癒し手
ー/ー 慚愧は元金創医の、診療所を訪れた。
引き戸を叩くと、四十歳くらいの白の羽織を着た男が顔を出す。
「金はある。手当てを頼みたい」
慚愧は言い、鮮血に塗れた右手を突き出す。
「これは酷すぎる。は、早く中へ」
噛んだことにはスルーを決め込んだ慚愧は、さっさと中に入る。
土間を上がり、廊下の一番手前の部屋に通される。
面は外さずに、刀を床に置く。胡座をかくと着物を脱いで半裸になった。
「治療を早くしたいのですが、簡単な紹介だけ先に。私は柳と申します」
柳が頭を下げる。
「俺は〝悪魔の翁〟だ」
低い声で慚愧が言う。
「治療しながら、お話を聞いても?」
「構わねぇよ」
柳は晒し木綿で鮮血を拭うが一向に収まる気配がない。
「血を拭きとりながら傷を縫います」
「おう」
柳は晒し木綿を押し付けながら、針と糸を片手で扱い、二本の傷をまとめて縫い合わせていく。
本当は一本ずつにしたかったが、ふたつの傷が近すぎるので諦めるしかなかった。
しばしの沈黙ののち、柳は腕の傷を縫い終えて、ふっと息を吐き出す。
続いて右手を見ると、これも酷い状態だった。掌を深く斬りつけられていて、血が止まらない。
柳は先ほどと同じ方法で、傷を縫う。
それが終わると柳は額に浮いた汗を拭った。
「これを塗ります」
「ん」
慚愧は差し出された塗り薬を見つめてうなずく。
痛そうな顔ひとつしないのを不思議に思いながら、柳は手を動かす。
塗り薬の上から油紙を巻き、晒し木綿をぐるぐると巻きつけていく。
右手と右腕の順で巻いていくと、端をきゅっと縛った。
「これで終わりです。お疲れ様でした」
柳がねぎらいの言葉をかける。
「疲れてなどいない。助かった、治療代だ」
慚愧は畳んだ着物の中から、銭十枚を取り出して渡す。
「こんなには。これだけで十分です」
柳は銭五枚を受け取って、残りを突き返してきた。
「分かったよ。完治まではどれくらいかかる?」
それを受け取った慚愧が尋ねる。
「十四日かと。三日後にまたいらしてください」
柳がきっぱりと言った。
「三日後な。傷が治れば、また人を斬りにいくぞ?」
面の下で冷然と嗤いながら、脅し半分の台詞が口をついて出る。
「止めはしませんが、こんな身体になっているのはなにか、深いわけがおありなのでしょう?」
「それについて否定はしないが?」
「無理に話してほしいというわけではないのです。ただ、怪我をしたらきちんときていただきたいのです」
その言葉を受け、慚愧はしばし沈黙する。
「……治さぬというわけでないのか?」
「むしろ治していただけねば、命に関わりますので。それに、色眼鏡は持ち合わせておりません」
柳がきっぱりと言った。
「変わり者が」
慚愧は言いながら着物に袖を通し始める。
「あなたは……修羅の道を、歩まれるおつもりですか?」
その言葉を聞いた慚愧は、鼻で嗤う。
「この世は生者死者問わず、地獄しかねぇんだよ。俺はいつの間にかお前の言う〝それ〟になってしまったらしい。なりたくてなったわけではない」
低い声で言い放った慚愧は、診療所を出ていった。
引き戸を叩くと、四十歳くらいの白の羽織を着た男が顔を出す。
「金はある。手当てを頼みたい」
慚愧は言い、鮮血に塗れた右手を突き出す。
「これは酷すぎる。は、早く中へ」
噛んだことにはスルーを決め込んだ慚愧は、さっさと中に入る。
土間を上がり、廊下の一番手前の部屋に通される。
面は外さずに、刀を床に置く。胡座をかくと着物を脱いで半裸になった。
「治療を早くしたいのですが、簡単な紹介だけ先に。私は柳と申します」
柳が頭を下げる。
「俺は〝悪魔の翁〟だ」
低い声で慚愧が言う。
「治療しながら、お話を聞いても?」
「構わねぇよ」
柳は晒し木綿で鮮血を拭うが一向に収まる気配がない。
「血を拭きとりながら傷を縫います」
「おう」
柳は晒し木綿を押し付けながら、針と糸を片手で扱い、二本の傷をまとめて縫い合わせていく。
本当は一本ずつにしたかったが、ふたつの傷が近すぎるので諦めるしかなかった。
しばしの沈黙ののち、柳は腕の傷を縫い終えて、ふっと息を吐き出す。
続いて右手を見ると、これも酷い状態だった。掌を深く斬りつけられていて、血が止まらない。
柳は先ほどと同じ方法で、傷を縫う。
それが終わると柳は額に浮いた汗を拭った。
「これを塗ります」
「ん」
慚愧は差し出された塗り薬を見つめてうなずく。
痛そうな顔ひとつしないのを不思議に思いながら、柳は手を動かす。
塗り薬の上から油紙を巻き、晒し木綿をぐるぐると巻きつけていく。
右手と右腕の順で巻いていくと、端をきゅっと縛った。
「これで終わりです。お疲れ様でした」
柳がねぎらいの言葉をかける。
「疲れてなどいない。助かった、治療代だ」
慚愧は畳んだ着物の中から、銭十枚を取り出して渡す。
「こんなには。これだけで十分です」
柳は銭五枚を受け取って、残りを突き返してきた。
「分かったよ。完治まではどれくらいかかる?」
それを受け取った慚愧が尋ねる。
「十四日かと。三日後にまたいらしてください」
柳がきっぱりと言った。
「三日後な。傷が治れば、また人を斬りにいくぞ?」
面の下で冷然と嗤いながら、脅し半分の台詞が口をついて出る。
「止めはしませんが、こんな身体になっているのはなにか、深いわけがおありなのでしょう?」
「それについて否定はしないが?」
「無理に話してほしいというわけではないのです。ただ、怪我をしたらきちんときていただきたいのです」
その言葉を受け、慚愧はしばし沈黙する。
「……治さぬというわけでないのか?」
「むしろ治していただけねば、命に関わりますので。それに、色眼鏡は持ち合わせておりません」
柳がきっぱりと言った。
「変わり者が」
慚愧は言いながら着物に袖を通し始める。
「あなたは……修羅の道を、歩まれるおつもりですか?」
その言葉を聞いた慚愧は、鼻で嗤う。
「この世は生者死者問わず、地獄しかねぇんだよ。俺はいつの間にかお前の言う〝それ〟になってしまったらしい。なりたくてなったわけではない」
低い声で言い放った慚愧は、診療所を出ていった。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
慚愧は元金創医の、診療所を訪れた。
引き戸を叩くと、四十歳くらいの白の羽織を着た男が顔を出す。
「金はある。手当てを頼みたい」
慚愧は言い、鮮血に塗れた右手を突き出す。
「これは酷すぎる。は、早く中へ」
噛んだことにはスルーを決め込んだ慚愧は、さっさと中に入る。
土間を上がり、廊下の一番手前の部屋に通される。
面は外さずに、刀を床に置く。胡座をかくと着物を脱いで半裸になった。
「治療を早くしたいのですが、簡単な紹介だけ先に。私は|柳《やなぎ》と申します」
柳が頭を下げる。
「俺は〝悪魔の翁〟だ」
低い声で慚愧が言う。
「治療しながら、お話を聞いても?」
「構わねぇよ」
柳は晒し木綿で鮮血を拭うが一向に収まる気配がない。
「血を拭きとりながら傷を縫います」
「おう」
柳は晒し木綿を押し付けながら、針と糸を片手で扱い、二本の傷をまとめて縫い合わせていく。
本当は一本ずつにしたかったが、ふたつの傷が近すぎるので諦めるしかなかった。
しばしの沈黙ののち、柳は腕の傷を縫い終えて、ふっと息を吐き出す。
続いて右手を見ると、これも酷い状態だった。掌を深く斬りつけられていて、血が止まらない。
柳は先ほどと同じ方法で、傷を縫う。
それが終わると柳は額に浮いた汗を拭った。
「これを塗ります」
「ん」
慚愧は差し出された塗り薬を見つめてうなずく。
痛そうな顔ひとつしないのを不思議に思いながら、柳は手を動かす。
塗り薬の上から|油紙《あぶらがみ》を巻き、晒し木綿をぐるぐると巻きつけていく。
右手と右腕の順で巻いていくと、端をきゅっと縛った。
「これで終わりです。お疲れ様でした」
柳がねぎらいの言葉をかける。
「疲れてなどいない。助かった、治療代だ」
慚愧は畳んだ着物の中から、銭十枚を取り出して渡す。
「こんなには。これだけで十分です」
柳は銭五枚を受け取って、残りを突き返してきた。
「分かったよ。完治まではどれくらいかかる?」
それを受け取った慚愧が尋ねる。
「十四日かと。三日後にまたいらしてください」
柳がきっぱりと言った。
「三日後な。傷が治れば、また人を斬りにいくぞ?」
面の下で冷然と嗤いながら、脅し半分の台詞が口をついて出る。
「止めはしませんが、こんな身体になっているのはなにか、深いわけがおありなのでしょう?」
「それについて否定はしないが?」
「無理に話してほしいというわけではないのです。ただ、怪我をしたらきちんときていただきたいのです」
その言葉を受け、慚愧はしばし沈黙する。
「……治さぬというわけでないのか?」
「むしろ治していただけねば、命に関わりますので。それに、色眼鏡は持ち合わせておりません」
柳がきっぱりと言った。
「変わり者が」
慚愧は言いながら着物に袖を通し始める。
「あなたは……修羅の道を、歩まれるおつもりですか?」
その言葉を聞いた慚愧は、鼻で嗤う。
「この世は生者死者問わず、地獄しかねぇんだよ。俺はいつの間にかお前の言う〝それ〟になってしまったらしい。なりたくてなったわけではない」
低い声で言い放った慚愧は、診療所を出ていった。
引き戸を叩くと、四十歳くらいの白の羽織を着た男が顔を出す。
「金はある。手当てを頼みたい」
慚愧は言い、鮮血に塗れた右手を突き出す。
「これは酷すぎる。は、早く中へ」
噛んだことにはスルーを決め込んだ慚愧は、さっさと中に入る。
土間を上がり、廊下の一番手前の部屋に通される。
面は外さずに、刀を床に置く。胡座をかくと着物を脱いで半裸になった。
「治療を早くしたいのですが、簡単な紹介だけ先に。私は|柳《やなぎ》と申します」
柳が頭を下げる。
「俺は〝悪魔の翁〟だ」
低い声で慚愧が言う。
「治療しながら、お話を聞いても?」
「構わねぇよ」
柳は晒し木綿で鮮血を拭うが一向に収まる気配がない。
「血を拭きとりながら傷を縫います」
「おう」
柳は晒し木綿を押し付けながら、針と糸を片手で扱い、二本の傷をまとめて縫い合わせていく。
本当は一本ずつにしたかったが、ふたつの傷が近すぎるので諦めるしかなかった。
しばしの沈黙ののち、柳は腕の傷を縫い終えて、ふっと息を吐き出す。
続いて右手を見ると、これも酷い状態だった。掌を深く斬りつけられていて、血が止まらない。
柳は先ほどと同じ方法で、傷を縫う。
それが終わると柳は額に浮いた汗を拭った。
「これを塗ります」
「ん」
慚愧は差し出された塗り薬を見つめてうなずく。
痛そうな顔ひとつしないのを不思議に思いながら、柳は手を動かす。
塗り薬の上から|油紙《あぶらがみ》を巻き、晒し木綿をぐるぐると巻きつけていく。
右手と右腕の順で巻いていくと、端をきゅっと縛った。
「これで終わりです。お疲れ様でした」
柳がねぎらいの言葉をかける。
「疲れてなどいない。助かった、治療代だ」
慚愧は畳んだ着物の中から、銭十枚を取り出して渡す。
「こんなには。これだけで十分です」
柳は銭五枚を受け取って、残りを突き返してきた。
「分かったよ。完治まではどれくらいかかる?」
それを受け取った慚愧が尋ねる。
「十四日かと。三日後にまたいらしてください」
柳がきっぱりと言った。
「三日後な。傷が治れば、また人を斬りにいくぞ?」
面の下で冷然と嗤いながら、脅し半分の台詞が口をついて出る。
「止めはしませんが、こんな身体になっているのはなにか、深いわけがおありなのでしょう?」
「それについて否定はしないが?」
「無理に話してほしいというわけではないのです。ただ、怪我をしたらきちんときていただきたいのです」
その言葉を受け、慚愧はしばし沈黙する。
「……治さぬというわけでないのか?」
「むしろ治していただけねば、命に関わりますので。それに、色眼鏡は持ち合わせておりません」
柳がきっぱりと言った。
「変わり者が」
慚愧は言いながら着物に袖を通し始める。
「あなたは……修羅の道を、歩まれるおつもりですか?」
その言葉を聞いた慚愧は、鼻で嗤う。
「この世は生者死者問わず、地獄しかねぇんだよ。俺はいつの間にかお前の言う〝それ〟になってしまったらしい。なりたくてなったわけではない」
低い声で言い放った慚愧は、診療所を出ていった。