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EX18 感じる罪と消える罰

ー/ー



 胃が痛くなるのを感じた。
 これは緊張だろうか、それともここから逃げ出したいという臆病さを必死にこらえているからだろうか。
 ともかく大槻達樹史上最大のプレッシャーをオレは感じていた。
 事の発端は昨日の夜、夏村から連絡があったことに起因する。
 いやぁそれはもう見間違いか、と五度見をしたほどだった。
 内容は山路のことで聞きたいことがあるという至ってシンプルだったけど。

 そりゃそうだ。夏村がオレに聞くことなんて部活のこと以外ありえない。
 分かっている。これから話すのは部活のことで、甘い話なんてない。
 それが分かっている一方で、オレの心の弱いところが何かを期待している。
 終わったはずの何かを考えてしまっている。
 我ながら女々しい奴だ。

「はぁ……」

 気づくと、待ち合わせ場所の公園に来ていた。
 スマホを確認すると、予定の時間より少し早い。
 俺は中に入りベンチに座ることにした。
 出来ることならこのまま溶けて砂になりたい。

 ……夏村とは、ゴールデンウィーク以降しばらく話せなかった。
 もちろん部活が一緒だから挨拶とかはしていたけど。
 徐々に部活のことを話すようになっていった。それでも前に比べたら話す機会は減った……というかオレから話すことが無くなったのか。
 夏村と話していく中で一つ気づく。

 ああ、気を遣われているなって。
 それはありがたい話のはずだ。部活に迷惑かけて、信頼を失ったオレにとって。
 だが、それなのに心のどこかで気を遣われていることを疎ましくも思ってしまう。

 最低だ。
 こっぴどくフラれたはずなのに、諦めたはずなのに、心のどこかでそういうことを望んでいる。
 だから今日はいい機会なのかもしれない。
 現実を知る、いい口実だ。
 そんなことを考えていると、俺に近づいてくる足音に気づいた。
 胃が痛むのを感じながら、俺が顔を向けるとそこには夏村が立っていた。

「お待たせ」

「おう」

 気の利いたことなんて言えず、ただ返事をした。
 大人っぽい私服の彼女に胸が高鳴る。
 彼女は表情を変えずに俺を見て聞いた。

「隣いい?」

「ああ」

 変わらずオレから出るのはからから声だった。
 夏村が横に座る。二人掛けベンチを、いやこの公園を占領しているようだった。
 静かに、ゆっくり時間が流れる。
 やたらとうるさい心臓の音を誤魔化すようにオレは口を開いた。

「山路のことか?」

「うん。本題はそう。どうして辞めるって言いだしたのか何を考えているのか。そして大槻がそれをどう思っているのか……でもその前に個人的な話」

「個人的な話?」

 オレが聞き返す。
 自然と夏村の方を向いていた。彼女はこっちを見ずただ正面を眺めていた。

「ゴールデンウィークの件。大槻がどう思っているか分からないけど、あれから少し気まずい感じ? っていうのかな私たち」

「まぁ、そうだな」

「なんとなく、みんなも気にしている」

「……ああ知ってる」

 その自覚はあった。特に樫田と増倉には気を遣われて仕方ない。
 オレも夏村に倣い正面を向いた。

「たぶんこのままじゃ、引退までずっと気を遣われる」

「だろうな……」

「私は嫌」

 はっきりと口調で夏村は言った。
 その力強い意志を感じながら、オレはどう答えていいか分からなかった。
 少しだけ沈黙が流れる。

「……元通りにならなくても、新しい関係にはなれない?」

「新しい関係……?」

「そう、昔の関係に慣れないのは分かっている。けど一緒に部活をしていく仲間として、自然に接することはできないかなって」

「それは……」

 言葉が続かなかった。
 歩み寄ってくれたことが嬉しいという感情を覚えながらも、オレは素直に同意することが出来なかった。
 夏村の言っていることは間違っていない。それは分かっている。
 その上でオレは許されたように思えて耐えられなかった。
 あれだけ迷惑かけて、あれだけ最低なことをして、あまつさえオレは許されようとしているのか!?
 オレの中で何が拒む。
 夏村からの施されている気がして、その提案を受け入れられなかった。

 ぐっと拳を握っていた。
 この感情を、この想いを、どう表現できるだろうか。
 オレが何かを言おうとしたとき、先に夏村が聞いてきた。

「そんなに、自分が許せない?」

 驚いた。夏村は分かっていた。
 オレの心情を見抜いていた。

「どうして……?」

「それぐらいは分かるよ。一年も一緒に部活していたんだし」

「すげぇな。オレには無理だ」

「そんなことない」

「そうかぁ?」

 オレが聞くと二人して少し笑いが出た。
 変わらずベンチに横並びして正面を見る。
 平行線のように、交わらない視線。

「無理ならいい。けど、私はそのつもりでこれから接していく」

「……ああ、分かった」

 オレにそれを拒絶することはできない。
 罪であり罰なのだろう。
 それでも演劇部にいられるだけ幸せなのだ。

「……そんなに、難しいことかな」

 夏村がぼそっと呟く。
 オレはそれを聞かなかったことにした。
 また一つ、罪を犯す。

「それで山路のことを聞きたいんだっけ?」

「そう、本題」

 露骨に話をそらす。
 そのまま山路の話をしていく。
 気づくと、胃の痛みは消えていた。



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次のエピソードへ進む 第119話 彼の気持ち 高慢な疎外感


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 胃が痛くなるのを感じた。
 これは緊張だろうか、それともここから逃げ出したいという臆病さを必死にこらえているからだろうか。
 ともかく大槻達樹史上最大のプレッシャーをオレは感じていた。
 事の発端は昨日の夜、夏村から連絡があったことに起因する。
 いやぁそれはもう見間違いか、と五度見をしたほどだった。
 内容は山路のことで聞きたいことがあるという至ってシンプルだったけど。
 そりゃそうだ。夏村がオレに聞くことなんて部活のこと以外ありえない。
 分かっている。これから話すのは部活のことで、甘い話なんてない。
 それが分かっている一方で、オレの心の弱いところが何かを期待している。
 終わったはずの何かを考えてしまっている。
 我ながら女々しい奴だ。
「はぁ……」
 気づくと、待ち合わせ場所の公園に来ていた。
 スマホを確認すると、予定の時間より少し早い。
 俺は中に入りベンチに座ることにした。
 出来ることならこのまま溶けて砂になりたい。
 ……夏村とは、ゴールデンウィーク以降しばらく話せなかった。
 もちろん部活が一緒だから挨拶とかはしていたけど。
 徐々に部活のことを話すようになっていった。それでも前に比べたら話す機会は減った……というかオレから話すことが無くなったのか。
 夏村と話していく中で一つ気づく。
 ああ、気を遣われているなって。
 それはありがたい話のはずだ。部活に迷惑かけて、信頼を失ったオレにとって。
 だが、それなのに心のどこかで気を遣われていることを疎ましくも思ってしまう。
 最低だ。
 こっぴどくフラれたはずなのに、諦めたはずなのに、心のどこかでそういうことを望んでいる。
 だから今日はいい機会なのかもしれない。
 現実を知る、いい口実だ。
 そんなことを考えていると、俺に近づいてくる足音に気づいた。
 胃が痛むのを感じながら、俺が顔を向けるとそこには夏村が立っていた。
「お待たせ」
「おう」
 気の利いたことなんて言えず、ただ返事をした。
 大人っぽい私服の彼女に胸が高鳴る。
 彼女は表情を変えずに俺を見て聞いた。
「隣いい?」
「ああ」
 変わらずオレから出るのはからから声だった。
 夏村が横に座る。二人掛けベンチを、いやこの公園を占領しているようだった。
 静かに、ゆっくり時間が流れる。
 やたらとうるさい心臓の音を誤魔化すようにオレは口を開いた。
「山路のことか?」
「うん。本題はそう。どうして辞めるって言いだしたのか何を考えているのか。そして大槻がそれをどう思っているのか……でもその前に個人的な話」
「個人的な話?」
 オレが聞き返す。
 自然と夏村の方を向いていた。彼女はこっちを見ずただ正面を眺めていた。
「ゴールデンウィークの件。大槻がどう思っているか分からないけど、あれから少し気まずい感じ? っていうのかな私たち」
「まぁ、そうだな」
「なんとなく、みんなも気にしている」
「……ああ知ってる」
 その自覚はあった。特に樫田と増倉には気を遣われて仕方ない。
 オレも夏村に倣い正面を向いた。
「たぶんこのままじゃ、引退までずっと気を遣われる」
「だろうな……」
「私は嫌」
 はっきりと口調で夏村は言った。
 その力強い意志を感じながら、オレはどう答えていいか分からなかった。
 少しだけ沈黙が流れる。
「……元通りにならなくても、新しい関係にはなれない?」
「新しい関係……?」
「そう、昔の関係に慣れないのは分かっている。けど一緒に部活をしていく仲間として、自然に接することはできないかなって」
「それは……」
 言葉が続かなかった。
 歩み寄ってくれたことが嬉しいという感情を覚えながらも、オレは素直に同意することが出来なかった。
 夏村の言っていることは間違っていない。それは分かっている。
 その上でオレは許されたように思えて耐えられなかった。
 あれだけ迷惑かけて、あれだけ最低なことをして、あまつさえオレは許されようとしているのか!?
 オレの中で何が拒む。
 夏村からの施されている気がして、その提案を受け入れられなかった。
 ぐっと拳を握っていた。
 この感情を、この想いを、どう表現できるだろうか。
 オレが何かを言おうとしたとき、先に夏村が聞いてきた。
「そんなに、自分が許せない?」
 驚いた。夏村は分かっていた。
 オレの心情を見抜いていた。
「どうして……?」
「それぐらいは分かるよ。一年も一緒に部活していたんだし」
「すげぇな。オレには無理だ」
「そんなことない」
「そうかぁ?」
 オレが聞くと二人して少し笑いが出た。
 変わらずベンチに横並びして正面を見る。
 平行線のように、交わらない視線。
「無理ならいい。けど、私はそのつもりでこれから接していく」
「……ああ、分かった」
 オレにそれを拒絶することはできない。
 罪であり罰なのだろう。
 それでも演劇部にいられるだけ幸せなのだ。
「……そんなに、難しいことかな」
 夏村がぼそっと呟く。
 オレはそれを聞かなかったことにした。
 また一つ、罪を犯す。
「それで山路のことを聞きたいんだっけ?」
「そう、本題」
 露骨に話をそらす。
 そのまま山路の話をしていく。
 気づくと、胃の痛みは消えていた。