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うどん屋と刀屋

ー/ー



 怪我が治るまで、暗殺稼業を休むしかない。
 昼間の恰好をして歩いている慚愧はそんなことを思いながら、前から気になっていたうどん屋〝新屋〟の暖簾をくぐる。
「一人だがどこか空いているか?」
「あいよ! そこの女子の隣でよきゃな!」
 見覚えのある背中を見つつ、椅子の近くにいく。
「邪魔をする」
「え!? 呀嵜の旦那!?」
 隣に座るとうどんを啜っていた鎖那が驚く。
「やっぱりお前だったか」
 慚愧は苦笑しつつ、左側に視線を向ける。
「おや? 知り合いだったんで?」
 新屋がにこにこしながら尋ねてくる。
「ただの顔見知りだよ。うどんをひとつ」
 さらっと注文を済ませた慚愧は机に置かれたお茶を飲む。
「こりゃあ、呀嵜じゃねぇか」
「これは驚いた」
 慚愧がその声に反応して右隣を見ると、変わり者と言われている男、叉辞(ざじ)がいた。
 柿渋色の着物を少し着崩している。齢五十だと本人から聞いている。
「知り合いだったんだー?」
「ただの酒飲み相手だ」
 間髪入れずに慚愧が突っ込む。
 本当の関係については伏せておきたかったのだ。
「へえー。そうなんだ」
 その鎖那の口ぶりから、あっさり信じたことを読み取った慚愧は、すぐに叉辞を睨んで圧をかける。
「そういうところは変わらんと。また店に顔出せよ」
「あれは店じゃなかろうが」
 叉辞はその言葉を受け、かかかと笑いながらお代を机に置いて、片手を上げて出ていった。

 慚愧が苦笑していると、目の前にうどんが置かれる。
 かなりシンプルな印象を受けつつ、一口食べてみる。
美味(うま)い」
 慚愧はかなり驚いた顔をしながら箸を動かしていく。
「そりゃなによりだ」
 食べることに夢中になっている慚愧を見た新屋が嬉しそうに言う。
 その光景を頬杖をついて眺める鎖那。
 なんとも平和なシーンである。
「ご馳走さん」
 しばらくして慚愧が食べ終わり、お茶を飲み干してから手を合わせる。銭を机に置くと、鎖那に視線を投げた。
 察した鎖那も机にお代を置く。
「またくる」
「ご馳走様でした!」
 二人は言いながら店を出る。
 慚愧はついてきている鎖那に耳打ちをした。
「家にこい。なに用はすぐ済む」
 鎖那はうなずくとその背を追い駆けた。

 家に着くと、板の間に向かい合って座った。
「依頼の件だが、翁が動いて殺めたそうだ」
 鎖那は懐から舞扇を取り出してばっと広げた。
「これで依頼人は解放されるわけね?」
 鎖那はそれを(あお)ぎながら、尋ねる。
「そうだな。あとは自分でなんとかするしかねぇとの言伝だ」
「そう。ちゃんと伝えておくわね」
 鎖那は慣れた手つきで舞扇を懐に仕舞う。
 一礼すると鎖那は家を出ていった。

 一人になった慚愧は、隠し棚の中から緑刀を取り出す。
 鞘と柄を眺めつつ、隠し棚から取り出した紫の刀袋に入れる。
 この時代、帯刀しても怪しまれないが、翁であることを隠さなければならない。
 変に疑われないよう、念には念を入れているのだ。こうして刀袋に入れてしまえば、ただの棒にしか見えない。
 それを手にした慚愧は、部屋の和蝋燭の火を吹き消す。
 暗くなった部屋を一瞥し、慚愧は家を出る。夕日を浴びながら、スタスタと歩いていく。
 東の町外れまで足を伸ばした慚愧は、目の前にあらわれた建物を見上げる。
 少し大きめの家で、ここはうどん屋で会った叉辞の住処である。
 
「いるか?」
 家の引き戸を叩きながら慚愧が声を張る。
「おう」
 顔を出した叉辞に刀袋を持ち上げてみせる。
「頼む」
「お前さんがその用事以外でくることなんかねぇからな」
 かかかと笑う叉辞は、入れと言わんばかりに引き戸を大きく開けた。
「邪魔をする」
 慚愧は中に足を踏み入れ、引き戸が閉まると、人の気配がないか探る。
 万が一、ここまでつけられていては困るからだ。思う存分気配を探った慚愧は、ふうっと息を吐き出す。
 叉辞に視線を投げ、刀袋を差し出した。
「相変わらずの用心深さだな」
 そんないつもの光景を見ていた叉辞が苦笑する。
「しておくに越したことはなかろうが」
 慚愧は不満げに言う。
「そりゃそうだな。んで、どうだろうな?」
 叉辞は言いながら刀袋に入っていた緑刀を取り出す。
 慣れた手つきで鞘を抜く。刀の動きと状態を手早く把握し、検分する。
「……どうだ?」
 引き戸に背を預け、腕組みをしている慚愧が声を出す。
「刃(こぼ)れはないし、動作も問題ない。本当に妖刀かと思っちまう」
 にやっと笑いながら叉辞が言う。
「妖刀か」
 慚愧はただただ苦笑する。
「願いを込めたからな」
 叉辞は照れくさそうに笑う。
 慚愧が愛用しているこの刀を作ったのは、叉辞なのである。
 定期的に刀の状態を確認してもらっているのだ。
「俺が叶えるさ。なにを犠牲にしても」
「お前はなにかと、いろんなもんを犠牲にしすぎだ。斬り捨てたからと言って、なにかが得られるわけでもないだろ?」
 この刀鍛冶、痛いところを突いてくる。
「そうかもな」
 慚愧は、苦虫を噛み潰したかのような顔をする。
「そういや、話好きな女子が訪ねてきたんだって?」
 興味津々といった顔で叉辞が尋ねる。
「なんで知っているんだか。それがどうしたって言うんだ?」
 慚愧が低い声で聞き返す。
「噂なんかすぐに耳に入る。おいおい、気になるじゃねぇか。同い年なんだろ?」
「はあ……。叉辞が思っているような関係にはならねぇよ」
「けっ。つまらんなぁ。……恋はいいぞ?」
 ――そんな謎のアピールをされても困る。
 慚愧は不機嫌そうな顔をして睨みつける。
「恋だの愛だのは、要らん。こんな稼業をしているんだ。誰も幸せにできないのがオチさ」
 慚愧はきっぱりと言い放つと、刀袋に入ったそれを受け取る。
 片手を上げて家を出ていった。
「その刀、いつも大事に使ってくれて、嬉しいぜ」
 叉辞は一人になった部屋で呟く。
 叉辞が刀に願いを込めてつけた、本当の名は世を終わらせると書いて〝終世(しゅうせい)〟と言うのだ。


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 怪我が治るまで、暗殺稼業を休むしかない。
 昼間の恰好をして歩いている慚愧はそんなことを思いながら、前から気になっていたうどん屋〝新屋〟の暖簾をくぐる。
「一人だがどこか空いているか?」
「あいよ! そこの女子の隣でよきゃな!」
 見覚えのある背中を見つつ、椅子の近くにいく。
「邪魔をする」
「え!? 呀嵜の旦那!?」
 隣に座るとうどんを啜っていた鎖那が驚く。
「やっぱりお前だったか」
 慚愧は苦笑しつつ、左側に視線を向ける。
「おや? 知り合いだったんで?」
 新屋がにこにこしながら尋ねてくる。
「ただの顔見知りだよ。うどんをひとつ」
 さらっと注文を済ませた慚愧は机に置かれたお茶を飲む。
「こりゃあ、呀嵜じゃねぇか」
「これは驚いた」
 慚愧がその声に反応して右隣を見ると、変わり者と言われている男、|叉辞《ざじ》がいた。
 柿渋色の着物を少し着崩している。齢五十だと本人から聞いている。
「知り合いだったんだー?」
「ただの酒飲み相手だ」
 間髪入れずに慚愧が突っ込む。
 本当の関係については伏せておきたかったのだ。
「へえー。そうなんだ」
 その鎖那の口ぶりから、あっさり信じたことを読み取った慚愧は、すぐに叉辞を睨んで圧をかける。
「そういうところは変わらんと。また店に顔出せよ」
「あれは店じゃなかろうが」
 叉辞はその言葉を受け、かかかと笑いながらお代を机に置いて、片手を上げて出ていった。
 慚愧が苦笑していると、目の前にうどんが置かれる。
 かなりシンプルな印象を受けつつ、一口食べてみる。
「|美味《うま》い」
 慚愧はかなり驚いた顔をしながら箸を動かしていく。
「そりゃなによりだ」
 食べることに夢中になっている慚愧を見た新屋が嬉しそうに言う。
 その光景を頬杖をついて眺める鎖那。
 なんとも平和なシーンである。
「ご馳走さん」
 しばらくして慚愧が食べ終わり、お茶を飲み干してから手を合わせる。銭を机に置くと、鎖那に視線を投げた。
 察した鎖那も机にお代を置く。
「またくる」
「ご馳走様でした!」
 二人は言いながら店を出る。
 慚愧はついてきている鎖那に耳打ちをした。
「家にこい。なに用はすぐ済む」
 鎖那はうなずくとその背を追い駆けた。
 家に着くと、板の間に向かい合って座った。
「依頼の件だが、翁が動いて殺めたそうだ」
 鎖那は懐から舞扇を取り出してばっと広げた。
「これで依頼人は解放されるわけね?」
 鎖那はそれを|扇《あお》ぎながら、尋ねる。
「そうだな。あとは自分でなんとかするしかねぇとの言伝だ」
「そう。ちゃんと伝えておくわね」
 鎖那は慣れた手つきで舞扇を懐に仕舞う。
 一礼すると鎖那は家を出ていった。
 一人になった慚愧は、隠し棚の中から緑刀を取り出す。
 鞘と柄を眺めつつ、隠し棚から取り出した紫の刀袋に入れる。
 この時代、帯刀しても怪しまれないが、翁であることを隠さなければならない。
 変に疑われないよう、念には念を入れているのだ。こうして刀袋に入れてしまえば、ただの棒にしか見えない。
 それを手にした慚愧は、部屋の和蝋燭の火を吹き消す。
 暗くなった部屋を一瞥し、慚愧は家を出る。夕日を浴びながら、スタスタと歩いていく。
 東の町外れまで足を伸ばした慚愧は、目の前にあらわれた建物を見上げる。
 少し大きめの家で、ここはうどん屋で会った叉辞の住処である。
「いるか?」
 家の引き戸を叩きながら慚愧が声を張る。
「おう」
 顔を出した叉辞に刀袋を持ち上げてみせる。
「頼む」
「お前さんがその用事以外でくることなんかねぇからな」
 かかかと笑う叉辞は、入れと言わんばかりに引き戸を大きく開けた。
「邪魔をする」
 慚愧は中に足を踏み入れ、引き戸が閉まると、人の気配がないか探る。
 万が一、ここまでつけられていては困るからだ。思う存分気配を探った慚愧は、ふうっと息を吐き出す。
 叉辞に視線を投げ、刀袋を差し出した。
「相変わらずの用心深さだな」
 そんないつもの光景を見ていた叉辞が苦笑する。
「しておくに越したことはなかろうが」
 慚愧は不満げに言う。
「そりゃそうだな。んで、どうだろうな?」
 叉辞は言いながら刀袋に入っていた緑刀を取り出す。
 慣れた手つきで鞘を抜く。刀の動きと状態を手早く把握し、検分する。
「……どうだ?」
 引き戸に背を預け、腕組みをしている慚愧が声を出す。
「刃|毀《こぼ》れはないし、動作も問題ない。本当に妖刀かと思っちまう」
 にやっと笑いながら叉辞が言う。
「妖刀か」
 慚愧はただただ苦笑する。
「願いを込めたからな」
 叉辞は照れくさそうに笑う。
 慚愧が愛用しているこの刀を作ったのは、叉辞なのである。
 定期的に刀の状態を確認してもらっているのだ。
「俺が叶えるさ。なにを犠牲にしても」
「お前はなにかと、いろんなもんを犠牲にしすぎだ。斬り捨てたからと言って、なにかが得られるわけでもないだろ?」
 この刀鍛冶、痛いところを突いてくる。
「そうかもな」
 慚愧は、苦虫を噛み潰したかのような顔をする。
「そういや、話好きな女子が訪ねてきたんだって?」
 興味津々といった顔で叉辞が尋ねる。
「なんで知っているんだか。それがどうしたって言うんだ?」
 慚愧が低い声で聞き返す。
「噂なんかすぐに耳に入る。おいおい、気になるじゃねぇか。同い年なんだろ?」
「はあ……。叉辞が思っているような関係にはならねぇよ」
「けっ。つまらんなぁ。……恋はいいぞ?」
 ――そんな謎のアピールをされても困る。
 慚愧は不機嫌そうな顔をして睨みつける。
「恋だの愛だのは、要らん。こんな稼業をしているんだ。誰も幸せにできないのがオチさ」
 慚愧はきっぱりと言い放つと、刀袋に入ったそれを受け取る。
 片手を上げて家を出ていった。
「その刀、いつも大事に使ってくれて、嬉しいぜ」
 叉辞は一人になった部屋で呟く。
 叉辞が刀に願いを込めてつけた、本当の名は世を終わらせると書いて〝|終世《しゅうせい》〟と言うのだ。