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始動

ー/ー



 決行当日の日が暮れた時刻。いつもの恰好から黒装束に着替え、刀を左腰に帯びる。
 和蝋燭の火を吹き消し、外に出た。

 夜目が利くので明かりは不要。その姿といい雰囲気といい、闇に紛れるかのようだった。
 堕碁がいるという路地に向かう。そこには酒を片手にゲラゲラと笑い合っている五人の男達がいた。
 慚愧は手始めに、懐から鞘が黒の短刀を取り出し、置いてある徳利に向かって投げた。
 徳利の栓がすっぱりと斬られ、中から酒が零れ出す。
「酒が勿体ねぇじゃねぇか! どこのどいつだ!」
 そんな怒号を聞きながら、慚愧は月明かりの下に姿を見せる。
 黒の小袖の上には紋なしの紫紺色の肩衣袴。目を惹くのは左腰に帯びた黒一色の刀と、微笑みを浮かべた黒翁の面。
 月明かりに照らされるひとつに括られた、深川鼠の長髪。
「いちいち答えてやるなんて真似、誰がするかよ」
 面の下から声を出した慚愧が嘲笑う。
「壊した徳利の金、出せよ!」
 怒りを爆発させた男が抜刀し、突っ込んでいく。
 しかし、突きを躱されたことに驚いてしまう。その隙を狙われ、手首を捻り上げられる。
 痛いと騒ぎ出した男の額を右手で殴ると、男はその場に倒れる。
「金を出せ? 負けた奴がほざくんじゃねぇよ」
 慚愧の嘲笑は続く。
 騒ぎを見ていた三人が刀を抜いて、にじり寄る。
 それを横目に見ながら、慚愧が抜刀。あらわれたのは緑青色の刀である。この刀を慚愧は緑刀(ろくとう)と呼んでいる。
 それを左手に持ち替えている間に、三人の視線が刀に釘付けであることに気づく。
 ――見惚れている場合ではないだろうに。
 慚愧はそれに呆れつつ、近くにいる男の首を刎ねる。驚いた顔のまま死んでいることに気づき、鼻で嗤う。
 続いて気を失っている男の心臓を刺し貫く。
 鮮血が飛び散るが、慚愧は一切気にしなかった。
「そう言えば。堕碁はここにいるんだよな?」
 その声は、あっさり人を殺めた者とはとうてい思えない、気安い声だった。
「堕碁さんになんの用があるってんだ!」
 その声で男二人が殺気を纏う。
「貴様らの末路は見せてやっただろ? どうも鈍い連中だな」
 慚愧はさらに男達を挑発。
「舐めるなー!」
 男達は怒りに任せて斬りつけてきた。
 慚愧は二本の刀を右腕で受け止める。
 鮮血が溢れ出し、傷が深く刻みつけられる。しかし、慚愧は一切動じない。
 面を被っているため、表情を窺い知ることはできない。
 鮮血の滴る右腕をだらりとぶら下げているだけ。動揺も恐怖も、なにも感じていないように見える。
「なんなんだよ……お前ええ!」
 異変を感じ取った男が叫ぶ。
「貴様らなどに答えてやるわけがなかろう」
「何も感じないならっ!」
 鮮血の滴る刀に力を込めて傷を少しでも深くしようとしてきた。
 傷が悪化しても慚愧は、一歩も引かなかった。
「なんで!? なんでこんなにも平然としてるんだ!?」
 鮮血がさらに溢れ出し、傷つけた男の方が動じる。
 戦意を無くしたもう一人の心臓を刺し貫いた慚愧は、骸を蹴って、強引に刀を引き抜く。
 右腕を前に押し出し、怯え出す男を睨みつける。
「そんなにも恐ろしいなら、俺に命を差し出せ」
 低い声で言い放つと、男が縮み上がる。
「ひいいいいっ!」
「ああもう。黙れ」
 慚愧は喉を刺し貫き、茫然としている男の額に緑刀を押し込んだ。
 慚愧は青ざめている堕碁に視線を投げる。
「何をそんなに怯えている? 貴様もここで死ねるんだぞ? むしろ喜んでもいい」
 くつくつと慚愧が嗤う。
「まだ、まだ! こんなところで死ねない!」
 がくがくと震えているのに、声を張り上げたその姿を見て、慚愧は鼻で嗤う。
「馬鹿だな」
「あの人に会うために! 生きなきゃいけない!」
「こんな惨劇を目にしておきながら。そんなに震えている様を見るに、無理だろうが」
「そういうお前は、何者なんだ!?」
「さてな。何者でもよかろう」
 冷ややかに吐き捨てる慚愧。
「くっ! お前を殺めて、ここから逃げ延びてやる!」
「救いようもない馬鹿だな。貴様はあの人から、とっくに愛想尽かされてんだよ」
 慚愧はあえて残酷な物言いをしたが、堕碁は聞く耳を持たなかった。
「だ、黙れっ!」
 堕碁は叫ぶと、斬りかかってきた。
 それを緑刀で受け、上へ跳ね上げる。
 続いて足で腹を蹴り飛ばして、追撃を防ぐ。
「貴様の死を願う者がいる。だから、こうして俺があらわれたんだよ」
 刀が仰向けに転んだ堕碁の近くに落ちる。
「そんなことどうでもいい! あの人に……!」
 堕碁は叫びながら、刀を薙ぐ。
 それは慚愧の右手をざっくりと斬りつける。
「なにを言っても無駄のようだなぁ。ったく、諦めるってことを知らんのか、こいつ」
 慚愧は敵を目の前に愚痴り出す。
 右手から鮮血をだらだらと零しながら。
「この……ああああっ!」
 慚愧は堕碁の心臓を刺し貫いた。

「……あ?」
 慚愧はしばらくして、その場を後にしようとした。
 しかし、生者の気配を感じ取って、視線を走らせる。
「ここでなにをしている!」
 そこにはお飾りの、役人がいた。
 大勢の男達に守られながら、声だけが聞こえてくる。
「邪魔するなら、貴様ら全員、斬るぞ?」
 慚愧は返り血に染まった緑刀を見せつけて嘲笑う。
 表情こそ見えないが、身に纏う殺気と狂気を読み取った役人はたじろぎながらも声を出す。
「通りへ出よ!」
「出ればいいんだろ」
 慚愧は言いながらその場から離れ、大通りに出る。
「ひっ捕らえーい!」
 馬に乗った役人が叫んだ。
「忠告はしたぞ?」
 慚愧は緑刀を握り締めて、横へ薙ぐ。
 生首が三つ宙を舞い、バタバタと骸が倒れる。
「なっ!」
 馬上からその光景を見ていた役人が声を失う。
 月明かりに照らされた道で、血祭が始まった。
「ぎゃああああっ!」
 一気に十もの骸が転がり、戦意を無くした男達が逃げようとする。
「逃げることは許さん! ここで命を捨てるのだ!」
 役人は本当のことを言えば怯えていたが、それを隠そうと声を張り上げる。
「てめぇの命はどうなんだ? ああ?」
 その声が聞こえた慚愧が、挑発する。
「う、うるさい! この数相手に敵うわけがない!」
 役人が叫ぶ。
「まあ、一人相手に、二十はいるよなぁ。まったく。個の力ではなく数で押そうというのは、いかにも知恵が足りん証拠だ」
 慚愧は言いながら、男二人を斬りつけて、首を刎ねる。
「知恵が足らんだと!? どれだけ愚弄すれば……!」
 怒りをあらわにした役人に、慚愧はただ面の下で嘲笑を浮かべる。
「役人とはいえ、ただの飾りだろう。貴様一人斬ったところで、どうということはないはずだ」
 慚愧は言い放ち、鮮血に染まった緑刀を見せつける。
「なんでもいい! 彼奴(きゃつ)を殺せえええ!」
 役人は鬼の形相で指示を飛ばすと、男達が殺気立つ。
「いくら戦意を煽っても、俺には勝てん。その形相もなかなかだが、所詮は上辺だけ」
「こやつ……!」
 図星のことを言いあてられ、さらに苛立つ役人。
 その間にも五人の男達が骸に。右腕と手は鮮血で真っ赤に染まっている。
「どうにもならぬとようやく気づいたか」
 右腕が血塗れにもかかわらず、慚愧はくつくつと嗤う。
 その間に骸がひとつ、出来上がる。心臓を刺して、刀を強引に抜く。
 返り血を浴びながら、慚愧は背後を振り返る。
「本当に、地獄絵図とはまさにこのこと。……お? 餌に喰いついたか」
 慚愧は背に構えた緑刀で、攻撃を防ぐ。
「ぐうっ!」
 男が忌々しげに顔を歪める。
「ははは」
 慚愧は嗤いながら、男の刀を上へ弾き飛ばす。
 半歩振り向きながら、腹に回し蹴りを叩き込む。
「ゴホッ! はあはあ……」
 男はその場に蹲って咳き込む。
「一撃で地獄送りにするのもなぁ……。少し遊んでやろう」
 慚愧は低い声で嗤いつつ、言葉を切る。
 咳が収まった男が顔を上げるのと、慚愧が眼前に刀の切っ先を突きつけるのが、同時だった。
「ひいいいっ!」
 鮮血で不気味に光っている刀を目の前にして、男はまだ痛む腹を庇いながら、背を向ける。
「逃げるのが普通だろうよ」
 呆れつつ慚愧が言う。
 それをやめさせようとでも言うのか、左太腿に深々と緑刀を刺す。
「ぎゃあああああ!」
 左脚に焼けるような痛みを感じながら、男は暴れ出す。しかし、足を動かせないことに気づいてさらに混乱。
 見れば、貫通した刀が、地面に突き刺さっている。そりゃ動けないわけだと、男は激しい痛みに耐えながら思う。
「まったく。絶叫ほど煩いものはねぇな」
 慚愧は痛みに暴れている男を睨みつつ、緑刀を一息に抜く。
「ぜぇぜぇ……。こんな奴相手に、勝てっこねぇよ!」
 男は地面を這って逃げようとする。
「どうせ貴様らはここで死ぬ。誰一人生かすつもりはないぞ」
 殺気に染まった冷たい雰囲気を纏った慚愧が言い放つ。
「ひいいいいいっ!」
 まだ生きている男達全員が逃げ出した。
 慚愧は緑刀と懐から取り出した短刀を投げた。
 それらは男二人の心臓を刺し貫く。
 生存者四人の前に立ちはだかると、彼らの武器を奪い、全員の頭を刺す。
 次々に男達を即死へと追い込んでいく中、残ったのは重傷を負った男とお飾りの役人。
「嫌だ、嫌だ! こんな奴に殺されたくないいいい!」
 死を目前にしてはじめて、人の本音があらわになるものだなと思いつつ、慚愧は緑刀で男の心臓を刺し貫いた。
「何故! たった独りに壊滅など認めん! いったん……!」
 そこまで言った役人は、それ以上なにも言えなかった。
 素早く慚愧が投げた、緑刀に心臓を刺されていたからだ。
 どさりと落馬した骸を一瞥し、馬の背を撫でてやる。
 「人に罪はあるだろうが、動物の命までは取らん」
 馬の尻を叩き、その場から逃がす。
 惨劇と化したその場を一瞥し、慚愧が呟く。
「〝悪魔の翁〟は人ではない」
 言い残した慚愧は生者の気配を感じ、振り返った。


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 決行当日の日が暮れた時刻。いつもの恰好から黒装束に着替え、刀を左腰に帯びる。
 和蝋燭の火を吹き消し、外に出た。
 夜目が利くので明かりは不要。その姿といい雰囲気といい、闇に紛れるかのようだった。
 堕碁がいるという路地に向かう。そこには酒を片手にゲラゲラと笑い合っている五人の男達がいた。
 慚愧は手始めに、懐から鞘が黒の短刀を取り出し、置いてある徳利に向かって投げた。
 徳利の栓がすっぱりと斬られ、中から酒が零れ出す。
「酒が勿体ねぇじゃねぇか! どこのどいつだ!」
 そんな怒号を聞きながら、慚愧は月明かりの下に姿を見せる。
 黒の小袖の上には紋なしの紫紺色の肩衣袴。目を惹くのは左腰に帯びた黒一色の刀と、微笑みを浮かべた黒翁の面。
 月明かりに照らされるひとつに括られた、深川鼠の長髪。
「いちいち答えてやるなんて真似、誰がするかよ」
 面の下から声を出した慚愧が嘲笑う。
「壊した徳利の金、出せよ!」
 怒りを爆発させた男が抜刀し、突っ込んでいく。
 しかし、突きを躱されたことに驚いてしまう。その隙を狙われ、手首を捻り上げられる。
 痛いと騒ぎ出した男の額を右手で殴ると、男はその場に倒れる。
「金を出せ? 負けた奴がほざくんじゃねぇよ」
 慚愧の嘲笑は続く。
 騒ぎを見ていた三人が刀を抜いて、にじり寄る。
 それを横目に見ながら、慚愧が抜刀。あらわれたのは緑青色の刀である。この刀を慚愧は|緑刀《ろくとう》と呼んでいる。
 それを左手に持ち替えている間に、三人の視線が刀に釘付けであることに気づく。
 ――見惚れている場合ではないだろうに。
 慚愧はそれに呆れつつ、近くにいる男の首を刎ねる。驚いた顔のまま死んでいることに気づき、鼻で嗤う。
 続いて気を失っている男の心臓を刺し貫く。
 鮮血が飛び散るが、慚愧は一切気にしなかった。
「そう言えば。堕碁はここにいるんだよな?」
 その声は、あっさり人を殺めた者とはとうてい思えない、気安い声だった。
「堕碁さんになんの用があるってんだ!」
 その声で男二人が殺気を纏う。
「貴様らの末路は見せてやっただろ? どうも鈍い連中だな」
 慚愧はさらに男達を挑発。
「舐めるなー!」
 男達は怒りに任せて斬りつけてきた。
 慚愧は二本の刀を右腕で受け止める。
 鮮血が溢れ出し、傷が深く刻みつけられる。しかし、慚愧は一切動じない。
 面を被っているため、表情を窺い知ることはできない。
 鮮血の滴る右腕をだらりとぶら下げているだけ。動揺も恐怖も、なにも感じていないように見える。
「なんなんだよ……お前ええ!」
 異変を感じ取った男が叫ぶ。
「貴様らなどに答えてやるわけがなかろう」
「何も感じないならっ!」
 鮮血の滴る刀に力を込めて傷を少しでも深くしようとしてきた。
 傷が悪化しても慚愧は、一歩も引かなかった。
「なんで!? なんでこんなにも平然としてるんだ!?」
 鮮血がさらに溢れ出し、傷つけた男の方が動じる。
 戦意を無くしたもう一人の心臓を刺し貫いた慚愧は、骸を蹴って、強引に刀を引き抜く。
 右腕を前に押し出し、怯え出す男を睨みつける。
「そんなにも恐ろしいなら、俺に命を差し出せ」
 低い声で言い放つと、男が縮み上がる。
「ひいいいいっ!」
「ああもう。黙れ」
 慚愧は喉を刺し貫き、茫然としている男の額に緑刀を押し込んだ。
 慚愧は青ざめている堕碁に視線を投げる。
「何をそんなに怯えている? 貴様もここで死ねるんだぞ? むしろ喜んでもいい」
 くつくつと慚愧が嗤う。
「まだ、まだ! こんなところで死ねない!」
 がくがくと震えているのに、声を張り上げたその姿を見て、慚愧は鼻で嗤う。
「馬鹿だな」
「あの人に会うために! 生きなきゃいけない!」
「こんな惨劇を目にしておきながら。そんなに震えている様を見るに、無理だろうが」
「そういうお前は、何者なんだ!?」
「さてな。何者でもよかろう」
 冷ややかに吐き捨てる慚愧。
「くっ! お前を殺めて、ここから逃げ延びてやる!」
「救いようもない馬鹿だな。貴様はあの人から、とっくに愛想尽かされてんだよ」
 慚愧はあえて残酷な物言いをしたが、堕碁は聞く耳を持たなかった。
「だ、黙れっ!」
 堕碁は叫ぶと、斬りかかってきた。
 それを緑刀で受け、上へ跳ね上げる。
 続いて足で腹を蹴り飛ばして、追撃を防ぐ。
「貴様の死を願う者がいる。だから、こうして俺があらわれたんだよ」
 刀が仰向けに転んだ堕碁の近くに落ちる。
「そんなことどうでもいい! あの人に……!」
 堕碁は叫びながら、刀を薙ぐ。
 それは慚愧の右手をざっくりと斬りつける。
「なにを言っても無駄のようだなぁ。ったく、諦めるってことを知らんのか、こいつ」
 慚愧は敵を目の前に愚痴り出す。
 右手から鮮血をだらだらと零しながら。
「この……ああああっ!」
 慚愧は堕碁の心臓を刺し貫いた。
「……あ?」
 慚愧はしばらくして、その場を後にしようとした。
 しかし、生者の気配を感じ取って、視線を走らせる。
「ここでなにをしている!」
 そこにはお飾りの、役人がいた。
 大勢の男達に守られながら、声だけが聞こえてくる。
「邪魔するなら、貴様ら全員、斬るぞ?」
 慚愧は返り血に染まった緑刀を見せつけて嘲笑う。
 表情こそ見えないが、身に纏う殺気と狂気を読み取った役人はたじろぎながらも声を出す。
「通りへ出よ!」
「出ればいいんだろ」
 慚愧は言いながらその場から離れ、大通りに出る。
「ひっ捕らえーい!」
 馬に乗った役人が叫んだ。
「忠告はしたぞ?」
 慚愧は緑刀を握り締めて、横へ薙ぐ。
 生首が三つ宙を舞い、バタバタと骸が倒れる。
「なっ!」
 馬上からその光景を見ていた役人が声を失う。
 月明かりに照らされた道で、血祭が始まった。
「ぎゃああああっ!」
 一気に十もの骸が転がり、戦意を無くした男達が逃げようとする。
「逃げることは許さん! ここで命を捨てるのだ!」
 役人は本当のことを言えば怯えていたが、それを隠そうと声を張り上げる。
「てめぇの命はどうなんだ? ああ?」
 その声が聞こえた慚愧が、挑発する。
「う、うるさい! この数相手に敵うわけがない!」
 役人が叫ぶ。
「まあ、一人相手に、二十はいるよなぁ。まったく。個の力ではなく数で押そうというのは、いかにも知恵が足りん証拠だ」
 慚愧は言いながら、男二人を斬りつけて、首を刎ねる。
「知恵が足らんだと!? どれだけ愚弄すれば……!」
 怒りをあらわにした役人に、慚愧はただ面の下で嘲笑を浮かべる。
「役人とはいえ、ただの飾りだろう。貴様一人斬ったところで、どうということはないはずだ」
 慚愧は言い放ち、鮮血に染まった緑刀を見せつける。
「なんでもいい! |彼奴《きゃつ》を殺せえええ!」
 役人は鬼の形相で指示を飛ばすと、男達が殺気立つ。
「いくら戦意を煽っても、俺には勝てん。その形相もなかなかだが、所詮は上辺だけ」
「こやつ……!」
 図星のことを言いあてられ、さらに苛立つ役人。
 その間にも五人の男達が骸に。右腕と手は鮮血で真っ赤に染まっている。
「どうにもならぬとようやく気づいたか」
 右腕が血塗れにもかかわらず、慚愧はくつくつと嗤う。
 その間に骸がひとつ、出来上がる。心臓を刺して、刀を強引に抜く。
 返り血を浴びながら、慚愧は背後を振り返る。
「本当に、地獄絵図とはまさにこのこと。……お? 餌に喰いついたか」
 慚愧は背に構えた緑刀で、攻撃を防ぐ。
「ぐうっ!」
 男が忌々しげに顔を歪める。
「ははは」
 慚愧は嗤いながら、男の刀を上へ弾き飛ばす。
 半歩振り向きながら、腹に回し蹴りを叩き込む。
「ゴホッ! はあはあ……」
 男はその場に蹲って咳き込む。
「一撃で地獄送りにするのもなぁ……。少し遊んでやろう」
 慚愧は低い声で嗤いつつ、言葉を切る。
 咳が収まった男が顔を上げるのと、慚愧が眼前に刀の切っ先を突きつけるのが、同時だった。
「ひいいいっ!」
 鮮血で不気味に光っている刀を目の前にして、男はまだ痛む腹を庇いながら、背を向ける。
「逃げるのが普通だろうよ」
 呆れつつ慚愧が言う。
 それをやめさせようとでも言うのか、左太腿に深々と緑刀を刺す。
「ぎゃあああああ!」
 左脚に焼けるような痛みを感じながら、男は暴れ出す。しかし、足を動かせないことに気づいてさらに混乱。
 見れば、貫通した刀が、地面に突き刺さっている。そりゃ動けないわけだと、男は激しい痛みに耐えながら思う。
「まったく。絶叫ほど煩いものはねぇな」
 慚愧は痛みに暴れている男を睨みつつ、緑刀を一息に抜く。
「ぜぇぜぇ……。こんな奴相手に、勝てっこねぇよ!」
 男は地面を這って逃げようとする。
「どうせ貴様らはここで死ぬ。誰一人生かすつもりはないぞ」
 殺気に染まった冷たい雰囲気を纏った慚愧が言い放つ。
「ひいいいいいっ!」
 まだ生きている男達全員が逃げ出した。
 慚愧は緑刀と懐から取り出した短刀を投げた。
 それらは男二人の心臓を刺し貫く。
 生存者四人の前に立ちはだかると、彼らの武器を奪い、全員の頭を刺す。
 次々に男達を即死へと追い込んでいく中、残ったのは重傷を負った男とお飾りの役人。
「嫌だ、嫌だ! こんな奴に殺されたくないいいい!」
 死を目前にしてはじめて、人の本音があらわになるものだなと思いつつ、慚愧は緑刀で男の心臓を刺し貫いた。
「何故! たった独りに壊滅など認めん! いったん……!」
 そこまで言った役人は、それ以上なにも言えなかった。
 素早く慚愧が投げた、緑刀に心臓を刺されていたからだ。
 どさりと落馬した骸を一瞥し、馬の背を撫でてやる。
 「人に罪はあるだろうが、動物の命までは取らん」
 馬の尻を叩き、その場から逃がす。
 惨劇と化したその場を一瞥し、慚愧が呟く。
「〝悪魔の翁〟は人ではない」
 言い残した慚愧は生者の気配を感じ、振り返った。