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第二十四話 基本に立ち返れ

ー/ー



 拓磨(たくま)五芒結星(ごぼうけっせい)の中に入り浸るようになってから、もうとっくに半日が過ぎていた。赤白く光る結界の中で、目を閉じて微動だにしない男の横顔を眺めながら、私はふぅと短い溜め息を吐いた。
 こうしていると私は暇を持て余しているように見えるが、実際はその逆だ。拓磨が心力(しんりょく)維持の修行を始めてから、私は神経が休まることがない。

「……あぁ、また乱れてきたな」

 結界の光が僅かに揺れている。こうなると間もなく、いつもは涼しい表情の拓磨の横顔が、苦痛に歪む頃だという流れも流石に読めてくるもので。
 案の定、五芒結星が消えかけ拓磨の心力が尽きかけていると察知し、私は彼の指示通り木々から気を拝借して、彼にそれを送った。

 こんな感じで拓磨の心力が尽きないか、常に彼に注意を払っていなければならなかった。心力がなくなれば、この屋敷を守っている結界や、暁と雫が消えてしまうようだからな。
 拓磨の心力が尽きる前に、私が気を送って援護をする。これが私の今日の任務だ。

 私が何故これを出来るのかは分からない。拓磨は五行と呼ばれる五つの気を操れるようだが、私が取り入れられるのはその中の〝(もく)〟の気だけだった。
 木々に念じてお願いをすれば、不思議と彼らは力を貸してくれた。何と言えば良いか……そう、彼らとは気の波長が合うといった表現がしっくりくるだろう。

「っはぁ……! ハァ、ハァ……」
「少し休んだらどうだ、拓磨。もう六回目だ。それに間隔も短くなっている」

 五芒結星を解除して中から出てきた拓磨が、苦しそうに膝を付いた。彼は今〝心力を大量に消費しながら、心力を大量に作る〟という修行を試みているのだが、上手くいっていないのは明らかだ。回を増すごとに心力が切れかかるのが早くなっていた。恐らくは集中力も乱れ始めている。
 荒い呼吸を繰り返す拓磨を見下ろしていると、離れたところからパタパタと誰かが近寄ってくる音がした。

 ちなみにコレも六度見る光景だ。全く懲りないな、彼女も。

『拓磨様、大丈夫ですか!? 無理しないでください! 拓磨様に何かあったら……』

 涙目の暁に背中をさすられながら、拓磨は息を整えていた。
 ポタポタと滲み出る汗が、頬を伝って地面に滴り落ちていく。

「妖気の方はどうだ、暁」
『感じないですけど……妖怪なんか放っておけばいいんですっ!』

 式神がそんな元も子もないこと言ってどうする、と思ったが、何故かその言葉に拓磨がゆっくり顔を上げて笑ったのだ。待て、まさか拓磨まで「そうだな」とか言うのではなかろうな。

「そうか。ならばあの烏は……こちらを偵察している、ということだな」

 そう言われて私と暁は空を見上げた。拓磨の言う通り屋敷から少し離れた上空で、一羽の烏が旋回しながら飛行しているのが見えた。結界から出てきて一瞬であの僅かな気を認知するとは、やはりこの男は侮れない。
 烏は我々の視線に気づいたのか、素知らぬ振りしてその場から離れていった。

『あれは、闇烏(やみがらす)ですね』
「あぁ。私の屋敷を偵察しているということは、蒼士(そうし)の奴が華葉(かよう)のことを調べ始めているな」

 徐々に落ち着きを取り戻した拓磨が、暁の肩を借りゆっくりと体を起こした。烏が飛び去った方向を警戒するように見据えている。
 蒼士とは拓磨に次いでそこそこ腕の立つ陰陽師であると聞いていた。どうやら以前に(ぬえ)との戦いで拓磨に手を貸した時にその男も居たようだが、生憎私は拓磨を助けることしか考えていなかったため、彼のことは覚えていない。
 最も、目立たぬようなるべく離れた場所に居るようにしていたしな。

「どうする? やはり私は何もしない方が良いのではないか?」
「いや、気にすることはない。雅章(まさあき)殿が奴に命じることは想定内だ。あの距離では華葉が気を操っていることは分かっても、お前が妖怪であるとは知られまい」

 大して動揺を見せることなく淡々と言いながら、拓磨は服についた砂埃を払った。
 そして私と暁を一見した。

「しかし念のためだ。お前たちも言う通り、ここは一旦休憩としよう」

 その一言に、暁は嬉しそうに飛び跳ねた。

 探し物で部屋に籠もっていた雫も呼び戻し、私たちは茶菓子を用意して休息を取った。茶を含みつつ口にする和菓子の糖分が体に染み渡ると、何とも言えない至福な気持ちになる。
 時刻は日昳(にってつ)正刻(せいこく)を回った位(※十四時頃)。小腹を満たすには丁度良い。

「雫、成果はあったか?」

 コトリ、と茶器を置きながら拓磨が問うと、彼女は申し訳なさそうに首を横に振った。拓磨は雫に、彼の父上が残したかも知れない書物を探すよう指示していた。

『これと言って目ぼしい書物はまだですわ。書道や和歌が書かれた物は多々出てくるのですが』
「あぁ。私と違って他人との繋がりを大切にしていたからな」

 文を書くために字の鍛錬もしていた、と拓磨は続けた。
 そう言えば拓磨が文字を書いている姿を見たことないのだが……。他人と関わらない彼にとっては不必要なのだろうか。そんなことを勝手に思いながら、私は次の菓子に手を伸ばした。

『拓磨様はいかがでしたか』
「思うようにいかぬ。五芒結星を維持しようとすれば心力は作れぬし、心力を作ることに集中すれば結星を切らせそうになる。となると結星を維持することを優先してしまう」

 五芒結星を維持することを優先すれば、当然心力は削られていく。その焦りがまた余計な心力を消耗していく。完全に悪循環に陥っていた。
 そこで私は思い浮かんだ根本的な疑問を投げかけた。

「今更だが、心力はどう作るのだ?」

 私が拓磨に送るのはあくまで〝気〟であって、心力として送っているわけではない。その疑問が生れるのは当たり前のことだろう。
 拓磨たちは目を見合わせたが、面倒くさがる様子もなく雫が丁寧に答えてくれた。

『心力は五行の気を、体の中に溜め込んで作られるのですわ』

 五行、すなわち(もく)()()(ごん)(すい)の気を取り込み、陰陽師の体の中で心力に変換するのだ。気を感じるには五感を極めることが必要で、陰陽師の修行は五感を磨くことから始めるのだと言う。
 術を使う際はその属性の気を取り込まなければならないが、心力を作る場合はいずれの気でも問題はないらしい。意外と融通が利くものなのだな。

「ふーん……。ならば、気を多く取り込むなら五感をもっと磨けば良いのではないか?」

 何気なく口にした言葉だが、その場の空気が止まったのが直ぐに分かった。
 ……え、これは地雷だったのか? いや、でもそう思うのが普通であろう。

『何言ってるのよ、華葉。それくらい拓磨様だってご承知の――』
「……いや、確かに華葉の言うとおりだ」

 予想外に拓磨が飲み込んでしまったので暁はかなり驚いていた。そして私の方を振り返ると、悔しそうに頬を膨らませた。
 何だ? 何故今、私は睨まれたのだ。

「雫、手ぬぐいを持ってこい」

 私たちのやり取りとは裏腹に、拓磨がそんな指示を出していた。この状況で手ぬぐいとは、一体何に使うのか。
 雫から手ぬぐいを受け取った拓磨は、それを細長く折り畳むと目に宛がって頭の後ろで結びつけた。何を思ったのか拓磨は視覚を閉ざしたのだ。突然の出来事に我々はただ慌てふためいた。

『ちょ、拓磨様何をしてるんですか?』
「人が五感で一番に頼るのは視覚だからな。この視覚を奪えば、他の感覚が養われるという目論みだ」

 そう言って拓磨はそのまま立ち上がり、屋敷の中を歩き始めた。すると早速角にぶつかり、尻餅をついてしまった。しかしまた周囲を手探りしながら立ち上がり、再度歩き始める。暁たちが慌てて補助をしようとするが「手を出すな」と制されてしまう始末。
 本人は大真面目なのだろうが、もしや暫くそのまま生活をする気なのだろうか。

 冗談かと思ったが、彼はそれをやったのだ。
 それも、驚きの成果を上げて。


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 |拓磨《たくま》が|五芒結星《ごぼうけっせい》の中に入り浸るようになってから、もうとっくに半日が過ぎていた。赤白く光る結界の中で、目を閉じて微動だにしない男の横顔を眺めながら、私はふぅと短い溜め息を吐いた。
 こうしていると私は暇を持て余しているように見えるが、実際はその逆だ。拓磨が|心力《しんりょく》維持の修行を始めてから、私は神経が休まることがない。
「……あぁ、また乱れてきたな」
 結界の光が僅かに揺れている。こうなると間もなく、いつもは涼しい表情の拓磨の横顔が、苦痛に歪む頃だという流れも流石に読めてくるもので。
 案の定、五芒結星が消えかけ拓磨の心力が尽きかけていると察知し、私は彼の指示通り木々から気を拝借して、彼にそれを送った。
 こんな感じで拓磨の心力が尽きないか、常に彼に注意を払っていなければならなかった。心力がなくなれば、この屋敷を守っている結界や、暁と雫が消えてしまうようだからな。
 拓磨の心力が尽きる前に、私が気を送って援護をする。これが私の今日の任務だ。
 私が何故これを出来るのかは分からない。拓磨は五行と呼ばれる五つの気を操れるようだが、私が取り入れられるのはその中の〝|木《もく》〟の気だけだった。
 木々に念じてお願いをすれば、不思議と彼らは力を貸してくれた。何と言えば良いか……そう、彼らとは気の波長が合うといった表現がしっくりくるだろう。
「っはぁ……! ハァ、ハァ……」
「少し休んだらどうだ、拓磨。もう六回目だ。それに間隔も短くなっている」
 五芒結星を解除して中から出てきた拓磨が、苦しそうに膝を付いた。彼は今〝心力を大量に消費しながら、心力を大量に作る〟という修行を試みているのだが、上手くいっていないのは明らかだ。回を増すごとに心力が切れかかるのが早くなっていた。恐らくは集中力も乱れ始めている。
 荒い呼吸を繰り返す拓磨を見下ろしていると、離れたところからパタパタと誰かが近寄ってくる音がした。
 ちなみにコレも六度見る光景だ。全く懲りないな、彼女も。
『拓磨様、大丈夫ですか!? 無理しないでください! 拓磨様に何かあったら……』
 涙目の暁に背中をさすられながら、拓磨は息を整えていた。
 ポタポタと滲み出る汗が、頬を伝って地面に滴り落ちていく。
「妖気の方はどうだ、暁」
『感じないですけど……妖怪なんか放っておけばいいんですっ!』
 式神がそんな元も子もないこと言ってどうする、と思ったが、何故かその言葉に拓磨がゆっくり顔を上げて笑ったのだ。待て、まさか拓磨まで「そうだな」とか言うのではなかろうな。
「そうか。ならばあの烏は……こちらを偵察している、ということだな」
 そう言われて私と暁は空を見上げた。拓磨の言う通り屋敷から少し離れた上空で、一羽の烏が旋回しながら飛行しているのが見えた。結界から出てきて一瞬であの僅かな気を認知するとは、やはりこの男は侮れない。
 烏は我々の視線に気づいたのか、素知らぬ振りしてその場から離れていった。
『あれは、|闇烏《やみがらす》ですね』
「あぁ。私の屋敷を偵察しているということは、|蒼士《そうし》の奴が|華葉《かよう》のことを調べ始めているな」
 徐々に落ち着きを取り戻した拓磨が、暁の肩を借りゆっくりと体を起こした。烏が飛び去った方向を警戒するように見据えている。
 蒼士とは拓磨に次いでそこそこ腕の立つ陰陽師であると聞いていた。どうやら以前に|鵺《ぬえ》との戦いで拓磨に手を貸した時にその男も居たようだが、生憎私は拓磨を助けることしか考えていなかったため、彼のことは覚えていない。
 最も、目立たぬようなるべく離れた場所に居るようにしていたしな。
「どうする? やはり私は何もしない方が良いのではないか?」
「いや、気にすることはない。|雅章《まさあき》殿が奴に命じることは想定内だ。あの距離では華葉が気を操っていることは分かっても、お前が妖怪であるとは知られまい」
 大して動揺を見せることなく淡々と言いながら、拓磨は服についた砂埃を払った。
 そして私と暁を一見した。
「しかし念のためだ。お前たちも言う通り、ここは一旦休憩としよう」
 その一言に、暁は嬉しそうに飛び跳ねた。
 探し物で部屋に籠もっていた雫も呼び戻し、私たちは茶菓子を用意して休息を取った。茶を含みつつ口にする和菓子の糖分が体に染み渡ると、何とも言えない至福な気持ちになる。
 時刻は|日昳《にってつ》の|正刻《せいこく》を回った位(※十四時頃)。小腹を満たすには丁度良い。
「雫、成果はあったか?」
 コトリ、と茶器を置きながら拓磨が問うと、彼女は申し訳なさそうに首を横に振った。拓磨は雫に、彼の父上が残したかも知れない書物を探すよう指示していた。
『これと言って目ぼしい書物はまだですわ。書道や和歌が書かれた物は多々出てくるのですが』
「あぁ。私と違って他人との繋がりを大切にしていたからな」
 文を書くために字の鍛錬もしていた、と拓磨は続けた。
 そう言えば拓磨が文字を書いている姿を見たことないのだが……。他人と関わらない彼にとっては不必要なのだろうか。そんなことを勝手に思いながら、私は次の菓子に手を伸ばした。
『拓磨様はいかがでしたか』
「思うようにいかぬ。五芒結星を維持しようとすれば心力は作れぬし、心力を作ることに集中すれば結星を切らせそうになる。となると結星を維持することを優先してしまう」
 五芒結星を維持することを優先すれば、当然心力は削られていく。その焦りがまた余計な心力を消耗していく。完全に悪循環に陥っていた。
 そこで私は思い浮かんだ根本的な疑問を投げかけた。
「今更だが、心力はどう作るのだ?」
 私が拓磨に送るのはあくまで〝気〟であって、心力として送っているわけではない。その疑問が生れるのは当たり前のことだろう。
 拓磨たちは目を見合わせたが、面倒くさがる様子もなく雫が丁寧に答えてくれた。
『心力は五行の気を、体の中に溜め込んで作られるのですわ』
 五行、すなわち|木《もく》・|火《か》・|土《ど》・|金《ごん》・|水《すい》の気を取り込み、陰陽師の体の中で心力に変換するのだ。気を感じるには五感を極めることが必要で、陰陽師の修行は五感を磨くことから始めるのだと言う。
 術を使う際はその属性の気を取り込まなければならないが、心力を作る場合はいずれの気でも問題はないらしい。意外と融通が利くものなのだな。
「ふーん……。ならば、気を多く取り込むなら五感をもっと磨けば良いのではないか?」
 何気なく口にした言葉だが、その場の空気が止まったのが直ぐに分かった。
 ……え、これは地雷だったのか? いや、でもそう思うのが普通であろう。
『何言ってるのよ、華葉。それくらい拓磨様だってご承知の――』
「……いや、確かに華葉の言うとおりだ」
 予想外に拓磨が飲み込んでしまったので暁はかなり驚いていた。そして私の方を振り返ると、悔しそうに頬を膨らませた。
 何だ? 何故今、私は睨まれたのだ。
「雫、手ぬぐいを持ってこい」
 私たちのやり取りとは裏腹に、拓磨がそんな指示を出していた。この状況で手ぬぐいとは、一体何に使うのか。
 雫から手ぬぐいを受け取った拓磨は、それを細長く折り畳むと目に宛がって頭の後ろで結びつけた。何を思ったのか拓磨は視覚を閉ざしたのだ。突然の出来事に我々はただ慌てふためいた。
『ちょ、拓磨様何をしてるんですか?』
「人が五感で一番に頼るのは視覚だからな。この視覚を奪えば、他の感覚が養われるという目論みだ」
 そう言って拓磨はそのまま立ち上がり、屋敷の中を歩き始めた。すると早速角にぶつかり、尻餅をついてしまった。しかしまた周囲を手探りしながら立ち上がり、再度歩き始める。暁たちが慌てて補助をしようとするが「手を出すな」と制されてしまう始末。
 本人は大真面目なのだろうが、もしや暫くそのまま生活をする気なのだろうか。
 冗談かと思ったが、彼はそれをやったのだ。
 それも、驚きの成果を上げて。