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助けを求めて

ー/ー



人で賑わう町中を歩いている女がいる。胸元に赤の露芝(つゆしば)模様が入っており、向日葵色の小袖を着ている。緒太を履いており、さっさっと歩いている。
 昨晩見た最悪な光景を思い出さぬように必死になったが、脳裏から消えてくれない。
 それについて考えるのをやめ、色々な人達との話に集中しつつ、その中で面倒な話を聞いた。
 噂でしかないため、半信半疑になりながらも、町の東の外れにあるぽつんと建つ家を見上げる。町で見る普通の家と、造りは同じのように見える。ただ何故こんな人けのない場所に建てたのだろう?
 
 疑問ばかりが募る中、女は勇気を出して引き戸を何度か叩く。
「開いている」
「お邪魔します」
 低い声に怯えながら、そうっと引き戸を開けて中を覗く。
 中には一人の男がおり、こちらを睨んでいたため、素早く入って戸を閉めた。
 さらに怯えつつ一礼すると、家の中を見回す。
 右側には小さめの厨、壁際には棚がある。女が立っている土間は、わりと狭かった。前方に視線を向けると、板の間と囲炉裏があり、男はその向こうにいた。
 男の隣にも棚がでんと置かれていたので、棚が多いのねと、女は思った。
「いつまで眺めているつもりだ? 用がねぇなら、さっさと帰ってくれ」
「はいっ!?」
 苛立ちのこもった声に、女が文字通り飛び上がる。
「じろじろ見ているなとは思っていたが、俺がいたことをすっかり忘れていたと見える」
 くつくつと男が嗤い出す。
「だったらなに?」
 何故かどこかで聞いたことがあるような声を聞きつつ、女が言い返す。何故かは分からないが、この男から視線が離せない。
「まあいい。それでただ見にきた野次馬ではなさそうだな?」
 笑いを引っ込めて男が尋ねる。
「野次馬なわけないでしょう? ああいうの嫌いなのよ、一緒にしないでくれる?」
 女は怒りを滲ませる。
「ならば、用をさっさと言え。俺は眠いんだ」
 壁に寄りかかった男は低い声で言う。
「ちょっと困ってて、ここにくればいいって人づてに聞いたのよ」
 女は眉を下げる。
所詮(しょせん)は噂だろ。なんでそれを信じて、のこのこきたんだよ」
 男は盛大な溜息を吐く。
「この目で噂の真偽を確かめたい、って思うことがそんなに悪いかしら?」
「悪くはねぇが、真偽なんて誰も気にしていない」
 男は低い声で言い放つ。
「あたしは気にするの!」
 女はキッと男を睨む。
「はあ……」
 男は盛大な溜息を吐く。
 頭をガリガリと掻く男の、着物の裾を目にした女が目を丸くする。
「その柄……ひょっとして……?」
「んあ? 市松だが?」
 男は水色の市松模様を見下ろし、視線を女に戻す。
 ――それに気づいたのは、この女が初めてだ。
 などと思いつつ、じっくりと女を見つめる。
 向日葵色の着物もまあ可愛らしいし、とても健康的な肌の色をしている。額を出しており、黒のクリッとした目をしていて、薄化粧をしているのが分かる。美しい黒髪は腰のあたりでひとつに纏められている。背は四尺五寸で、小柄な身体つきをしている。
「やっぱりー。というか、本当に生きてる人なの?」
 女とは対照的に、男は幽霊と思われても、仕方がないほど肌が白い。着ているのは生成(きなり)の小袖で、裾には水色の市松模様があしらわれている。その上に菖蒲(あやめ)色の肩衣袴を着ている。背は六尺とかなり高い。左膝を立てて座っており、着物の上からでも引き締まった身体つきをしていると分かった。
「……そう思われても仕方ねぇが、これでもただの人だ。ちゃんとと言うべきかは分からん。だが、生きてはいる」
 苦笑交じりに男が言い放つ。
「へえ……。驚いたわ。まあ、あなたみたいな人見たことなかったから」
「そりゃそうだろうな。こんなのがあちこちにゴロゴロいたら、怖かろう」
 男はくつくつと嗤う。
「怖いわよ! あなたみたいな人が大勢いたらって考えると、ぞっとする!」
 女は身体を抱きしめ、身震いをした。
「本当に震えるなよ。冗談だってのに」
 男は相変わらず、変わった笑い方をしている。
「もうっ!」
 女は怒りをあらわにする。
「話が逸れたな。なにに困っているって?」
 男は首をかしげる。
 女は会ってから思っていた、違和感の正体にようやく気づく。かなり顔立ちが整っていて、仕草ひとつとっても、魅了されていることに。
 変わった笑いで、何もかもが隠されているのに。只人(ただびと)ではないのかも、と思うことしかできなかった。
「とある人がね、男につきまとわれてて。なんとか、怯える恐怖から、解放されたいって。しつこさが異常みたいよ?」
 女が本当に困った顔をする。
「確かに面倒なことを聞いたな。断ろうとは思わなかったのか」
 やれやれと、男は溜息を吐く。
「そうなの。力になりたかったし、その考えはなかったわ」
「自分でどうにかできないって分かってもなお、何故引き受けてしまうんだよ?」
 じろりと睨みつける。
「そこまで冷たい人じゃないのよ、あたしは。困ってる人を少しでも減らしたいの」
 キッと女が睨み返してくる。
「まったく。ご立派なことで」
 男は鼻で嗤う。
「馬鹿にしてるわね?」
「本心だぞ」
「嘘にしか聞こえない」
 女は口を尖らせる。
「まあいい。それで、どう解決したいと?」
「へ?」
 女はきょとんとしてしまう。
「お前なぁ……。依頼人はなにか言ってなかったか?」
 男は盛大な溜息を吐いて、さらに話を聞き出そうとする。
「追っ払うのと、もう二度と会いたくないって、言ってたかもしれないわ」
 女は眉根を寄せつつ、会話を思い出す。
「中途半端だな」
 男は顔をしかめる。
「何が?」
 女は首をかしげる。
「追っ払うだけで済むと本気で思っているのか。だとしたら、ぬるい。それに甘い」
 男は低い声で吐き捨てる。
「なんて言い方するのよ!」
 女が怒りをあらわにする。
「仕方なかろう。そんなに面倒な奴だというのなら、俺であれば死を願ってもおかしくねぇな」
 男はさも当然と言わんばかりである。
「なっ! 何もそこまでしなくてもいいでしょう!」
「同じことを何度も言わせるな。そんな屑、生かしておいたところで害しかないだろうに」
 にべもなく男が言い放つ。
「命はとらずに、ただ諦めさせるってできないの?」
「そんなことができるなら、俺も困りゃしねぇよ。そんなんじゃ、追われる日々からは抜け出せねぇ。……平穏な世じゃねぇんだ」
 男はじろりと睨みつける。
「そいつの死を受けて、依頼人が苦しんだら、どうなるの?」
「死を引き摺るようなら、依頼なんぞしてくるな。それに他人の死を願うだけなら、咎にはならん」
 ぞくりとするほど冷たい目で女を睨みつける。
 女はたじろぎながらも言葉を紡ぐ。
「そうかもしれないけれど! 誰もが強くはないでしょう!」
「確かに、誰もが強いわけじゃねぇ。鬼になるか否かだ。俺はただの案内人だしなぁ」
 男が苦笑交じりに言う。
「案内人?」
 女が首をかしげる。
「ここは〝悪魔の翁〟に繋がる場所だ」
 男は低い声で、しかしはっきりと告げた。
 女はただ、目を見開くことしかできなかった。


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人で賑わう町中を歩いている女がいる。胸元に赤の|露芝《つゆしば》模様が入っており、向日葵色の小袖を着ている。緒太を履いており、さっさっと歩いている。
 昨晩見た最悪な光景を思い出さぬように必死になったが、脳裏から消えてくれない。
 それについて考えるのをやめ、色々な人達との話に集中しつつ、その中で面倒な話を聞いた。
 噂でしかないため、半信半疑になりながらも、町の東の外れにあるぽつんと建つ家を見上げる。町で見る普通の家と、造りは同じのように見える。ただ何故こんな人けのない場所に建てたのだろう?
 疑問ばかりが募る中、女は勇気を出して引き戸を何度か叩く。
「開いている」
「お邪魔します」
 低い声に怯えながら、そうっと引き戸を開けて中を覗く。
 中には一人の男がおり、こちらを睨んでいたため、素早く入って戸を閉めた。
 さらに怯えつつ一礼すると、家の中を見回す。
 右側には小さめの厨、壁際には棚がある。女が立っている土間は、わりと狭かった。前方に視線を向けると、板の間と囲炉裏があり、男はその向こうにいた。
 男の隣にも棚がでんと置かれていたので、棚が多いのねと、女は思った。
「いつまで眺めているつもりだ? 用がねぇなら、さっさと帰ってくれ」
「はいっ!?」
 苛立ちのこもった声に、女が文字通り飛び上がる。
「じろじろ見ているなとは思っていたが、俺がいたことをすっかり忘れていたと見える」
 くつくつと男が嗤い出す。
「だったらなに?」
 何故かどこかで聞いたことがあるような声を聞きつつ、女が言い返す。何故かは分からないが、この男から視線が離せない。
「まあいい。それでただ見にきた野次馬ではなさそうだな?」
 笑いを引っ込めて男が尋ねる。
「野次馬なわけないでしょう? ああいうの嫌いなのよ、一緒にしないでくれる?」
 女は怒りを滲ませる。
「ならば、用をさっさと言え。俺は眠いんだ」
 壁に寄りかかった男は低い声で言う。
「ちょっと困ってて、ここにくればいいって人づてに聞いたのよ」
 女は眉を下げる。
「|所詮《しょせん》は噂だろ。なんでそれを信じて、のこのこきたんだよ」
 男は盛大な溜息を吐く。
「この目で噂の真偽を確かめたい、って思うことがそんなに悪いかしら?」
「悪くはねぇが、真偽なんて誰も気にしていない」
 男は低い声で言い放つ。
「あたしは気にするの!」
 女はキッと男を睨む。
「はあ……」
 男は盛大な溜息を吐く。
 頭をガリガリと掻く男の、着物の裾を目にした女が目を丸くする。
「その柄……ひょっとして……?」
「んあ? 市松だが?」
 男は水色の市松模様を見下ろし、視線を女に戻す。
 ――それに気づいたのは、この女が初めてだ。
 などと思いつつ、じっくりと女を見つめる。
 向日葵色の着物もまあ可愛らしいし、とても健康的な肌の色をしている。額を出しており、黒のクリッとした目をしていて、薄化粧をしているのが分かる。美しい黒髪は腰のあたりでひとつに纏められている。背は四尺五寸で、小柄な身体つきをしている。
「やっぱりー。というか、本当に生きてる人なの?」
 女とは対照的に、男は幽霊と思われても、仕方がないほど肌が白い。着ているのは|生成《きなり》の小袖で、裾には水色の市松模様があしらわれている。その上に|菖蒲《あやめ》色の肩衣袴を着ている。背は六尺とかなり高い。左膝を立てて座っており、着物の上からでも引き締まった身体つきをしていると分かった。
「……そう思われても仕方ねぇが、これでもただの人だ。ちゃんとと言うべきかは分からん。だが、生きてはいる」
 苦笑交じりに男が言い放つ。
「へえ……。驚いたわ。まあ、あなたみたいな人見たことなかったから」
「そりゃそうだろうな。こんなのがあちこちにゴロゴロいたら、怖かろう」
 男はくつくつと嗤う。
「怖いわよ! あなたみたいな人が大勢いたらって考えると、ぞっとする!」
 女は身体を抱きしめ、身震いをした。
「本当に震えるなよ。冗談だってのに」
 男は相変わらず、変わった笑い方をしている。
「もうっ!」
 女は怒りをあらわにする。
「話が逸れたな。なにに困っているって?」
 男は首をかしげる。
 女は会ってから思っていた、違和感の正体にようやく気づく。かなり顔立ちが整っていて、仕草ひとつとっても、魅了されていることに。
 変わった笑いで、何もかもが隠されているのに。|只人《ただびと》ではないのかも、と思うことしかできなかった。
「とある人がね、男につきまとわれてて。なんとか、怯える恐怖から、解放されたいって。しつこさが異常みたいよ?」
 女が本当に困った顔をする。
「確かに面倒なことを聞いたな。断ろうとは思わなかったのか」
 やれやれと、男は溜息を吐く。
「そうなの。力になりたかったし、その考えはなかったわ」
「自分でどうにかできないって分かってもなお、何故引き受けてしまうんだよ?」
 じろりと睨みつける。
「そこまで冷たい人じゃないのよ、あたしは。困ってる人を少しでも減らしたいの」
 キッと女が睨み返してくる。
「まったく。ご立派なことで」
 男は鼻で嗤う。
「馬鹿にしてるわね?」
「本心だぞ」
「嘘にしか聞こえない」
 女は口を尖らせる。
「まあいい。それで、どう解決したいと?」
「へ?」
 女はきょとんとしてしまう。
「お前なぁ……。依頼人はなにか言ってなかったか?」
 男は盛大な溜息を吐いて、さらに話を聞き出そうとする。
「追っ払うのと、もう二度と会いたくないって、言ってたかもしれないわ」
 女は眉根を寄せつつ、会話を思い出す。
「中途半端だな」
 男は顔をしかめる。
「何が?」
 女は首をかしげる。
「追っ払うだけで済むと本気で思っているのか。だとしたら、ぬるい。それに甘い」
 男は低い声で吐き捨てる。
「なんて言い方するのよ!」
 女が怒りをあらわにする。
「仕方なかろう。そんなに面倒な奴だというのなら、俺であれば死を願ってもおかしくねぇな」
 男はさも当然と言わんばかりである。
「なっ! 何もそこまでしなくてもいいでしょう!」
「同じことを何度も言わせるな。そんな屑、生かしておいたところで害しかないだろうに」
 にべもなく男が言い放つ。
「命はとらずに、ただ諦めさせるってできないの?」
「そんなことができるなら、俺も困りゃしねぇよ。そんなんじゃ、追われる日々からは抜け出せねぇ。……平穏な世じゃねぇんだ」
 男はじろりと睨みつける。
「そいつの死を受けて、依頼人が苦しんだら、どうなるの?」
「死を引き摺るようなら、依頼なんぞしてくるな。それに他人の死を願うだけなら、咎にはならん」
 ぞくりとするほど冷たい目で女を睨みつける。
 女はたじろぎながらも言葉を紡ぐ。
「そうかもしれないけれど! 誰もが強くはないでしょう!」
「確かに、誰もが強いわけじゃねぇ。鬼になるか否かだ。俺はただの案内人だしなぁ」
 男が苦笑交じりに言う。
「案内人?」
 女が首をかしげる。
「ここは〝悪魔の翁〟に繋がる場所だ」
 男は低い声で、しかしはっきりと告げた。
 女はただ、目を見開くことしかできなかった。