一同は三つのグループに分かれて、車で三条通のほうから結界内へと入っていった。そして、分かれ道でそれぞれ別々の道へと分かれていった。
青木たちは東大路通を南下するように進んでいく道をとった。ここを行くべきだ、と彼ら自身が直感でそう思った道を進んだ結果だった。
「左のほうがすごく気になる」歩いている途中で杉田が言った。
彼女が示したのは、八坂神社のある方角だった。
「気になるっていうのは、いるってこと?」
「たぶん」
彼らは杉田の直感に従って進んでいった。
やがて、八坂神社の楼門がある場所に着いた。朱塗りの立派な楼門は、場違いに思えるほどきれいだった。違う時に見れば、感動することもできただろうか。カラスがいるのか、鳴き声が聞こえた。
「麻奈、悪鬼の気配は感じる?」
「ごめん、なんかちょっとまだ遠く感じ――」彼女が話している途中で、彼女のすぐそばに何か黒いものが落下してきた。
彼女は落ちてきたものを見て、短く悲鳴をあげた。彼女は驚きのあまり、思わず青木にすがりついた。
地面に落ちていたのは、カラスの死骸だった。高い場所から落下したせいか、羽が不自然にゆがんでいる。はやくも死骸の下に血だまりができはじめていた。
飛んでいる最中に死んだから落ちたのか。しかしそうだとして、なぜ突然死んでしまったのか。
その時、嫌な気配が上から近づいてくるのを感じた。彼と杉田はほぼ同時に上を見上げた。
しかし何もいない。
風が強く吹いていた。風が建物のあいだを通り抜ける時に鳴る甲高く物寂しい音が響いていた。
いや、風だけではない。木枯らしに似た音だが、それよりももっと異質で不吉な音が風の音に混じっている。しかもその音はすぐそば、左上のほうから聞こえる。彼は楼門の屋根を見た。
楼門の屋根に乗っている悪鬼がいた。黒い翼を持っていて、体は餓死寸前の人のようにやせ細っていて、体色は黒灰色で、頭は鳥のそれだった。その悪鬼のうっすらとあいた口から、あの音が出ていた。
「麻奈、結界を」
彼がすべて言い終わる前に、悪鬼が口から黒い煙の塊のようなものを吐き出した。それが杉田に向かって飛んでいった。
とっさに彼は自分の体を霊力で強化して、杉田をかばう。彼の背中にそれがぶつかった。
そのとたん彼は、全身が重くなるのを感じた。体に力が入らなくなって、立っているのもしんどくなるほどの疲労感が彼を襲った。
杉田が結界を張った。それから彼女は彼の下腹部に右手のひらを押し当てて、光で彼の魂を浄化した。
「ぐっ。ごめん、ありがとう」彼はお礼を言って、悪鬼のほうへ向き直る。
「大丈夫?」杉田は尋ねる。
「邪気だ。浴びると生気が奪われる」
邪気。俗に人が厄と呼ぶものと同じものである。だが、この悪鬼の吐き出したものは厄を呪いレベルまで凝縮した、かなり強力なものだった。
「麻奈が浄化してくれたからよかったけど、それでもあと二回浴びたら、たぶん生気が尽きて死ぬ」
「そんな。ごめん、私が結界を張るのが遅かったから」
「麻奈のせいじゃない。それより、早いところ決着をつけないと。長期戦になったら、俺の生気が枯渇する」生気が枯渇すれば、動けなくなるか、あるいは最悪の場合、死ぬことになる。そうなれば杉田一人で、悪鬼の相手をする羽目になる。それだけは避けなければならない。
彼はふっと息を吐いてから、手を合わせる。そして青い火の矢を作り出すと、それを放った。
悪鬼が空に飛び立った。そして火の矢をよけたついでに、邪気を三つ立て続けに飛ばしてきた。しかしことごとく杉田の張った結界に弾かれる。
彼は再び火の矢を作り出して、放つ。しかし、空を高速で飛ぶ相手に矢は当たらない。
彼がもう一度火の矢を作り出そうとしたとき、悪鬼がぐんっと急降下してきた。そして結界に向かって突進をかましてきた。それによって、結界が壊れる。
彼はとっさに火の矢を消して、杉田の前に躍り出る。悪鬼が邪気の塊を吐き出した。邪気の塊が青木にぶつかった。
杉田は光の奔流を悪鬼に向かって放つ。しかしそのころにはもう、悪鬼は飛んで空の高いところへ逃げ出していた。
「雅哉!」彼女は叫ぶ。
「俺は大丈夫」彼は言いながら、結界を張った。「麻奈が浄化してくれてるから、まだいける」そう言った直後に、彼はその場に崩れ落ちる。とっさに杉田が彼の体を支えた。
「まあ、二回くらったからさすがにちょっとこたえたかも」彼は立ち上がる。
あと一回邪気をくらえば死ぬ可能性が高い。しかも邪気を防ぐための結界は、悪鬼に突進されると壊されてしまう。杉田が勝ち筋を予言する時間を彼一人で稼ぐのは難しい。そんなリスクをとって失敗すれば、今度こそ死ぬことになる。
しかも、彼らに作戦を考える時間は与えられなかった。空飛ぶ悪鬼はとどめを刺すために空から急降下してくる。
こうなったら、即興でやるしかない。青木は腹をくくる。
「来いよ、焼き鳥にしてやる」彼は手を合わせて、霊力を練り始める。
悪鬼が結界に突進する。結界が壊れた。
結界が壊れること、その直後に邪気を飛ばされることを見越していた彼は、右手から青い火の塊を放って、悪鬼にぶつける。
それに対して悪鬼は邪気を放って、火を相殺する。
火が相殺されるのも想定内。ここからが勝負だ。
彼は喉に霊力を集中させる。今から発する言葉に霊力をしっかりとのせて放つためだ。ちなみにこれを全力でやると、喉がつぶれる。だからこれをやれるのは一度きりだ。もっとも、失敗すれば今度こそとどめを刺されるはずなので、次などない。
十分に霊力をためると、彼は言霊を放った。
「動くな!」
悪鬼の腕が伸びかけたところで止まる。どうやら、言霊で動きを縛ることに成功したらしい。
「麻奈!」
杉田は手を合わせる。
「イーヒ ジン キラサ クリト イシュカ」
彼女の手のひらから光のビームが放たれて、言霊に縛られて動けなくなった悪鬼の頭を消しとばした。
悪鬼の体が白い粒子となって消えていく。やがて、悪鬼は完全に消滅した。
「雅哉、一人で歩ける?」
彼はうなずく。声を出さないのは、喉がつぶれてしゃべれないからだ。
「私のこと二回もかばってくれてありがとう」
彼は手をあげて、気にするな、という意志を示した。
「いったん帰ろう。体を治さないと」
彼女は手を合わせる。
「イーヒ ジン アトマ ドゥルガ マーヤーム イシュカ」彼女は天呪を唱えると、自分たちの体に特殊な結界をかけた。こうして、悪鬼たちに自分たちの姿と気配がわからなくなるようにした。
そうしてから、二人は本部へと帰る道を歩み始めた。