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vol.16 あなたは知らない

ー/ー



 けいとさんの家を飛び出した僕、けんたろうは、ひたすら夜の道をさまよっていた。胸の中には、けいとさんへの募る愛と、それが伝わらない、伝えきれないやるせない悲しみ、そして自分への苛立ちが渦巻いていた。その感情の全てが、僕の頭の中で激しいメロディとなり、心臓を直接叩くように響き始めた。

 自宅に戻った僕は、そのまま鍵盤に向かった。感情が、僕の指を動かす。迷いなく、まるで何かに突き動かされるように、一晩で一曲を書き上げた。それは、今までのSynaptic Driveの曲とは一線を画す、むき出しの感情をぶつけるような、青臭い若者の慟哭だった。

 曲は、聴く者の不安を煽るような、NOIZYなオープニングで幕を開ける。激しいシンセのリフが執拗に繰り返され、その激しさの中に、どうしようもない寂しさや哀愁が感じられる。そして、そこにユージのギターが、まるで叫び声のように絡みついてくる。すさまじいイントロだった。
 Aメロ、Bメロと進むにつれて、曲は激しい高揚感と共に、ストレートな感情をぶつけてくる。


 僕は泣く あなたに会えなくて 一筋の涙がこぼれる
 あなたの笑顔が忘れられない 君に恋しているからさ
 あなたは知らない 僕が泣いているのを あなたを思う心 少しだけで良い伝えたい


 サビでは、けいとさんへの抑えきれない愛と、伝わらないことへのやるせなさ、そして悲しみが、慟哭のように歌い上げられていた。

 翌日、Rogue Soundの事務所に、僕は完成したばかりのデモを持っていった。ユージ、綾音さん、そして社長は、僕の顔を見るなり、驚きに目を見張った。

「けんたろう、お前……顔色が悪いぞ。一晩中、起きてたのか?」

 ユージが心配そうに言う。僕は、ただ頷き、デモを渡した。曲が流れ始めた瞬間、事務所の空気は一変した。
 激しいイントロが鳴り響き、そしてユージのギターが叫び声のように絡んでくる。社長と綾音さんは、呆然とした表情で互いの顔を見合わせた。そして、サビに入ると、彼らの顔には、驚きと、信じられないといった感情が浮かび上がった。
 曲が終わり、重い静寂が事務所を支配した。
 誰も言葉が出ない時間が空間を支配した。
 最初に口を開いたのは社長だった。彼は椅子に深くもたれたまま、天井を仰いでいた。

「……信じられん」

 それは絞り出すような声だった。

「一晩で……こんな、人の心を抉るような代物を生み出すなんて。お前は……一体何者なんだ、けんたろう」

 社長は信じられないものを見る目で、僕をじっと見つめる。
 隣では、綾音さんが無言で涙を流していた。

 そして、ユージは、僕の肩を強く掴んだ。その瞳は、興奮と確信に満ちている。

「けんたろう……これ、お前が歌うんだ」

 ユージの言葉に、僕は呆然とした。

「ええええ??」 

 僕が歌う? そんなことは、これまで一度も考えたこともなかった。僕は作曲家であり、プロデューサーだ。歌うのは、ユージの役目だったはずだ。

「ああ、そうだ。お前が歌うんだよ。この曲は、お前の魂の叫びだ。お前しか歌えない。これは、けんたろう、お前自身のソロ曲だ!」

 ユージは力強く言い放った。社長も綾音さんも、ユージの言葉に深く頷いている。
(僕が、歌う……?)
 頭が真っ白になった。
(僕が歌えば、彼女はもう戻れなくなるかもしれない──)
 喉が渇き、手のひらがじっとりと汗ばむ。
 逃げたい。でも、目を逸らしたくない。

 冗談じゃない。この歌は、けいとさんへのラブレターそのものだ。僕が歌えば、この想いの宛先が誰なのか、世界中に暴露するようなものだ。彼女を、もっと追い詰めてしまう。今、この曲を発表してよいのか。僕自身が歌ってよいのか。
(でも――)
 心臓が激しく脈打つ。
(このままじゃ、届かない。あの人に、この気持ちは伝わらない。僕自身の声でなければ、この魂の叫びは、本当の意味で彼女の心には届かないんじゃないか?)
 恐怖と、衝動。相反する感情が僕の中で渦を巻き、僕を立ち尽くませた。

 窓の外では朝の光が、そっと差し始めていた。
 彼女に届く日は、来るのだろうか──。


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 けいとさんの家を飛び出した僕、けんたろうは、ひたすら夜の道をさまよっていた。胸の中には、けいとさんへの募る愛と、それが伝わらない、伝えきれないやるせない悲しみ、そして自分への苛立ちが渦巻いていた。その感情の全てが、僕の頭の中で激しいメロディとなり、心臓を直接叩くように響き始めた。
 自宅に戻った僕は、そのまま鍵盤に向かった。感情が、僕の指を動かす。迷いなく、まるで何かに突き動かされるように、一晩で一曲を書き上げた。それは、今までのSynaptic Driveの曲とは一線を画す、むき出しの感情をぶつけるような、青臭い若者の慟哭だった。
 曲は、聴く者の不安を煽るような、NOIZYなオープニングで幕を開ける。激しいシンセのリフが執拗に繰り返され、その激しさの中に、どうしようもない寂しさや哀愁が感じられる。そして、そこにユージのギターが、まるで叫び声のように絡みついてくる。すさまじいイントロだった。
 Aメロ、Bメロと進むにつれて、曲は激しい高揚感と共に、ストレートな感情をぶつけてくる。
 僕は泣く あなたに会えなくて 一筋の涙がこぼれる
 あなたの笑顔が忘れられない 君に恋しているからさ
 あなたは知らない 僕が泣いているのを あなたを思う心 少しだけで良い伝えたい
 サビでは、けいとさんへの抑えきれない愛と、伝わらないことへのやるせなさ、そして悲しみが、慟哭のように歌い上げられていた。
 翌日、Rogue Soundの事務所に、僕は完成したばかりのデモを持っていった。ユージ、綾音さん、そして社長は、僕の顔を見るなり、驚きに目を見張った。
「けんたろう、お前……顔色が悪いぞ。一晩中、起きてたのか?」
 ユージが心配そうに言う。僕は、ただ頷き、デモを渡した。曲が流れ始めた瞬間、事務所の空気は一変した。
 激しいイントロが鳴り響き、そしてユージのギターが叫び声のように絡んでくる。社長と綾音さんは、呆然とした表情で互いの顔を見合わせた。そして、サビに入ると、彼らの顔には、驚きと、信じられないといった感情が浮かび上がった。
 曲が終わり、重い静寂が事務所を支配した。
 誰も言葉が出ない時間が空間を支配した。
 最初に口を開いたのは社長だった。彼は椅子に深くもたれたまま、天井を仰いでいた。
「……信じられん」
 それは絞り出すような声だった。
「一晩で……こんな、人の心を抉るような代物を生み出すなんて。お前は……一体何者なんだ、けんたろう」
 社長は信じられないものを見る目で、僕をじっと見つめる。
 隣では、綾音さんが無言で涙を流していた。
 そして、ユージは、僕の肩を強く掴んだ。その瞳は、興奮と確信に満ちている。
「けんたろう……これ、お前が歌うんだ」
 ユージの言葉に、僕は呆然とした。
「ええええ??」 
 僕が歌う? そんなことは、これまで一度も考えたこともなかった。僕は作曲家であり、プロデューサーだ。歌うのは、ユージの役目だったはずだ。
「ああ、そうだ。お前が歌うんだよ。この曲は、お前の魂の叫びだ。お前しか歌えない。これは、けんたろう、お前自身のソロ曲だ!」
 ユージは力強く言い放った。社長も綾音さんも、ユージの言葉に深く頷いている。
(僕が、歌う……?)
 頭が真っ白になった。
(僕が歌えば、彼女はもう戻れなくなるかもしれない──)
 喉が渇き、手のひらがじっとりと汗ばむ。
 逃げたい。でも、目を逸らしたくない。
 冗談じゃない。この歌は、けいとさんへのラブレターそのものだ。僕が歌えば、この想いの宛先が誰なのか、世界中に暴露するようなものだ。彼女を、もっと追い詰めてしまう。今、この曲を発表してよいのか。僕自身が歌ってよいのか。
(でも――)
 心臓が激しく脈打つ。
(このままじゃ、届かない。あの人に、この気持ちは伝わらない。僕自身の声でなければ、この魂の叫びは、本当の意味で彼女の心には届かないんじゃないか?)
 恐怖と、衝動。相反する感情が僕の中で渦を巻き、僕を立ち尽くませた。
 窓の外では朝の光が、そっと差し始めていた。
 彼女に届く日は、来るのだろうか──。