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第二百十八話

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 鯰尾藤四郎・真打によって容赦なく斬り伏せられた後。エヴァは辛うじて生きていた。出血多量ではあったが、まだ失血死する量ではなかった。目測で、推定三リットル。一息に血を失ったために、貧血気味であったがそんなもの酷い痛みでかき消される。
 だからこそ、葵が作り出したこのチャンスは、エヴァにとって決めなければならない千載一遇のチャンスであった。
 エヴァ近くに刺さっていた鯰尾藤四郎・真打にある細工を施し、動かない脚を足元に小鎚を用いることで流動。無理やり動かして、善吉に最高速で迫る。
 拳を叩き込む手前でそのことに気が付いた善吉は、片手で葵の顔を鷲掴み、壁に酷くめり込ませる。エヴァの方を向きながら裏拳で迎え撃つ。
 歯を食いしばり痛みを堪え、薙刀をフルスイング。それを籠手で受け止めるも、その瞬間薙刀が光り輝く。本来現存する短刀、鯰尾藤四郎と姿を変えたのだ。本来あるリーチが急激に焼失した瞬間、訪れる未来は驚愕以外にないだろう。
 振り下ろされたその一閃は、容易に善吉の防御に用いた左腕のうち、腕撓骨筋はおろか、尺骨と橈骨もろともぶった斬る。呆気にとられた瞬間に、すぐさま鯰尾藤四郎を逆の手に持ちかえる。そうして新たに手にしたのは、背面部に刺さっていた葵の忍び刀であった。
「代を(たが)えど、村正の意志がそこに欠片でも籠っているのなら――――私が振るえばお前を『殺す』刃足りうる!!」
 エヴァに向ける怒りのために、力が緩んだために鷲掴みにしていた手から葵の頭部が零れる。その一瞬の隙間を見逃すことはなく、善吉の籠手部分を両手で支えにし、以前よりも圧倒的に精度が上がった上段飛び回し蹴りを放つ。そしてその衝撃と同タイミングに、一対の刃に全霊の輝く魔力を込め両肩口からクロス状にぶった斬る。
『ク、クソがあァァァァぁァァァァァァッ!!』
 一人の忍者見習い、そして一人の武器の匠による双撃が、完全に同タイミングで合わさり、紫電と閃光が場を包む。完全に絶命した、かに思えた。
 それぞれの攻撃が、クリーンヒットはした。しかし、明らかに人間を殴り、斬る感覚ではなかったのだ。まるで、スライム人形を攻撃しているような感覚であった。

『――なーんちゃって。私が真の意味でやられるだなんてことは許されない、そのための策を練っていない訳ないだろう?』

 次第に、善吉だった者の体は喪失していき、その場に二人だけを残して完全融解。これまで戦っていた存在が、急にいなくなった喪失感は尋常でないものであり、それまでの痛みも何もかも、夢幻のように感じる。しかしこの受けた傷も、デュアルムラマサが完全に破砕した事実も一切変わらない。
 これまでの激闘は、全て無意味だったのか。二人の胸中を支配するのは、そんな問いを包含した絶望そのものであった。
(――私はこの山梨を捨て、次なる新天地で新たに理想郷を作り出す。そのために、やれることは何でもやる。君たちも、せいぜい準備をしておくといいさ。私が丹精込めて育てた場所を崩してくれたんだ、君たちの『大切』も屠らせてもらったし、これからも喜んでしようじゃあないか。ではその時が来るまで、ごきげんよう――――)
 今までの立ち居振る舞いが本性か、このどこかから聞こえる声が本性か。そんなことはこの場の二人に分かるはずもなく。その場を支配するのは、これまでの傷が全て無駄になったかのような、行き場のない怒りと虚無感ばかりであった。
 これにより、エヴァ・クリストフと来栖葵対山梨支部支部長、来栖・F・善吉のフルボディ全土を舞台とした戦いは、土壇場まで二人が追い詰めることが出来たものの、これまで戦っていた存在は当人の意志を持った偽者。これまでに無かった無効試合という結末になった。


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 鯰尾藤四郎・真打によって容赦なく斬り伏せられた後。エヴァは辛うじて生きていた。出血多量ではあったが、まだ失血死する量ではなかった。目測で、推定三リットル。一息に血を失ったために、貧血気味であったがそんなもの酷い痛みでかき消される。
 だからこそ、葵が作り出したこのチャンスは、エヴァにとって決めなければならない千載一遇のチャンスであった。
 エヴァ近くに刺さっていた鯰尾藤四郎・真打にある細工を施し、動かない脚を足元に小鎚を用いることで流動。無理やり動かして、善吉に最高速で迫る。
 拳を叩き込む手前でそのことに気が付いた善吉は、片手で葵の顔を鷲掴み、壁に酷くめり込ませる。エヴァの方を向きながら裏拳で迎え撃つ。
 歯を食いしばり痛みを堪え、薙刀をフルスイング。それを籠手で受け止めるも、その瞬間薙刀が光り輝く。本来現存する短刀、鯰尾藤四郎と姿を変えたのだ。本来あるリーチが急激に焼失した瞬間、訪れる未来は驚愕以外にないだろう。
 振り下ろされたその一閃は、容易に善吉の防御に用いた左腕のうち、腕撓骨筋はおろか、尺骨と橈骨もろともぶった斬る。呆気にとられた瞬間に、すぐさま鯰尾藤四郎を逆の手に持ちかえる。そうして新たに手にしたのは、背面部に刺さっていた葵の忍び刀であった。
「代を|違《たが》えど、村正の意志がそこに欠片でも籠っているのなら――――私が振るえばお前を『殺す』刃足りうる!!」
 エヴァに向ける怒りのために、力が緩んだために鷲掴みにしていた手から葵の頭部が零れる。その一瞬の隙間を見逃すことはなく、善吉の籠手部分を両手で支えにし、以前よりも圧倒的に精度が上がった上段飛び回し蹴りを放つ。そしてその衝撃と同タイミングに、一対の刃に全霊の輝く魔力を込め両肩口からクロス状にぶった斬る。
『ク、クソがあァァァァぁァァァァァァッ!!』
 一人の忍者見習い、そして一人の武器の匠による双撃が、完全に同タイミングで合わさり、紫電と閃光が場を包む。完全に絶命した、かに思えた。
 それぞれの攻撃が、クリーンヒットはした。しかし、明らかに人間を殴り、斬る感覚ではなかったのだ。まるで、スライム人形を攻撃しているような感覚であった。
『――なーんちゃって。私が真の意味でやられるだなんてことは許されない、そのための策を練っていない訳ないだろう?』
 次第に、善吉だった者の体は喪失していき、その場に二人だけを残して完全融解。これまで戦っていた存在が、急にいなくなった喪失感は尋常でないものであり、それまでの痛みも何もかも、夢幻のように感じる。しかしこの受けた傷も、デュアルムラマサが完全に破砕した事実も一切変わらない。
 これまでの激闘は、全て無意味だったのか。二人の胸中を支配するのは、そんな問いを包含した絶望そのものであった。
(――私はこの山梨を捨て、次なる新天地で新たに理想郷を作り出す。そのために、やれることは何でもやる。君たちも、せいぜい準備をしておくといいさ。私が丹精込めて育てた場所を崩してくれたんだ、君たちの『大切』も屠らせてもらったし、これからも喜んでしようじゃあないか。ではその時が来るまで、ごきげんよう――――)
 今までの立ち居振る舞いが本性か、このどこかから聞こえる声が本性か。そんなことはこの場の二人に分かるはずもなく。その場を支配するのは、これまでの傷が全て無駄になったかのような、行き場のない怒りと虚無感ばかりであった。
 これにより、エヴァ・クリストフと来栖葵対山梨支部支部長、来栖・F・善吉のフルボディ全土を舞台とした戦いは、土壇場まで二人が追い詰めることが出来たものの、これまで戦っていた存在は当人の意志を持った偽者。これまでに無かった無効試合という結末になった。