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0-2

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 停止したエスカレーターを駆け上がり、入口から中に入る。すると、早速と五人の機動隊が待ち構えていた。全員が銃を月乃に向け横並びに位置についている。
 五人の背後に三つの目玉が浮遊している。月乃を視認して間もなく、目玉は姿を透明にして後ろへと下がった。
「犠牲を出さずにやるなんて姉貴も無茶を言うよな。お前らもそう思うだろ」
 ちょうど中央に立っていた機動隊の男が、一発だけミニマムマシンガンを撃った。それと同時に放たれた月乃の拳銃、双方の弾がぶつかり、天井と地面に埋め込まれた。それが切っ掛けとなり、全員の指が一斉に引かれ、けたたましい銃声の音が鳴り響いた。
 月乃は口角を三日月のように上げ、腰を大きく下げて右に飛び退き地面を蹴って跳躍(ちょうやく)すると、足元に向かって手榴弾を投げ込んで即座に撃ち込んだ。爆風で天高く飛び上がった月乃は手を交差し、地面に落ちながら三発だけトリガーを引いた。
 正確な軌道は透明になった目玉を射抜き、青白い光が眩しく思わず目を逸らす。目玉が先に落ち、その後に月乃が地面に降り立って、最後に機動隊が銃を落として地面に倒れ伏した。
「見えるっつーの、バーカ」
 月乃は勢いを殺さないまま、急いでエレベーターに向かって乗り込むと最上階のボタンを押した。壁にもたれかかれ閉じる扉を見ていると、自衛隊の群れが突撃してくるのが見えた。
 その様子を見て見下すような笑みを浮かべ、固い扉は閉められた。
 裏口から侵入していた汐里は、抜かりなく配置された二人の機動隊に出迎えを受けた。汐里を見るや否や掃射が開始され、二つの凶器から幾千もの凶器が放たれる。
 即座に抜刀した汐里は縦に刀を振るう。
「型式開花、雛菊(ひなぎく)
 刀を両手で持った汐里は常人を超えた速度で刀を時計回りに回転させ、そこに壁があると錯覚させるほどであり、その速度が限界まで到達すると鞘から手を放す。汐里は瞬時に刀に向かって後ろ回し蹴りを放つ。自動的に自分に向かってくる弾丸を、自動的に弾く刀の後ろでスライディングして機動隊の足を掴んで横転させると、地面に突き刺さった刀を抜いて上空に向かって突きあげた。
 消えていた目玉が露わになり、血を噴き出しながら絶命する。
「式門解除――月乃、屋上の様子はどうですか」
 耳につけていたイヤホンから月乃の応答が返ってきた。
「拡張、バイパス、変電装置無し。この力は自力で使ってるとみて間違いないな。堕人(だじん)はどんだけ対価を払ったんだよ」
「おそらく他者を巻き添えにしていますね。これだけ強力な邪力(じゃりょく)は数年振りです」
 汐里は刀を下に構えたまま中を進む。裏口から従業員用の通路を通ってメインホールに出れば、おびただしい数の機動隊達の姿があった。二階へは吹き抜けとなっていて、工の字に似た構築の上階にも隊員が構えていた。その数は三十を優に超えるだろう。
「型式開花、茉莉(まつり)
 汐里は煙玉にクナイを刺し、上空に放つ。空間が灰色の噴煙に包まれるのに時間はかからず、機動隊達はターゲットを見失って縦横無尽に撃ち始める。
 死角に入り込んだ彼女は刀を鞘にしまい、乱射する機動隊の一人に背後から接近し、右側足で膝を蹴って重心をずらすと足をかけて転ばせて銃を奪い、首に向けてグリップを叩きつけた。しばらく喘ぐ機動隊を足で踏みつけ、片手で五本のクナイを無造作に上に投げると、一本ずつ射撃する。五本のクナイがそれぞれ弾かれるのを見ると、もう五本。それぞれが違った軌道を描いて導かれるように放たれていく。
 機動隊達の乱射が終わると同時に煙も晴れ、気付けば全員が倒れていた。十匹の目玉もまた、地面に落ちているのだった。
「式門解除。少し使い過ぎたから、休憩」
 汐里が影に潜んでいると、端末が鳴った。マナーモードにし忘れて、インディ・ジョーンズのテーマが流れ始める。着信は連からだった。
「撤退は済んだ。さっきの警官、意識が無いんだが大丈夫なのか」
「一日すれば起き上がります。しかし、多少のメンタルケアをしてください。操られている間の記憶はありますから、もし彼の正義感が強かった場合は自責に苛まれると思います」
 撤退が済んだなら、これ以上敵の増援は見込めないだろう。
「犯人との取引はどうなっていますか」
「お前たちが建物に入ってから連絡がない。最後の連絡では、あと一時間以内に用意しなければ人質を基地に連れていくと言っていた」
「基地、ですか」
 今回の目標について、汐里はそれとなくの目途をつけた。
 堕人の行動原理はおおよそが私利私欲。彼らは欲望が有頂天に達した時妖怪から彼らのところへとやってくる。妖怪は彼らに欲望を叶える力、憑虫(ひょうちゅう)を与え人知を超えた超能力を付与する。妖怪の持つ霊力が人間の持つ神通力を極限まで高めるのだ。
 妖怪は堕人から払われる対価の強度によって相応の力を与えると同時に、自分の配下にして軍勢を作る。そうして力のつけた妖怪が他の妖怪を食らって更に神へと近づき、現世とは違った世界で頂点となるのだ。
「人体実験に使うんだそうだ。ジームへと変化させ、とある組織の力を拡大する」
 近頃、私利私欲ではなくなんらかの奉仕理由で事件を起こす堕人が発生し始めた。
 堕人が発生したのは汐里が生まれる前から、としか情報がなく正確な日時までは不明。しかし、こういった用途不明の堕人が現れたのはどのデータを見ても今回が初めてだった。
 連が口にした組織という言葉はこれまで撃退してきた新出現堕人の多くが発してきたものだった。しかし警察や汐里がいくら尋問しても彼らは口を割らず、堕人相手の自白剤は存在すらせず分からずじまい。堕人を使っている時点で反社会的組織であるのは明らかだが、その組織の目的もまた不明瞭。
「ひとまず、私が現場まで出向きます。先ほどから目玉が私と月乃へ集中しているのが確認できたので、少数の機動隊を裏口と表口、屋上に配備して救助の準備をさせてください」
 立ち上がった汐里は、毅然(きぜん)とした立ち居振る舞いでエスカレーターを登り、目標が確認できたスクリーンへと向かった。
 いかにも重圧がかかっている両扉は閉まっていて、開く気配がない。バリケードか何かが置かれているのだろう。扉を押すとわずかな隙間ができた。中からはすすり泣く声が聞こえるだけで、静かだった。
 その空間から、足音が響く。靴が鳴る音は徐々に扉へと近づいてきているのが分かる。その何者かは声を発さず、やがて隙間からのぞかせたのは眼球だった。
 それは人間の眼をしていながらすさまじい邪念と殺気が渦巻いていて、まるで全方位から監視され睨まれているような錯覚さえ感じさせるものだった。
「お前、武身(ぶしん)の者か」
 空気を震わすような低い声は、手練れの汐里ですら臆する威圧に満ちていた。
「いかにも。だから言おう、人質を解放してあなたも投降しなさい。さもなければ痛い目を見るでしょう」
「人間如きがほざくな。俺は半人半妖、人間を超えた存在だ。どうしてお前らの言いなりになる必要がある」
 諭しても論じても無駄ながら、汐里は話を終わらせるわけにはいかなかった。
「あなたの言う組織とは、どういった組織なのか聞かせてもらおう」
「崇高(すうこう)なものだ。森羅万象(しんらばんしょう)を整え、新世界を創生する。今の腐った人間共を排除し、優秀な遺伝子のみ存在が許される楽園へと作り変える」
「優性思想。それに似たものを現実にするという話か」
 組織の掲げる目標というのは人間という存在価値を高めるのに大きな役割を果たすだろう。大きな力によって作られた楽園はさらに大きな力によって崩壊されるといったリスクや、劣等種が生まれた場合の道徳的対処法。また、優劣をつけるのは人間の性と言っても過言ではなく、楽園の中でも時間が経てば差別は生まれるのだ。
 人間の原始的性格は創造と破壊。共存という文字がない限り、楽園は机上の空論にしか存在が許されない。
 それに加え、半人半妖がいる世界で平和などあり得ないのだ。妖怪は常に戦争している。かつては平和を愛する妖怪もいたが、全て駆逐(くちく)されていった。
「実を言うと、武身が来るのを待っていた。俺の本来の目的はお前たちの存在だ。組織の邪魔となる」
 柄に手を乗せ、親指で鞘を押した汐里は目を閉じて音に集中した。
「投降するのが賢明です。今すぐドアを開け、私に委ね――」
 汐里がそう口にした時、突然身体の鼓動が早まり口を閉じた。目を開ければ、彼の眼から青紫色の光が放たれている。後ろに一歩引こうとするも身体の自由が利かず、膝を地面についた。
 正気を失ってしまいそうなほど心臓が高く脈打ち、身体は汗が噴き出すほど暑い。すると自分の手が、自分の胸を掴んだ。心臓を引きずりだそうとするかのように、皮膚を引きちぎろうとする。
「何だ……これは」
「お前の心臓に(うみ)を発生させ、脳に寄生カビを生やした。自分の欲望に正直になれる。心臓が痒くて仕方ないはずだ」
 内なる無意識に抵抗しようとも、頭がバグを起こして痛みさえ快楽の一部となり果てる。死という恐怖が薄れ、両手で心臓側の胸を掴んだその途端、朦朧とした耳に銃声が(とどろ)いた。
 扉の向こう側で何かが起きているが、心臓のかゆみが薄くなっている事実からおおよその推測はできる。
 胸から手を離し、扉の奥から聞こえてきた声で推測が正しかったと証明された。
「お前には麻酔弾を使えって姉貴から言われててさ。仕方なく使ってみたんだが、やっぱり反動が小さすぎて気持ちよくない。気持ちよくないから、代わりに顔面パンチの刑に処す」
 男は何かを喚こうとしているが言葉にならず、パンチとキックを交互に混ぜ合った様子で刑罰は済まされた。
 物を退かした月乃は、扉を開けて目の前でうずくまっている汐里に駆け寄る。大した怪我ではないが、少しの時間でも心臓にダメージを負わせられて汐里は疲労困憊(ひろうこんぱい)となり、月乃に身体を委ねた。姉としての尊厳を考える時間は無い。
 本来なら汐里が言うはずだったが、代わりに月乃が機動隊に確保の合図を送ったのだった。


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 五人の背後に三つの目玉が浮遊している。月乃を視認して間もなく、目玉は姿を透明にして後ろへと下がった。
「犠牲を出さずにやるなんて姉貴も無茶を言うよな。お前らもそう思うだろ」
 ちょうど中央に立っていた機動隊の男が、一発だけミニマムマシンガンを撃った。それと同時に放たれた月乃の拳銃、双方の弾がぶつかり、天井と地面に埋め込まれた。それが切っ掛けとなり、全員の指が一斉に引かれ、けたたましい銃声の音が鳴り響いた。
 月乃は口角を三日月のように上げ、腰を大きく下げて右に飛び退き地面を蹴って跳躍《ちょうやく》すると、足元に向かって手榴弾を投げ込んで即座に撃ち込んだ。爆風で天高く飛び上がった月乃は手を交差し、地面に落ちながら三発だけトリガーを引いた。
 正確な軌道は透明になった目玉を射抜き、青白い光が眩しく思わず目を逸らす。目玉が先に落ち、その後に月乃が地面に降り立って、最後に機動隊が銃を落として地面に倒れ伏した。
「見えるっつーの、バーカ」
 月乃は勢いを殺さないまま、急いでエレベーターに向かって乗り込むと最上階のボタンを押した。壁にもたれかかれ閉じる扉を見ていると、自衛隊の群れが突撃してくるのが見えた。
 その様子を見て見下すような笑みを浮かべ、固い扉は閉められた。
 裏口から侵入していた汐里は、抜かりなく配置された二人の機動隊に出迎えを受けた。汐里を見るや否や掃射が開始され、二つの凶器から幾千もの凶器が放たれる。
 即座に抜刀した汐里は縦に刀を振るう。
「型式開花、雛菊《ひなぎく》」
 刀を両手で持った汐里は常人を超えた速度で刀を時計回りに回転させ、そこに壁があると錯覚させるほどであり、その速度が限界まで到達すると鞘から手を放す。汐里は瞬時に刀に向かって後ろ回し蹴りを放つ。自動的に自分に向かってくる弾丸を、自動的に弾く刀の後ろでスライディングして機動隊の足を掴んで横転させると、地面に突き刺さった刀を抜いて上空に向かって突きあげた。
 消えていた目玉が露わになり、血を噴き出しながら絶命する。
「式門解除――月乃、屋上の様子はどうですか」
 耳につけていたイヤホンから月乃の応答が返ってきた。
「拡張、バイパス、変電装置無し。この力は自力で使ってるとみて間違いないな。堕人《だじん》はどんだけ対価を払ったんだよ」
「おそらく他者を巻き添えにしていますね。これだけ強力な邪力《じゃりょく》は数年振りです」
 汐里は刀を下に構えたまま中を進む。裏口から従業員用の通路を通ってメインホールに出れば、おびただしい数の機動隊達の姿があった。二階へは吹き抜けとなっていて、工の字に似た構築の上階にも隊員が構えていた。その数は三十を優に超えるだろう。
「型式開花、茉莉《まつり》」
 汐里は煙玉にクナイを刺し、上空に放つ。空間が灰色の噴煙に包まれるのに時間はかからず、機動隊達はターゲットを見失って縦横無尽に撃ち始める。
 死角に入り込んだ彼女は刀を鞘にしまい、乱射する機動隊の一人に背後から接近し、右側足で膝を蹴って重心をずらすと足をかけて転ばせて銃を奪い、首に向けてグリップを叩きつけた。しばらく喘ぐ機動隊を足で踏みつけ、片手で五本のクナイを無造作に上に投げると、一本ずつ射撃する。五本のクナイがそれぞれ弾かれるのを見ると、もう五本。それぞれが違った軌道を描いて導かれるように放たれていく。
 機動隊達の乱射が終わると同時に煙も晴れ、気付けば全員が倒れていた。十匹の目玉もまた、地面に落ちているのだった。
「式門解除。少し使い過ぎたから、休憩」
 汐里が影に潜んでいると、端末が鳴った。マナーモードにし忘れて、インディ・ジョーンズのテーマが流れ始める。着信は連からだった。
「撤退は済んだ。さっきの警官、意識が無いんだが大丈夫なのか」
「一日すれば起き上がります。しかし、多少のメンタルケアをしてください。操られている間の記憶はありますから、もし彼の正義感が強かった場合は自責に苛まれると思います」
 撤退が済んだなら、これ以上敵の増援は見込めないだろう。
「犯人との取引はどうなっていますか」
「お前たちが建物に入ってから連絡がない。最後の連絡では、あと一時間以内に用意しなければ人質を基地に連れていくと言っていた」
「基地、ですか」
 今回の目標について、汐里はそれとなくの目途をつけた。
 堕人の行動原理はおおよそが私利私欲。彼らは欲望が有頂天に達した時妖怪から彼らのところへとやってくる。妖怪は彼らに欲望を叶える力、憑虫《ひょうちゅう》を与え人知を超えた超能力を付与する。妖怪の持つ霊力が人間の持つ神通力を極限まで高めるのだ。
 妖怪は堕人から払われる対価の強度によって相応の力を与えると同時に、自分の配下にして軍勢を作る。そうして力のつけた妖怪が他の妖怪を食らって更に神へと近づき、現世とは違った世界で頂点となるのだ。
「人体実験に使うんだそうだ。ジームへと変化させ、とある組織の力を拡大する」
 近頃、私利私欲ではなくなんらかの奉仕理由で事件を起こす堕人が発生し始めた。
 堕人が発生したのは汐里が生まれる前から、としか情報がなく正確な日時までは不明。しかし、こういった用途不明の堕人が現れたのはどのデータを見ても今回が初めてだった。
 連が口にした組織という言葉はこれまで撃退してきた新出現堕人の多くが発してきたものだった。しかし警察や汐里がいくら尋問しても彼らは口を割らず、堕人相手の自白剤は存在すらせず分からずじまい。堕人を使っている時点で反社会的組織であるのは明らかだが、その組織の目的もまた不明瞭。
「ひとまず、私が現場まで出向きます。先ほどから目玉が私と月乃へ集中しているのが確認できたので、少数の機動隊を裏口と表口、屋上に配備して救助の準備をさせてください」
 立ち上がった汐里は、毅然《きぜん》とした立ち居振る舞いでエスカレーターを登り、目標が確認できたスクリーンへと向かった。
 いかにも重圧がかかっている両扉は閉まっていて、開く気配がない。バリケードか何かが置かれているのだろう。扉を押すとわずかな隙間ができた。中からはすすり泣く声が聞こえるだけで、静かだった。
 その空間から、足音が響く。靴が鳴る音は徐々に扉へと近づいてきているのが分かる。その何者かは声を発さず、やがて隙間からのぞかせたのは眼球だった。
 それは人間の眼をしていながらすさまじい邪念と殺気が渦巻いていて、まるで全方位から監視され睨まれているような錯覚さえ感じさせるものだった。
「お前、武身《ぶしん》の者か」
 空気を震わすような低い声は、手練れの汐里ですら臆する威圧に満ちていた。
「いかにも。だから言おう、人質を解放してあなたも投降しなさい。さもなければ痛い目を見るでしょう」
「人間如きがほざくな。俺は半人半妖、人間を超えた存在だ。どうしてお前らの言いなりになる必要がある」
 諭しても論じても無駄ながら、汐里は話を終わらせるわけにはいかなかった。
「あなたの言う組織とは、どういった組織なのか聞かせてもらおう」
「崇高《すうこう》なものだ。森羅万象《しんらばんしょう》を整え、新世界を創生する。今の腐った人間共を排除し、優秀な遺伝子のみ存在が許される楽園へと作り変える」
「優性思想。それに似たものを現実にするという話か」
 組織の掲げる目標というのは人間という存在価値を高めるのに大きな役割を果たすだろう。大きな力によって作られた楽園はさらに大きな力によって崩壊されるといったリスクや、劣等種が生まれた場合の道徳的対処法。また、優劣をつけるのは人間の性と言っても過言ではなく、楽園の中でも時間が経てば差別は生まれるのだ。
 人間の原始的性格は創造と破壊。共存という文字がない限り、楽園は机上の空論にしか存在が許されない。
 それに加え、半人半妖がいる世界で平和などあり得ないのだ。妖怪は常に戦争している。かつては平和を愛する妖怪もいたが、全て駆逐《くちく》されていった。
「実を言うと、武身が来るのを待っていた。俺の本来の目的はお前たちの存在だ。組織の邪魔となる」
 柄に手を乗せ、親指で鞘を押した汐里は目を閉じて音に集中した。
「投降するのが賢明です。今すぐドアを開け、私に委ね――」
 汐里がそう口にした時、突然身体の鼓動が早まり口を閉じた。目を開ければ、彼の眼から青紫色の光が放たれている。後ろに一歩引こうとするも身体の自由が利かず、膝を地面についた。
 正気を失ってしまいそうなほど心臓が高く脈打ち、身体は汗が噴き出すほど暑い。すると自分の手が、自分の胸を掴んだ。心臓を引きずりだそうとするかのように、皮膚を引きちぎろうとする。
「何だ……これは」
「お前の心臓に膿《うみ》を発生させ、脳に寄生カビを生やした。自分の欲望に正直になれる。心臓が痒くて仕方ないはずだ」
 内なる無意識に抵抗しようとも、頭がバグを起こして痛みさえ快楽の一部となり果てる。死という恐怖が薄れ、両手で心臓側の胸を掴んだその途端、朦朧とした耳に銃声が轟《とどろ》いた。
 扉の向こう側で何かが起きているが、心臓のかゆみが薄くなっている事実からおおよその推測はできる。
 胸から手を離し、扉の奥から聞こえてきた声で推測が正しかったと証明された。
「お前には麻酔弾を使えって姉貴から言われててさ。仕方なく使ってみたんだが、やっぱり反動が小さすぎて気持ちよくない。気持ちよくないから、代わりに顔面パンチの刑に処す」
 男は何かを喚こうとしているが言葉にならず、パンチとキックを交互に混ぜ合った様子で刑罰は済まされた。
 物を退かした月乃は、扉を開けて目の前でうずくまっている汐里に駆け寄る。大した怪我ではないが、少しの時間でも心臓にダメージを負わせられて汐里は疲労困憊《ひろうこんぱい》となり、月乃に身体を委ねた。姉としての尊厳を考える時間は無い。
 本来なら汐里が言うはずだったが、代わりに月乃が機動隊に確保の合図を送ったのだった。