しっかりと睡眠をとった礼安は、翌日職員も生徒もいない学園校舎に呼び出された。他でもない、学園長によるものだった。
「やあ、待っていたよ礼安」
「? パパ、たんこぶ出来てるよ……しかも二つ」
「あ、ああ……ちょっとね」
詳しい事情を話す前に、その場に礼安の見覚えのない人物が一人、学園長室のソファに深く座り込んで足を組む存在を認識する。
「あ、清志郎おじさん! 久しぶり!」
「よっ、中学時代ぶりだな」
事実上の親戚のおじさん扱いである。血縁関係者ではないのだが。他愛もない世間話で談笑する二人であったが、信一郎が咳払いをすると、口惜しそうに気分を落とす。
信一郎と清志郎、そして礼安。この三名がこの場に集ってやることは、何も昔話ではない。議題としては、これからのことである。
「――じゃあ、礼安……一週間前、電話でも確認したが、まず一つ確認をさせてくれ。合同演習会のこと、『どこまで覚えている』かな」
「…………」
信一郎が問うているのは、間違いなく一つの事象について。多くの人々が忘れ去ってしまった、『あの』人物についてが大凡の核である。
「――もっと単刀直入に聞こうか、『森信之』のことを……覚えているかな」
「……勿論、覚えているよ、パパ。何で皆が忘れちゃったのかな、ってずっと考えてた」
合同演習会にて、最初は茨城支部支部長として敵対していたものの、最終的には信玄と和解を果たし、英雄学園サイドとして勝利に貢献したものの、何者かによって不審死を遂げた人物。
日本、あるいは世界全土から信之に関する記憶が弄られ、九割九分の人間の脳内から消え去ってしまった。生きた痕跡すら残すことを許されず、徹底的に抹消された悲しき存在。
しかし。この場に存在する人物らは、信之に関する記憶を損傷なく保有している。信一郎があと一人、この場に招いているため、合計四人。完全に記憶を保有している存在はこの状況だとたった四人だけである。他に覚えている存在がいるとしたら、残った『原初の英雄』のようなある程度の猛者のみ。
「――何でこんな話をしたか分かるかい、二人とも?」
「……お前とは二十年クラスに長い付き合いだ、流石に分かる」
即答してのけた清志郎とは異なり、よく分かっていない様子の礼安。腕を組み、首を傾げている。
「――まあその様子で大体分かったよ。……二年次のお勉強は全部したんだよね?」
「うん、全部記憶したよ!」
「オーケー、その報告が聞けただけで何よりだ。これから、その力を存分に生かしてもらうための作戦を行いたいんだが……懸念点をざっくりというならば、現状だと味方が少なすぎるってこと。作戦を執り行う上でね」
そこで、信一郎がある置手紙を二枚見せる。一枚は合同演習会にてある人物が礼安に宛てたもの、そしてもう一枚は今日匿名で宛てられたものであった。
「まず……この手紙。これは合同演習会で礼安に宛てて書かれたものだ。差出人は百喰正明だ」
「あ、あのシンパシー感じた人だ」
「そうなの? よく分からないけれど……その人物が残していった内容は、信之くんが死んだニュースを見せる内容だった」
時刻指定とチャンネル指定のみが書かれた手紙。それに猛烈な違和感を覚えていたのだ。
本人が本来宛てた手紙は、別のものである。しかしそれは、もうこの世のどこにも存在しない……その可能性が圧倒的に高かったのだ。
まず、百喰の目的は『血沸き肉躍る闘争』。そのために何でもやる……というよりは、ちゃんとした流儀の元に戦う、いわば英国騎士のようなもの。そんな人物が信之を殺したとは若干考えづらかったのだ。
裏切り者として抹消。その考えは正直有り得るものの、自らも半ば裏切り行為を働いていたようなものであり、俗に言う「ブーメラン」のような立ち居振る舞いになってしまう。流儀に対して大きな矛盾を抱えたまま、闇に消えたとは思いづらかったのだ。
さらに、あの事件が起きた後、関係各所に百喰のアリバイを調査済み。結果、認識の齟齬こそあったものの完全に裏取りは済み、その時間のアリバイは確保済みである。
「――私は正直今回の犯人は、森信之を殺害し、事の混乱を招いたのは……来栖善吉だと考えている。手紙の偽造を行った存在も同様だろうね。奴は自分の邪魔となる存在は……容赦なく消してきた」
さらに、そう思える根拠が、エヴァの証言内にあった善吉の発言であった。
(そのために、やれることは何でもやる)
(君たちの『大切』も屠らせてもらったし、これからも喜んでしようじゃあないか)
その発言は、事情が分からないエヴァへの捨て台詞として残したもの。エヴァだからそう聞こえたのか、元からそう言っていたのかは不明であるが、これはレイジー、あるいは信之のことを指している。両人の名前を上げるより、まとめて示した方がコンパクトであり、効率を求めるあの男らしい発言であった。
さらに、裏切り者である彼を殺す理由は十分。それはこれからの目標を達成するのに邪魔であることが理由。何を隠そう、信之の因子は森蘭丸、善吉の因子は徳川家康。時代は少々ずれてはいるものの、歴史区分としては特効が入る範囲内。ただでさえ元から明かしていたエヴァ、信玄の元に信之が加わると、特効範囲がダダ被りしている英雄的存在が多い。事実上の数的不利状態に陥る。
そこに加わるのが、今回匿名で届いた手紙。
(この手紙が届いた日から一か月後にて、英雄学園に抗争を仕掛けたく思います。場所に関しては、最も嫌な場所を宣告させていただきます)
そこには、犯行予告のように記されていた宣戦布告。新天地にて念入りな準備を行い、礼安たちと殺し合うための手紙であった。
山梨で嫌がらせのような策を用いて、グレープに侵攻したことがよほど気に入らなかったのか、多種多様な嫌がらせを竹箆返しのように用いるだろう。
「――だ・か・ら……今回援軍として一人用意したのさ」
信一郎は軽快に手を二度ほど叩くと、学園長室に入ってきたのは、話題にしていた人物そのものであった。
「……別室で全部聞いていたけどよ……こうして登場するのは物凄く恥ずかしいな」
『教会』千葉支部現支部長であり、カルマの側近――百喰正明であった。無罪の主張を代理人にしてもらったがゆえに、こうして顔を見せる際に気恥ずかしい様子であった。
「お久しぶり、百喰さん!」
「……俺を、信じるのか」
「うん、だって最初から悪い人っぽくなかったもん!」
「――野生の勘ってのは恐ろしいな……」
どうもやりづらそうな様子であったが、その場にてソファに座っていた清志郎が、元の整った顔が台無しになるほど驚いた表情をしていた。
「? 清志郎おじさん、どうしたの?」
「いやな……」
「実は……」
二人とも、お互いを呆れた表情かつ横目で見ながら、気怠そうに指をさすのだった。
「「――これ、疎遠だった親父/偽名使った息子」」