第131話 たすけて
ー/ー 帰りの会が終わると、先輩と一年生たちは素早く帰った。
いや、正確には先輩たちが心配そうにしていた一年生たちを連れて帰った。
俺たち二年生だけが教室に残る。
まばら模様のように点々と、ばらばらに立つ俺たち。
呼吸が苦しくなるような濁った雰囲気の中で、始めに動いたのは増倉だった。
「ごめんなさい」
そう言って頭を下げた。
だが、誰一人として返答しなかった。
きっと俺と同じ気持ちなのだろう。
とても受け入れられる謝罪ではなかった。
「自分たちが何をしたのか、分かっている?」
問うたのは夏村だった。
彼女にしては珍しく、怒りを全面に出していた。
いや、夏村だけじゃない。みんな憤りを覚えている。
「ごめんなさい」
「ごめんなさい? そうじゃない。ちゃんと説明して」
「…………」
その沈黙が重く、息苦しいほどに空気を圧した。
「説明しないなら、許すことなんてできない」
夏村の声は冷たく、鋭かった。
「あなたたちがやったことは、ただの過ちでは済まされない」
彼女の言葉には、みんなが感じていた痛みと失望が込められていた。
増倉が何も言わずにいると、夏村は椎名の方を見た。
「香奈も何黙っているの?」
「……そうね。ごめんなさい。部活を台無しにしてしまって」
「そうじゃない。ちゃんと説明して」
「ごめんなさい。気が立っていたわ……」
「なにそれ」
夏村が吐き捨てるように言った。
確かに説明になっていない。だが、俺はなんとなくその理由を察していた。
俺は視線だけを樫田の方に向ける。
いつもなら進行役をする樫田が黙っているは、相当怒っているからだろうか。
視線に気づいた樫田が小さく首を横に振った。
打つ手なし。そう言われた気がした。
今度は大槻と山路を見る。二人は椎名と増倉の言葉を待っているようだった。
だが、このままでは彼女たちから言葉を引き出すのは無理だろう。
ならどうする? 俺はどうしたらいい?
張り詰めた空気が思考まで凍らせているようだった。全く何も浮かばない。
いつもそうだ。こういう大切な話し合いの時、俺は何もできやしない。
いまもそうだ。ただ状況が良くなれば、何でもいいとすら思っている。
樫田の言う通りだった。平穏を望んだ結果、俺は不真面目だった。
成り行きを見守ることしか、俺にはできない。
「で、どうすんだよ?」
「二人が話さないと始まらない」
大槻と夏村は、もはや苛つきを隠さない。
対して椎名と増倉は何も言わずに苦悶の表情を浮かべていた。
俺は椎名に視線をやると目が合った。
潤んだ瞳が訴えてきた。
――たすけて。
そんな悲鳴が、俺の頭の中に響いた。
きっと幻聴だ。椎名はそんなこと言わない。
分かっている。分かっているけど。
ちくしょう、そんな顔を見せないでくれ。
俺はいつの間にか拳を握っていた。
脳の中で、この状況の打破を考えだす。
ああそうだよ。何諦めようとしてんだよ俺。
考えろ。轟先輩も言っていただろ。二年生としての責任を今一度考えろって。
……。
…………責任、責任か。
俺の中に少しだけ話の糸口が生まれた。
ただ問題はこの状況を、みんなの怒りをどう鎮めるかである。
それでもやるしかない。
握った拳を少しだけ緩める。
視線だけを動かしてみんなの表情を確認する。
そして俺は慎重に言葉を選びながら発言する。
「なぁ、みんな。ちょっといいか」
視線が一気に俺へと集まる。
一瞬、気圧されそうになるのを必死にこらえる。
「轟先輩は話し合って反省しなさいって言っていた。これじゃ、ただ二人を責めているだけだ」
「庇うの?」
「違う。俺達はみんなで反省しなきゃならないだよ」
「……」
伝わったのだろうか。夏村の温度は少しだけ下がった。
その流れのまま、俺は続ける。
「轟先輩があそこまで怒っていたのは二人が喧嘩したからだけじゃない。その喧嘩を誰も止められなかったことだよ」
そう。あの時俺たちは二人の喧嘩を見ていることしかできなかった。
轟先輩が割って入ってくれなかったら、大惨事になっていた。
同時に、俺達は二年生としての尊厳を失っていただろう。
「……二年生としての責任ってことか」
大槻が納得したのか、こちらを見ながらそう呟いた。
俺は頷く。
「ああ、俺はそういうことだと思う」
「それは、そうだけど……」
夏村が歯切れの悪そうに下を向く。
もちろん、分かっていても割り切れるものでもないだろう。
それぞれが複雑な感情を抱きだした時、樫田が口を開けた。
「杉野の言いたいことは分かったが、どうするんだ? みんな悪かったよねで済ます気はないんだろ?」
「ああ」
俺は即答した。さすがは樫田だ。俺がここで終わらせる気がないことを理解している。
とはいえ、別に落としどころまで考えているわけじゃない。
相も変わらず都合のいい日和見主義なのかもしれない。
それでも、能天気なのが俺の長所なのだから。
「ちゃんと腹を割って話し合おう」
いや、正確には先輩たちが心配そうにしていた一年生たちを連れて帰った。
俺たち二年生だけが教室に残る。
まばら模様のように点々と、ばらばらに立つ俺たち。
呼吸が苦しくなるような濁った雰囲気の中で、始めに動いたのは増倉だった。
「ごめんなさい」
そう言って頭を下げた。
だが、誰一人として返答しなかった。
きっと俺と同じ気持ちなのだろう。
とても受け入れられる謝罪ではなかった。
「自分たちが何をしたのか、分かっている?」
問うたのは夏村だった。
彼女にしては珍しく、怒りを全面に出していた。
いや、夏村だけじゃない。みんな憤りを覚えている。
「ごめんなさい」
「ごめんなさい? そうじゃない。ちゃんと説明して」
「…………」
その沈黙が重く、息苦しいほどに空気を圧した。
「説明しないなら、許すことなんてできない」
夏村の声は冷たく、鋭かった。
「あなたたちがやったことは、ただの過ちでは済まされない」
彼女の言葉には、みんなが感じていた痛みと失望が込められていた。
増倉が何も言わずにいると、夏村は椎名の方を見た。
「香奈も何黙っているの?」
「……そうね。ごめんなさい。部活を台無しにしてしまって」
「そうじゃない。ちゃんと説明して」
「ごめんなさい。気が立っていたわ……」
「なにそれ」
夏村が吐き捨てるように言った。
確かに説明になっていない。だが、俺はなんとなくその理由を察していた。
俺は視線だけを樫田の方に向ける。
いつもなら進行役をする樫田が黙っているは、相当怒っているからだろうか。
視線に気づいた樫田が小さく首を横に振った。
打つ手なし。そう言われた気がした。
今度は大槻と山路を見る。二人は椎名と増倉の言葉を待っているようだった。
だが、このままでは彼女たちから言葉を引き出すのは無理だろう。
ならどうする? 俺はどうしたらいい?
張り詰めた空気が思考まで凍らせているようだった。全く何も浮かばない。
いつもそうだ。こういう大切な話し合いの時、俺は何もできやしない。
いまもそうだ。ただ状況が良くなれば、何でもいいとすら思っている。
樫田の言う通りだった。平穏を望んだ結果、俺は不真面目だった。
成り行きを見守ることしか、俺にはできない。
「で、どうすんだよ?」
「二人が話さないと始まらない」
大槻と夏村は、もはや苛つきを隠さない。
対して椎名と増倉は何も言わずに苦悶の表情を浮かべていた。
俺は椎名に視線をやると目が合った。
潤んだ瞳が訴えてきた。
――たすけて。
そんな悲鳴が、俺の頭の中に響いた。
きっと幻聴だ。椎名はそんなこと言わない。
分かっている。分かっているけど。
ちくしょう、そんな顔を見せないでくれ。
俺はいつの間にか拳を握っていた。
脳の中で、この状況の打破を考えだす。
ああそうだよ。何諦めようとしてんだよ俺。
考えろ。轟先輩も言っていただろ。二年生としての責任を今一度考えろって。
……。
…………責任、責任か。
俺の中に少しだけ話の糸口が生まれた。
ただ問題はこの状況を、みんなの怒りをどう鎮めるかである。
それでもやるしかない。
握った拳を少しだけ緩める。
視線だけを動かしてみんなの表情を確認する。
そして俺は慎重に言葉を選びながら発言する。
「なぁ、みんな。ちょっといいか」
視線が一気に俺へと集まる。
一瞬、気圧されそうになるのを必死にこらえる。
「轟先輩は話し合って反省しなさいって言っていた。これじゃ、ただ二人を責めているだけだ」
「庇うの?」
「違う。俺達はみんなで反省しなきゃならないだよ」
「……」
伝わったのだろうか。夏村の温度は少しだけ下がった。
その流れのまま、俺は続ける。
「轟先輩があそこまで怒っていたのは二人が喧嘩したからだけじゃない。その喧嘩を誰も止められなかったことだよ」
そう。あの時俺たちは二人の喧嘩を見ていることしかできなかった。
轟先輩が割って入ってくれなかったら、大惨事になっていた。
同時に、俺達は二年生としての尊厳を失っていただろう。
「……二年生としての責任ってことか」
大槻が納得したのか、こちらを見ながらそう呟いた。
俺は頷く。
「ああ、俺はそういうことだと思う」
「それは、そうだけど……」
夏村が歯切れの悪そうに下を向く。
もちろん、分かっていても割り切れるものでもないだろう。
それぞれが複雑な感情を抱きだした時、樫田が口を開けた。
「杉野の言いたいことは分かったが、どうするんだ? みんな悪かったよねで済ます気はないんだろ?」
「ああ」
俺は即答した。さすがは樫田だ。俺がここで終わらせる気がないことを理解している。
とはいえ、別に落としどころまで考えているわけじゃない。
相も変わらず都合のいい日和見主義なのかもしれない。
それでも、能天気なのが俺の長所なのだから。
「ちゃんと腹を割って話し合おう」
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