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173 相克

ー/ー



 ザイステルは苛立っていた。リューナと呼ばれている破壊神の子の拉致に成功したという知らせを受けた三刻ほど前までは上機嫌であった。しかしその後水の都(シーウァテレス)へ新たに手持ちの神衛兵(かのえへい)を送り込んだ後、その神衛兵と連絡が取れなくなったのだ。しばらく待ってみたが状況は改善しなかったため、それが原因で苛立っていた。

 1248番の報告によると他の神衛兵たちは「囚われたり死んだりした」らしい。ということは水の大神殿にこちらの動きがある程度ばれている可能性が高い。それでも破壊神の子が手に入ったのであれば目的は達成されるため構わなかった。しかしそれが頓挫したとなれば話は別だ。隠れていた1248番が発見され誘拐犯として逮捕された可能性が高い。後から送り込んだ神衛兵もその場に居合わせて一緒に身柄を確保されたのかもしれない。

 何より困ったのが水の都(シーウァテレス)へ行くことの出来た転移石(エイライト)が全て使えなくなったことだ。それは拠点にしていた家屋の転移石(エイライト)の線を向こうに消されたということである。

「報告しなくては……」

 ミスを隠しても良いことは無い。事態を悪化させるだけである。問題を先送りしてはならないことはわかっているが気が重い。

「仕方がない、行ってきます。待っていてください」

 光源石(リグタイト)一つだけの暗く誰もいないはずの窓の無い部屋に挨拶をしてザイステルはその場から転移した。


 転移した先は転移用に用意された部屋の中だった。通信石(タルカイト)で報告することも考えたが、ここにいればこの場にいる神衛兵たちへすぐ指示を出せるため転移してきたのだ。

 ザイステルは一度使うと消えてしまう転移石(エイライト)の線をひきなおし、その部屋から出た。ここも窓一つ無く光源石(リグタイト)の明かりだけだが、数が多いので別に暗くはない。何も迷うこと無く廊下を進み目的の部屋の扉をノックした。

「誰?」
「私です」
「どうぞ」

 許可を得て部屋へと入る。中にいたのは薄水色の真っ直ぐな長い髪の女が一人。ザイステルと同い年か少し下くらいの見た目である。編み物をしていた彼女はそれを置き、紫色の瞳をザイステルに向けて話しかける。

「……その顔だと、失敗したみたいね」
「はい……」

 何も言い訳せずに肯定した。

「お一人ですか?」
「ええ。今あの子は寝てるから。ベルクトは買い出しに行かせてるし」
「それは良かった。あの頭の悪いのがいるとうるさくて話が進みませんから」

 女は鼻で笑ったように少し間を置いてから続けた。

「それで? 何がどうなったの?」
「……水の都(シーウァテレス)へ転移出来なくなりました」
「そう。拠点を潰されたってことね」
「おそらくは」
「じゃあ私の名義で借りていることも向こうはわかっているでしょうね。偽名だけど神官登録してあったし」
「申し訳ありません」
「別に責めてないわよ。私たちは急いでるわけじゃないから。最悪の場合はほとぼりが冷めるまで待機して次代の子を狙ったっていいの。貴方はそうじゃないでしょうけど」
「……」

 苦い表情になったザイステルはそれを隠すことなく女の次の言葉を待つ。

「神衛たちへの連絡も出来なくなったと言っていたわね」
「はい」
「まあ、あの子たちは使い勝手悪いしね。以前もそれで失敗したことがあるし」
「そうなんですか」

 叱責されるかと思っていたが大分落ち着いた対応で安堵する。自分が参加する前にも同じようなことがあったらしい。

「でも薬中毒者のほうも問題あるから、貴方みたいな人がもうちょっといてくれると助かるんだけど」
「……」

 ザイステルはある目的を達成するためこの者たちに使われている。自分のような人間が他にも合流することを考えると胸がもやもやするような、何とも言い難い感情が湧く。

「んー……とりあえず移動先が無いのは困るから、家を借りさせに行くのは『薬』のほうに行かせるわ。どこの転移先が一番近いかしら」

 女は何かに気が付いたように少し怪訝そうな表情となってザイステルに確認する。

「他の転移場所は無事なんでしょうね?」
命の都(ライヴェロス)の私の家は乗り込まれて表のほうは消されました。隠してあるほうは無事です。他の場所はまだ試しておりません」
「それは……すぐに試さないと」

 女は管理してある転移石(エイライト)を持ち出し、慌ただしく二人で確認のため転移を繰り返した。

「良かった。大丈夫そうね。家の名義を全部違うものにしておいてよかったわ」
「お手数おかけして申し訳ありません」
「じゃあ転移は問題ないけど……神の子をどうするかよね。水の都(シーウァテレス)にいるのは間違いないの?」
「はい。通信石(タルカイト)に映っていました。間違いなく本人でした。誘拐未遂の被害者として大神殿で匿われているのではないかと思われます」
「向こうが転移石(エイライト)を持っている可能性は?」
「……」

 ザイステルは少し考えてから伝える。

「……以前飛翔神の町(リフェイオス)で処分した神衛の転移石(エイライト)を回収していないので、持っているかもしれませんね」
「そう。じゃあそこにずっといると思い込むのは良くないわね」
「地元に戻っているでしょうか?」
「そうかもしれないわね。でも、旅人も滅多に訪れないような町じゃ、直接行くのは警戒されるから難しそうね。港町を張っておくようにして」
「はい。そのように。これまでと同じように見張らせて、隙があれば攫う手筈で」

 女は頷く。

「上手くいかないようなら、()()を放つわ。水の都(シーウァテレス)でも飛翔神の町(リフェイオス)でも混乱を起こせるし。隙を作ることも出来るでしょう」
「それは……」
「秘密裏に物事が進められないなら強引な手段に出るしかないでしょう。でもまあ、これは奥の手よ」

 思案顔になったザイステルは女へ相談する。

「……次に向かうとしたらどこでしょうか」
「そもそも水の都(シーウァテレス)へは何の目的で行ったか検討はついているの?」
「大神殿へ保護を求めたか、破壊神の神官たちを探しに行ったのかと思っておりますが」
「まあ、その辺りでしょうね。ストロワ以外の神官が何処へ行ったかわかっていないし」
「保護を断られたか、見つからなかったとしたら、別の都を目指すと思いますがどうでしょう」
「そうね」
「では、港町とそれぞれの都へ人員を配置します」
「神衛兵だと警戒されそうだから、装備を外して町民に紛れるようにしたほうが良さそうね。あの子たち、会話がろくに出来ないから都には目をつけられてるでしょう」
「はい、おそらく」
「『薬』のほうも使っていいわよ」

 頷いて次の言葉を待つ。

「……写し絵はまだある?」
「あります。それを元にいつでも増やせますから複数準備してあります」
「そうね……変装をしているかもしれないから、それを伝えておきなさい。私だって昔神殿に潜入していたときは帽子をかぶったり眼鏡をかけたり、その程度はしていたのだから」
「はい」
「あと、同行者の姿も伝えておくように。神衛の装備は着けているんでしょうから、それを目印にしなさい」
「仰せのままに」

 腑に落ちないことがあったのでザイステルは女に訊く。

「しかし、何故殺してしまわないのです? そうすればすぐにでも攫えるのに」
「相手は神の子がかなり懐いている()()()()なんでしょう? それを殺すことで神の力に目覚められたら厄介なのよ。それに生かしておいたほうが利用してこちらの言うことを聞かせられるじゃない」
「なるほど。では兄のほうも攫うつもりなんですね?」

 女は頷いた。

「引き離して一人ずつ攫うほうが利用しやすいわ。でもとにかく、まずは神の子よ。あの子の一番の目的ですもの。早くかなえてあげたいわ」

 女は陶酔したように笑みを浮かべる。高揚した気持ちを抑えきれないようだった。

「かしこまりました。最善を尽くします、イソラ様」


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 ザイステルは苛立っていた。リューナと呼ばれている破壊神の子の拉致に成功したという知らせを受けた三刻ほど前までは上機嫌であった。しかしその後|水の都《シーウァテレス》へ新たに手持ちの|神衛兵《かのえへい》を送り込んだ後、その神衛兵と連絡が取れなくなったのだ。しばらく待ってみたが状況は改善しなかったため、それが原因で苛立っていた。
 1248番の報告によると他の神衛兵たちは「囚われたり死んだりした」らしい。ということは水の大神殿にこちらの動きがある程度ばれている可能性が高い。それでも破壊神の子が手に入ったのであれば目的は達成されるため構わなかった。しかしそれが頓挫したとなれば話は別だ。隠れていた1248番が発見され誘拐犯として逮捕された可能性が高い。後から送り込んだ神衛兵もその場に居合わせて一緒に身柄を確保されたのかもしれない。
 何より困ったのが|水の都《シーウァテレス》へ行くことの出来た|転移石《エイライト》が全て使えなくなったことだ。それは拠点にしていた家屋の|転移石《エイライト》の線を向こうに消されたということである。
「報告しなくては……」
 ミスを隠しても良いことは無い。事態を悪化させるだけである。問題を先送りしてはならないことはわかっているが気が重い。
「仕方がない、行ってきます。待っていてください」
 |光源石《リグタイト》一つだけの暗く誰もいないはずの窓の無い部屋に挨拶をしてザイステルはその場から転移した。
 転移した先は転移用に用意された部屋の中だった。|通信石《タルカイト》で報告することも考えたが、ここにいればこの場にいる神衛兵たちへすぐ指示を出せるため転移してきたのだ。
 ザイステルは一度使うと消えてしまう|転移石《エイライト》の線をひきなおし、その部屋から出た。ここも窓一つ無く|光源石《リグタイト》の明かりだけだが、数が多いので別に暗くはない。何も迷うこと無く廊下を進み目的の部屋の扉をノックした。
「誰?」
「私です」
「どうぞ」
 許可を得て部屋へと入る。中にいたのは薄水色の真っ直ぐな長い髪の女が一人。ザイステルと同い年か少し下くらいの見た目である。編み物をしていた彼女はそれを置き、紫色の瞳をザイステルに向けて話しかける。
「……その顔だと、失敗したみたいね」
「はい……」
 何も言い訳せずに肯定した。
「お一人ですか?」
「ええ。今あの子は寝てるから。ベルクトは買い出しに行かせてるし」
「それは良かった。あの頭の悪いのがいるとうるさくて話が進みませんから」
 女は鼻で笑ったように少し間を置いてから続けた。
「それで? 何がどうなったの?」
「……|水の都《シーウァテレス》へ転移出来なくなりました」
「そう。拠点を潰されたってことね」
「おそらくは」
「じゃあ私の名義で借りていることも向こうはわかっているでしょうね。偽名だけど神官登録してあったし」
「申し訳ありません」
「別に責めてないわよ。私たちは急いでるわけじゃないから。最悪の場合はほとぼりが冷めるまで待機して次代の子を狙ったっていいの。貴方はそうじゃないでしょうけど」
「……」
 苦い表情になったザイステルはそれを隠すことなく女の次の言葉を待つ。
「神衛たちへの連絡も出来なくなったと言っていたわね」
「はい」
「まあ、あの子たちは使い勝手悪いしね。以前もそれで失敗したことがあるし」
「そうなんですか」
 叱責されるかと思っていたが大分落ち着いた対応で安堵する。自分が参加する前にも同じようなことがあったらしい。
「でも薬中毒者のほうも問題あるから、貴方みたいな人がもうちょっといてくれると助かるんだけど」
「……」
 ザイステルはある目的を達成するためこの者たちに使われている。自分のような人間が他にも合流することを考えると胸がもやもやするような、何とも言い難い感情が湧く。
「んー……とりあえず移動先が無いのは困るから、家を借りさせに行くのは『薬』のほうに行かせるわ。どこの転移先が一番近いかしら」
 女は何かに気が付いたように少し怪訝そうな表情となってザイステルに確認する。
「他の転移場所は無事なんでしょうね?」
「|命の都《ライヴェロス》の私の家は乗り込まれて表のほうは消されました。隠してあるほうは無事です。他の場所はまだ試しておりません」
「それは……すぐに試さないと」
 女は管理してある|転移石《エイライト》を持ち出し、慌ただしく二人で確認のため転移を繰り返した。
「良かった。大丈夫そうね。家の名義を全部違うものにしておいてよかったわ」
「お手数おかけして申し訳ありません」
「じゃあ転移は問題ないけど……神の子をどうするかよね。|水の都《シーウァテレス》にいるのは間違いないの?」
「はい。|通信石《タルカイト》に映っていました。間違いなく本人でした。誘拐未遂の被害者として大神殿で匿われているのではないかと思われます」
「向こうが|転移石《エイライト》を持っている可能性は?」
「……」
 ザイステルは少し考えてから伝える。
「……以前|飛翔神の町《リフェイオス》で処分した神衛の|転移石《エイライト》を回収していないので、持っているかもしれませんね」
「そう。じゃあそこにずっといると思い込むのは良くないわね」
「地元に戻っているでしょうか?」
「そうかもしれないわね。でも、旅人も滅多に訪れないような町じゃ、直接行くのは警戒されるから難しそうね。港町を張っておくようにして」
「はい。そのように。これまでと同じように見張らせて、隙があれば攫う手筈で」
 女は頷く。
「上手くいかないようなら、|あ《・》|れ《・》を放つわ。|水の都《シーウァテレス》でも|飛翔神の町《リフェイオス》でも混乱を起こせるし。隙を作ることも出来るでしょう」
「それは……」
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「……次に向かうとしたらどこでしょうか」
「そもそも|水の都《シーウァテレス》へは何の目的で行ったか検討はついているの?」
「大神殿へ保護を求めたか、破壊神の神官たちを探しに行ったのかと思っておりますが」
「まあ、その辺りでしょうね。ストロワ以外の神官が何処へ行ったかわかっていないし」
「保護を断られたか、見つからなかったとしたら、別の都を目指すと思いますがどうでしょう」
「そうね」
「では、港町とそれぞれの都へ人員を配置します」
「神衛兵だと警戒されそうだから、装備を外して町民に紛れるようにしたほうが良さそうね。あの子たち、会話がろくに出来ないから都には目をつけられてるでしょう」
「はい、おそらく」
「『薬』のほうも使っていいわよ」
 頷いて次の言葉を待つ。
「……写し絵はまだある?」
「あります。それを元にいつでも増やせますから複数準備してあります」
「そうね……変装をしているかもしれないから、それを伝えておきなさい。私だって昔神殿に潜入していたときは帽子をかぶったり眼鏡をかけたり、その程度はしていたのだから」
「はい」
「あと、同行者の姿も伝えておくように。神衛の装備は着けているんでしょうから、それを目印にしなさい」
「仰せのままに」
 腑に落ちないことがあったのでザイステルは女に訊く。
「しかし、何故殺してしまわないのです? そうすればすぐにでも攫えるのに」
「相手は神の子がかなり懐いている|お《・》|兄《・》|さ《・》|ん《・》なんでしょう? それを殺すことで神の力に目覚められたら厄介なのよ。それに生かしておいたほうが利用してこちらの言うことを聞かせられるじゃない」
「なるほど。では兄のほうも攫うつもりなんですね?」
 女は頷いた。
「引き離して一人ずつ攫うほうが利用しやすいわ。でもとにかく、まずは神の子よ。あの子の一番の目的ですもの。早くかなえてあげたいわ」
 女は陶酔したように笑みを浮かべる。高揚した気持ちを抑えきれないようだった。
「かしこまりました。最善を尽くします、イソラ様」