村山と伊沢は平安神宮へとやってきていた。門をくぐって、白砂の敷き詰められた境内の中へと入る。
そこで彼らは、境内の真ん中あたりに黒褐色の大きな水たまりのようなものを見つけた。
「水たまり、ですかね?」村山は言いながら、それへと近づいていった。
それとの距離が十メートルくらいになったところで、正体が分かった。それは水たまりなどではなく、無数の蛇が密集したものがそう見えていただけだった。
「気をつけて。それ、悪鬼だから」伊沢は忠告する。
「わかっています」感じる嫌な気配から、それが悪鬼であることは彼にもすぐにわかった。「でも、なんなんですかね、これ? なんでこんなに蛇がいるんですか?」
「わからない。とにかく、何もしてこないうちに焼こう」彼女は手を合わせる。
「わかりました」村山は手を合わせて、両手を地面に押し当てて結界を張った。
結界を張ったあと、彼が蛇の群れを見ると、群れの中から人の手が出てきているのが見えた。
「伊沢さん、人が! 人が蛇のなかに埋もれています!」彼は叫ぶ。
「村山君、それは人じゃない、絶対に」
少しして、彼は彼女の言葉の意味に気づく。
「悪鬼がそこらじゅうをうろついてるような場所で、普通の人が生き残れるわけない。だから、それは絶対に人じゃない」彼女は言った。
蛇の群れの中で、人に見える何かが上半身を起こす。それは上半身裸の若い女の姿をしていて、下半身は見えなかった。
無数の蛇がある箇所に密集しだした。蛇が集まって、一つの大きなものを作り出していく。やがてそれは、蛇の尾の形をした悪鬼の下半身となった。
彼は、伊賀の見せてくれたノートに書いてあったことを思い出す。
「伊沢さんこれ、九将じゃないですか? ウワバミってやつと似てますよね」
「だったら、何もしてこないうちに燃やす」彼女は手のひらを前に向ける。金色の火の奔流がウワバミごと蛇の群れを飲み込む。
金色の火に覆われているせいで、ちゃんと焼けているのかわからない。しかし、悲鳴めいたものは一切聞こえてこない。
まさか効いてないのか、と彼が思っていると、アナコンダくらいの大きさの大蛇の頭が八つ、火の奔流の中から上に飛びだした。それらは火に苦しむ様子を一切見せていなかった。
攻撃が効いていないことを見て取った伊沢は火を止めた。
火が消えたあとには、無傷のウワバミがいた。先ほどまでいた蛇の群れは消えていて、代わりにウワバミの腰あたりから八つの大蛇の頭が生えていた。
「おぬし、なかなかいい霊力を持っておるのう」ウワバミは村山のほうを見て言った。「お主が欲しくなってきたわい」
それから悪鬼は、伊沢に目を向ける。
「女はいらんな。おい、男。その女をわしに捧げたうえで、お主がわしのものになるならば、命だけは助けてやろう。否と言えば、二人とも魂をばらばらに引きちぎったうえで喰う。魂を引きちぎられるのはさぞ苦しかろうぞ。今まで数多くの魂を引きちぎってきたが、悲鳴をあげなかった者はいなんだ」
村山はウワバミをにらみつける。
「調子に乗るなよ、死にぞこない」彼は言って、手を合わせる。そして両手を前に出して、一気に七枚もの結界を張る。
彼の言葉を聞いたウワバミは笑う。
「よい度胸じゃ。そうこなくてはおもしろくないわい」
蛇の頭がぐんっと前に突き出される。そして蛇の頭による突進が結界にぶつかった。その一撃で、一枚の結界が壊された。それを見た彼は、顔をしかめる。
彼の隣では、伊沢は金色の火の矢を作っていた。そしてそれをウワバミの人間の形をした部分に向かって放った。
ところが、瞬時に蛇の頭が動いて、大口を開けて矢を飲み込んでしまった。浄化の力を持った火の矢にもかかわらず、蛇の頭は苦しむ素振りを一切見せない。
それから、お返しとばかりに、矢を飲み込んだ蛇の口から、火のブレスが放たれた。
視界が一面、赤い火でいっぱいになる。火によって結界が焼かれて、破壊されていく。
伊沢は手を合わせた。そして、手のひらから水の奔流を出した。水が悪鬼の出した火を消していく。
すると、他の七つの頭が口を大きく開けて、火のブレスを吐きだした。八つの頭から吐き出された火のブレスが、伊沢の出した水を一瞬で蒸発させてしまう。
再び、火が結界を焼き始めた。しかも火の勢いが先ほどよりもはるかに強いため、結界の壊れる勢いもそのぶん早くなる。
四枚、三枚、と結界の残り枚数がどんどんと減っていく。
「伊沢さん、火が強すぎます!」
「村山君待ってて、私が今、強化を――」
「お主の名前は、ムラヤマというのか」ウワバミの声がすぐそばでする。見ると、蛇の頭が一つ、結界を隔てたすぐ向こうから彼を見ていた。
「強化などさせんぞ、ムラヤマ」
蛇の頭が大きく後ろに下がって火の中に消える。それからすぐに結界に頭を打ち付けた。それで一枚、結界が壊れた。結界の残りは二枚だった。
伊沢が村山の背中に手を押し当てる。
また、蛇が突進をする。結界が壊れて、残りが一枚になった。
彼は両手を前に突き出して、結界をまた張り直す。しかし新たに張り直した結界すべてが、一度の突進で一気に壊される。
そこで、火のブレスが止む。何が、と思ったら三つの頭が一斉に突進してきた。それで、最後の結界が破壊された。
手を合わせて何かの術を使う前に、八つの頭が彼らを取り囲む。この距離なら、ウワバミは一秒もかからずに彼らを殺すことができてしまう。
「ムラヤマ」女の口から、その言葉が発せられる。「わしのものになれ」
彼が返事をせずにいると、ウワバミはさらに続けた。
「もしお主がわしのものになれば、お主の命だけでなく、そこの女の命を助けてやろう」
彼はウワバミの顔を見た。ウワバミは笑みを浮かべていた。