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#60 天国と地獄 その7 (ダスク視点)

ー/ー



「ディルク様が知っているということは、この話は殿下の耳にも入っているということだな」
「養子縁組や奴隷や罪人の購入はともかく、市民の誘拐は流石に領主として黙っている訳にはいきませんからね」


 税を納めるべき領民が領地から出て行くということは、収入が減るということに他ならず、しかもそれが自分の(あずか)り知らぬ所で進んでいるとなれば、領主の立場に就く者なら看過できない。


「まあ、理由は他にもあるだろうよ。俺たちみたいに、このカルディス親衛隊に拾われるのは魔才持ちの孤児ばかり。なのに魔才持ちが知らぬ間に他所へ去られると、人材の確保がままならなくなるからな」


 過酷な戦いに従事するが故に人の入れ替わりが激しく、新たな人材の確保は親衛隊にとって重要な課題だ。


「俺たちカルディス親衛隊は、殿下の剣であり盾であり鎧だ。武具が衰えれば殿下の身が危なくなる。この暗黒の時代、殿下は絶対に死んではならない」


 カルディス王弟は、戦士としても将軍としても極めて優秀な人物だ。
 ここルーンベイルとその近隣に於いて、変異魔物やアンデッドの被害が他の地域よりも格段に抑えられているのは、(ひとえ)に彼のお陰と言っていい。
 その彼が死ぬということは、彼によって護られてきた安全が崩壊するということ、多くの者の生命と暮らしが(おびや)かされるということに他ならない。


「だから、今後はディルク様が自ら街を出向いて調査する予定です。僕も護衛として同行します」
「そうか。何か分かったらまた教えてくれ」


 それから数日後、俺とグロームは仲間たちと共に、カルディス王弟に従って次なる戦場へ発つこととなった。


「では行って来る。ディルク、留守は任せたぞ」
「はい。行ってらっしゃいませ、父上。ご武運を」


 出会った当初は、まだ世の中の事情や苦労を何も知らない、俺たちとは真逆の人生を送ってきたお(ぼっ)ちゃんということで、内心見下していたディルクだが、年月を経て立派な若者へ成長した。


 流石にカルディス王弟ほどの才気は無いが、親衛隊に混じって鍛錬と勉学を重ねたことで、他に恥じない素養を身に付けており、また顔付きも王族に相応しい、凛々しく堂々としたものになった。
 既に名門貴族の令嬢との縁談も纏まっており、行く行くは父の後を継いで、このルーンベイルを立派に治めていくであろう期待の若君だ。


「ところで……例の件を調査するつもりなのか?」
「はい。何か問題が?」


 訊き返されると、カルディス王弟は難しい顔をして、


「……この件はどうもきな臭い。お前の手には余る気がするが……」


 父親として息子の身を案じる意味での忠告だったが、軽く見られたと思ったのか、ディルクは少しムッとした様子で、


「この程度の案件、父上の手を煩わせるほどのことではありません。私とて別に危険を冒す気は無く、見回りを兼ねた聞き込みのようなものです。既に市中で噂になって不安を感じている者も多く居ます。父上が戦場に出て、人々が一層心配している間だからこそ、安心させるためにも私が出向くべきでは?」


 そこまで言われれば、カルディス王弟もそれ以上ノーとは言えず、


「……分かった。ならお前に任せよう。しかしくれぐれも無理はするなよ?」
「ありがとうございます」


 そんな親子のやり取りを眺めながら、並んだ俺たちも密かに会話する。


「何だか、今日のディルク様はやけに食って掛かるな」
「偉大な父親を持った息子は、(がい)して引け目を感じてしまうものだからな」
「殿下の後継者として認められる男になろうと、ディルク様も焦ってるってことか」
「気持ちは分からないでもないさ。カルディス殿下とて、いつ命を落とすか分からないんだ」
「殿下が健在で、状況が安定している内に経験と実績を得ておこうって訳か」
「或いは、戦いで忙しい殿下の負担を少しでも軽くしようという気遣いか」


 確かにまだ未熟な面があるが、ディルクのことを認めていない者はこの場には居ない。


「行くぞ」


 ルーンベイルの街を発った、そのしばらく後。
 隣で馬を進ませるカルディス王弟を見遣ると、やや険しい表情が映った。
 過酷な戦場に向かうのだから、表情が険しくなるのは当然だが、何度も共に出ている俺にはすぐにその微妙な違いが見て取れた。


「大丈夫ですか?」


 俺の呼び掛けが聞こえていなかったらしく、彼から応答は無かった。


「カルディス殿下、大丈夫ですか?」
「ん? ……ああ、ダスクか。何だ?」
「そんなにディルク様のことが心配ですか?」
「別にあいつの力を疑っている訳ではない。ただ……何か、妙な胸騒ぎがするのだ」


 たった今離れたばかりのルーンベイルの街を、彼が振り返る。


「雑事は忘れ、これから戦う相手に集中しなければ命を落とすと、教えてくれたのはあなたです。ビファスたちも付いていることですし、そこまで心配するほどじゃないと思いますが」
「そうかも知れないが……私の予感は悪い方にこそ当たってしまいがちだからな」


 その勘が、今日まで彼を生き延びさせてきたとも言える。
 そしてその不吉な未来を感じ取る勘は、残念なことに、今回も彼を裏切らなかった。


 作戦を終えて帰還した俺たちを待ち受けていたのは、ディルク・ジェルド・ウルヴァルゼが何者かに襲われ、消息を絶ったというニュースだった。


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「ディルク様が知っているということは、この話は殿下の耳にも入っているということだな」
「養子縁組や奴隷や罪人の購入はともかく、市民の誘拐は流石に領主として黙っている訳にはいきませんからね」
 税を納めるべき領民が領地から出て行くということは、収入が減るということに他ならず、しかもそれが自分の|与《あずか》り知らぬ所で進んでいるとなれば、領主の立場に就く者なら看過できない。
「まあ、理由は他にもあるだろうよ。俺たちみたいに、このカルディス親衛隊に拾われるのは魔才持ちの孤児ばかり。なのに魔才持ちが知らぬ間に他所へ去られると、人材の確保がままならなくなるからな」
 過酷な戦いに従事するが故に人の入れ替わりが激しく、新たな人材の確保は親衛隊にとって重要な課題だ。
「俺たちカルディス親衛隊は、殿下の剣であり盾であり鎧だ。武具が衰えれば殿下の身が危なくなる。この暗黒の時代、殿下は絶対に死んではならない」
 カルディス王弟は、戦士としても将軍としても極めて優秀な人物だ。
 ここルーンベイルとその近隣に於いて、変異魔物やアンデッドの被害が他の地域よりも格段に抑えられているのは、|偏《ひとえ》に彼のお陰と言っていい。
 その彼が死ぬということは、彼によって護られてきた安全が崩壊するということ、多くの者の生命と暮らしが|脅《おびや》かされるということに他ならない。
「だから、今後はディルク様が自ら街を出向いて調査する予定です。僕も護衛として同行します」
「そうか。何か分かったらまた教えてくれ」
 それから数日後、俺とグロームは仲間たちと共に、カルディス王弟に従って次なる戦場へ発つこととなった。
「では行って来る。ディルク、留守は任せたぞ」
「はい。行ってらっしゃいませ、父上。ご武運を」
 出会った当初は、まだ世の中の事情や苦労を何も知らない、俺たちとは真逆の人生を送ってきたお|坊《ぼっ》ちゃんということで、内心見下していたディルクだが、年月を経て立派な若者へ成長した。
 流石にカルディス王弟ほどの才気は無いが、親衛隊に混じって鍛錬と勉学を重ねたことで、他に恥じない素養を身に付けており、また顔付きも王族に相応しい、凛々しく堂々としたものになった。
 既に名門貴族の令嬢との縁談も纏まっており、行く行くは父の後を継いで、このルーンベイルを立派に治めていくであろう期待の若君だ。
「ところで……例の件を調査するつもりなのか?」
「はい。何か問題が?」
 訊き返されると、カルディス王弟は難しい顔をして、
「……この件はどうもきな臭い。お前の手には余る気がするが……」
 父親として息子の身を案じる意味での忠告だったが、軽く見られたと思ったのか、ディルクは少しムッとした様子で、
「この程度の案件、父上の手を煩わせるほどのことではありません。私とて別に危険を冒す気は無く、見回りを兼ねた聞き込みのようなものです。既に市中で噂になって不安を感じている者も多く居ます。父上が戦場に出て、人々が一層心配している間だからこそ、安心させるためにも私が出向くべきでは?」
 そこまで言われれば、カルディス王弟もそれ以上ノーとは言えず、
「……分かった。ならお前に任せよう。しかしくれぐれも無理はするなよ?」
「ありがとうございます」
 そんな親子のやり取りを眺めながら、並んだ俺たちも密かに会話する。
「何だか、今日のディルク様はやけに食って掛かるな」
「偉大な父親を持った息子は、|概《がい》して引け目を感じてしまうものだからな」
「殿下の後継者として認められる男になろうと、ディルク様も焦ってるってことか」
「気持ちは分からないでもないさ。カルディス殿下とて、いつ命を落とすか分からないんだ」
「殿下が健在で、状況が安定している内に経験と実績を得ておこうって訳か」
「或いは、戦いで忙しい殿下の負担を少しでも軽くしようという気遣いか」
 確かにまだ未熟な面があるが、ディルクのことを認めていない者はこの場には居ない。
「行くぞ」
 ルーンベイルの街を発った、そのしばらく後。
 隣で馬を進ませるカルディス王弟を見遣ると、やや険しい表情が映った。
 過酷な戦場に向かうのだから、表情が険しくなるのは当然だが、何度も共に出ている俺にはすぐにその微妙な違いが見て取れた。
「大丈夫ですか?」
 俺の呼び掛けが聞こえていなかったらしく、彼から応答は無かった。
「カルディス殿下、大丈夫ですか?」
「ん? ……ああ、ダスクか。何だ?」
「そんなにディルク様のことが心配ですか?」
「別にあいつの力を疑っている訳ではない。ただ……何か、妙な胸騒ぎがするのだ」
 たった今離れたばかりのルーンベイルの街を、彼が振り返る。
「雑事は忘れ、これから戦う相手に集中しなければ命を落とすと、教えてくれたのはあなたです。ビファスたちも付いていることですし、そこまで心配するほどじゃないと思いますが」
「そうかも知れないが……私の予感は悪い方にこそ当たってしまいがちだからな」
 その勘が、今日まで彼を生き延びさせてきたとも言える。
 そしてその不吉な未来を感じ取る勘は、残念なことに、今回も彼を裏切らなかった。
 作戦を終えて帰還した俺たちを待ち受けていたのは、ディルク・ジェルド・ウルヴァルゼが何者かに襲われ、消息を絶ったというニュースだった。