濃密な土日を経て、月曜日が始まった。
いつもなら憂鬱な日だが、今日に限っては違う。
昨日、大槻が教えてくれたこと。
轟先輩が山路の辞める動機を知っているということについて、俺は一早く確認したかったからだ。
退屈な授業を何とかやり過ごし、昼休みになると俺は急いで教室を出た。
そしていつも部活で使っている空き教室に向かう。
どうやら先に来ていたようで、扉が少し開いていた。
俺は少し緊張しながら、教室へと入っていった。
「やぁ、杉野ん。早いね」
「すみません轟先輩。遅れましたか?」
待ち合わせをしていた轟先輩は窓側に立って、外を見ていた。
轟先輩を二人きりで教室というこの状況に俺はいつぞやの面談を思い出した。
教室の中に入り、扉を閉める。
こちらを向いた轟先輩は首を横に振り、答える。
「ううん。私の方がここに近いからね。その差だよ」
「なら良かったです」
ここで俺は轟先輩がいつもより落ち着き払っていることに気づいた。
普通ならここで元気よく冗談を言ったりするはずなんだが。
俺の中で、何かが警戒信号を出していた。
いつもと違う雰囲気に飲まれないように集中しながら、俺は話し出す。
「その、先輩に聞きたいことがあって、実は――」
「山路んのこと?」
俺は唖然とした。あまりに軽く言われたから反応できなかった。
対して轟先輩は、まるですべてを知っているかのように冷静な顔で俺を見てきた。
「そんなに驚くことかな? だってそれを聞きに来たんでしょ?」
「そうです、けど……」
「それに驚くのは私の方だよ。まさか二人目が杉野んだなんて」
「二人目……?」
「おっと、その様子じゃ知らないな? じゃあ秘密だ」
わざとらしく口に手を当てる轟先輩。
いったい何のことやら。しかし今はそれを考える時ではない。
「轟先輩。大事な話なんです」
「うん。知ってる。山路んが辞めるんでしょ?」
「どうして……!?」
「それはどうして知っているのか、それともどうして知っていて平然としているのか、どっちかな?」
けろっとした態度で聞いてきた。
俺の中で苛立つ気持ちを抑えながら尋ねる。
「できればどっちも説明してほしいです」
「うん、いいよ。知ったのは昨日。ある人物から教えてもらってね。平然としているのは私じゃどうしようもないことだから」
どちらの質問の答えも気になったが、特に後者の方に違和感を覚えた。
私じゃどうしようもない? 大槻は山路が辞める動機を轟先輩が知っていると言っていた。そしていつもの轟先輩なら部長として、こういった問題は率先して解決しようとするはずだ。
俺は轟先輩と目を合わせる。その瞳はどこか悲しみを帯びていた。
「先輩は、何もしないんですか?」
「……今回のことに関しては、私は干渉できないよ」
「山路が辞めてもいいって言うんですか!」
「そんなことは言わないよ。でもね、山路んが求めたのは今後の演劇部でしょ。なら私はそこにいないよ」
それはある意味、当然の答えだったのかもしれない。
三年生の轟先輩は春大会で引退する。
だから未来の話に先輩たちはいないんだ。
分かっているからこそ、轟先輩は干渉しない。
「……先輩は山路の辞める動機について、知っていますか?」
「!」
俺が質問すると一瞬轟先輩の表情が変わった。
しかしすぐに笑顔になり、落ち着いた様子で答える。
「知っているけど、どうしてそれを知りたいのかな?」
「え?」
「聞いた話だけど山路んがみんなに求めたのは今後の演劇部についてでしょ?」
言うのを拒んだ? それともこちらを試しているのか?
俺は轟先輩の答えに疑問を持ちながらも、今ある自分の意見を言う。
「……確かに山路が求めてきたことと辞める動機は関係ないのかもしれません。でも……今更かもしれませんが、俺は山路と向き合いたいんです。そのために何で辞めるのか、知りたいんです」
「真っ直ぐだね、杉野んは」
俺の答えに轟先輩はそう呟いた。
困ったような、参ったようなその笑みの真意を俺は分からなかった。
「でも、悪いんだけど私の口から言うことはできない」
空気が一転した。
真剣な表情で轟先輩は見てくる。
張り詰めた空気の中、俺は聞いた。
「それは、どうしてですか……」
「理由はいくつかあるけど、一番は杉野んには能天気でいてほしいから」
「そんな! ……こんな状況で能天気になんて」
「私はそれが杉野んの長所だと思う……って前も言ったよね、これ」
「……はい」
あれは一年生に朗読劇を見せた後、購買部の自販機前で話したときだ。
納得いっていない俺を見て、轟先輩優しく諭してきた。
「能天気ってそんなに悪いことじゃないよ。杉野んの気楽な一言に救われることもある」
「でも……じゃあ、俺はどうすればいいんですか?」
藁にも
縋る気持ちで、そんなことを聞いてしまった。
轟先輩は少し考えた後に俺に近づき、頭を撫でてきた。
「先輩……?」
「杉野ん。二年生たちの中で何があったのか私は知らない。でもね。落ち着いて」
何かが、俺の中に沁み込んできた。
暖かく、心地いい感覚に落ちる。
「突然のことで驚いているのか、それとも樫田んとかに確信めいたことを言われたのか。分からないけど、杉野ん、君が今できることは何?」
「俺がしなきゃいけないのは――」
「違うよ、しないといけないことじゃない。出来ることだよ?」
出来ること? 改めて問われると、中々答えが出なかった。
黙っていると轟先輩は撫でるのを止め、俺から少し距離を取った。
そして思いっきり胸を張り、右手で俺を指さしてきた。
「分からないなら私が答えよう! 杉野ん! 君が今できるのは真剣に部活に取り組むことだ!」
声高らかに宣言する轟先輩。
それはいつものエネルギッシュな先輩だった。
「考えても分からないことはどうにもできない! なら、出来ることをしなさい!」
心気充分という感じで笑う先輩を前に、俺は圧倒された。
けど、何故かそんなに嫌な気分ではなかった。
「それでいいんでしょうか?」
「いい! それでいい! ……そしたらきっと自分にしかできないことが見えてくるよ」
はっきりと断言する轟先輩を見て、俺は迷っていた自分が馬鹿みたいに思えてきた。
その瞬間、俺の心の中で何かが動いた気がした。
「ありがとうございます、轟先輩。俺、頑張ってみます」
決意を秘めた声で俺が答えると、轟先輩は満足そうに頷いた。
「そうそう、それでこそ杉野んだ」