vol.15 けんたろうとけいと
ー/ー
その頃、別の場所で合流していた僕とけいとさんの間でも、緊張感が走っていた。けいとさんの自宅マンションの一室。テレビでの一件以来、二人の間には、まだ言葉にできない感情が渦巻いていた。
二人は斜めに向かい合って座っていた。
「……ねぇ、けんたろうちゃん」
けいとさんが静かに問いかける。
「うん?」
「どうして、Synaptic Driveなんて始めたの? しかも、テレビにまで出て……」
僕は、俯いたまま、小さな声で答えた。
「だって……けいとさんに、会いたかったから……」
けいとさんは、その言葉に一瞬息をのんだ。会いたい。その純粋な理由が、こんなにも大きな騒動を引き起こしているとは。
「けいとさん、最近、なかなか会えないし……会っても、時間は少ないし……」
僕は、必死に言い訳を探すが、まるで駄々をこねる子供のような言い訳になってしまう。悲しげな顔をしていたのか、けいとさんは僕の顔を見て唇をかむ。
大学の講義やMidnight Verdictの活動で多忙なけいとさんと、高校生の僕との間には、物理的な距離と時間の壁があった。その寂しさ、もっと一緒にいたいという純粋な想いが、僕を衝き動かしたのだ。
「だから、僕が有名になれば、もっとけいとさんに会えるかなって……」
その言葉に、けいとさんは胸が締め付けられるような気持ちになった。僕がそこまで思ってくれていたことへの喜びと、同時に、それがどれほど危険な行為であるかという現実が、彼女の心を揺さぶる。
「……今更、もう戻れないし……」
けいとさんは、呆れたように、しかし諦めにも似た声で呟いた。一度世に出てしまったものは、もう引き返すことはできない。その言葉が、僕をさらに追い詰める。
「え……? 戻れないって……どういうこと?」
僕は、けいとさんの顔を覗き込む。その瞳には、不安と恐怖が入り混じっていた。
「そのままの意味よ。けんたろうちゃんはもう『Synaptic Driveのけんたろう』なの。ただの高校生じゃない。私のせいで、あなたの人生は変わっちゃったんだよ」
けいとさんは、僕を諭すように、しかしその声には隠しきれない後悔が滲んでいた。
だが、その言葉は僕には響かなかった。僕が聞きたかったのは、そんな正論じゃない。
「僕の人生とか、そういう話じゃない! けいとさんは……けいとさんは、僕のこと、もう迷惑だって思ってるの……? 」
けいとさんの視線が一瞬、どこか泳いだ。
それだけで、僕の中に黒い雨が降り始めた。
「有名になった僕なんて、もういらないってこと……?」
声が震える。必死にすがりつくような問いだった。
「違う! そういうことじゃなくて……!」
けいとさんは焦って否定するが、その焦りが、かえって僕の疑念を煽る。
「じゃあ、どういうこと!? 『戻れない』って言ったじゃないか! 僕と会う前の、僕がいない生活に戻りたいってことなんでしょ!」
「落ち着いて、けんたろうちゃん!」
「もういい……」
僕は、声を荒げるしかなかった。
「僕、バカだった! けいとさんみたいな人が、僕なんかを…!」
「ねぇ、けんたろうちゃん」
と言ったけいとの声が、どこか遠くに感じた。
今、僕がここにいる意味が、全部消えていく気がした。
僕は……消えてしまいたかった。
拳を強く握りしめ、自分の太ももを何度も叩く。
「有名になれば、また見てくれるかな、なんて…子供じゃないか! 本当にバカ!」
僕の自虐的な怒りに、けいとさんは驚いて前に出た。
「やめて、そんな風に自分を…」
彼女が心配して伸ばした手を、僕は弾かれたように身を引いて避けた。
その拒絶に、けいとさんの手が宙で止まる。
「もう、僕を心配しないで…」
涙で視界が滲み、彼女の顔さえまともに見られない。
彼女の言葉の一つ一つが心を抉り、ここにいること自体が耐えがたい苦痛だった。
「僕、帰る…!」
僕はその一言を絞り出すと、そのまま部屋を飛び出そうとする。
「けんたろうちゃん! 待って!どこ行くの!?」
けいとさんは、慌てて僕を引き留めようとするが、僕はドアを開け、駆け出してしまった。
「けんたろうちゃん!!」
けいとさんの悲痛な叫びが、閉ざされたドアの向こうに消えていく。その場に一人残されたけいとさんは、その場に崩れ落ちそうになった。
(どうして……どうして、こんなことに……!)
今までクールに振る舞ってきた仮面が剥がれ落ち、けいとさんの心には、けんたろうへの愛が、堰を切ったように沸き上がってきた。僕の無謀な行動も、すべては自分への純粋な想いからだった。その愛が、彼女を激しく揺さぶる。
(私……どうすればいいの……)
けいとさんの瞳から、一筋の涙が流れ落ちた。この夜、二人の関係には、小さくも決定的な亀裂が走ったように思えた――
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二人は斜めに向かい合って座っていた。
「……ねぇ、けんたろうちゃん」
けいとさんが静かに問いかける。
「うん?」
「どうして、Synaptic Driveなんて始めたの? しかも、テレビにまで出て……」
僕は、俯いたまま、小さな声で答えた。
「だって……けいとさんに、会いたかったから……」
けいとさんは、その言葉に一瞬息をのんだ。会いたい。その純粋な理由が、こんなにも大きな騒動を引き起こしているとは。
「けいとさん、最近、なかなか会えないし……会っても、時間は少ないし……」
僕は、必死に言い訳を探すが、まるで駄々をこねる子供のような言い訳になってしまう。悲しげな顔をしていたのか、けいとさんは僕の顔を見て唇をかむ。
大学の講義やMidnight Verdictの活動で多忙なけいとさんと、高校生の僕との間には、物理的な距離と時間の壁があった。その寂しさ、もっと一緒にいたいという純粋な想いが、僕を衝き動かしたのだ。
「だから、僕が有名になれば、もっとけいとさんに会えるかなって……」
その言葉に、けいとさんは胸が締め付けられるような気持ちになった。僕がそこまで思ってくれていたことへの喜びと、同時に、それがどれほど危険な行為であるかという現実が、彼女の心を揺さぶる。
「……今更、もう戻れないし……」
けいとさんは、呆れたように、しかし諦めにも似た声で呟いた。一度世に出てしまったものは、もう引き返すことはできない。その言葉が、僕をさらに追い詰める。
「え……? 戻れないって……どういうこと?」
僕は、けいとさんの顔を覗き込む。その瞳には、不安と恐怖が入り混じっていた。
「そのままの意味よ。けんたろうちゃんはもう『Synaptic Driveのけんたろう』なの。ただの高校生じゃない。私のせいで、あなたの人生は変わっちゃったんだよ」
けいとさんは、僕を諭すように、しかしその声には隠しきれない後悔が滲んでいた。
だが、その言葉は僕には響かなかった。僕が聞きたかったのは、そんな正論じゃない。
「僕の人生とか、そういう話じゃない! けいとさんは……けいとさんは、僕のこと、もう迷惑だって思ってるの……? 」
けいとさんの視線が一瞬、どこか泳いだ。
それだけで、僕の中に黒い雨が降り始めた。
「有名になった僕なんて、もういらないってこと……?」
声が震える。必死にすがりつくような問いだった。
「違う! そういうことじゃなくて……!」
けいとさんは焦って否定するが、その焦りが、かえって僕の疑念を煽る。
「じゃあ、どういうこと!? 『戻れない』って言ったじゃないか! 僕と会う前の、僕がいない生活に戻りたいってことなんでしょ!」
「落ち着いて、けんたろうちゃん!」
「もういい……」
僕は、声を荒げるしかなかった。
「僕、バカだった! けいとさんみたいな人が、僕なんかを…!」
「ねぇ、けんたろうちゃん」
と言ったけいとの声が、どこか遠くに感じた。
今、僕がここにいる意味が、全部消えていく気がした。
僕は……消えてしまいたかった。
拳を強く握りしめ、自分の太ももを何度も叩く。
「有名になれば、また見てくれるかな、なんて…子供じゃないか! 本当にバカ!」
僕の自虐的な怒りに、けいとさんは驚いて前に出た。
「やめて、そんな風に自分を…」
彼女が心配して伸ばした手を、僕は弾かれたように身を引いて避けた。
その拒絶に、けいとさんの手が宙で止まる。
「もう、僕を心配しないで…」
涙で視界が滲み、彼女の顔さえまともに見られない。
彼女の言葉の一つ一つが心を抉り、ここにいること自体が耐えがたい苦痛だった。
「僕、帰る…!」
僕はその一言を絞り出すと、そのまま部屋を飛び出そうとする。
「けんたろうちゃん! 待って!どこ行くの!?」
けいとさんは、慌てて僕を引き留めようとするが、僕はドアを開け、駆け出してしまった。
「けんたろうちゃん!!」
けいとさんの悲痛な叫びが、閉ざされたドアの向こうに消えていく。その場に一人残されたけいとさんは、その場に崩れ落ちそうになった。
(どうして……どうして、こんなことに……!)
今までクールに振る舞ってきた仮面が剥がれ落ち、けいとさんの心には、けんたろうへの愛が、堰を切ったように沸き上がってきた。僕の無謀な行動も、すべては自分への純粋な想いからだった。その愛が、彼女を激しく揺さぶる。
(私……どうすればいいの……)
けいとさんの瞳から、一筋の涙が流れ落ちた。この夜、二人の関係には、小さくも決定的な亀裂が走ったように思えた――