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第十八話:鬱金香杯 - 追い込みの華

ー/ー



 冷たい人工大気が張り詰める、木星圏のレースドーム。
 今日は春のトライアル戦、D2鬱金香杯の開催日だった。

 

 フリアノンはスタート前のパドックで、緊張に小さく震えていた。

 

 (大丈夫……大丈夫……。)

 

 だが、手の震えは止まらない。
 スレイプニルの死、ユリウスに拒絶されたショック――そのすべてを押し込めて、この日まで走ってきた。

 

 

 ◇

 

 「おーいノンちゃん、肩に力入りすぎやで~。」

 

 明るい声がコクピットに響く。
 通信機越しのミオ姉の声だ。

 

 「そ、そんなこと……。」

 

 「あるある。ウチにはわかんねん。
 ええか?今日はいつもの追い込みで行くで。」

 

 「……はい。」

 

 

 ◇

 

 出走表には強者の名が並ぶ。

 

 ◆1枠1番 シルフィードスター
 ◆2枠2番 ライジングビート
 ◆3枠3番 クリムゾンスター
 ◆4枠4番 フリアノン(白雷)
 ◆5枠5番 アステリズム
 ◆6枠6番 ギャラクシーフロスト
 ◆7枠7番 ハーモニックレイン

 

 3位以内に入れば、D1チェリーブロッサムカップへの出走が決まる。

 

 

 ◇

 

 (絶対に……負けられない……。)

 

 スタートゲートに入ると、無数のライトが照らし出す視界が少し霞んだ。
 酸素濃度調整警告が鳴る。

 

 「ノンちゃん、深呼吸やで~?」

 

 ミオ姉の声が優しく響く。

 

 (……ミオ姉……。)

 

 

 ◇

 

 パンッ!!

 

 乾いた音が宇宙港に響き、鬱金香杯が始まった。

 

 

 ◇

 

 「飛び出したのはクリムゾンスター!続いてライジングビート!フリアノンは後方二番手!」

 

 実況が叫ぶ。

 

 (追い込み……焦らない……。)

 

 ミオ姉の言葉が脳裏をよぎる。

 

 「ノンちゃん、焦ったらあかんよ~。
 このコースは最終コーナーで膨れる機体が多い。
 内ラチ沿い、最後まで残しておき。」

 

 「……はい……。」

 

 

 ◇

 

 レースは中盤へ。
 先行勢は依然としてハイペースを維持していた。

 

 (……まだ……まだ……!)

 

 フリアノンの念動力は温存されたままだった。
 息を殺し、ただ周囲の気配を探る。

 

 

 ◇

 

 そして最終コーナー。

 

 「ミオ姉……っ!」

 

 「行こか、ノンちゃん。」

 

 

 ◇

 

 その声と同時に、フリアノンは全開で念動力を解放した。

 

 (スレイ……力を……!)

 

 身体が後方に押し付けられる。
 加速Gで血管が軋む感覚。
 機体を包むシールドが振動し、粒子光が弾けた。

 

 

 ◇

 

 「フリアノンが来たぁぁっ!!」

 

 実況が絶叫する。

 

 6番手から5番手へ。
 5番手から4番手へ。

 

 残り200m。
 フリアノンの機体はライジングビートと並んだ。

 

 

 ◇

 

 「内や!ノンちゃん、内を突きぃ!」

 

 「はいっ!!」

 

 フリアノンは思い切って内ラチへ寄せる。
 ライジングビートの影をすり抜け、3番手浮上。

 

 (あと……一機……!)

 

 

 ◇

 

 残り100m。

 

 「シルフィードスターが粘る!外からフリアノン!フリアノンが伸びる!!」

 

 視界が歪む。
 血管が切れそうになる。
 でも――

 

 (スレイ……わたし……勝つっ!!)

 

 

 ◇

 

 ゴール板を駆け抜けた瞬間、視界が真っ白になった。

 

 

 ◇

 

 結果発表。

 

 ――1着 クリムゾンスター
 ――2着 フリアノン
 ――3着 シルフィードスター

 

 

 ◇

 

 「ノンちゃん、よう頑張ったなぁ!!」

 

 ミオ姉の声が涙で滲む視界に届く。

 

 「……勝てなかった……。」

 

 「勝ち負けやあらへん。今日は3位以内が目標やろ?
 2着や。堂々たるモンやで!」

 

 

 ◇

 

 そうだった。
 これで――

 

 「……チェリーブロッサムカップ……出られる……。」

 

 涙が溢れた。

 

 (スレイ……見てて……わたし……クラシックに出るよ……。)

 

 少女の頬を、静かに涙が伝った。


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次のエピソードへ進む 第十九話:再会の火花


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 冷たい人工大気が張り詰める、木星圏のレースドーム。
 今日は春のトライアル戦、D2鬱金香杯の開催日だった。
 フリアノンはスタート前のパドックで、緊張に小さく震えていた。
 (大丈夫……大丈夫……。)
 だが、手の震えは止まらない。
 スレイプニルの死、ユリウスに拒絶されたショック――そのすべてを押し込めて、この日まで走ってきた。
 ◇
 「おーいノンちゃん、肩に力入りすぎやで~。」
 明るい声がコクピットに響く。
 通信機越しのミオ姉の声だ。
 「そ、そんなこと……。」
 「あるある。ウチにはわかんねん。
 ええか?今日はいつもの追い込みで行くで。」
 「……はい。」
 ◇
 出走表には強者の名が並ぶ。
 ◆1枠1番 シルフィードスター
 ◆2枠2番 ライジングビート
 ◆3枠3番 クリムゾンスター
 ◆4枠4番 フリアノン(白雷)
 ◆5枠5番 アステリズム
 ◆6枠6番 ギャラクシーフロスト
 ◆7枠7番 ハーモニックレイン
 3位以内に入れば、D1チェリーブロッサムカップへの出走が決まる。
 ◇
 (絶対に……負けられない……。)
 スタートゲートに入ると、無数のライトが照らし出す視界が少し霞んだ。
 酸素濃度調整警告が鳴る。
 「ノンちゃん、深呼吸やで~?」
 ミオ姉の声が優しく響く。
 (……ミオ姉……。)
 ◇
 パンッ!!
 乾いた音が宇宙港に響き、鬱金香杯が始まった。
 ◇
 「飛び出したのはクリムゾンスター!続いてライジングビート!フリアノンは後方二番手!」
 実況が叫ぶ。
 (追い込み……焦らない……。)
 ミオ姉の言葉が脳裏をよぎる。
 「ノンちゃん、焦ったらあかんよ~。
 このコースは最終コーナーで膨れる機体が多い。
 内ラチ沿い、最後まで残しておき。」
 「……はい……。」
 ◇
 レースは中盤へ。
 先行勢は依然としてハイペースを維持していた。
 (……まだ……まだ……!)
 フリアノンの念動力は温存されたままだった。
 息を殺し、ただ周囲の気配を探る。
 ◇
 そして最終コーナー。
 「ミオ姉……っ!」
 「行こか、ノンちゃん。」
 ◇
 その声と同時に、フリアノンは全開で念動力を解放した。
 (スレイ……力を……!)
 身体が後方に押し付けられる。
 加速Gで血管が軋む感覚。
 機体を包むシールドが振動し、粒子光が弾けた。
 ◇
 「フリアノンが来たぁぁっ!!」
 実況が絶叫する。
 6番手から5番手へ。
 5番手から4番手へ。
 残り200m。
 フリアノンの機体はライジングビートと並んだ。
 ◇
 「内や!ノンちゃん、内を突きぃ!」
 「はいっ!!」
 フリアノンは思い切って内ラチへ寄せる。
 ライジングビートの影をすり抜け、3番手浮上。
 (あと……一機……!)
 ◇
 残り100m。
 「シルフィードスターが粘る!外からフリアノン!フリアノンが伸びる!!」
 視界が歪む。
 血管が切れそうになる。
 でも――
 (スレイ……わたし……勝つっ!!)
 ◇
 ゴール板を駆け抜けた瞬間、視界が真っ白になった。
 ◇
 結果発表。
 ――1着 クリムゾンスター
 ――2着 フリアノン
 ――3着 シルフィードスター
 ◇
 「ノンちゃん、よう頑張ったなぁ!!」
 ミオ姉の声が涙で滲む視界に届く。
 「……勝てなかった……。」
 「勝ち負けやあらへん。今日は3位以内が目標やろ?
 2着や。堂々たるモンやで!」
 ◇
 そうだった。
 これで――
 「……チェリーブロッサムカップ……出られる……。」
 涙が溢れた。
 (スレイ……見てて……わたし……クラシックに出るよ……。)
 少女の頬を、静かに涙が伝った。