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大観を殺した鬼

ー/ー



 それは、体長が三メートルはあろうかという、巨大な人型の悪鬼だった。腰にふんどしのようなものをつけているだけで他には何も身に着けておらず、肌の色が灰色で、手足が餓死寸前の人のそれのように細かった。そして、その悪鬼の周りに大量の事故車や、死体が転がっていた。

 村山たちは知るよしもなかったが、それは大観を殺した悪鬼だった。

 悪鬼はこちらに背を向けていた。右腕に何かを持っているようで、その何かを口元へ持って行こうとしていた。

「たすけてえええええ! おかあああさあああああん!」女性の甲高い声が聞こえた。

「いやっ、あっ、いやああああ――」女性の声が途中で消える。

 悪鬼が、ゆっくりとこちらを振り返る。悪鬼は、女性の霊と思われるものを手に握っていて、その霊の頭を口にくわえていた。そしてそのまま、女性の霊の首を噛みちぎった。 

 伊沢と村山の二人は合掌するように手を合わせて、霊力を練り始めた。

 伊沢は合わせた両手を、弓を引くみたいに前後へ大きく広げる。すると金色の火の矢が現れた。

 村山は、しゃがんで右手のひらを地面に押し当てた。すると、オレンジ色の半透明な結界が四人を包み込んだ。

「絶対に僕のすぐ後ろにいてください」村山は、撮影者に向かって言う。

 悪鬼は、女性の霊体の残りを、素早く口に放り込んだ。

 伊沢はよく狙いを定めたあとで、右手で風を起こして、矢を発射した。金色の矢がまっすぐに飛んでいって、悪鬼の胸に命中した。

 悪鬼が叫び声をあげた。さらに、悪鬼の胸から白い煙のようなものがあがった。ところが、悪鬼の胸には傷一つついていなかった。

「効かないか」

 悪鬼が大きな足を前に踏み出して迫ってきた。

 その時、小野田が結界内から飛び出した。常人ではなしえないような、大きなジャンプをしてみせると、一気に悪鬼のもとまで跳んでいった。そして、右足で空中キックを悪鬼の顔面にかました。

 悪鬼が後ろへよろめいた。小野田は地面に着地して、さらに追い打ちをかけようと前に出た。

 その時、悪鬼が口をくわっと開けた。そして悪鬼の口から、大量の炎が吐き出された。

 前に進もうとしていた小野田は炎をよけることができなかった。炎の奔流に全身を飲み込まれた。

 彼女は後ろに全力で跳んで、炎から抜け出した。そして村山たちのすぐそばに着地した。

 彼女は、頬にやけどを負っていた。そのうえ、巫女服の袖が燃えていた。

 悪鬼の霊的な炎は、物質の根源となる魂を焼く。魂を焼かれた物質は結果として現実でも燃えることになってしまうのだ。

「小野田さん、火が」撮影者が慌てた様子で言う。

 しかし彼女は、無言で袖を左手でつかむと、素手で火をもみ消してしまった。

「え、え! 大丈夫なんですか?」撮影者は驚いたように言う。

「はい。私、全身を霊力で強化してるんで、これぐらいは」

「小野田さん、今治します」

 村山は手を合わせて、霊力を練り始める。

 しかし悪鬼がそれを黙って見ていることはない。大きく跳躍して、結界との距離を一気に詰める。そして結界に拳をたたきつけた。

 大きな振動がして、鉄球が壁にぶつかった時のような音が周囲に響き渡る。その一撃で、結界にひびが入る。

 伊沢が手を合わせて、霊力を練る。そして、悪鬼が腕を振り上げて次の一撃を放つより前に、金色の火の奔流を悪鬼に浴びせた。

 悪鬼は火だるまになって、大きな悲鳴をあげて、その場で転げまわった。

「イーヒ ジン イダ ハリハリ イシュカ」村山は呪文のようなものを唱えた。そして両手を小野田の頬に近づける。

 すると、緑色の光が小野田の頬を包み込んだ。彼が手をずらすと、頬のやけどはきれいさっぱりなくなっていた。

「ほかにケガしているところはありますか?」彼は尋ねた。

「ないです。ありがとうございます」

 彼はうなずいて、緑色の光を消した。それから、悪鬼のほうを見る。

 金色の火で全身を焼かれていた悪鬼だが、いつの間にか、火は消えかかっていた。

「闇の力で強引に火を相殺してる。だから火や光が効きにくい」伊沢は言う。

「しかも霊力がばかみたいに高いです。私の蹴りも、全然効きません」小野田は補足する。

 何か糸口が欲しい。しかし、それを考える時間は与えられなかった。悪鬼の体を焼いていた火が消えつつあって、しかも悪鬼が起き上がろうとしていた。

 村山は、小野田の背中に手を押し当てる。

「僕の霊力で小野田さんを強化します」

 彼が強化すると、小野田の霊力が、先ほどよりも大幅に上昇する。

「ありがとうございます」

 小野田は前に跳んだ。そして、悪鬼の起き上がりに合わせて、蹴りをお見舞いした。胸に蹴りを喰らった悪鬼は、二、三メートル先まで吹っ飛んでいった。

「うわ、すっごい体が軽い」

 小野田は前に跳んで、さらに追い打ちをかけようとする。悪鬼のもとまでとんでいくと、拳を放った。

 悪鬼は腕を前で交叉させて、その拳を受け止めた。

 攻撃を止められたことを理解した彼女は、すぐさま後ろに大きく下がる。その直後、彼女のいたところを火のブレスが通っていく。

「これでもだめか」彼女は歯噛みする。

 その時、悪鬼がものすごい勢いで彼女に迫ってきた。そして、空中にいる彼女の腹を、手刀で貫こうとした。

 彼女は体をひねってそれをよけようとした。しかしわずかに攻撃が左脇腹をかする。

「小野田さん、結界の中に戻ってきてください!」そう言いながら、村山は手を合わせる。

 小野田は着地と同時に、再び大きく後ろに跳んだ。その彼女に向かって、悪鬼の左手がぐんっと伸びてくる。悪鬼の指先が彼女の体のすぐ手前まで迫って、目の前で手が閉じられる。

 彼女の巫女服の脇腹あたりが、血で赤く染まる。少し遅れて、魂に受けた傷が体にも影響をおよぼしたのだ。

 彼女が村山たちの元へ戻ってくる。そんな彼女を追いかけるように、悪鬼がこちらへ向かって迫ってきた。

 村山が、合わせていた手を、ばっと前に突き出す。そして結界の中に悪鬼を閉じ込める。

「伊沢さん、今です!」

 伊沢は前に出ると、金色の火の奔流を結界の中に流し込んだ。そして、結界の中で悪鬼を蒸し焼きにした。

「小野田さん、ちょっとだけ待っててください! ここで決めます!」彼は言って、伊沢の背中に手を当てて、彼女の霊力を強化しはじめる。

 結界の中で、悪鬼は体を焼かれながらも激しく暴れまわった。腕をしゃにむに振り回して、結界のあちこちを叩いて壊そうとする。

 結界が壊れることを予想して、小野田が助けに入ろうとする。

「動かないで大丈夫です! もう僕たちの勝ちですから!」彼は勝利宣言をする。

「でも悪鬼はまだ動いてます!」

「蒸し焼きにして倒すつもりなんてありません。やつの丈夫な体を火でもろくすることが重要だったんです。燃えない金や岩ですら、高温の火であぶられれば溶けていきます。そうやってもろくなった相手になら、確実にこの技が通る。かつ、この距離なら確実に当てられます!」

 そしてとうとう、結界が壊れた。しかも伊沢と村山は、自分たちの張った結界からわずかに出てしまっている。彼らを守るものは何もない。だが、彼らは逃げない。大技を叩き込むために。

「イーヒ ジン キラサ アグチ クリト イシュカ」伊沢は呪文のようなものを唱えて、手を前に出した。

 その手から、金色の火のビームが放たれて、悪鬼の胸を貫いた。


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 それは、体長が三メートルはあろうかという、巨大な人型の悪鬼だった。腰にふんどしのようなものをつけているだけで他には何も身に着けておらず、肌の色が灰色で、手足が餓死寸前の人のそれのように細かった。そして、その悪鬼の周りに大量の事故車や、死体が転がっていた。
 村山たちは知るよしもなかったが、それは大観を殺した悪鬼だった。
 悪鬼はこちらに背を向けていた。右腕に何かを持っているようで、その何かを口元へ持って行こうとしていた。
「たすけてえええええ! おかあああさあああああん!」女性の甲高い声が聞こえた。
「いやっ、あっ、いやああああ――」女性の声が途中で消える。
 悪鬼が、ゆっくりとこちらを振り返る。悪鬼は、女性の霊と思われるものを手に握っていて、その霊の頭を口にくわえていた。そしてそのまま、女性の霊の首を噛みちぎった。 
 伊沢と村山の二人は合掌するように手を合わせて、霊力を練り始めた。
 伊沢は合わせた両手を、弓を引くみたいに前後へ大きく広げる。すると金色の火の矢が現れた。
 村山は、しゃがんで右手のひらを地面に押し当てた。すると、オレンジ色の半透明な結界が四人を包み込んだ。
「絶対に僕のすぐ後ろにいてください」村山は、撮影者に向かって言う。
 悪鬼は、女性の霊体の残りを、素早く口に放り込んだ。
 伊沢はよく狙いを定めたあとで、右手で風を起こして、矢を発射した。金色の矢がまっすぐに飛んでいって、悪鬼の胸に命中した。
 悪鬼が叫び声をあげた。さらに、悪鬼の胸から白い煙のようなものがあがった。ところが、悪鬼の胸には傷一つついていなかった。
「効かないか」
 悪鬼が大きな足を前に踏み出して迫ってきた。
 その時、小野田が結界内から飛び出した。常人ではなしえないような、大きなジャンプをしてみせると、一気に悪鬼のもとまで跳んでいった。そして、右足で空中キックを悪鬼の顔面にかました。
 悪鬼が後ろへよろめいた。小野田は地面に着地して、さらに追い打ちをかけようと前に出た。
 その時、悪鬼が口をくわっと開けた。そして悪鬼の口から、大量の炎が吐き出された。
 前に進もうとしていた小野田は炎をよけることができなかった。炎の奔流に全身を飲み込まれた。
 彼女は後ろに全力で跳んで、炎から抜け出した。そして村山たちのすぐそばに着地した。
 彼女は、頬にやけどを負っていた。そのうえ、巫女服の袖が燃えていた。
 悪鬼の霊的な炎は、物質の根源となる魂を焼く。魂を焼かれた物質は結果として現実でも燃えることになってしまうのだ。
「小野田さん、火が」撮影者が慌てた様子で言う。
 しかし彼女は、無言で袖を左手でつかむと、素手で火をもみ消してしまった。
「え、え! 大丈夫なんですか?」撮影者は驚いたように言う。
「はい。私、全身を霊力で強化してるんで、これぐらいは」
「小野田さん、今治します」
 村山は手を合わせて、霊力を練り始める。
 しかし悪鬼がそれを黙って見ていることはない。大きく跳躍して、結界との距離を一気に詰める。そして結界に拳をたたきつけた。
 大きな振動がして、鉄球が壁にぶつかった時のような音が周囲に響き渡る。その一撃で、結界にひびが入る。
 伊沢が手を合わせて、霊力を練る。そして、悪鬼が腕を振り上げて次の一撃を放つより前に、金色の火の奔流を悪鬼に浴びせた。
 悪鬼は火だるまになって、大きな悲鳴をあげて、その場で転げまわった。
「イーヒ ジン イダ ハリハリ イシュカ」村山は呪文のようなものを唱えた。そして両手を小野田の頬に近づける。
 すると、緑色の光が小野田の頬を包み込んだ。彼が手をずらすと、頬のやけどはきれいさっぱりなくなっていた。
「ほかにケガしているところはありますか?」彼は尋ねた。
「ないです。ありがとうございます」
 彼はうなずいて、緑色の光を消した。それから、悪鬼のほうを見る。
 金色の火で全身を焼かれていた悪鬼だが、いつの間にか、火は消えかかっていた。
「闇の力で強引に火を相殺してる。だから火や光が効きにくい」伊沢は言う。
「しかも霊力がばかみたいに高いです。私の蹴りも、全然効きません」小野田は補足する。
 何か糸口が欲しい。しかし、それを考える時間は与えられなかった。悪鬼の体を焼いていた火が消えつつあって、しかも悪鬼が起き上がろうとしていた。
 村山は、小野田の背中に手を押し当てる。
「僕の霊力で小野田さんを強化します」
 彼が強化すると、小野田の霊力が、先ほどよりも大幅に上昇する。
「ありがとうございます」
 小野田は前に跳んだ。そして、悪鬼の起き上がりに合わせて、蹴りをお見舞いした。胸に蹴りを喰らった悪鬼は、二、三メートル先まで吹っ飛んでいった。
「うわ、すっごい体が軽い」
 小野田は前に跳んで、さらに追い打ちをかけようとする。悪鬼のもとまでとんでいくと、拳を放った。
 悪鬼は腕を前で交叉させて、その拳を受け止めた。
 攻撃を止められたことを理解した彼女は、すぐさま後ろに大きく下がる。その直後、彼女のいたところを火のブレスが通っていく。
「これでもだめか」彼女は歯噛みする。
 その時、悪鬼がものすごい勢いで彼女に迫ってきた。そして、空中にいる彼女の腹を、手刀で貫こうとした。
 彼女は体をひねってそれをよけようとした。しかしわずかに攻撃が左脇腹をかする。
「小野田さん、結界の中に戻ってきてください!」そう言いながら、村山は手を合わせる。
 小野田は着地と同時に、再び大きく後ろに跳んだ。その彼女に向かって、悪鬼の左手がぐんっと伸びてくる。悪鬼の指先が彼女の体のすぐ手前まで迫って、目の前で手が閉じられる。
 彼女の巫女服の脇腹あたりが、血で赤く染まる。少し遅れて、魂に受けた傷が体にも影響をおよぼしたのだ。
 彼女が村山たちの元へ戻ってくる。そんな彼女を追いかけるように、悪鬼がこちらへ向かって迫ってきた。
 村山が、合わせていた手を、ばっと前に突き出す。そして結界の中に悪鬼を閉じ込める。
「伊沢さん、今です!」
 伊沢は前に出ると、金色の火の奔流を結界の中に流し込んだ。そして、結界の中で悪鬼を蒸し焼きにした。
「小野田さん、ちょっとだけ待っててください! ここで決めます!」彼は言って、伊沢の背中に手を当てて、彼女の霊力を強化しはじめる。
 結界の中で、悪鬼は体を焼かれながらも激しく暴れまわった。腕をしゃにむに振り回して、結界のあちこちを叩いて壊そうとする。
 結界が壊れることを予想して、小野田が助けに入ろうとする。
「動かないで大丈夫です! もう僕たちの勝ちですから!」彼は勝利宣言をする。
「でも悪鬼はまだ動いてます!」
「蒸し焼きにして倒すつもりなんてありません。やつの丈夫な体を火でもろくすることが重要だったんです。燃えない金や岩ですら、高温の火であぶられれば溶けていきます。そうやってもろくなった相手になら、確実にこの技が通る。かつ、この距離なら確実に当てられます!」
 そしてとうとう、結界が壊れた。しかも伊沢と村山は、自分たちの張った結界からわずかに出てしまっている。彼らを守るものは何もない。だが、彼らは逃げない。大技を叩き込むために。
「イーヒ ジン キラサ アグチ クリト イシュカ」伊沢は呪文のようなものを唱えて、手を前に出した。
 その手から、金色の火のビームが放たれて、悪鬼の胸を貫いた。