降りそそぐ
瑠璃色の光が
涙みたいな光が
降りそそぐ
きらきらと
さらさらと
絶望みたいな顔をして
|紅《あか》い花弁に銀のフォークとナイフを添え、一口大に切りわける。
……力加減を間違えた。
白磁の皿が小さくキィと鳴る。
吸い込みかけた息を止め、左隣に座る女の子の顔をちらりと窺う。
この耳障りな音を謝っておこう。
案の定、明るい琥珀色の瞳がわたしを見ていた。
「あ、ごめんなさい」
怒っている様子はなさそうだけれど素早く謝罪の言葉を伝える。
「気にしなくていいよ」
女の子は明るいハイトーンでかわいく首を傾げてくれた。
色白で背の高い子だった。
座っているから正確ではないけれど、わたしより十センチ近く高いだろうか。
髪はうねうねと波打つ赤毛。
まとまりきらないみたいで、ポニーテールがアサガオみたいに広がっていた。
「たぶん誰も気にしてない」
「それならよかったです。ほっとしました」
ほっとしたついでに、気になっていたことを聞いてみる。
「それであの、これってそのまま食べていいんですか?」
彼女はなにを言われているのかわからないという風に、琥珀色の大きな目をぱちぱちとしばだたかせた。
「その、ソースとかドレッシングとか」
「ああ、そういうこと」
合点がいったというように彼女はうなずいた。
アサガオみたいなポニーテールが、ふわりふわりと揺れる。
「皿に添えられてないんだから、そのままでいいんだよ」
「そうなんですね。ありがとうございます」
初めての場所。
初めての慰霊祭。
初めての食材。
少しだけ緊張がほぐれた気がした。
「花を食べるのは、はじめて?」
「ええ、じつは」
「味は悪くないし栄養も調整されてるんだけど、お腹が膨れないのは難点だね」
フォークを持ち上げると、彼女は紅い花のがくを大胆に突き刺した。
ナイフはテーブルの上のまま。
そして大きく口をあけ、花を丸ごと放り込む。
しばらく咀嚼。
「あと、舌に色が付く」
べえ、と小さな舌を出してみせる。
食べた量が少ないからなのか、言うほど赤くはないなと思った。
「お行儀悪いですよ」
体の大きさの割に子どもっぽいのは、もしかしたらわたしより年下なのだろうか。
「誰も見てないよ」
「わたしが見てますけど」
「じゃあ黙っててよ」
「もちろん言いませんけど」
「ありがと。ボクはシュカ。君は?」
「えっと、わたしはミソラです」
「よろしくね、ミソラ」
口を横に大きく釣り上げて、シュカは笑った。
あまりに邪気のない笑顔にこちらもつられそうになる。
でもたぶん、ここで私が笑うのは違う。
「よろしくおねがいします、シュカ」
視線を外し、小さく会釈をするにとどめる。
わたしは半分くらいに切り取った花びらをフォークで口に運び、そっと噛みしめた。
思ったより複雑な味がした。
甘みと酸味と苦みがほどよく混ざり、柑橘系のフルーツサラダみたいな。
後味も、くどくない程度に爽やかに残る。
たしかにシュカの言うとおりお腹は膨れないけれど、きりっとした味付けは妙な満足感がある。
「その制服、見たことない」
シュカがわたしのセーラー服の胸元を指さした。
「そう……ですか」
発言の意図が読み切れず、あいまいに答えてしまう。
「ひらひらして、すごくかわいい」
「ありがとうございます」
コバルトブルーのスカーフを持ち上げてみせた。
「いいなあ。うちの制服、これだもん」
シュカは襟元をつまんで唇をとがらせた。
近くのテーブルに軽く視線を巡らせると、なるほど同じデザインの服を着た子たちが何人もいる。
基本はブレザー風のパンツスーツだ。
ネイビーをベースにパールホワイトとスカイブルーで品のいいアクセントを加えているけど、制服というよりはスポーツウェアに近い。
見た目より機能性を重視しているような、良く言えば未来的でスマート、悪く言えばかわいくないデザインだ。
「スカートの制服って初めて見た。外の人?」
「はい。去年、修学旅行で来ました」
「そっかあ。たいへんだったね」
「……」
悪意がないのはわかる。
でも、そんな言葉で片付けられたくないというわたしの気持ちはどうしようもない。
沈黙で感情をこらえるのが精いっぱいだった。
慰霊祭会場のメインスクリーンに目を向けると、レトロ風なデザインの円いアナログ時計が映し出されていた。
それは『刻まれた愚行』と呼ばれる、全人類が知っている時計だ。
あの戦争からしばらくあとに地球に送り込まれた無人調査団が持ち帰ったものだ。
見た目は無傷だけど、最初の爆弾が落ちた時間で針が止まっていた。
わたしは偶然にも修学旅行で戦争の被害を免れた。
でもあの日あのときから、わたしの世界と生活は一変してしまった。
「もしかして、なんか怒ってる?」
シュカが探るような目をこちらに向けていた。
「……いえ、そんなことは」
そうだ、と言わない程度の分別がわたしにはある。
少なくとも彼女に悪意はないのだから。
「ならよかった。急に黙っちゃうから」
「すみません。ちょっと考え事をしていました」
「あやまらなくてもいいよ」
とりあえず話題を変えよう、とわたしは思った。
さいわいにも、質問には事欠かない。
なにしろ長期順化訓練を終えてからまだ二ヶ月くらいしかたっていないのだ。
「あの。ここの人はよくお花を食べるんですか?」
「ううん。慰霊祭の日だけだよ」
「え?」
「外の人がどうしても慰霊祭にお花を供えたいって言うから、そのあとに食べるんだよ」
「ええと……」
困惑するわたしの表情を見て、シュカは手をポンと打ち合わせた。
「あ、そうか。あのね、この街は食べるためのお花しか育ててないんだよ。だって捨てるためだけにお花を育てるなんてもったいないでしょ」
少し考えをめぐらして、ようやくわかった。
献花のための花というものが存在しないから食用の花で代用する。
そしてそのあとは持ち帰ったり捨てたりするのではなく、みんなで食べる。
わたしたちのために、無意味どころか浪費と知りつつ慣習を合わせようとしてくれているのだ。
「貴重なお花なんですね」
「お腹は膨れないけどね。どうせなら果物になってから食べた方が絶対にいいのにってボクは思うんだけど」
「これも美味しいですけど、いつもお花だったら困りますね」
「でしょでしょ。あ、あれ見て。ちょうど植物工場が映ってる」
シュカの指さす先、メインスクリーンは一定間隔で違う映像を流しているようで、今は一面の花畑が映し出されていた。
規則正しく種類別に並んで咲く花の列。
ブルーベリーのような果実を鈴なりに実らせている列もある。
真っ白で病院みたいに清潔感のある壁と天井。
植物周辺はなじみのない薄紫色の光で満ちている。
自然からかけ離れた光景。
「え、あれって、蝶々ですか」
だからそこに色とりどりの蝶が無数に舞い飛んでいるのは、逆に不自然に思えた。
「そうだね」
……ちがう。
シュカの淡白な反応で再度理解した。
あれも授粉用と食用を兼ねているんだ。
そういえば社会科の授業で見た気がする。
無駄を許容できない閉鎖された社会。
閉鎖されているがゆえに戦争を生き延びることができた街。
灰色の岩と砂に囲まれた小さな土地。
|青い光の届く端っこの世界《Far Side Blue》。
わたしはここで生きていく。
生きていかなくてはならないんだ。
あらためてテーブルの手元に視線を落とした。
それは名も知らぬ、紅い花。
それは鑑賞のためでも感傷のためでもなく、生存のために育てられた糧。
「遠すぎてお祈りも届かなかったら、どうすればいいんですかね」
「え?」
「なんでもないです」
さっきよりも少しだけ力を抜いてナイフを動かす。
はるかな故郷へ捧げられた弔いの花は意味もなく美しい。
持ち上げたフォークの先で紅い花弁が揺れた。
舞い落ちる
深紅の花びらが
涙みたいな花びらが
舞い落ちる
ひらひらと
はらはらと
わたしの知る六分の一の速度で