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#59 天国と地獄 その6 (ダスク視点)

ー/ー



 【現在】


 皇帝が眠る居室は、エルザンパール皇宮本棟の最上階。


 想像していたよりも、遥かに容易い道程だった。
 道中で遭遇した騎士たちはいずれも集中を欠き、練度も低く、人間時代の俺の足元にも及ばない連中ばかり。


 初代『聖女』によって『邪神の息吹』が終息してからの二百五十年間、この国は瘴気を忘れ、安寧を享受(きょうじゅ)していた。
 五十年前に今の厄災が始まるまでは、ウルヴァルゼ帝国臣民にとって『邪神の息吹』は書物に記された伝説、決着が付いた過去の出来事でしかなく、危機感と防災意識の欠如が国と民を護る人材の育成を(おろそ)かにしてしまったのだろう。


 そのせいで、力を持ち過ぎた栄耀教会の腐敗と暴走に待ったを掛ける、オズガルドのように力と意志を併せ持った者が減ってしまったことが、『邪神の息吹』への対応をより難しくしてしまっている。


「……カルディス殿下がここに居たら、何と言っただろうな」


 国のため、民のため、そして王族としての責任を果たすため、彼は命を懸けていた。
 そんな彼だからこそ、俺もグロームも、他の仲間たちも命を預けていた。
 その俺たちの献身の果ての未来が、今のこの国の有様かと思うと、腹が立つやら悲しいやら、とても言葉では言い表せない。
 居室の周りに控えていた騎士や魔術師たちは、既に意識を失っており、唯一俺を阻むもの、分厚い扉に手を掛ける。


 いよいよ皇帝とご対面だ。



 【三百年前】



 最初の予兆は、仲間から聞いた噂だった。


「ダスク先輩は、例の噂は聞きましたか?」


 いつものように訓練を終えて剣の手入れをしていると、カルディス親衛隊の後輩がやって来て声を掛けた。


「ビファスか。……何をだ?」
「最近、国内の各所で行方不明者が相次いでいるって話です」


 それを聞いた俺はフンと鼻を鳴らし、


「大真面目な顔で何を言うかと思えば……そんなもの、今に始まったことじゃないだろう」


『邪神の息吹』のせいで、ウルヴァルゼ王国社会は混乱の只中にある。
 魔物や犯罪者に殺される者や、生活に苦しんで夜逃げまたは命を絶つ者──昨日まで居た者が、突然どこかへ消えてしまうなど珍しくもない。
 俺自身も過去には父親を始め少なくはない人数を手に掛け、この親衛隊からも一度は逃げ出そうとしたのだから。


「まあその通りなんですけどね、今までとは話が異なります。何せ消えているのは全員が『魔才持ち』ですからね」


 ピタリ、と剣を研ぐ手が止まった。


「……それは本当なのか?」


 魔素(マナ)を吸収して体内で生成する、この世界のあらゆる生物が宿すエネルギー─―それが魔力だ。
 強い魔力によって既存の種から進化を遂げ、種として定着した生物を『魔物』と呼ぶように、魔法が使えるほどの魔力を宿す人間は『魔才持ち』と呼ばれる。
 カルディス王弟も、その血を引く娘ダイアとディルクも魔才持ちで、親衛隊も全員が魔才持ちだ。


「本当だぞ。俺も聞いて少し調べてみたんだ」


 やって来たグロームが会話に加わる。


「ここから東の所に、オキガエルの串焼きを売ってる店があるだろ」
「ああ、前にお前と一緒に行った所だな。それが?」
「そこの十歳の長男が魔才持ちだったんだが、丁度俺たちが今回の作戦に行っている間に、消息を絶ったんだ。両親が騎士団に捜索願を出している。しかも同じようなことが、確認できただけで十件以上もある」
「それだけじゃない。孤児院でも魔才持ちの孤児への養子話が最近になって増えたり、各地の奴隷商や監獄でも、やはり魔才持ちの奴隷や囚人を買う者が出て来ているんです」


 確かに偶然とは思えない。


「誰かが魔才持ちたちを手当たり次第に搔き集めている、と言いたいのか。グロームが言った子供たちも、単なる失踪じゃなく誘拐だと……」
「多分な」


 孤児の養子縁組、奴隷や囚人の購入は合法だが、誘拐は立派な犯罪だ。


「……話を聞く限り、個人じゃなく組織的にやってる感じだな。それもコネと資金のある組織だ。考えられるとすれば評議会や宮廷魔術団、商人ギルド、残るは……」
「栄耀教会、ですね。ディルク様も同じお考えでした」


 同い年ということでビファスはディルクと仲が良く、まだ危険な魔物がひしめく戦場に行くだけの技量も足りていないということで、普段はディルクの護衛を務めている。


「正体はさておき、魔才持ちを搔き集めている理由ですが……どう思います?」
「真っ先に思い付くのは、カルディス殿下が俺たちにやったように、魔才持ちを鍛えて『邪神の息吹』への対抗戦力にしよう、って所か。人口減少に歯止めが掛からない今の時代、どこも人手不足だから、使える人材は一人でも多く欲しいだろうからな」


 魔法が使えるというのは、それだけで大きなアドバンテージになる。
 魔才持ちでなければ、俺もグロームもビファスもカルディス王弟に拾っては貰えなかっただろう。


「俺も最初はそう思ったさ。だが、そういう事情ならそこの領主なりに事前に話を通すのが筋だろ? なのにカルディス殿下も他の領主も、そうした相談は全く来なかった。となると……」
「領主には相談できない、つまり表には出せないような事情がある、と考えるべきでしょう。素性を隠して動いていることから考えて、連れて行かれた者たちは(ろく)な目に遭っていない」


 この親衛隊としての暮らしも、訓練や実戦は過酷そのもので、傍目には恵まれた待遇とは映らないかも知れないが、それでも衣食住は保証され、人としての権利や尊厳は保証され、給料や自由時間も貰える。
 カルディス王弟は、俺たちを「家畜」ではなく「人材」として扱ってくれている。


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 【現在】
 皇帝が眠る居室は、エルザンパール皇宮本棟の最上階。
 想像していたよりも、遥かに容易い道程だった。
 道中で遭遇した騎士たちはいずれも集中を欠き、練度も低く、人間時代の俺の足元にも及ばない連中ばかり。
 初代『聖女』によって『邪神の息吹』が終息してからの二百五十年間、この国は瘴気を忘れ、安寧を|享受《きょうじゅ》していた。
 五十年前に今の厄災が始まるまでは、ウルヴァルゼ帝国臣民にとって『邪神の息吹』は書物に記された伝説、決着が付いた過去の出来事でしかなく、危機感と防災意識の欠如が国と民を護る人材の育成を|疎《おろそ》かにしてしまったのだろう。
 そのせいで、力を持ち過ぎた栄耀教会の腐敗と暴走に待ったを掛ける、オズガルドのように力と意志を併せ持った者が減ってしまったことが、『邪神の息吹』への対応をより難しくしてしまっている。
「……カルディス殿下がここに居たら、何と言っただろうな」
 国のため、民のため、そして王族としての責任を果たすため、彼は命を懸けていた。
 そんな彼だからこそ、俺もグロームも、他の仲間たちも命を預けていた。
 その俺たちの献身の果ての未来が、今のこの国の有様かと思うと、腹が立つやら悲しいやら、とても言葉では言い表せない。
 居室の周りに控えていた騎士や魔術師たちは、既に意識を失っており、唯一俺を阻むもの、分厚い扉に手を掛ける。
 いよいよ皇帝とご対面だ。
 【三百年前】
 最初の予兆は、仲間から聞いた噂だった。
「ダスク先輩は、例の噂は聞きましたか?」
 いつものように訓練を終えて剣の手入れをしていると、カルディス親衛隊の後輩がやって来て声を掛けた。
「ビファスか。……何をだ?」
「最近、国内の各所で行方不明者が相次いでいるって話です」
 それを聞いた俺はフンと鼻を鳴らし、
「大真面目な顔で何を言うかと思えば……そんなもの、今に始まったことじゃないだろう」
『邪神の息吹』のせいで、ウルヴァルゼ王国社会は混乱の只中にある。
 魔物や犯罪者に殺される者や、生活に苦しんで夜逃げまたは命を絶つ者──昨日まで居た者が、突然どこかへ消えてしまうなど珍しくもない。
 俺自身も過去には父親を始め少なくはない人数を手に掛け、この親衛隊からも一度は逃げ出そうとしたのだから。
「まあその通りなんですけどね、今までとは話が異なります。何せ消えているのは全員が『魔才持ち』ですからね」
 ピタリ、と剣を研ぐ手が止まった。
「……それは本当なのか?」
 |魔素《マナ》を吸収して体内で生成する、この世界のあらゆる生物が宿すエネルギー─―それが魔力だ。
 強い魔力によって既存の種から進化を遂げ、種として定着した生物を『魔物』と呼ぶように、魔法が使えるほどの魔力を宿す人間は『魔才持ち』と呼ばれる。
 カルディス王弟も、その血を引く娘ダイアとディルクも魔才持ちで、親衛隊も全員が魔才持ちだ。
「本当だぞ。俺も聞いて少し調べてみたんだ」
 やって来たグロームが会話に加わる。
「ここから東の所に、オキガエルの串焼きを売ってる店があるだろ」
「ああ、前にお前と一緒に行った所だな。それが?」
「そこの十歳の長男が魔才持ちだったんだが、丁度俺たちが今回の作戦に行っている間に、消息を絶ったんだ。両親が騎士団に捜索願を出している。しかも同じようなことが、確認できただけで十件以上もある」
「それだけじゃない。孤児院でも魔才持ちの孤児への養子話が最近になって増えたり、各地の奴隷商や監獄でも、やはり魔才持ちの奴隷や囚人を買う者が出て来ているんです」
 確かに偶然とは思えない。
「誰かが魔才持ちたちを手当たり次第に搔き集めている、と言いたいのか。グロームが言った子供たちも、単なる失踪じゃなく誘拐だと……」
「多分な」
 孤児の養子縁組、奴隷や囚人の購入は合法だが、誘拐は立派な犯罪だ。
「……話を聞く限り、個人じゃなく組織的にやってる感じだな。それもコネと資金のある組織だ。考えられるとすれば評議会や宮廷魔術団、商人ギルド、残るは……」
「栄耀教会、ですね。ディルク様も同じお考えでした」
 同い年ということでビファスはディルクと仲が良く、まだ危険な魔物がひしめく戦場に行くだけの技量も足りていないということで、普段はディルクの護衛を務めている。
「正体はさておき、魔才持ちを搔き集めている理由ですが……どう思います?」
「真っ先に思い付くのは、カルディス殿下が俺たちにやったように、魔才持ちを鍛えて『邪神の息吹』への対抗戦力にしよう、って所か。人口減少に歯止めが掛からない今の時代、どこも人手不足だから、使える人材は一人でも多く欲しいだろうからな」
 魔法が使えるというのは、それだけで大きなアドバンテージになる。
 魔才持ちでなければ、俺もグロームもビファスもカルディス王弟に拾っては貰えなかっただろう。
「俺も最初はそう思ったさ。だが、そういう事情ならそこの領主なりに事前に話を通すのが筋だろ? なのにカルディス殿下も他の領主も、そうした相談は全く来なかった。となると……」
「領主には相談できない、つまり表には出せないような事情がある、と考えるべきでしょう。素性を隠して動いていることから考えて、連れて行かれた者たちは|碌《ろく》な目に遭っていない」
 この親衛隊としての暮らしも、訓練や実戦は過酷そのもので、傍目には恵まれた待遇とは映らないかも知れないが、それでも衣食住は保証され、人としての権利や尊厳は保証され、給料や自由時間も貰える。
 カルディス王弟は、俺たちを「家畜」ではなく「人材」として扱ってくれている。