ー/ー



「どう、調子は?」
イヤホンから、姉貴の声が聞こえてきた。大丈夫だよ、すごく気分いいって答えると、姉貴はいつも通り車に気をつけてねって言って、通信を切った。

そうだよな、俺は大丈夫だけど、姉貴は寝ないと明日仕事だしな、なんて思いつつ、俺は完成間近の高層マンションへと向かった。
風がほんのちょっぴりだけど、暖かくなってきている。春がきたんだ。服を着て風を感じるより、今の毛に包まれている姿のほうが、微妙な季節の変化を感じられる気がする。耳の先とか尻尾とか、その辺りにふわっとした風が来るのが分かる。
あと匂いね、俺の住んでる街はここ最近高層マンションが増えてきてるとはいえ、まだまだ手の付けられてない野山があちこちにある、そこで咲いた花とか、草の匂いが暖かい風にのってやってくるんだ。

そう、俺の通ってる学校は、今は春休み。
この身体に変身できるようになったおかげで、夜の散歩が楽しくなった反面、翌日のひどい筋肉痛でついに皆勤賞を逃したのが、今となってはちょっと悔しい。
耳と鼻が効きすぎるのがまだ辛いけど、とりあえず力だけはかなり自分で抑えることができるようになった。
とはいえ、体育の成績はずっと5だったんだし、それ以上にはならないんだけどね。
年が明けてから何回この姿になったろう。もう5,6回くらいは変身したと思う。
大体は週末に起きるんだ、身体中が熱くなってくるような、それでもって手とか足とかの細かい毛がぞわぞわと敏感になって来て、夜は全然眠れなくなる。
そしてだんだんと、身体を思いっきり動かしたい気持ちになってくる。大声を出しながらグラウンドを何十周も走ったり、川の向こう岸までジャンプしてみたいんだ。もちろん人間の姿でそんなことしちゃったら、すぐに担任の先生か警察呼ばれちゃう、だからぐっと我慢。
そういう気分を押し殺して土曜日になると、いよいよもう一人の俺の身体の出番だ。

姉貴も俺の変身に対して色々手回ししてくれてるみたい、いわゆる「夜の散歩」って俺は呼んでるんだけど、交通情報とかから色々計算して、あらかじめ人気の少ない散歩コースを教えてくれるんだ、前回は市営のグラウンド、今度は川沿いのサイクリングコースとか、全速力で突っ走れるから、俺もめっちゃ気分がいい。

ただひとつだけ約束されたのが「あまり吠えるな」ってこと。
前に吠えまくっちゃった時、どうもこれが新聞に載っちゃったみたいなんだ……
うちは新聞とってないから分からなくてさ、姉貴が職場で話題に上った時、それが新聞沙汰になっているって知ったみたい。
とりあえず野犬じゃないかってことでひとまず事態は収束したようだけど、目立つ行動は一切NGって姉貴に念を押された。要は「吠えるな」ってね、
あれすっげぇ気持ちいいんだけどなぁ……こう、おもいっきりうおおおーんって吠えると、胸の中が凄いスッキリするんだよね。俺は狼だ!って言うのが誇りに感じる一瞬なんだ。
しかしなぁ……今度からどこで吠えようかな。でっかい声出しても誰にも気づかれない場所、この近くにそんな場所あるかな。

それと、おもいっきり走る時は、場所にも気をつけないといけない。道路とかアスファルトって結構走ると痛いんだこれが。
帰宅した時に爪もボロボロになってたし、足の裏も擦り傷切り傷だらけになってた。消毒液とバンソーコーたくさん貼ってどうにか翌日の学校はしのいだけどね。
そりゃそうか、野生の狼って都会になんて行かないしな、やっぱ走るのはグラウンドみたいな地面が一番!
さてさて、今夜の散歩コースは学校の裏の通りを抜けて、そこから10分ほど走って道路横切ったとこにある神社の裏山だ。

神社ってこともあってか、ここは深夜になると全く人通りがない。オマケに山も手付かずの自然が残ってるんだ。夏場は虫取りによく行ったりするんだけど、正直昼間でも薄暗い場所なんで、イマイチ好きになれなかった。
だけど今は別だ、狼男になってる俺にとっては絶好の散歩コースだしね。
唯一ヤバい場所といえば、道路にコンビニが1軒、ポツンと立ってるとこかな。結構年のいったおじさん夫婦が経営してるんだけど、前に晩飯のおかずが寂しくってちょこっとそこへ買い出しに行った時「ボクがお腹いっぱいになるにはこれくらい必要かな?」なんて言って、から揚げとメンチカツを余計に多くくれた。
今日は全然お客さん来ないからサービスさ、なんて言ってごまかしてたけど、その時はすっごく嬉しかった。から揚げも激辛ハバネロ味だったけど美味しかったし。
人間の時だったらふらっと買い物したいんだけど、今日はこんな格好だし、見たら失神どころじゃないかも。
なんて思いながら、俺は人気の一切ない通りを走っていた、その時だった。

ガシャン! っていう金属音が聞こえてきたんだ、道の先の方から。
鼻と同様、今の俺の耳はすごく遠いところの音もよく聞こえる。なんて形容すればいいんだろう、たくさんの細かい金属が鳴った音っていうのかな。そんな変な音が一瞬だけ聞こえたんだ。全然聞きなれない音。
俺は警戒して、足を止めた。もしかしたらお巡りさんとかが深夜の巡回してるのかもしれないし。
そのうち今度は、その金属音が連続して聞こえてきた、ジャラッ、ジャラッってね。
それで俺は直感したんだ、これ小銭の音じゃんか、ってね。
なんか袋に詰めているような音も聞こえている、でもなんでこんな場所で小銭を? だれか財布でも落っことして小銭ぶちまけちゃったのかな?
って考えてたのもつかの間だった。

ーこれで全部か?
ーあ、あぁ……今日の売上全部じゃ。

このしわがれた声、そう、コンビニのおじさんだ!
その直後、ゴッってなにかを叩く鈍い音がした……いや、殴ったような音かな。
小銭、おじさん、そして売り上げ全部って。ってまさか、これって強盗じゃ!?
俺はコンビニに向かって思いきり走った、それほど離れてないお店だ、道路に面した通り、そこだけポツンと明るく照明が輝いている。
やばい、おじさんもしかして強盗に殴られたのか、それともケンカな……わけないか。って頭のなかでいろんな考えがよぎっていく。
俺は狼男の姿なのも忘れて、コンビニへと向かった、その時!
開きかけの自動ドアを強引に開けて外へ飛び出た人がいた、フルフェイスのバイク用のヘルメット、黒いジャンパー。
コンビニの前にはそいつ同様に真っ黒なバイクが止めてある、それにまたがって、黒ずくめの奴は一気に走り去っていった。
「おじさん!」今はおじさんのほうが心配だ、殴られた音がしたから大丈夫だろうか。
でも勢い余って、俺はコンビニの自動ドアをぶち破って入っちゃったんだ。
ガシャーン! って思いっきり。
だって、この自動ドア開くの遅すぎるんだよ!
身体に細かいガラスの粒がまとわりつく、だけど今の俺は毛皮に包まれてるから、どこもケガしてないみたいだ。すごい丈夫だな狼男って。
いやそうじゃない、おじさんが……!

いた、俺の目の前に。
カウンターの中、側にはひっくり返されたレジ、そして周りには散らばった小銭が沢山。
その中に、おじさんはうつ伏せになって倒れてたんだ。
頭からたくさんの血を流して。


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「どう、調子は?」
イヤホンから、姉貴の声が聞こえてきた。大丈夫だよ、すごく気分いいって答えると、姉貴はいつも通り車に気をつけてねって言って、通信を切った。
そうだよな、俺は大丈夫だけど、姉貴は寝ないと明日仕事だしな、なんて思いつつ、俺は完成間近の高層マンションへと向かった。
風がほんのちょっぴりだけど、暖かくなってきている。春がきたんだ。服を着て風を感じるより、今の毛に包まれている姿のほうが、微妙な季節の変化を感じられる気がする。耳の先とか尻尾とか、その辺りにふわっとした風が来るのが分かる。
あと匂いね、俺の住んでる街はここ最近高層マンションが増えてきてるとはいえ、まだまだ手の付けられてない野山があちこちにある、そこで咲いた花とか、草の匂いが暖かい風にのってやってくるんだ。
そう、俺の通ってる学校は、今は春休み。
この身体に変身できるようになったおかげで、夜の散歩が楽しくなった反面、翌日のひどい筋肉痛でついに皆勤賞を逃したのが、今となってはちょっと悔しい。
耳と鼻が効きすぎるのがまだ辛いけど、とりあえず力だけはかなり自分で抑えることができるようになった。
とはいえ、体育の成績はずっと5だったんだし、それ以上にはならないんだけどね。
年が明けてから何回この姿になったろう。もう5,6回くらいは変身したと思う。
大体は週末に起きるんだ、身体中が熱くなってくるような、それでもって手とか足とかの細かい毛がぞわぞわと敏感になって来て、夜は全然眠れなくなる。
そしてだんだんと、身体を思いっきり動かしたい気持ちになってくる。大声を出しながらグラウンドを何十周も走ったり、川の向こう岸までジャンプしてみたいんだ。もちろん人間の姿でそんなことしちゃったら、すぐに担任の先生か警察呼ばれちゃう、だからぐっと我慢。
そういう気分を押し殺して土曜日になると、いよいよもう一人の俺の身体の出番だ。
姉貴も俺の変身に対して色々手回ししてくれてるみたい、いわゆる「夜の散歩」って俺は呼んでるんだけど、交通情報とかから色々計算して、あらかじめ人気の少ない散歩コースを教えてくれるんだ、前回は市営のグラウンド、今度は川沿いのサイクリングコースとか、全速力で突っ走れるから、俺もめっちゃ気分がいい。
ただひとつだけ約束されたのが「あまり吠えるな」ってこと。
前に吠えまくっちゃった時、どうもこれが新聞に載っちゃったみたいなんだ……
うちは新聞とってないから分からなくてさ、姉貴が職場で話題に上った時、それが新聞沙汰になっているって知ったみたい。
とりあえず野犬じゃないかってことでひとまず事態は収束したようだけど、目立つ行動は一切NGって姉貴に念を押された。要は「吠えるな」ってね、
あれすっげぇ気持ちいいんだけどなぁ……こう、おもいっきりうおおおーんって吠えると、胸の中が凄いスッキリするんだよね。俺は狼だ!って言うのが誇りに感じる一瞬なんだ。
しかしなぁ……今度からどこで吠えようかな。でっかい声出しても誰にも気づかれない場所、この近くにそんな場所あるかな。
それと、おもいっきり走る時は、場所にも気をつけないといけない。道路とかアスファルトって結構走ると痛いんだこれが。
帰宅した時に爪もボロボロになってたし、足の裏も擦り傷切り傷だらけになってた。消毒液とバンソーコーたくさん貼ってどうにか翌日の学校はしのいだけどね。
そりゃそうか、野生の狼って都会になんて行かないしな、やっぱ走るのはグラウンドみたいな地面が一番!
さてさて、今夜の散歩コースは学校の裏の通りを抜けて、そこから10分ほど走って道路横切ったとこにある神社の裏山だ。
神社ってこともあってか、ここは深夜になると全く人通りがない。オマケに山も手付かずの自然が残ってるんだ。夏場は虫取りによく行ったりするんだけど、正直昼間でも薄暗い場所なんで、イマイチ好きになれなかった。
だけど今は別だ、狼男になってる俺にとっては絶好の散歩コースだしね。
唯一ヤバい場所といえば、道路にコンビニが1軒、ポツンと立ってるとこかな。結構年のいったおじさん夫婦が経営してるんだけど、前に晩飯のおかずが寂しくってちょこっとそこへ買い出しに行った時「ボクがお腹いっぱいになるにはこれくらい必要かな?」なんて言って、から揚げとメンチカツを余計に多くくれた。
今日は全然お客さん来ないからサービスさ、なんて言ってごまかしてたけど、その時はすっごく嬉しかった。から揚げも激辛ハバネロ味だったけど美味しかったし。
人間の時だったらふらっと買い物したいんだけど、今日はこんな格好だし、見たら失神どころじゃないかも。
なんて思いながら、俺は人気の一切ない通りを走っていた、その時だった。
ガシャン! っていう金属音が聞こえてきたんだ、道の先の方から。
鼻と同様、今の俺の耳はすごく遠いところの音もよく聞こえる。なんて形容すればいいんだろう、たくさんの細かい金属が鳴った音っていうのかな。そんな変な音が一瞬だけ聞こえたんだ。全然聞きなれない音。
俺は警戒して、足を止めた。もしかしたらお巡りさんとかが深夜の巡回してるのかもしれないし。
そのうち今度は、その金属音が連続して聞こえてきた、ジャラッ、ジャラッってね。
それで俺は直感したんだ、これ小銭の音じゃんか、ってね。
なんか袋に詰めているような音も聞こえている、でもなんでこんな場所で小銭を? だれか財布でも落っことして小銭ぶちまけちゃったのかな?
って考えてたのもつかの間だった。
ーこれで全部か?
ーあ、あぁ……今日の売上全部じゃ。
このしわがれた声、そう、コンビニのおじさんだ!
その直後、ゴッってなにかを叩く鈍い音がした……いや、殴ったような音かな。
小銭、おじさん、そして売り上げ全部って。ってまさか、これって強盗じゃ!?
俺はコンビニに向かって思いきり走った、それほど離れてないお店だ、道路に面した通り、そこだけポツンと明るく照明が輝いている。
やばい、おじさんもしかして強盗に殴られたのか、それともケンカな……わけないか。って頭のなかでいろんな考えがよぎっていく。
俺は狼男の姿なのも忘れて、コンビニへと向かった、その時!
開きかけの自動ドアを強引に開けて外へ飛び出た人がいた、フルフェイスのバイク用のヘルメット、黒いジャンパー。
コンビニの前にはそいつ同様に真っ黒なバイクが止めてある、それにまたがって、黒ずくめの奴は一気に走り去っていった。
「おじさん!」今はおじさんのほうが心配だ、殴られた音がしたから大丈夫だろうか。
でも勢い余って、俺はコンビニの自動ドアをぶち破って入っちゃったんだ。
ガシャーン! って思いっきり。
だって、この自動ドア開くの遅すぎるんだよ!
身体に細かいガラスの粒がまとわりつく、だけど今の俺は毛皮に包まれてるから、どこもケガしてないみたいだ。すごい丈夫だな狼男って。
いやそうじゃない、おじさんが……!
いた、俺の目の前に。
カウンターの中、側にはひっくり返されたレジ、そして周りには散らばった小銭が沢山。
その中に、おじさんはうつ伏せになって倒れてたんだ。
頭からたくさんの血を流して。