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ー/ー



わかる。

四方から見られてるという、視線にも似たその感覚。
明日香コタローは気配を悟られないようにそっと足を止め、1人と一匹の背中が小さくなるまで見守っていた。

なにかおかしい。
親友……こんな自分を家にまで誘ってくれて、一宿一飯ところじゃないほどにもてなしてくれたタケルのことを思うと、自分は口にすることができなかったから。
この前、学校の中で戦った化け物……いや、あいつらは元来僕たちと一緒の人間だ。人間が何かしらの超常現象にも似た力に乗り移られ、化け物の姿と化してしまった存在。
だけど今回のイタチには「それ」が感じられなかったからだ。
厳しい修行によって、自分はある程度なら奴らの歪な気を感知する能力を身につけた。さらには師から受け継がれた妖刀「鵼斬り」そのものにも見分ける力が備わっていた。
だが、今はその2つが一切反応しない。
同様の現象は、タケルと初めて会った時もそうだった。
化け物なのに、化け物じゃない。
そして今日初めて会った、ジンという飼い犬もだ。
タケルを無理やり巻き込むわけにはいかない。だから僕1人だけでもなんとか……
背負っていた刀に手をかけたが、しかし一向に鞘から抜ける感触はない。
だが、それでも奴らとはどうにか対等に戦える。この鵼斬りは鞘の上からでもかなりの妖気を放っており、刀としての切れ味を落とすことはなかったからだ。

ふと、暗闇の向こうから鉄臭さが漂ってきた。
「血の匂い?」つい独り言が漏れてしまう。となると近くに被害者か、または手負いの何者かがいるということか。
息を殺して匂いのする方向へ進むと、足の裏にぬるりとした感触が。
……血!?

「おい」

突然の唸り声に、コタローは思わず反射的に飛び退いた。
まるで自分を呼んでたかのように。けどそれは犬の唸り声だ、いや呼び声か。
「え、犬さん!?」
だがそれにぷいと背を向けると、犬はコタローにも分かるように、尖った鼻先で周りの暗闇を指し示した。
「割と近い場所にいるぞ、奴らが」
「ですよね……って、えっ!?」
いきなりの声にビックリした。耳……いや頭の中に直接??
声色からして、自分に兄がいたらこんな感じだろうか。そんな青年のような声。
「聞こえてるのか。だったら話は早いな」
「えっ、あわわ、犬さんって喋れるんですか」
コタローの柄にもない動揺に軽くため息。

「イヌじゃねえ、俺はれっきとしたオオカミだ」
「えっすごい! ならタケルと同じですね」
「はァ? あんなヤツと同じにするな!」
キッと射すくめる眼光に、コタローはふとたじろいだ。
そうだ、でなきゃタケルが一緒にこの犬……いやオオカミを連れて行くわけないし。と。

「でも、なぜ僕の居場所が分かったのでしょうか?」
そしてまた、ジンはいつもの相手をなめているかのような目つきへと戻っていった。
「血の匂いと……それにお前も突然いなくなったからな。何かあったのかと思って」
「それなんですが、僕もケガなんかしてないですし……」

「う……」
目の前の草むらからだった。耳をそばだてなければ聞こえないほどの小さなうめき声が、突然聞こえたのは。
ジンは直感した。人間じゃない。俺と同じ動物の声だと。
2人は大急ぎで真っ暗な草むらへと飛び込み、目にしたもの、それはイタチの子供だった。追い求めている巨大なタイプではない。これは本物の、正真正銘のイタチだ。
焦げ茶色の背中には大きな傷がぱっくりと開き、大量の血を流していた。
「大変だ、早く手当しないと!」
ジンはコタローのその行為に、思わずえっと言いそうになってしまった。
いいのか? こいつはもしかしたら連中の仲間かも知れないんだぞ。それをわざわざ助ける気か?
コタローは躊躇することなく、懐から真っ黒な包帯を取り出し、手際よくイタチの長い胴に巻いていった。
「これ、いろんな薬草を染み込ませた包帯なんです。もちろん止血にも使えます」
誰に向けて言ってんだ、俺か? それともイタチの方か……?
ジンの方が不思議な感覚へととらわれた。お人好しなのかバカなのか。ただひとつ分かることは、さっきまで荒かったイタチの呼吸がみるみるうちに落ち着いて来たことだけだ。

「これでよし……!」
「ひとつ聞きてえことがある」
いきなりの質問に、コタローもあっけに取られていた。はぁ、と。
「そのイタチ……俺たちが追ってる奴らと同じ匂いがするぞ、罠だとしたらどうするんだ?」
「だからといって放っておくことはできませんよ。たとえ敵であろうと救いたい気持ちはあります。違いますか?」

なるほど。強情なようでいて、そのくせ言葉だけは凛としている。
「足が臭いだけのアイツとは違うな。ちょっとだけ見直したぜ」

その唐突な物言いに、コタローも思わずぷっと吹き出してしまった。
「オオカミさんもご存知なんですね、タケルのこと」
もちろんだ。そう前置きしてジンはまた続けた。
「俺の名前はジンだ。お前だったらば呼び捨てでもいいぞ」
「えっと、僕は……」
「コタロー、ってあいつは言ってたっけか」
「そうです、なんかお互いタケルのことで気が合いそうですね」
ジンの黒く濡れた鼻先が、コタローと同じようにふふっと笑みを漏らした。

「だが勘違いするなよ。俺はタケルのやつを心配させたくなかっただけだ」
「……と言いつつ、タケルのこと置いてけぼりにしちゃってません?」

そう話している間にも、イタチの包囲網は徐々に狭まってきていた。
子供を狙っていたのか、それともジンたちに今度はターゲットを変えたのかはまだ分からない。だがこの刀を背負ったチビ助も同様に守る価値はあると、ジンは胸の隅で感じていた。
「なあコタロー。ちょっと聞きてえんだが……」
「な、なんでしょうか?」
「どうしてタケルってあんなに足が臭えのか、お前知ってるか?」

「ぷふっ」

思いっきり気が緩んだ。


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わかる。
四方から見られてるという、視線にも似たその感覚。
明日香コタローは気配を悟られないようにそっと足を止め、1人と一匹の背中が小さくなるまで見守っていた。
なにかおかしい。
親友……こんな自分を家にまで誘ってくれて、一宿一飯ところじゃないほどにもてなしてくれたタケルのことを思うと、自分は口にすることができなかったから。
この前、学校の中で戦った化け物……いや、あいつらは元来僕たちと一緒の人間だ。人間が何かしらの超常現象にも似た力に乗り移られ、化け物の姿と化してしまった存在。
だけど今回のイタチには「それ」が感じられなかったからだ。
厳しい修行によって、自分はある程度なら奴らの歪な気を感知する能力を身につけた。さらには師から受け継がれた妖刀「鵼斬り」そのものにも見分ける力が備わっていた。
だが、今はその2つが一切反応しない。
同様の現象は、タケルと初めて会った時もそうだった。
化け物なのに、化け物じゃない。
そして今日初めて会った、ジンという飼い犬もだ。
タケルを無理やり巻き込むわけにはいかない。だから僕1人だけでもなんとか……
背負っていた刀に手をかけたが、しかし一向に鞘から抜ける感触はない。
だが、それでも奴らとはどうにか対等に戦える。この鵼斬りは鞘の上からでもかなりの妖気を放っており、刀としての切れ味を落とすことはなかったからだ。
ふと、暗闇の向こうから鉄臭さが漂ってきた。
「血の匂い?」つい独り言が漏れてしまう。となると近くに被害者か、または手負いの何者かがいるということか。
息を殺して匂いのする方向へ進むと、足の裏にぬるりとした感触が。
……血!?
「おい」
突然の唸り声に、コタローは思わず反射的に飛び退いた。
まるで自分を呼んでたかのように。けどそれは犬の唸り声だ、いや呼び声か。
「え、犬さん!?」
だがそれにぷいと背を向けると、犬はコタローにも分かるように、尖った鼻先で周りの暗闇を指し示した。
「割と近い場所にいるぞ、奴らが」
「ですよね……って、えっ!?」
いきなりの声にビックリした。耳……いや頭の中に直接??
声色からして、自分に兄がいたらこんな感じだろうか。そんな青年のような声。
「聞こえてるのか。だったら話は早いな」
「えっ、あわわ、犬さんって喋れるんですか」
コタローの柄にもない動揺に軽くため息。
「イヌじゃねえ、俺はれっきとしたオオカミだ」
「えっすごい! ならタケルと同じですね」
「はァ? あんなヤツと同じにするな!」
キッと射すくめる眼光に、コタローはふとたじろいだ。
そうだ、でなきゃタケルが一緒にこの犬……いやオオカミを連れて行くわけないし。と。
「でも、なぜ僕の居場所が分かったのでしょうか?」
そしてまた、ジンはいつもの相手をなめているかのような目つきへと戻っていった。
「血の匂いと……それにお前も突然いなくなったからな。何かあったのかと思って」
「それなんですが、僕もケガなんかしてないですし……」
「う……」
目の前の草むらからだった。耳をそばだてなければ聞こえないほどの小さなうめき声が、突然聞こえたのは。
ジンは直感した。人間じゃない。俺と同じ動物の声だと。
2人は大急ぎで真っ暗な草むらへと飛び込み、目にしたもの、それはイタチの子供だった。追い求めている巨大なタイプではない。これは本物の、正真正銘のイタチだ。
焦げ茶色の背中には大きな傷がぱっくりと開き、大量の血を流していた。
「大変だ、早く手当しないと!」
ジンはコタローのその行為に、思わずえっと言いそうになってしまった。
いいのか? こいつはもしかしたら連中の仲間かも知れないんだぞ。それをわざわざ助ける気か?
コタローは躊躇することなく、懐から真っ黒な包帯を取り出し、手際よくイタチの長い胴に巻いていった。
「これ、いろんな薬草を染み込ませた包帯なんです。もちろん止血にも使えます」
誰に向けて言ってんだ、俺か? それともイタチの方か……?
ジンの方が不思議な感覚へととらわれた。お人好しなのかバカなのか。ただひとつ分かることは、さっきまで荒かったイタチの呼吸がみるみるうちに落ち着いて来たことだけだ。
「これでよし……!」
「ひとつ聞きてえことがある」
いきなりの質問に、コタローもあっけに取られていた。はぁ、と。
「そのイタチ……俺たちが追ってる奴らと同じ匂いがするぞ、罠だとしたらどうするんだ?」
「だからといって放っておくことはできませんよ。たとえ敵であろうと救いたい気持ちはあります。違いますか?」
なるほど。強情なようでいて、そのくせ言葉だけは凛としている。
「足が臭いだけのアイツとは違うな。ちょっとだけ見直したぜ」
その唐突な物言いに、コタローも思わずぷっと吹き出してしまった。
「オオカミさんもご存知なんですね、タケルのこと」
もちろんだ。そう前置きしてジンはまた続けた。
「俺の名前はジンだ。お前だったらば呼び捨てでもいいぞ」
「えっと、僕は……」
「コタロー、ってあいつは言ってたっけか」
「そうです、なんかお互いタケルのことで気が合いそうですね」
ジンの黒く濡れた鼻先が、コタローと同じようにふふっと笑みを漏らした。
「だが勘違いするなよ。俺はタケルのやつを心配させたくなかっただけだ」
「……と言いつつ、タケルのこと置いてけぼりにしちゃってません?」
そう話している間にも、イタチの包囲網は徐々に狭まってきていた。
子供を狙っていたのか、それともジンたちに今度はターゲットを変えたのかはまだ分からない。だがこの刀を背負ったチビ助も同様に守る価値はあると、ジンは胸の隅で感じていた。
「なあコタロー。ちょっと聞きてえんだが……」
「な、なんでしょうか?」
「どうしてタケルってあんなに足が臭えのか、お前知ってるか?」
「ぷふっ」
思いっきり気が緩んだ。