「申し訳ありませんが、それを言うことはできません。かりにそれを聞いたとしても記憶が消し飛びます」伊沢がそう答えた。
「記憶が? どういうことですか、それは?」
「私たちはある存在からある能力を授かっています。ただ、その能力については誰にも何も言ってはならない、というきまりになっています。もし破れば、それを聞いた人は、それを聞いたという記憶ごと、内容が頭から消し飛ばされます」
「んん、なるほど。では、言える範囲のことだけ教えてもらえれば結構です。あなたたちの目的について、教えてもらうことはできますか?」
「当面の目的は、京都にいる悪鬼たちを滅ぼすことです」彼女は答える。
「それは、我々と目的が一致していますね。それはいいでしょう。他に何か、私に教えても大丈夫そうなことはありますか?」
三人は少しのあいだ、沈黙する。
「私としては、あなたたちに協力するメリットはなにか、というのを上の者に説明する義務がありましてね。私が協力したいから、というだけでは組織は動いてくれないのですよ。そこのところで、何かしら協力していただけるとありがたいのですが」高田は、業を煮やしたように言う。
「それなら、我々の活動の様子を観察して報告する、というのではだめですか? カメラで除霊の様子を撮って、我々がちゃんと悪鬼たちと戦えることを証明する、というのは?」村山は言った。
高田は少し考えてから、返答する。
「まあ、それでもいいでしょう。あなたたちの除霊の様子を上層部に見せて、判断を仰ぎます。
もし、今から結界の中へ入られるということなのであれば、さっそく、一人同行させましょう」
「はい、よろしくお願いします」
その時、ノックの音がした。
「どうぞ」
「失礼します」
男がドアを開けて、その横から若い女性が入ってきた。彼女は、巫女装束を着ていて、黒い髪を肩のあたりで切りそろえていた。
「初めまして、小野田陽菜っていいます」
それぞれが自己紹介をしたあと、高田から小野田にひととおり状況の説明がなされた。それから、三人は出発した。
移動は、村山の運転する車で行った。車中で、村山は小野田に尋ねた。
「小野田さんって巫女なんですか?」
「一応、はい。父親が神主で、私もその仕事の手伝いをしてました」
「なるほど。ちなみに、小野田さんはどういう除霊のやりかたをされるんですか?」
「私は、霊を殴ります」
「殴るんですか」
「はい。難しい術とか、全然わからなかったんで。霊力で体を強化して殴ったほうがはえーや、ってなっちゃって。だからちょっと、いろんなところで迷惑かけるかもです」
「ああいや、全然。逆に僕は、結界を張ることと回復することしかできませんから。僕こそ、攻撃に参加できないことで迷惑をかけてしまうかもしれません」
「ああいや、助かります。私は逆に、すごいしっかりした結界とかは作れないんで。伊沢さんはどういうタイプなんですか?」
「私は火で燃やすことが多いです。いちおう、そのほかのこともひととおりはできます」
「伊沢さんは僕の師匠でもあるので、僕なんかよりずっと強いですよ」彼は我がことであるかのように、誇らしげに言った。
「村山君、なんかおかしくない?」
「え、なんか僕、おかしなこと言いました?」
「違う。さっきから、対向車が一つも来てない。避難警報は出してあるはずなのに」
「ああ、確かに妙ですね。あっ、分かれ道ありますけど、どっち行ったらいいですか?」
「・・・・・・左の方」
「わかりました」
それから彼は、Y字路のところで左に曲がった。
「もう結界の中に入ってますけど、まじで人がいないですね。でも、車もないっていうのはどういうことなんでしょう? ここにいる人はみんな、避難したんですかね?」
車で少し進んだところで、伊沢は「ここで停めて」と言った。
「何かありましたか?」車を停めてから、彼は尋ねた。
「待ち伏せされてる」
三人は黙って車を降りた。それから、伊沢は道の先をじっと凝視した。そんな彼女の様子を、けげんな表情で小野田は見る。それに気づいた彼は説明した。
「伊沢さんは今、霊視をしているんです。周囲にあるものを視て感じるイメージとか、そこに滞留している念を視たりとかしてるんです」
しばらくして、伊沢が口を開いた。
「この先に恐怖の念とか、絶望の念がいっぱい残ってる。あと、悪鬼の気配もある。たぶん、この道を通ろうとした人を悪鬼が襲ってたんだと思う。しかもたぶん、誰も逃げきれてない。逃げきれて安堵してる人の念が、ひとつもない」
彼は想像以上の事態に驚愕する。小野田も同様の反応を示していた。
「悪鬼は、どのへんにいるんですか?」彼は尋ねる。
「もうすぐそこだと思う。気配が近い。ここからは歩いていこう」
しばらく歩いて、住宅やお店が増えてくるあたりまできたところで、彼らはそれの姿を目にすることになった。