吐く。先の依頼の傷はすっかり癒え、まだ日が高いというのに酒を呑んでいる。
しばらくすると、引き戸を叩く音が聞こえてくる。
「開いている」
慚愧が応じると、鎖那が顔を出す。
「なんか、お話したくて」
「奇遇だな、俺もだ」
慚愧が盃を煽りながら苦笑する。
「旦那も? 珍しいこともあるものねぇ」
にっこりと笑った鎖那が、板の間に腰かける。
「あれからどうしていた?」
慚愧が尋ねる。
「いろんな話を聞いて回ってたわ。気になって〝悪魔の翁〟の情報を探していたのだけれど、こればかりはダメだったわ。なにをどうしても見つけられなかった」
苦笑交じりに鎖那が言う。
「それが普通だろうな。で、なんで気になったんだ?」
慚愧は言いながら徳利を手に取り、盃に注ぐ。
「見たのは一度だけだからはっきりしたことは分からないんだけど。物凄く寂しそうな感じがしたのよ。そういう雰囲気を持ってる人を、放っておけなくて」
「……ふうん」
慚愧は先を促すように相槌を打つ。
「〝悪魔の翁〟があたしの身近にいるなら、伝えたくて」
鎖那はぽつぽつと言う。
「なにを?」
眉根を寄せて慚愧が尋ねる。
「人を斬るのは咎かもしれない。けれど、それで救われた人がいる。前に進めた人がいる。最後の最後で、人との縁を斬らなければ、どうにもならなかった人がいる」
「続けろ」
低い声で慚愧が言う。
「決してその行いが悪であるとは、言い切れないの」
鎖那はいつになく真面目な顔をする。
「あれをそんなふうに言うのは、お前だけだろうよ」
慚愧は言いながら、難しい顔をして考え込む。
話そうとした鎖那は引き戸が開く音を聞き、振り返る。
「誰だ?」
不機嫌そうに慚愧が言う。
そこには落ちぶれた武士が、二人いた。こちらが不快になるような、嫌な笑みを浮かべている。
「そこの女! 男が大事なら、一緒にこい!」
「嫌よ。まさかとは思うけれど、恋仲だと思ってる?」
鎖那が閉じた舞扇を、男達に突きつける。
「え? 違うの?」
後ろにいた男が首をかしげる。
「馬鹿ね。そんなんじゃないわよ。分かったらさっさと……」
「そんなことは、どうでもいいんだよ」
鎖那はそこで黙るしかなかった。首に短刀を突きつけられたからだ。
慚愧は助け出す策を考えた。しかし、それを実行してしまえば〝悪魔の翁〟であることを鎖那に知られてしまう。
そんな躊躇いが生まれ、慚愧はその場から動けなかった。
抵抗すれば命はないのだろうと分かっていた鎖那は、そいつらの言うとおりに家を出ていった。その際に、鎖那の顔を見ていることしかできなかった。
その視線に込められた想いに気づいた慚愧は、一人になった部屋で悔しそうに唇を噛む。
鎖那は助けはいらないと、目で訴えてきたのだ。いかに話術が優れていても、武器を持った相手では分が悪い。いや、分が悪すぎる。
――〝悪魔の翁〟が悪とは言えないとの、言葉をくれた娘を、見殺しにできるか?
慚愧はその問いに否と答える。
躊躇ったこと自体が隙であったと悔やみつつ、腹を括って着替えを始めた。
黒の小袖と、紫紺色の馬乗り袴を着る。隠し棚から緑刀を取り出し、左腰に帯びる。
最後に黒翁の面をかぶり、和蝋燭の火を吹き消すと、緒太を履き家を出た。
そのころ鎖那は二人の隙をついて逃げようと思っていたが、生憎それはない。忌々しく思いながら、酒屋に入ったもう一人が、その場で暴れ始める。それを止めようともせず、ただただ嫌な視線をこちらに向けてくる男。
かなりの不快感をあらわに、睨みつけることしかできない。こんな状態では助けなどこない。そんな絶望しかけたその時。
なにか人影が店の中に入って、暴れていた男が表にふっ飛ばされてきた。
騒ぎを目にした全員が驚く。
「誰だ!? てめぇ!」
短刀を鎖那に突きつけたまま、もう一人が言い放つ。
「まあ、探しやすくはあったが。こんなところで騒ぐんじゃねぇよ。皆が困っているのが分からんのか」
中から出てきたのは、黒翁の面を被った慚愧である。
「お前が……!」
男が上ずった声で言う。
「騒ぎは終いだ! 失せろ!」
慚愧はその言葉を無視し、周囲の野次馬に声を張った。
彼らがなにごとかを言いながら去っていくのを見送り、慚愧はふっとばした男の腕をむんずとつかむ。
そのまま顎でついてくるように指示を飛ばすと、男を引き摺るようにして歩き出した。
四人がきたのはこの町に唯一あるわりと広い袋小路である。
「用があるのは俺だけだろう?」
低い声で問う慚愧だが、殺気を纏っている。
「そうだけどよぉ、目の前で誰か、たとえばこの女を殺したらどんな反応をするんだ?」
怯え半分、面白さ半分で男が言い、抜刀し振り下ろした瞬間――。
「貴様ら、なにもかもがぬるい。甘いぞ」
右腕一本で刀を防いでいる、慚愧がいた。
右腕からはとめどなく鮮血が溢れ出し、かたかたと刀が震えている。
「はあっ!?」
慚愧以外の三人が固まってしまう。
「そこのお嬢。今のうちに奥へいけ。そこにい続けると巻き込みかねない」
はっとした鎖那は、指示に従ってその場から少し離れる。
「待てこら!」
「いかせるわけねぇだろ」
慚愧は足払いをかけて男の体勢を崩す。続いて傷ついているのにもかかわらず、右手で刀を抜く。
もうこの段階で、男は混乱状態。
日の光に照らされた緑刀が、ぎらりと反射する。
綺麗だなーなんて思っていた男は、それが目前に迫ってくるのを眺めているだけ。
「え……?」
「大きな隙だな」
「ぎゃああああ⁉」
いつの間にか、右脚を刺し貫かれていた。
激しい痛みに騒ぐのを冷ややかに睨み、刀を引き抜く。
鮮血の滴る刀を手に、もう一人と対峙。
「この野郎!」
怒りに任せた突きを、慚愧は右脇腹に受ける。それでも一切動じない。
「うるせぇんだよ」
「ぎゃあああっ⁉」
怒気を孕んだ低い声に、男は悲鳴を上げて逃走。
「馬鹿な奴」
慚愧は負傷しているとは思えぬ、俊敏な動きであっさり追いつく。
「こんなの、絶対に認めねぇからな!」
そんな叫びを聞きながら慚愧は男の心臓を刺し貫いた。
身を翻すと、足からだらだらと鮮血を流している男がいた。
「くそおおおおおっ! なんで、なんで!? どこの流派だか知らないけど、どうして勝てないんだよ!」
「さてなぁ? 関わりのない人を巻き込んでおいて、咎めなしだなんて思うなよ。貴様らは俺の逆鱗に触れた」
「それについては悪かった! だから……! ……あ」
必死の形相で謝っていた男の心臓を刺し貫いて黙らせた。
皆殺しにした慚愧は、冷ややかな雰囲気を纏いつつ、緑刀についた血を殺ぎ落とす。ぱちんと鞘におさめると、隠れていた鎖那の方を振り返る。
「流派……って?」
「人刹流だ。知らぬとは思うが」
返り血と傷からの鮮血で真っ赤に染まっている慚愧が答えた。
慚愧は面を少しずらして、高らかに指笛を吹いた。
鎖那を急かしながらその場を後にした。
しばらくすると、引き戸を叩く音が聞こえてくる。
「開いている」
慚愧が応じると、鎖那が顔を出す。
「なんか、お話したくて」
「奇遇だな、俺もだ」
慚愧が盃を煽りながら苦笑する。
「旦那も? 珍しいこともあるものねぇ」
にっこりと笑った鎖那が、板の間に腰かける。
「あれからどうしていた?」
慚愧が尋ねる。
「いろんな話を聞いて回ってたわ。気になって〝悪魔の翁〟の情報を探していたのだけれど、こればかりはダメだったわ。なにをどうしても見つけられなかった」
苦笑交じりに鎖那が言う。
「それが普通だろうな。で、なんで気になったんだ?」
慚愧は言いながら徳利を手に取り、盃に注ぐ。
「見たのは一度だけだからはっきりしたことは分からないんだけど。物凄く寂しそうな感じがしたのよ。そういう雰囲気を持ってる人を、放っておけなくて」
「……ふうん」
慚愧は先を促すように相槌を打つ。
「〝悪魔の翁〟があたしの身近にいるなら、伝えたくて」
鎖那はぽつぽつと言う。
「なにを?」
眉根を寄せて慚愧が尋ねる。
「人を斬るのは咎かもしれない。けれど、それで救われた人がいる。前に進めた人がいる。最後の最後で、人との縁を斬らなければ、どうにもならなかった人がいる」
「続けろ」
低い声で慚愧が言う。
「決してその行いが悪であるとは、言い切れないの」
鎖那はいつになく真面目な顔をする。
「あれをそんなふうに言うのは、お前だけだろうよ」
慚愧は言いながら、難しい顔をして考え込む。
話そうとした鎖那は引き戸が開く音を聞き、振り返る。
「誰だ?」
不機嫌そうに慚愧が言う。
そこには落ちぶれた武士が、二人いた。こちらが不快になるような、嫌な笑みを浮かべている。
「そこの女! 男が大事なら、一緒にこい!」
「嫌よ。まさかとは思うけれど、恋仲だと思ってる?」
鎖那が閉じた舞扇を、男達に突きつける。
「え? 違うの?」
後ろにいた男が首をかしげる。
「馬鹿ね。そんなんじゃないわよ。分かったらさっさと……」
「そんなことは、どうでもいいんだよ」
鎖那はそこで黙るしかなかった。首に短刀を突きつけられたからだ。
慚愧は助け出す策を考えた。しかし、それを実行してしまえば〝悪魔の翁〟であることを鎖那に知られてしまう。
そんな躊躇いが生まれ、慚愧はその場から動けなかった。
抵抗すれば命はないのだろうと分かっていた鎖那は、そいつらの言うとおりに家を出ていった。その際に、鎖那の顔を見ていることしかできなかった。
その視線に込められた想いに気づいた慚愧は、一人になった部屋で悔しそうに唇を噛む。
鎖那は助けはいらないと、目で訴えてきたのだ。いかに話術が優れていても、武器を持った相手では分が悪い。いや、分が悪すぎる。
――〝悪魔の翁〟が悪とは言えないとの、言葉をくれた娘を、見殺しにできるか?
慚愧はその問いに否と答える。
躊躇ったこと自体が隙であったと悔やみつつ、腹を括って着替えを始めた。
黒の小袖と、紫紺色の馬乗り袴を着る。隠し棚から緑刀を取り出し、左腰に帯びる。
最後に黒翁の面をかぶり、和蝋燭の火を吹き消すと、緒太を履き家を出た。
そのころ鎖那は二人の隙をついて逃げようと思っていたが、生憎それはない。忌々しく思いながら、酒屋に入ったもう一人が、その場で暴れ始める。それを止めようともせず、ただただ嫌な視線をこちらに向けてくる男。
かなりの不快感をあらわに、睨みつけることしかできない。こんな状態では助けなどこない。そんな絶望しかけたその時。
なにか人影が店の中に入って、暴れていた男が表にふっ飛ばされてきた。
騒ぎを目にした全員が驚く。
「誰だ!? てめぇ!」
短刀を鎖那に突きつけたまま、もう一人が言い放つ。
「まあ、探しやすくはあったが。こんなところで騒ぐんじゃねぇよ。皆が困っているのが分からんのか」
中から出てきたのは、黒翁の面を被った慚愧である。
「お前が……!」
男が上ずった声で言う。
「騒ぎは終いだ! 失せろ!」
慚愧はその言葉を無視し、周囲の野次馬に声を張った。
彼らがなにごとかを言いながら去っていくのを見送り、慚愧はふっとばした男の腕をむんずとつかむ。
そのまま顎でついてくるように指示を飛ばすと、男を引き摺るようにして歩き出した。
四人がきたのはこの町に唯一あるわりと広い袋小路である。
「用があるのは俺だけだろう?」
低い声で問う慚愧だが、殺気を纏っている。
「そうだけどよぉ、目の前で誰か、たとえばこの女を殺したらどんな反応をするんだ?」
怯え半分、面白さ半分で男が言い、抜刀し振り下ろした瞬間――。
「貴様ら、なにもかもがぬるい。甘いぞ」
右腕一本で刀を防いでいる、慚愧がいた。
右腕からはとめどなく鮮血が溢れ出し、かたかたと刀が震えている。
「はあっ!?」
慚愧以外の三人が固まってしまう。
「そこのお嬢。今のうちに奥へいけ。そこにい続けると巻き込みかねない」
はっとした鎖那は、指示に従ってその場から少し離れる。
「待てこら!」
「いかせるわけねぇだろ」
慚愧は足払いをかけて男の体勢を崩す。続いて傷ついているのにもかかわらず、右手で刀を抜く。
もうこの段階で、男は混乱状態。
日の光に照らされた緑刀が、ぎらりと反射する。
綺麗だなーなんて思っていた男は、それが目前に迫ってくるのを眺めているだけ。
「え……?」
「大きな隙だな」
「ぎゃああああ⁉」
いつの間にか、右脚を刺し貫かれていた。
激しい痛みに騒ぐのを冷ややかに睨み、刀を引き抜く。
鮮血の滴る刀を手に、もう一人と対峙。
「この野郎!」
怒りに任せた突きを、慚愧は右脇腹に受ける。それでも一切動じない。
「うるせぇんだよ」
「ぎゃあああっ⁉」
怒気を孕んだ低い声に、男は悲鳴を上げて逃走。
「馬鹿な奴」
慚愧は負傷しているとは思えぬ、俊敏な動きであっさり追いつく。
「こんなの、絶対に認めねぇからな!」
そんな叫びを聞きながら慚愧は男の心臓を刺し貫いた。
身を翻すと、足からだらだらと鮮血を流している男がいた。
「くそおおおおおっ! なんで、なんで!? どこの流派だか知らないけど、どうして勝てないんだよ!」
「さてなぁ? 関わりのない人を巻き込んでおいて、咎めなしだなんて思うなよ。貴様らは俺の逆鱗に触れた」
「それについては悪かった! だから……! ……あ」
必死の形相で謝っていた男の心臓を刺し貫いて黙らせた。
皆殺しにした慚愧は、冷ややかな雰囲気を纏いつつ、緑刀についた血を殺ぎ落とす。ぱちんと鞘におさめると、隠れていた鎖那の方を振り返る。
「流派……って?」
「人刹流だ。知らぬとは思うが」
返り血と傷からの鮮血で真っ赤に染まっている慚愧が答えた。
慚愧は面を少しずらして、高らかに指笛を吹いた。
鎖那を急かしながらその場を後にした。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
それから数日後のある日。身を起こした慚愧は、ふうっと息を吐く。先の依頼の傷はすっかり癒え、まだ日が高いというのに酒を呑んでいる。
しばらくすると、引き戸を叩く音が聞こえてくる。
「開いている」
慚愧が応じると、鎖那が顔を出す。
「なんか、お話したくて」
「奇遇だな、俺もだ」
慚愧が盃を煽りながら苦笑する。
「旦那も? 珍しいこともあるものねぇ」
にっこりと笑った鎖那が、板の間に腰かける。
「あれからどうしていた?」
慚愧が尋ねる。
「いろんな話を聞いて回ってたわ。気になって〝悪魔の翁〟の情報を探していたのだけれど、こればかりはダメだったわ。なにをどうしても見つけられなかった」
苦笑交じりに鎖那が言う。
「それが普通だろうな。で、なんで気になったんだ?」
慚愧は言いながら徳利を手に取り、盃に注ぐ。
「見たのは一度だけだからはっきりしたことは分からないんだけど。物凄く寂しそうな感じがしたのよ。そういう雰囲気を持ってる人を、放っておけなくて」
「……ふうん」
慚愧は先を促すように相槌を打つ。
「〝悪魔の翁〟があたしの身近にいるなら、伝えたくて」
鎖那はぽつぽつと言う。
「なにを?」
眉根を寄せて慚愧が尋ねる。
「人を斬るのは咎かもしれない。けれど、それで救われた人がいる。前に進めた人がいる。最後の最後で、人との縁を斬らなければ、どうにもならなかった人がいる」
「続けろ」
低い声で慚愧が言う。
「決してその行いが悪であるとは、言い切れないの」
鎖那はいつになく真面目な顔をする。
「あれをそんなふうに言うのは、お前だけだろうよ」
慚愧は言いながら、難しい顔をして考え込む。
しばらくすると、引き戸を叩く音が聞こえてくる。
「開いている」
慚愧が応じると、鎖那が顔を出す。
「なんか、お話したくて」
「奇遇だな、俺もだ」
慚愧が盃を煽りながら苦笑する。
「旦那も? 珍しいこともあるものねぇ」
にっこりと笑った鎖那が、板の間に腰かける。
「あれからどうしていた?」
慚愧が尋ねる。
「いろんな話を聞いて回ってたわ。気になって〝悪魔の翁〟の情報を探していたのだけれど、こればかりはダメだったわ。なにをどうしても見つけられなかった」
苦笑交じりに鎖那が言う。
「それが普通だろうな。で、なんで気になったんだ?」
慚愧は言いながら徳利を手に取り、盃に注ぐ。
「見たのは一度だけだからはっきりしたことは分からないんだけど。物凄く寂しそうな感じがしたのよ。そういう雰囲気を持ってる人を、放っておけなくて」
「……ふうん」
慚愧は先を促すように相槌を打つ。
「〝悪魔の翁〟があたしの身近にいるなら、伝えたくて」
鎖那はぽつぽつと言う。
「なにを?」
眉根を寄せて慚愧が尋ねる。
「人を斬るのは咎かもしれない。けれど、それで救われた人がいる。前に進めた人がいる。最後の最後で、人との縁を斬らなければ、どうにもならなかった人がいる」
「続けろ」
低い声で慚愧が言う。
「決してその行いが悪であるとは、言い切れないの」
鎖那はいつになく真面目な顔をする。
「あれをそんなふうに言うのは、お前だけだろうよ」
慚愧は言いながら、難しい顔をして考え込む。
話そうとした鎖那は引き戸が開く音を聞き、振り返る。
「誰だ?」
不機嫌そうに慚愧が言う。
そこには落ちぶれた武士が、二人いた。こちらが不快になるような、嫌な笑みを浮かべている。
「そこの女! 男が大事なら、一緒にこい!」
「嫌よ。まさかとは思うけれど、恋仲だと思ってる?」
鎖那が閉じた舞扇を、男達に突きつける。
「え? 違うの?」
後ろにいた男が首をかしげる。
「馬鹿ね。そんなんじゃないわよ。分かったらさっさと……」
「そんなことは、どうでもいいんだよ」
鎖那はそこで黙るしかなかった。首に短刀を突きつけられたからだ。
慚愧は助け出す策を考えた。しかし、それを実行してしまえば〝悪魔の翁〟であることを鎖那に知られてしまう。
そんな躊躇いが生まれ、慚愧はその場から動けなかった。
抵抗すれば命はないのだろうと分かっていた鎖那は、そいつらの言うとおりに家を出ていった。その際に、鎖那の顔を見ていることしかできなかった。
「誰だ?」
不機嫌そうに慚愧が言う。
そこには落ちぶれた武士が、二人いた。こちらが不快になるような、嫌な笑みを浮かべている。
「そこの女! 男が大事なら、一緒にこい!」
「嫌よ。まさかとは思うけれど、恋仲だと思ってる?」
鎖那が閉じた舞扇を、男達に突きつける。
「え? 違うの?」
後ろにいた男が首をかしげる。
「馬鹿ね。そんなんじゃないわよ。分かったらさっさと……」
「そんなことは、どうでもいいんだよ」
鎖那はそこで黙るしかなかった。首に短刀を突きつけられたからだ。
慚愧は助け出す策を考えた。しかし、それを実行してしまえば〝悪魔の翁〟であることを鎖那に知られてしまう。
そんな躊躇いが生まれ、慚愧はその場から動けなかった。
抵抗すれば命はないのだろうと分かっていた鎖那は、そいつらの言うとおりに家を出ていった。その際に、鎖那の顔を見ていることしかできなかった。
その視線に込められた想いに気づいた慚愧は、一人になった部屋で悔しそうに唇を噛む。
鎖那は助けはいらないと、目で訴えてきたのだ。いかに話術が優れていても、武器を持った相手では分が悪い。いや、分が悪すぎる。
――〝悪魔の翁〟が悪とは言えないとの、言葉をくれた娘を、見殺しにできるか?
慚愧はその問いに否と答える。
躊躇ったこと自体が隙であったと悔やみつつ、腹を括って着替えを始めた。
黒の小袖と、紫紺色の馬乗り袴を着る。隠し棚から緑刀を取り出し、左腰に帯びる。
最後に黒翁の面をかぶり、和蝋燭の火を吹き消すと、緒太を履き家を出た。
鎖那は助けはいらないと、目で訴えてきたのだ。いかに話術が優れていても、武器を持った相手では分が悪い。いや、分が悪すぎる。
――〝悪魔の翁〟が悪とは言えないとの、言葉をくれた娘を、見殺しにできるか?
慚愧はその問いに否と答える。
躊躇ったこと自体が隙であったと悔やみつつ、腹を括って着替えを始めた。
黒の小袖と、紫紺色の馬乗り袴を着る。隠し棚から緑刀を取り出し、左腰に帯びる。
最後に黒翁の面をかぶり、和蝋燭の火を吹き消すと、緒太を履き家を出た。
そのころ鎖那は二人の隙をついて逃げようと思っていたが、生憎それはない。忌々しく思いながら、酒屋に入ったもう一人が、その場で暴れ始める。それを止めようともせず、ただただ嫌な視線をこちらに向けてくる男。
かなりの不快感をあらわに、睨みつけることしかできない。こんな状態では助けなどこない。そんな絶望しかけたその時。
なにか人影が店の中に入って、暴れていた男が表にふっ飛ばされてきた。
騒ぎを目にした全員が驚く。
「誰だ!? てめぇ!」
短刀を鎖那に突きつけたまま、もう一人が言い放つ。
「まあ、探しやすくはあったが。こんなところで騒ぐんじゃねぇよ。皆が困っているのが分からんのか」
中から出てきたのは、黒翁の面を被った慚愧である。
「お前が……!」
男が上ずった声で言う。
「騒ぎは終いだ! 失せろ!」
慚愧はその言葉を無視し、周囲の野次馬に声を張った。
彼らがなにごとかを言いながら去っていくのを見送り、慚愧はふっとばした男の腕をむんずとつかむ。
そのまま顎でついてくるように指示を飛ばすと、男を引き摺るようにして歩き出した。
かなりの不快感をあらわに、睨みつけることしかできない。こんな状態では助けなどこない。そんな絶望しかけたその時。
なにか人影が店の中に入って、暴れていた男が表にふっ飛ばされてきた。
騒ぎを目にした全員が驚く。
「誰だ!? てめぇ!」
短刀を鎖那に突きつけたまま、もう一人が言い放つ。
「まあ、探しやすくはあったが。こんなところで騒ぐんじゃねぇよ。皆が困っているのが分からんのか」
中から出てきたのは、黒翁の面を被った慚愧である。
「お前が……!」
男が上ずった声で言う。
「騒ぎは終いだ! 失せろ!」
慚愧はその言葉を無視し、周囲の野次馬に声を張った。
彼らがなにごとかを言いながら去っていくのを見送り、慚愧はふっとばした男の腕をむんずとつかむ。
そのまま顎でついてくるように指示を飛ばすと、男を引き摺るようにして歩き出した。
四人がきたのはこの町に唯一あるわりと広い袋小路である。
「用があるのは俺だけだろう?」
低い声で問う慚愧だが、殺気を纏っている。
「そうだけどよぉ、目の前で誰か、たとえばこの女を殺したらどんな反応をするんだ?」
怯え半分、面白さ半分で男が言い、抜刀し振り下ろした瞬間――。
「貴様ら、なにもかもがぬるい。甘いぞ」
右腕一本で刀を防いでいる、慚愧がいた。
右腕からはとめどなく鮮血が溢れ出し、かたかたと刀が震えている。
「はあっ!?」
慚愧以外の三人が固まってしまう。
「そこのお嬢。今のうちに奥へいけ。そこにい続けると巻き込みかねない」
はっとした鎖那は、指示に従ってその場から少し離れる。
「待てこら!」
「いかせるわけねぇだろ」
慚愧は足払いをかけて男の体勢を崩す。続いて傷ついているのにもかかわらず、右手で刀を抜く。
もうこの段階で、男は混乱状態。
日の光に照らされた緑刀が、ぎらりと反射する。
綺麗だなーなんて思っていた男は、それが目前に迫ってくるのを眺めているだけ。
「え……?」
「大きな隙だな」
「ぎゃああああ⁉」
いつの間にか、右脚を刺し貫かれていた。
激しい痛みに騒ぐのを冷ややかに睨み、刀を引き抜く。
鮮血の滴る刀を手に、もう一人と対峙。
「この野郎!」
怒りに任せた突きを、慚愧は右脇腹に受ける。それでも一切動じない。
「うるせぇんだよ」
「ぎゃあああっ⁉」
怒気を孕んだ低い声に、男は悲鳴を上げて逃走。
「馬鹿な奴」
慚愧は負傷しているとは思えぬ、俊敏な動きであっさり追いつく。
「こんなの、絶対に認めねぇからな!」
そんな叫びを聞きながら慚愧は男の心臓を刺し貫いた。
「用があるのは俺だけだろう?」
低い声で問う慚愧だが、殺気を纏っている。
「そうだけどよぉ、目の前で誰か、たとえばこの女を殺したらどんな反応をするんだ?」
怯え半分、面白さ半分で男が言い、抜刀し振り下ろした瞬間――。
「貴様ら、なにもかもがぬるい。甘いぞ」
右腕一本で刀を防いでいる、慚愧がいた。
右腕からはとめどなく鮮血が溢れ出し、かたかたと刀が震えている。
「はあっ!?」
慚愧以外の三人が固まってしまう。
「そこのお嬢。今のうちに奥へいけ。そこにい続けると巻き込みかねない」
はっとした鎖那は、指示に従ってその場から少し離れる。
「待てこら!」
「いかせるわけねぇだろ」
慚愧は足払いをかけて男の体勢を崩す。続いて傷ついているのにもかかわらず、右手で刀を抜く。
もうこの段階で、男は混乱状態。
日の光に照らされた緑刀が、ぎらりと反射する。
綺麗だなーなんて思っていた男は、それが目前に迫ってくるのを眺めているだけ。
「え……?」
「大きな隙だな」
「ぎゃああああ⁉」
いつの間にか、右脚を刺し貫かれていた。
激しい痛みに騒ぐのを冷ややかに睨み、刀を引き抜く。
鮮血の滴る刀を手に、もう一人と対峙。
「この野郎!」
怒りに任せた突きを、慚愧は右脇腹に受ける。それでも一切動じない。
「うるせぇんだよ」
「ぎゃあああっ⁉」
怒気を孕んだ低い声に、男は悲鳴を上げて逃走。
「馬鹿な奴」
慚愧は負傷しているとは思えぬ、俊敏な動きであっさり追いつく。
「こんなの、絶対に認めねぇからな!」
そんな叫びを聞きながら慚愧は男の心臓を刺し貫いた。
身を翻すと、足からだらだらと鮮血を流している男がいた。
「くそおおおおおっ! なんで、なんで!? どこの流派だか知らないけど、どうして勝てないんだよ!」
「さてなぁ? 関わりのない人を巻き込んでおいて、咎めなしだなんて思うなよ。貴様らは俺の逆鱗に触れた」
「それについては悪かった! だから……! ……あ」
必死の形相で謝っていた男の心臓を刺し貫いて黙らせた。
「くそおおおおおっ! なんで、なんで!? どこの流派だか知らないけど、どうして勝てないんだよ!」
「さてなぁ? 関わりのない人を巻き込んでおいて、咎めなしだなんて思うなよ。貴様らは俺の逆鱗に触れた」
「それについては悪かった! だから……! ……あ」
必死の形相で謝っていた男の心臓を刺し貫いて黙らせた。
皆殺しにした慚愧は、冷ややかな雰囲気を纏いつつ、緑刀についた血を殺ぎ落とす。ぱちんと鞘におさめると、隠れていた鎖那の方を振り返る。
「流派……って?」
「|人刹流《じんさつりゅう》だ。知らぬとは思うが」
返り血と傷からの鮮血で真っ赤に染まっている慚愧が答えた。
慚愧は面を少しずらして、高らかに指笛を吹いた。
鎖那を急かしながらその場を後にした。
「流派……って?」
「|人刹流《じんさつりゅう》だ。知らぬとは思うが」
返り血と傷からの鮮血で真っ赤に染まっている慚愧が答えた。
慚愧は面を少しずらして、高らかに指笛を吹いた。
鎖那を急かしながらその場を後にした。