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第二百十九話

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 傷だらけのエヴァと葵、互いに支え合いながら、瓦礫の山ばかりで廃墟同然のフルボディを後にした……その時。支部近くのフルビジョンに映るのは、無傷かつスーツ姿の善吉。その背後には何者かがいるものの、それを窺い知ることはできない。傷だらけの二人を嘲笑うと、手元にあるボタンを用意する。悪い予感かつ共通の予感が、二人の精神を支配する。
『言ったろう? 『やれることは何でもやる』、と。君たちは――――面倒臭いからここで消しておくよ』
 その言葉がフルボディ全体に響き渡ると、ボタンを壊す勢いでプッシュ。すると壁全面から大量の水が噴き出し始めたのだ。古代エジプトから長く拷問や処刑法として用いられた、水責め。
 すぐさまその場から動き出そうにも、エヴァは大量に血を失いすぎたために、満足に動くことはできない。葵もかなりの手傷を負っているため、抱えて昇降機に乗り込む、だなんてことはできない。
 水を放出した時から、治水機能を意図的にオフにした影響で、そこまで時間を要さないうちに足元が水浸しになり始めた。
「まずい、これじゃあアタシ――」
 葵が弱音を吐きそうになったその時、エヴァが轟音響き渡る中でも聞こえるように耳打ちをする。

(着地、しっかり決めてね)
「えっ」

 一切の応答を待たずに、葵だけを助けるために昇降機の方へ投げ飛ばす。残った力全てを使ったエヴァは、その場にて天を仰ぐのだった。
 宙に放られた葵はエヴァに手を伸ばすも、遠ざかる中で届くわけもなく。そして掴んだとしても共に行けるはずもなく。己の無力を恨みながら昇降機近くへ飛ぶのだった。
 残されたエヴァは、心の底から絶望していた。レイジーが死んだことをあっさりと告げられ、死ぬ瞬間も見せつけられ。しかも事実上彼女を殺したのは、彼女が特に目をかけていた元大人たち。人間の醜さを矯正することを諦め、共に死ぬことで一連の呪いを一人だけではあるが強引に終わらせた。
 それでも、流転の呪い自体は解決することはなく、結局倒すべき巨悪は逃げ果せた。こうまでセンチになっている自分をどこかで嗤っているのだろう。
「――レイジー、レイジー……」
 あの時、善吉と戦っている中で、多くのレイジーとの思い出が蘇っていた。懐かしむ感情を押し殺しながら、効果が無いように振舞っていた。実際に、これまで受けてきた精神的ダメージだったり肉体的ダメージだったりが、脳内を支配していたのにも拘らず、(ぜんきち)のプライドを圧し折るためにただ根性で我慢していたのだ。
 その敵も、偽者だったことで意味が無くなったのだが。
「……私、何も出来なかった……レイジーの仇……取れなかった」
 溢れる涙。徐々にその場に満ちていく水と同化していく。多くの血も混じっているため、鉄の臭いが彼女の鼻腔を汚染していく。
「私は……弱い……礼安さんと肩を並べるような――そんな存在なんかじゃあない……!!」
 偽りの力を振りかざし、何も成せなかった自分がとにかく許せなかったのだ。
 だから、このまま水に飲まれ死んだ方がマシだ、そう考えたがゆえの行動であった。ただ、その身勝手な自殺に子供を巻き込むわけにはいかない。
 昇降機が、徐々に上昇していくのを視認すると、柔らかな笑顔が生まれる。しかしそれは、心の底から全てを諦めた『放棄』の笑顔。
「――もう、どうだっていいや。礼安さんに……迷惑をかけて死ぬくらいなら――――」
「自殺する、ってことかい」
 自分以外の声が唐突に聞こえ、その場から上体だけを起こす。エヴァの眼前にいたのは、そんな想い人の実の父親である信一郎であった。これまでの旅路で、多くのふざけた表情を見てきたが、これまでにないほどに真剣かつ目を吊り上げていた。
「……レイジー、死んだんですよね。それに私……来栖を逃がしました。武器科ではありますが……こんな無能、英雄学園にいる資格は――――」
 その先の言葉を言いかけた瞬間、信一郎はエヴァを抱きしめたのだ。平手打ちするのではなく、信一郎の温もりを感じさせたのだ。現場は徐々に水が満ち、あと少ししたら子供用市民プールほどの浸水になる。体温が下がり始めるだろうが、それでも安心させるために抱擁したのだ。
 何も語ることはなく、エヴァを難なく横抱きにし、その場から立ち上がる信一郎。その目線の先には、ミディアムボディに繋がる大穴。恐らく、床を突き破りあそこからやってきたのだろう。
「――少なくとも、君が死ぬことなんて欠片たりとも望んでいない。言ってしまうなら、勝手に死ぬ方があの子たちにとって迷惑だ、と私は考えるよ」
 確かに逃がしたことは事実。ただ、この山梨からあの巨悪を退散させた事実は変わらない。術中に嵌められた上で踊らされていたのかもしれないが、そのダンスフロアでやれることはやった。これほどに、第三者視点からエヴァの功績は大したものであった。プロでもない中で、さらには英雄科でもない中で、十二分に働きはした。見据える先は次の目標である。
 悔しさは、当人を強くする感情材料の一つ。そして、どれほど失敗しようとその失敗から学び、次に活かすことが大事。信一郎が教えたかったことは、この二つであった。しかし、それらを伝える上で少々不器用であった信一郎は、少々言葉が足らなかったのだ。
「――戻ろう。こんなところでふやけまくったエヴァちゃんの水死体なんぞ見たくはないからね」
 しっかり掴まるんだよ、とだけ呟くと、信一郎たちはその場を跳躍し、水没していくフルボディを脱出したのだった。
 心身深い傷を負ったままのエヴァは、目から光が消えていたのだった。



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 傷だらけのエヴァと葵、互いに支え合いながら、瓦礫の山ばかりで廃墟同然のフルボディを後にした……その時。支部近くのフルビジョンに映るのは、無傷かつスーツ姿の善吉。その背後には何者かがいるものの、それを窺い知ることはできない。傷だらけの二人を嘲笑うと、手元にあるボタンを用意する。悪い予感かつ共通の予感が、二人の精神を支配する。
『言ったろう? 『やれることは何でもやる』、と。君たちは――――面倒臭いからここで消しておくよ』
 その言葉がフルボディ全体に響き渡ると、ボタンを壊す勢いでプッシュ。すると壁全面から大量の水が噴き出し始めたのだ。古代エジプトから長く拷問や処刑法として用いられた、水責め。
 すぐさまその場から動き出そうにも、エヴァは大量に血を失いすぎたために、満足に動くことはできない。葵もかなりの手傷を負っているため、抱えて昇降機に乗り込む、だなんてことはできない。
 水を放出した時から、治水機能を意図的にオフにした影響で、そこまで時間を要さないうちに足元が水浸しになり始めた。
「まずい、これじゃあアタシ――」
 葵が弱音を吐きそうになったその時、エヴァが轟音響き渡る中でも聞こえるように耳打ちをする。
(着地、しっかり決めてね)
「えっ」
 一切の応答を待たずに、葵だけを助けるために昇降機の方へ投げ飛ばす。残った力全てを使ったエヴァは、その場にて天を仰ぐのだった。
 宙に放られた葵はエヴァに手を伸ばすも、遠ざかる中で届くわけもなく。そして掴んだとしても共に行けるはずもなく。己の無力を恨みながら昇降機近くへ飛ぶのだった。
 残されたエヴァは、心の底から絶望していた。レイジーが死んだことをあっさりと告げられ、死ぬ瞬間も見せつけられ。しかも事実上彼女を殺したのは、彼女が特に目をかけていた元大人たち。人間の醜さを矯正することを諦め、共に死ぬことで一連の呪いを一人だけではあるが強引に終わらせた。
 それでも、流転の呪い自体は解決することはなく、結局倒すべき巨悪は逃げ果せた。こうまでセンチになっている自分をどこかで嗤っているのだろう。
「――レイジー、レイジー……」
 あの時、善吉と戦っている中で、多くのレイジーとの思い出が蘇っていた。懐かしむ感情を押し殺しながら、効果が無いように振舞っていた。実際に、これまで受けてきた精神的ダメージだったり肉体的ダメージだったりが、脳内を支配していたのにも拘らず、|敵《ぜんきち》のプライドを圧し折るためにただ根性で我慢していたのだ。
 その敵も、偽者だったことで意味が無くなったのだが。
「……私、何も出来なかった……レイジーの仇……取れなかった」
 溢れる涙。徐々にその場に満ちていく水と同化していく。多くの血も混じっているため、鉄の臭いが彼女の鼻腔を汚染していく。
「私は……弱い……礼安さんと肩を並べるような――そんな存在なんかじゃあない……!!」
 偽りの力を振りかざし、何も成せなかった自分がとにかく許せなかったのだ。
 だから、このまま水に飲まれ死んだ方がマシだ、そう考えたがゆえの行動であった。ただ、その身勝手な自殺に子供を巻き込むわけにはいかない。
 昇降機が、徐々に上昇していくのを視認すると、柔らかな笑顔が生まれる。しかしそれは、心の底から全てを諦めた『放棄』の笑顔。
「――もう、どうだっていいや。礼安さんに……迷惑をかけて死ぬくらいなら――――」
「自殺する、ってことかい」
 自分以外の声が唐突に聞こえ、その場から上体だけを起こす。エヴァの眼前にいたのは、そんな想い人の実の父親である信一郎であった。これまでの旅路で、多くのふざけた表情を見てきたが、これまでにないほどに真剣かつ目を吊り上げていた。
「……レイジー、死んだんですよね。それに私……来栖を逃がしました。武器科ではありますが……こんな無能、英雄学園にいる資格は――――」
 その先の言葉を言いかけた瞬間、信一郎はエヴァを抱きしめたのだ。平手打ちするのではなく、信一郎の温もりを感じさせたのだ。現場は徐々に水が満ち、あと少ししたら子供用市民プールほどの浸水になる。体温が下がり始めるだろうが、それでも安心させるために抱擁したのだ。
 何も語ることはなく、エヴァを難なく横抱きにし、その場から立ち上がる信一郎。その目線の先には、ミディアムボディに繋がる大穴。恐らく、床を突き破りあそこからやってきたのだろう。
「――少なくとも、君が死ぬことなんて欠片たりとも望んでいない。言ってしまうなら、勝手に死ぬ方があの子たちにとって迷惑だ、と私は考えるよ」
 確かに逃がしたことは事実。ただ、この山梨からあの巨悪を退散させた事実は変わらない。術中に嵌められた上で踊らされていたのかもしれないが、そのダンスフロアでやれることはやった。これほどに、第三者視点からエヴァの功績は大したものであった。プロでもない中で、さらには英雄科でもない中で、十二分に働きはした。見据える先は次の目標である。
 悔しさは、当人を強くする感情材料の一つ。そして、どれほど失敗しようとその失敗から学び、次に活かすことが大事。信一郎が教えたかったことは、この二つであった。しかし、それらを伝える上で少々不器用であった信一郎は、少々言葉が足らなかったのだ。
「――戻ろう。こんなところでふやけまくったエヴァちゃんの水死体なんぞ見たくはないからね」
 しっかり掴まるんだよ、とだけ呟くと、信一郎たちはその場を跳躍し、水没していくフルボディを脱出したのだった。
 心身深い傷を負ったままのエヴァは、目から光が消えていたのだった。