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修行

ー/ー



「ようするに、霊力を変質させるんですよ、手の中で」堀田は説明する。

「それがわからないんです。どういうことですか?」小野田は尋ねる。

「だから、こう手を合わせるじゃないですか」彼はぱん、と合掌するように手を合わせる。

「はい!」彼女もそれにならって、手を合わせる。

「霊力を手に集めて」

「はい、集めました」堀田でも驚くほど重厚な霊力が彼女の手に集まる。この霊力をそのまま悪鬼にぶつけるだけでも、十分にダメージは与えられただろう、というようなそんな霊力だった。

「で、霊力を水の形に変質させていく」

「はい!」

「あ、違いますね。それ、ただ単に手でぐって押し合ってるだけですね。力いれてるだけです」

「えー・・・・・・やっぱ難しすぎてわかんないです。なんでみんなできるんですか?」

「まあ、僕の話をすると、僕は陰陽師だったんですけど、仕事柄、霊力を使うっていう訓練はしてましたから。

 やっぱり、スポーツでもなんでも、何か似たようなものをやってた人のほうが有利だったりするじゃないですか。たとえば、全然運動してなかった人が野球始めるよりも、ドッジボールとかやってた人のほうが上達しますよね。そういうことです」

「私は、除霊とかはやったことなかったんですよね、力を身に着ける前は」

「力もらった時、まだ十七だったとか言ってましたもんね」

「はい。で、力もらったときも、いろいろ説明はされたんですけど、最後に、最悪わからなくても霊力を体にこめれば霊に干渉できるから、みたいなこと言われて。で、結局、今のスタイルのままきちゃったんですよね」

 彼女は両手に拳を作って、霊力を宿らせる。しかしその霊力は霊力のまま、水にも火にも変わらない。

「それはそれですごいと思いますけどね。僕は、そこまでの霊力を体にまとうことはたぶんできないですし、純粋に力比べしたら小野田さんに勝てない気がします」

「でも、それじゃだめだったんですよ。今日、悪鬼と戦ってみて、このままじゃ勝てないって気づきました」

 彼女が思い出しているのは、一番最初に戦ったあの巨大な悪鬼のことだ。こちらの攻撃は一切通じず、逆にこちらがきちんと体に結界を張っているのに向こうの攻撃はこちらに効いていた。自分ひとりだったら、確実に負けていた。

「だから、私は術を覚えなきゃだめなんです」

「なるほど、うーん・・・・・・」彼は何か言いたげな顔つきをして、少しのあいだ黙りこんだ。やがて、彼は口を開いた。

「シュリハンドクっていうお坊さんが昔いたんですけど」

 なぜいきなりお坊さんの話をしだす、と思いながら、彼女はけげんな顔で彼の顔を見つめる。

「そのシュリハンドクっていうのが、物覚えが悪くて、自分の名前すら覚えられないから胸に名札を提げているほどで、とにかく本当にダメな子だって言われてたんですよ。

 逆に、兄のマハハンドクはすごい優秀だって言われてたんです」

 こいつまさか、私のことをバカにたとえてるのか。彼女はそう思った。

「シュリハンドクは兄に誘われてお坊さんになる修行を始めたんです。ところがどれだけ頑張っても、文字を読むことすらできなかった。そして彼は最終的に、お坊さんになるのを諦めて寺から脱走したんですね」

 努力してもできなくて、諦めてるところまで全部一緒ではないか。

 誤解があるといけないので、最後まで話を聞くべきだとはわかっていた。しかし、今すぐにでも堀田の腹に正拳突きを食らわせたい、という衝動を抑えるのにはかなりの努力を必要とした。

「そしたら、逃げ出そうとする彼の前にお釈迦様が現れて、『どうしたのですか?』って言うんです。

 それで『私はバカだから、お坊さんにはなれそうにないから、寺から逃げ出してきました』と彼は答えたんです。

 そうしたらお釈迦様は一枚の雑巾を彼に渡して、『これを使って毎日掃除をしなさい。そして一日たって布が汚れたら私の元へ来なさい。新しい布をあげるから』と言ったんです。

 彼はその通りにしました。それをしばらく続けたある日、お釈迦様は彼に、彼が使い終わった後の布を見せながら『最初は白い布もいつかは黒くなる。人の心も同じで、きれいな心もいつかは濁るからきれいにする必要があるんだ』って言ったんです。そこで彼は悟りを得ることに成功して、立派なお坊さんになれたんです」彼はそう話をしめくくった。

「・・・・・・話はそれで終わりですか?」

「この話はこれで終わりですけど」

「わかりました。要するに私のこと、バカだって言いたいんですね」彼女は拳を握りしめ、霊力を拳に集めた。

「待って待って待って! 違います! そういう意味で話したんじゃないんです!」

「じゃあどういう意味なんですか?」

「つまりですね、スタートラインが人よりも不利であっても、人とは通る道が違くても、人よりもはるかに高いところへ行ける場合もあるってことです。

 ただ、もしシュリハンドクがあのままお経を読もうとしつづけていたら、たぶん彼は立派なお坊さんにはなれなかったはずです。

 同じように、小野田さんが術を使えなくて、霊力による身体強化を極めるっていうみんなとは違うルートをとったとしても、強くなれる可能性はあるんです。なんなら、自分に合わないやりかたをするよりも、自分に合う戦い方をしたほうが強くなれる可能性は高いと思うんです」

「それは要するに、私は身体強化を極めるべきだと、そう言いたいわけですか?」

「そういうことです! わかってくれましたか!」

「それ言うためだけに、私のことをバカにたとえて、クソ長い話をしたわけですね」

「それは、まあ、そうですね。必要だと思ったので」

「いや、絶対いらなかったと思います、シュリハンドクのくだり。まあでも、言いたいことは伝わりました。私やっぱり、身体強化を極めてみようと思います」

「そうですか。それは――」

「だから! 責任、とってくださいね? 私がちゃんと強くなるまで、修行に付き合ってもらいますからね」

「ええ」彼は嫌そうな顔をする。「ちなみにそれっていつまでやるつもりですか?」

「私の気の済むまでです」

「夜の九時までには終わらせてくださいね? 僕は夜の十時前にはごはんを食べ終えて、十一時に寝なければならないので。僕は最低でも七時間は寝ないと、最高のパフォーマンスを発揮できないんです」

「堀田さんがちゃんと協力してくれたら、九時に終わるかもしれませんね」

「ほんとですか? それなら全然問題ありません」

 しかし結局、修行は夜の十一時まで続いた。なお、堀田は食堂でごはんは食べられず、寝不足にもなったようだった。



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「ようするに、霊力を変質させるんですよ、手の中で」堀田は説明する。
「それがわからないんです。どういうことですか?」小野田は尋ねる。
「だから、こう手を合わせるじゃないですか」彼はぱん、と合掌するように手を合わせる。
「はい!」彼女もそれにならって、手を合わせる。
「霊力を手に集めて」
「はい、集めました」堀田でも驚くほど重厚な霊力が彼女の手に集まる。この霊力をそのまま悪鬼にぶつけるだけでも、十分にダメージは与えられただろう、というようなそんな霊力だった。
「で、霊力を水の形に変質させていく」
「はい!」
「あ、違いますね。それ、ただ単に手でぐって押し合ってるだけですね。力いれてるだけです」
「えー・・・・・・やっぱ難しすぎてわかんないです。なんでみんなできるんですか?」
「まあ、僕の話をすると、僕は陰陽師だったんですけど、仕事柄、霊力を使うっていう訓練はしてましたから。
 やっぱり、スポーツでもなんでも、何か似たようなものをやってた人のほうが有利だったりするじゃないですか。たとえば、全然運動してなかった人が野球始めるよりも、ドッジボールとかやってた人のほうが上達しますよね。そういうことです」
「私は、除霊とかはやったことなかったんですよね、力を身に着ける前は」
「力もらった時、まだ十七だったとか言ってましたもんね」
「はい。で、力もらったときも、いろいろ説明はされたんですけど、最後に、最悪わからなくても霊力を体にこめれば霊に干渉できるから、みたいなこと言われて。で、結局、今のスタイルのままきちゃったんですよね」
 彼女は両手に拳を作って、霊力を宿らせる。しかしその霊力は霊力のまま、水にも火にも変わらない。
「それはそれですごいと思いますけどね。僕は、そこまでの霊力を体にまとうことはたぶんできないですし、純粋に力比べしたら小野田さんに勝てない気がします」
「でも、それじゃだめだったんですよ。今日、悪鬼と戦ってみて、このままじゃ勝てないって気づきました」
 彼女が思い出しているのは、一番最初に戦ったあの巨大な悪鬼のことだ。こちらの攻撃は一切通じず、逆にこちらがきちんと体に結界を張っているのに向こうの攻撃はこちらに効いていた。自分ひとりだったら、確実に負けていた。
「だから、私は術を覚えなきゃだめなんです」
「なるほど、うーん・・・・・・」彼は何か言いたげな顔つきをして、少しのあいだ黙りこんだ。やがて、彼は口を開いた。
「シュリハンドクっていうお坊さんが昔いたんですけど」
 なぜいきなりお坊さんの話をしだす、と思いながら、彼女はけげんな顔で彼の顔を見つめる。
「そのシュリハンドクっていうのが、物覚えが悪くて、自分の名前すら覚えられないから胸に名札を提げているほどで、とにかく本当にダメな子だって言われてたんですよ。
 逆に、兄のマハハンドクはすごい優秀だって言われてたんです」
 こいつまさか、私のことをバカにたとえてるのか。彼女はそう思った。
「シュリハンドクは兄に誘われてお坊さんになる修行を始めたんです。ところがどれだけ頑張っても、文字を読むことすらできなかった。そして彼は最終的に、お坊さんになるのを諦めて寺から脱走したんですね」
 努力してもできなくて、諦めてるところまで全部一緒ではないか。
 誤解があるといけないので、最後まで話を聞くべきだとはわかっていた。しかし、今すぐにでも堀田の腹に正拳突きを食らわせたい、という衝動を抑えるのにはかなりの努力を必要とした。
「そしたら、逃げ出そうとする彼の前にお釈迦様が現れて、『どうしたのですか?』って言うんです。
 それで『私はバカだから、お坊さんにはなれそうにないから、寺から逃げ出してきました』と彼は答えたんです。
 そうしたらお釈迦様は一枚の雑巾を彼に渡して、『これを使って毎日掃除をしなさい。そして一日たって布が汚れたら私の元へ来なさい。新しい布をあげるから』と言ったんです。
 彼はその通りにしました。それをしばらく続けたある日、お釈迦様は彼に、彼が使い終わった後の布を見せながら『最初は白い布もいつかは黒くなる。人の心も同じで、きれいな心もいつかは濁るからきれいにする必要があるんだ』って言ったんです。そこで彼は悟りを得ることに成功して、立派なお坊さんになれたんです」彼はそう話をしめくくった。
「・・・・・・話はそれで終わりですか?」
「この話はこれで終わりですけど」
「わかりました。要するに私のこと、バカだって言いたいんですね」彼女は拳を握りしめ、霊力を拳に集めた。
「待って待って待って! 違います! そういう意味で話したんじゃないんです!」
「じゃあどういう意味なんですか?」
「つまりですね、スタートラインが人よりも不利であっても、人とは通る道が違くても、人よりもはるかに高いところへ行ける場合もあるってことです。
 ただ、もしシュリハンドクがあのままお経を読もうとしつづけていたら、たぶん彼は立派なお坊さんにはなれなかったはずです。
 同じように、小野田さんが術を使えなくて、霊力による身体強化を極めるっていうみんなとは違うルートをとったとしても、強くなれる可能性はあるんです。なんなら、自分に合わないやりかたをするよりも、自分に合う戦い方をしたほうが強くなれる可能性は高いと思うんです」
「それは要するに、私は身体強化を極めるべきだと、そう言いたいわけですか?」
「そういうことです! わかってくれましたか!」
「それ言うためだけに、私のことをバカにたとえて、クソ長い話をしたわけですね」
「それは、まあ、そうですね。必要だと思ったので」
「いや、絶対いらなかったと思います、シュリハンドクのくだり。まあでも、言いたいことは伝わりました。私やっぱり、身体強化を極めてみようと思います」
「そうですか。それは――」
「だから! 責任、とってくださいね? 私がちゃんと強くなるまで、修行に付き合ってもらいますからね」
「ええ」彼は嫌そうな顔をする。「ちなみにそれっていつまでやるつもりですか?」
「私の気の済むまでです」
「夜の九時までには終わらせてくださいね? 僕は夜の十時前にはごはんを食べ終えて、十一時に寝なければならないので。僕は最低でも七時間は寝ないと、最高のパフォーマンスを発揮できないんです」
「堀田さんがちゃんと協力してくれたら、九時に終わるかもしれませんね」
「ほんとですか? それなら全然問題ありません」
 しかし結局、修行は夜の十一時まで続いた。なお、堀田は食堂でごはんは食べられず、寝不足にもなったようだった。