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第123話 見えない動機

ー/ー



「杉野。お前は……いや、具体的なことはない。ただ日和見主義にとって選択せざるを得ないこの状況が辛いだろうからな」

「選択?」

「山路が辞めることを受け入れるかどうかだよ」

「そんなの受け入れられるわけないだろ!」

 俺が否定しても樫田は冷静だった。
 冷静に正論をぶつける。

「ならどうするというんだ? 今実感しているはずだ。自分が演劇部について、みんなについてあまりにも知らないということを」

「っ!」


「みんな山路が何か考えていると気づいていたが、お前さんだけ分からなかった。それは平穏を好み、人とぶつかることを避け続けた結果、表面的なことで済ます悪癖だ。杉野、お前はみんなの本心をどれだけ聞いた? どれだけ知っている?」

 樫田の言葉は俺の中の何かを思いっきり抉る。
 俺は山路のことをどれだけ知っているのだろうか。
 いや、山路だけじゃない。俺はみんなのことをどれだけ知っている?
 平穏を選び、その場その場で逃れ続けた俺は、みんなの本心に触れたことがあるのか。

「……ある意味、椎菜とは逆だな。杉野は部活には本気だったが、それ以外では不真面目だ」

 ピシッと俺の中でひびが入る。
 何かが割れ欠けて、何かが溢れ出る。
 拳を握り、樫田を見る。

「……それの何が悪い」

「なに?」

「それの何が悪いんだよ。平穏を望んで、みんなが揉めないように保とうと立ち回って、何が悪いんだよ!」

「杉野……」

 誰かが俺の名前を読んだ。それを確かめることもせずに樫田を睨む。
 樫田も真っ直ぐに俺を見る。そして真剣な表情のまま、ゆっくりと口を開く。

「そうだな。何が悪いかと問われれば難しい。杉野の性格のお陰で救われたこともあった……けど」

 一瞬、言葉が止まる。
 何かを思い出したように、樫田は少し表情を崩した。
 その顔を見ると、なぜか俺は体から力が抜けた。

「それでも、俺はお前と腹を割って話したいからだ」

「え?」

 俺の口から情けない声が出る。
 樫田は慈しむかのように、微笑みながら続ける。

「きっと山路もそうだ。全国を目指すっていうなら相談してほしかったし、主役を奪い合っている時も、もっと感情的にぶつかってきてほしかっただろうな」

「…………」

 樫田の言葉に、俺は何も言えなかった。
 少しだけ山路を分かった気になっている感覚と、そんなの分からないよという叫びが心の中で混沌としていた。
 そんな俺に、樫田は優しく問いかける。

「ここに来る前、大槻から山路が義理を通したかったって話を聞いたんだろ? 対して杉野。お前さんはどうだった? 山路と正面切ってぶつかり合ったか?」

「それは……」

 違う。
 俺の心はあの時――。

「少し話が脱線したな。戻そうか」

 樫田は俺が結論を出すのを待たずして話を進めた。
 整理がついていない俺は置いていかれる。

「残りは私と大槻?」

「いいや。全員分話すつもりはない。それに、俺が伝えたいのはここからだ」

 複雑な感情を必死に押し込めて、現実に目を向ける。
 みんなが自分の方を見ていることを確認して樫田は言う。

「山路は本気を見せたぞ。お前らはどうだ?」

 その問いに誰もが沈黙した。
 特に椎名と増倉は暗い顔をしていた。きっと俺もだろう。
 覚悟を試す、その言葉の意味を今更理解する。
 山路の本気に、今更言葉を失う。
 そんな中、夏村が樫田に聞く。

「それが覚悟を試すことだとして、辞める動機は何?」

「言えない。俺が言えるのは山路が伝えたかったことまでだ。動機については自分で考えてくれ」

「何故?」

「私的な感情を含むからだ」

 樫田の言葉を聞き、夏村は視線を大槻に移した。
 大槻は少し言いづらそうにしながらも答える。

「悪い、俺も言えない。大体の予想はついているんだが樫田の言う通りだ」

「そう、なんだ」

 二人の答えを聞くと夏村はそう言い、飲み物を一口飲んだ。
 納得はしていないが、これ以上は聞かないといった感じだった。
 山路が俺達に伝えたかった本気とは別に、辞める動機が存在する。
 俺たちはその見当がついていない。
 今度は増倉が樫田に質問した。

「ねぇ樫田。山路は、その、私たちの本気を試して、どうなったら納得なの?」

「……正直、どうすれば山路が納得するのかは俺にも分からない。大槻はどうだ?」

「俺も分からない……ただ、あの時山路は『演劇部の青春』って言っていた。もし山路が知りたいことがあるなら、それはみんなの覚悟とそれなんじゃないか?」

 みんなの覚悟と演劇部の青春。
 確かに今俺たちが結論付けないといけないのはその二つかもしれない。
 大槻の投げかけに椎名が口を開いた。

「そういえばあの時山路は演劇部の青春について、それぞれが決断する時って言っていたわ」

 椎名に言われて思い出す。
 そういえばあの時、

『違う? どうして山路。さっき演劇部の青春の話って言ってた。ならこれはみんなで話し合うべきこと』

『そーかなー。僕はそれぞれが決断する時って思うけど。別に意見をそろえなくてもいいんじゃない―?』

 そんな会話があった。確かに山路はそう言っていた。
 ……意見が揃ってなくてもいい?
 改めて考えると俺の中でその言葉が少し引っかかった。演劇部の青春なのに、どうしてそれぞれが決断するんだ。

「……山路は既に演劇部の青春を決めている?」

「え?」

「!」

 俺がぼそっと呟いた一言に男女で反応が分かれた。
 女子たちはどういうこと? と不思議そうにして、樫田と大槻は驚いた表情になった。
 男子二人の表情を見て、俺の中で確信が生まれる。

「それが、山路が辞める動機なのか……?」



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「選択?」
「山路が辞めることを受け入れるかどうかだよ」
「そんなの受け入れられるわけないだろ!」
 俺が否定しても樫田は冷静だった。
 冷静に正論をぶつける。
「ならどうするというんだ? 今実感しているはずだ。自分が演劇部について、みんなについてあまりにも知らないということを」
「っ!」
「みんな山路が何か考えていると気づいていたが、お前さんだけ分からなかった。それは平穏を好み、人とぶつかることを避け続けた結果、表面的なことで済ます悪癖だ。杉野、お前はみんなの本心をどれだけ聞いた? どれだけ知っている?」
 樫田の言葉は俺の中の何かを思いっきり抉る。
 俺は山路のことをどれだけ知っているのだろうか。
 いや、山路だけじゃない。俺はみんなのことをどれだけ知っている?
 平穏を選び、その場その場で逃れ続けた俺は、みんなの本心に触れたことがあるのか。
「……ある意味、椎菜とは逆だな。杉野は部活には本気だったが、それ以外では不真面目だ」
 ピシッと俺の中でひびが入る。
 何かが割れ欠けて、何かが溢れ出る。
 拳を握り、樫田を見る。
「……それの何が悪い」
「なに?」
「それの何が悪いんだよ。平穏を望んで、みんなが揉めないように保とうと立ち回って、何が悪いんだよ!」
「杉野……」
 誰かが俺の名前を読んだ。それを確かめることもせずに樫田を睨む。
 樫田も真っ直ぐに俺を見る。そして真剣な表情のまま、ゆっくりと口を開く。
「そうだな。何が悪いかと問われれば難しい。杉野の性格のお陰で救われたこともあった……けど」
 一瞬、言葉が止まる。
 何かを思い出したように、樫田は少し表情を崩した。
 その顔を見ると、なぜか俺は体から力が抜けた。
「それでも、俺はお前と腹を割って話したいからだ」
「え?」
 俺の口から情けない声が出る。
 樫田は慈しむかのように、微笑みながら続ける。
「きっと山路もそうだ。全国を目指すっていうなら相談してほしかったし、主役を奪い合っている時も、もっと感情的にぶつかってきてほしかっただろうな」
「…………」
 樫田の言葉に、俺は何も言えなかった。
 少しだけ山路を分かった気になっている感覚と、そんなの分からないよという叫びが心の中で混沌としていた。
 そんな俺に、樫田は優しく問いかける。
「ここに来る前、大槻から山路が義理を通したかったって話を聞いたんだろ? 対して杉野。お前さんはどうだった? 山路と正面切ってぶつかり合ったか?」
「それは……」
 違う。
 俺の心はあの時――。
「少し話が脱線したな。戻そうか」
 樫田は俺が結論を出すのを待たずして話を進めた。
 整理がついていない俺は置いていかれる。
「残りは私と大槻?」
「いいや。全員分話すつもりはない。それに、俺が伝えたいのはここからだ」
 複雑な感情を必死に押し込めて、現実に目を向ける。
 みんなが自分の方を見ていることを確認して樫田は言う。
「山路は本気を見せたぞ。お前らはどうだ?」
 その問いに誰もが沈黙した。
 特に椎名と増倉は暗い顔をしていた。きっと俺もだろう。
 覚悟を試す、その言葉の意味を今更理解する。
 山路の本気に、今更言葉を失う。
 そんな中、夏村が樫田に聞く。
「それが覚悟を試すことだとして、辞める動機は何?」
「言えない。俺が言えるのは山路が伝えたかったことまでだ。動機については自分で考えてくれ」
「何故?」
「私的な感情を含むからだ」
 樫田の言葉を聞き、夏村は視線を大槻に移した。
 大槻は少し言いづらそうにしながらも答える。
「悪い、俺も言えない。大体の予想はついているんだが樫田の言う通りだ」
「そう、なんだ」
 二人の答えを聞くと夏村はそう言い、飲み物を一口飲んだ。
 納得はしていないが、これ以上は聞かないといった感じだった。
 山路が俺達に伝えたかった本気とは別に、辞める動機が存在する。
 俺たちはその見当がついていない。
 今度は増倉が樫田に質問した。
「ねぇ樫田。山路は、その、私たちの本気を試して、どうなったら納得なの?」
「……正直、どうすれば山路が納得するのかは俺にも分からない。大槻はどうだ?」
「俺も分からない……ただ、あの時山路は『演劇部の青春』って言っていた。もし山路が知りたいことがあるなら、それはみんなの覚悟とそれなんじゃないか?」
 みんなの覚悟と演劇部の青春。
 確かに今俺たちが結論付けないといけないのはその二つかもしれない。
 大槻の投げかけに椎名が口を開いた。
「そういえばあの時山路は演劇部の青春について、それぞれが決断する時って言っていたわ」
 椎名に言われて思い出す。
 そういえばあの時、
『違う? どうして山路。さっき演劇部の青春の話って言ってた。ならこれはみんなで話し合うべきこと』
『そーかなー。僕はそれぞれが決断する時って思うけど。別に意見をそろえなくてもいいんじゃない―?』
 そんな会話があった。確かに山路はそう言っていた。
 ……意見が揃ってなくてもいい?
 改めて考えると俺の中でその言葉が少し引っかかった。演劇部の青春なのに、どうしてそれぞれが決断するんだ。
「……山路は既に演劇部の青春を決めている?」
「え?」
「!」
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 女子たちはどういうこと? と不思議そうにして、樫田と大槻は驚いた表情になった。
 男子二人の表情を見て、俺の中で確信が生まれる。
「それが、山路が辞める動機なのか……?」