葵は、あの劇場放映時、エヴァから伝言を受け取っていた。ただ、むやみやたらに音は生じさせることが出来ない。マナーを矯正する後催眠によって、その固定観念を植え付けられたがゆえに。
ただ、ここでルールの穴を突かねば忍者ではない。そう、音を生じさせず、コミュニケーションを取るにはどうするべきか。
何かしらのハンドサイン。それは不可能であった。善吉の仕掛けた催眠によって、葵がエヴァの喉元を締めていた。エヴァもそれに対し必死に抵抗していたため、両手が封じられている。
喋ること。論外である。映画の爆音以外を出せない空間で、喋ることなど不可能。
なら何をしたか。そう、情報収集術の一つにある『読唇術』であった。葵は他の元大人と比べても、純子供である以上吸収力が尋常ではなく、あらゆる忍術を大人顔負けの精度で行える。
それで、首を絞められているエヴァから口を動かすのみで、今後の行動を全て喋り、暗記させたのだ。自分がスクリーンを離れ、支部の外で戦うこと。そして離れた後、準備を整え、かつ一瞬の隙を突いて善吉に刃を突き立てること。
全ての動きを暗記させたうえで、必死に抵抗していたのだ。
薙刀を振るってその刃から遠ざける善吉であったが、いくら恨みを抱いた者による刃とはいえ、ここまでのダメージを受ける理由は毛頭ない、そう固い思考を疑わなかったのだ。
「――頭目は、アンタを最初から打倒するために動いていた。最初、この行動の意図が分からなかったから、その時は何とも思っていなかったけど……今なら分かる」
しのびの里で、本来子供たちが享受するべき学問。それは外界の小学校で教えられるような広い範囲を学べるわけではなかった。しのびの里にも限界はあるが、あるタイミングでその小学校以上の学問を容易に学べる、固い土台が出来上がった。それこそ、信一郎の力添えであった。
教師は御庭番衆を始めとして、現頭目レイジーを含めた複数名。英雄学園に所属する教師の大多数が協力、結託し家族も学ぶ場も存在しない葵たちのために尽力。結果、並の小学生児童よりも圧倒的に発達した頭脳を持ち合わせているのだ。
そこで学んだものは、非常に多い。歴史一つとっても、高等学校を通り越して大学かつその専門分野で学ぶような知識群の数々。その中で、村正伝説も何もかもしっかり押さえているのだ。
「この刃に組み込まれているのは……村正銘の刀。量産されているタイプの奴だから、正直特効具合としては大したことの無いヤツだと思う……でも、少しでも特効が入るだけでよかったんだ。それが――糸口に繋がるのなら。エヴァさんの助力無しでも――アンタを殺すために最初から仕組まれていたんだ」
『黙れクソッタレ!!
子供風情が私のような崇高な大人の邪魔をするんじゃあない!! このクソカスが!!』
今まであったはずの威厳は、激情により消え去る。その代わりに残ったものは、子供にあと一歩のタイミングで茶々を入れられ、無様に激昂する大人もどき。流転している訳でもないのに、何ともみすぼらしい子供のような振る舞いであった。
薙刀をその場に刺し、フルパワーで蹴り飛ばす。一切避けることはできず、支部の壁にめり込む形で盛大に吹き飛ばされる葵。骨は数か所ひびが入り、満足に抵抗することはもうできないだろう。
「――なッさけねえ。アタシの親? だってのに、取り乱しちゃってさ。少子化だ何だとか言っておいて、大層なことを語っておきながら……アンタが一番の『ガキ』じゃあねえか」
『五月蠅い!! それ以上口を開くな!! ゴミ以下の分際でェェェッ!!』
思い切り、腹部を殴り飛ばす善吉。臓物ほぼ全てを傷つけられたために、酷い喀血であった。
しかし、ここまで来たら、ここまで乗せたら。彼女の独壇場であった。どれほど力が及ばない状況であろうと、
精神的優勢はこちらのものであった。
「――アタシの周りの子供は、皆して大人。それでも子供のように振る舞っていて違和感が無かった大凡の理由は……結局はアタシ以上のガキだったからだ。やり直してできることなんてたかが知れてる。出生率云々に関しても、ちゃんとした施策を打てば、年月こそある程度掛かるだろうがどうとでもなった。結局……アンタの考えは――この県に負債≪元大人共≫を増やすだけだったんだ」
子供からやり直して、本当の夢を叶える。道筋は非常に不可思議なものではあるが、理に適っている。その人物がやり残したこととして、出生率増加に関わるのなら、それは僥倖。流転した大人が成功する、実にいい例である。
しかし実際は、元大人のほとんどが変わることを恐れ、現状維持を望んだ。子供の姿で行うことが他人へのセクハラ。学び直しなんてくそくらえ、流転の例として実に最悪な結果であった。それに、大人になってようやく味わえる楽しみを「耐性があるから」と先取りし、子供の姿をしたクソみたいな大人が出来上がる。
流転を経験せず、年を追うごとに
我儘になる存在も、現代には偏在する。しかし、それはあくまで『昔』が恵まれなかったからそうなっている。一部、完全にそういった要因すらなしに自分勝手な害悪も存在するが、流転した存在はそれよりも酷い畜生である。
「結局、アタシに対してちゃんとした反論を言い返せてない時点で、アンタも元大人と同じような下らない思考を持つ同類だった。忍者を忌み嫌う『教会』だか何だか知らないけれどよ……アンタみたいなガキでも頭目になれるほどに、とんだ低能の集まりなんだな」
『だァァァまァァァれェェェ!!』
ドライバー上部を押し込み、急激に魔力を増幅させる。
『Killing Engine Ignition』
当人の魔力を
粉団に込めた右の拳が、葵の顔面を捉える、ほんの一瞬。