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6-1

ー/ー



「おー、朱音。おはよー」
「彩芽。みなさんも、もう来てらしたんですね」
 私立玉蘭女子学園高等学校、生徒会室。生徒会会計担当・三田彩芽が、ドアを開け現れた風紀委員・五十嵐朱音にフランクに声をかける。二人は同じ硬式テニス部に所属している部員同士なのだ。
「どうした、五十嵐。今朝の挨拶当番の時間はまだのはずだが」
「二谷副会長。いいえ、そうではなくて――あ、いえ、それもあるのですが、その前に――」
 と五十嵐朱音は歯切れ悪く言葉を切り、怜花のほうを見る。
「実は、一条さんに一つ、謝らなければいけないことがありまして……」
「え、五十嵐さんも?」
「も?」
「ああ、いえ、何でもないの、気にしないで。それで、わたしに謝らなければいけないこととは?」
「はい。実は、その、生徒会室の鍵のことなのですが……。今朝、一条さんが生徒会室に来たとき、ドアの鍵、開いたままじゃありませんでした?」
「え、ええ。開いていたけど……」
 朱音の言葉に怜花、並びに他三人の役員の顔に俄かに緊張の色が浮かぶ。
「ああ、やっぱり……。ごめんなさい、それ開けたままにしたの、わたしなんです。今朝、うっかり閉め忘れてしまって……」
「い、五十嵐さんが……?」
(ど、どういうこと? 本泥棒は、朱音だったってことかな?)
(ま、まあ待て。まずは五十嵐の話を聞くんだ)
「ど、泥棒!? 生徒会室に、泥棒が入ったんですか!?」
 侑麻と彩芽の小声の会話を、朱音は耳ざとく聞きつける。
「な、なんでもないのよ、五十嵐さん。それより、詳しい話を聞かせていただける?」
「はい。今朝、校内清掃があったじゃないですか?」
「校内……、なんですって?」
「校内清掃です」
「校内……清掃……」
「はい」
「……え?」
「……え?」
 二人の間に微妙な空気が流れる。明らかに会話が噛み合っていないようだ。しかしそんな怜花の様子を見て、朱音は何か合点がいったようにはっとする。
「……もしかして、六本木先生から何もお聞きになってないんですか?」
「六本木先生から……何を?」
「今日の早朝、外部の清掃業者さんによる校内清掃があったんですよ」
 朱音の言葉に、生徒会役員四人は互いに顔を見合わせる。誰一人、ぴんときている者はいないようだった。その様子に朱音は大きくため息をつく。
「もう、六本木先生ったら。役員のみなさんには先生のほうから伝えておいてくださいねって言っておいたのに。ほんと、うっかりしてるんだから……」
「い、五十嵐さん。その、校内清掃というのは……?」
「いま言った通りです。清掃業者さんにお願いして、今朝、校内の各教室のお掃除をしてもらったんですよ。美化委員会と風紀委員会がその担当で、生徒会はそれに関わっていなかったんですが、役員のみなさん、特に一条さんは学校に朝早くから来られることが多いから、念のためみなさんにはその旨をお伝えしておいてくださいって顧問の六本木先生にお願いしておいたんです。それなのに……」
「……ひょっとして、三年生の特別講習が今朝お休みだったのって、その校内清掃があったから?」
「ええ、そうですよ」
 今朝、六本木弥生と職員室で会ったときのことを怜花は思い出す。その特別講習があるものと思って寝坊しながらも急いで学校に来たと言っていた彼女の様子を鑑みるに、校内清掃のことは、あののんびり屋の先生の頭からすっぽり抜け落ちてしまっていたのだろう。
「校内清掃って……そんな大がかりなお掃除を、こんな朝早くからやってたんですか?」
「え? ああ、そうか。四十万さんは一年生だから、そのあたりの事情をまだよく知らないのね。そうよ。うちの学校はSDGsに関心が高いから、校内清掃は基本的に朝にやるの。カーボンニュートラルに取り組んでいる今日の業者さんによれば、早朝に業務を行なったほうが一日の二酸化炭素排出量を抑えられるんですって」
「それじゃあもしかして、今日、テニス部の朝練が休みだったのも……」
「うん、清掃があったから。一昨日のミーティングで先生から連絡があったでしょ?」
「一昨日はあたし、部活行ってないよ。生徒会の活動があったから。休みだってことは昨日、やっちゃんから聞いて知った。掃除のことは言ってなかったけど」
「ああ、そういえばそうだったわね。休みの彩芽には後で伝えておいてって先生が八坂(やさか)に頼んでた。――あれ? でも、じゃあなんで彩芽、こんな時間から学校にいるの? 朝練休みなの忘れて早く来ちゃったとか?」
「え。ああ、いやー……忘れていないからこそ今ここにいるというか、なんというか」
 彩芽の言葉に朱音は不思議そうに首を捻る。話を整理するように怜花が訊ねた。
「それじゃあつまり、五十嵐さんは今朝、その清掃業者の方たちの応対をする担当だったということ?」
「そうです。もともと今日は見回り当番で早く来る日でもあったので、わたしが担当しました。正確にはわたしと、美化委員会の顧問の先生ですね。それで校舎内の清掃が終わった後、先生と手分けして各教室の鍵を閉めて回ったんですが、そういえば生徒会室の鍵を閉めた記憶がないなって、さっき気が付いて……。ちょうど、一条さんと廊下でお会いした後、部室棟の清掃を終えた業者の方たちに挨拶に行っていたときです」
「部室棟……そうか、だから朱音は怜花の悲鳴が聞こえなかったのか」
「悲鳴? 一条さん、先ほどの泥棒のことといい、やはり生徒会室で何かあったんですか?」
「だ、大丈夫、なんでもないのよ、五十嵐さん。それより、今の話で一つ気になったのだけど、教室の鍵を閉めて回ったということは、五十嵐さんは鍵を取りに職員室に行っているわけよね? そのとき、六本木先生には会わなかった?」
「あ、いえ。わたしは職員室には行ってないです。鍵は美化委員会の顧問の先生から渡されました。一本しかないマスターキーは西棟の鍵開けを担当した先生がお使いになっていたから、一つひとつ鍵を探さなきゃいけなくて骨が折れましたよ。……っていうか一条さん、今、六本木先生って言いました? 先生、もういらっしゃってるんですか? 一言、文句を言いに行こうかしら……」
「ああ、六本木先生にはわたしから言っておくから、心配しないで。五十嵐さん、ちなみになのだけど、その美化委員会の顧問の先生、九十九(つくも)先生よね? は、今どこにいらっしゃるの?」
「先生は朝早かったからって、掃除が終わって西棟の見回りを終えた後、宿直室に仮眠をとりに行かれました。いいですよね、先生は。校内に横になって寝られる場所があって」
「なるほど……」と怜花は静かに頷く。朱音の説明で、怜花はこれまでの様々なことが腑に落ちた。職員室で六本木弥生に鍵のことを訊ねたとき、自分は「わたし以外の生徒が」鍵を取りに来なかったかと言い、彼女はそれに「来てない」と答えた。彼女の言う通り、たしかに「生徒」は来ていない。だが「教師」は来ていた。鍵の掛かっている位置がいつもと違っていたのは、それを戻したのが九十九教諭だったからだ。
 さらに怜花の脳内には、今朝歩いた校内の様子が思い出される。塵ひとつ落ちていない廊下、キラキラと輝くほどに磨き上げられた窓……。そして生徒会室に入ったときに覚えた違和感の正体。日ごろから丁寧な掃除を心がけているとはいえ、そこにプロの手が入ったのだ、常よりもいっそう清掃が行き届いた状態になっていたのだろう。
 きっと業者は作業をするにあたって、一度部屋の中のものを外に運び出したりもしたに違いない。それによっておそらく、机や棚などの配置もいつもと微妙に違って――
 そこまで考えたところで、怜花ははっとする。頭の中にきらりと閃くものがあった。それを形にしようとしたところで、「そういえば」と五十嵐朱音が先に口を開いた。


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「おー、朱音。おはよー」
「彩芽。みなさんも、もう来てらしたんですね」
 私立玉蘭女子学園高等学校、生徒会室。生徒会会計担当・三田彩芽が、ドアを開け現れた風紀委員・五十嵐朱音にフランクに声をかける。二人は同じ硬式テニス部に所属している部員同士なのだ。
「どうした、五十嵐。今朝の挨拶当番の時間はまだのはずだが」
「二谷副会長。いいえ、そうではなくて――あ、いえ、それもあるのですが、その前に――」
 と五十嵐朱音は歯切れ悪く言葉を切り、怜花のほうを見る。
「実は、一条さんに一つ、謝らなければいけないことがありまして……」
「え、五十嵐さんも?」
「も?」
「ああ、いえ、何でもないの、気にしないで。それで、わたしに謝らなければいけないこととは?」
「はい。実は、その、生徒会室の鍵のことなのですが……。今朝、一条さんが生徒会室に来たとき、ドアの鍵、開いたままじゃありませんでした?」
「え、ええ。開いていたけど……」
 朱音の言葉に怜花、並びに他三人の役員の顔に俄かに緊張の色が浮かぶ。
「ああ、やっぱり……。ごめんなさい、それ開けたままにしたの、わたしなんです。今朝、うっかり閉め忘れてしまって……」
「い、五十嵐さんが……?」
(ど、どういうこと? 本泥棒は、朱音だったってことかな?)
(ま、まあ待て。まずは五十嵐の話を聞くんだ)
「ど、泥棒!? 生徒会室に、泥棒が入ったんですか!?」
 侑麻と彩芽の小声の会話を、朱音は耳ざとく聞きつける。
「な、なんでもないのよ、五十嵐さん。それより、詳しい話を聞かせていただける?」
「はい。今朝、校内清掃があったじゃないですか?」
「校内……、なんですって?」
「校内清掃です」
「校内……清掃……」
「はい」
「……え?」
「……え?」
 二人の間に微妙な空気が流れる。明らかに会話が噛み合っていないようだ。しかしそんな怜花の様子を見て、朱音は何か合点がいったようにはっとする。
「……もしかして、六本木先生から何もお聞きになってないんですか?」
「六本木先生から……何を?」
「今日の早朝、外部の清掃業者さんによる校内清掃があったんですよ」
 朱音の言葉に、生徒会役員四人は互いに顔を見合わせる。誰一人、ぴんときている者はいないようだった。その様子に朱音は大きくため息をつく。
「もう、六本木先生ったら。役員のみなさんには先生のほうから伝えておいてくださいねって言っておいたのに。ほんと、うっかりしてるんだから……」
「い、五十嵐さん。その、校内清掃というのは……?」
「いま言った通りです。清掃業者さんにお願いして、今朝、校内の各教室のお掃除をしてもらったんですよ。美化委員会と風紀委員会がその担当で、生徒会はそれに関わっていなかったんですが、役員のみなさん、特に一条さんは学校に朝早くから来られることが多いから、念のためみなさんにはその旨をお伝えしておいてくださいって顧問の六本木先生にお願いしておいたんです。それなのに……」
「……ひょっとして、三年生の特別講習が今朝お休みだったのって、その校内清掃があったから?」
「ええ、そうですよ」
 今朝、六本木弥生と職員室で会ったときのことを怜花は思い出す。その特別講習があるものと思って寝坊しながらも急いで学校に来たと言っていた彼女の様子を鑑みるに、校内清掃のことは、あののんびり屋の先生の頭からすっぽり抜け落ちてしまっていたのだろう。
「校内清掃って……そんな大がかりなお掃除を、こんな朝早くからやってたんですか?」
「え? ああ、そうか。四十万さんは一年生だから、そのあたりの事情をまだよく知らないのね。そうよ。うちの学校はSDGsに関心が高いから、校内清掃は基本的に朝にやるの。カーボンニュートラルに取り組んでいる今日の業者さんによれば、早朝に業務を行なったほうが一日の二酸化炭素排出量を抑えられるんですって」
「それじゃあもしかして、今日、テニス部の朝練が休みだったのも……」
「うん、清掃があったから。一昨日のミーティングで先生から連絡があったでしょ?」
「一昨日はあたし、部活行ってないよ。生徒会の活動があったから。休みだってことは昨日、やっちゃんから聞いて知った。掃除のことは言ってなかったけど」
「ああ、そういえばそうだったわね。休みの彩芽には後で伝えておいてって先生が|八坂《やさか》に頼んでた。――あれ? でも、じゃあなんで彩芽、こんな時間から学校にいるの? 朝練休みなの忘れて早く来ちゃったとか?」
「え。ああ、いやー……忘れていないからこそ今ここにいるというか、なんというか」
 彩芽の言葉に朱音は不思議そうに首を捻る。話を整理するように怜花が訊ねた。
「それじゃあつまり、五十嵐さんは今朝、その清掃業者の方たちの応対をする担当だったということ?」
「そうです。もともと今日は見回り当番で早く来る日でもあったので、わたしが担当しました。正確にはわたしと、美化委員会の顧問の先生ですね。それで校舎内の清掃が終わった後、先生と手分けして各教室の鍵を閉めて回ったんですが、そういえば生徒会室の鍵を閉めた記憶がないなって、さっき気が付いて……。ちょうど、一条さんと廊下でお会いした後、部室棟の清掃を終えた業者の方たちに挨拶に行っていたときです」
「部室棟……そうか、だから朱音は怜花の悲鳴が聞こえなかったのか」
「悲鳴? 一条さん、先ほどの泥棒のことといい、やはり生徒会室で何かあったんですか?」
「だ、大丈夫、なんでもないのよ、五十嵐さん。それより、今の話で一つ気になったのだけど、教室の鍵を閉めて回ったということは、五十嵐さんは鍵を取りに職員室に行っているわけよね? そのとき、六本木先生には会わなかった?」
「あ、いえ。わたしは職員室には行ってないです。鍵は美化委員会の顧問の先生から渡されました。一本しかないマスターキーは西棟の鍵開けを担当した先生がお使いになっていたから、一つひとつ鍵を探さなきゃいけなくて骨が折れましたよ。……っていうか一条さん、今、六本木先生って言いました? 先生、もういらっしゃってるんですか? 一言、文句を言いに行こうかしら……」
「ああ、六本木先生にはわたしから言っておくから、心配しないで。五十嵐さん、ちなみになのだけど、その美化委員会の顧問の先生、|九十九《つくも》先生よね? は、今どこにいらっしゃるの?」
「先生は朝早かったからって、掃除が終わって西棟の見回りを終えた後、宿直室に仮眠をとりに行かれました。いいですよね、先生は。校内に横になって寝られる場所があって」
「なるほど……」と怜花は静かに頷く。朱音の説明で、怜花はこれまでの様々なことが腑に落ちた。職員室で六本木弥生に鍵のことを訊ねたとき、自分は「わたし以外の生徒が」鍵を取りに来なかったかと言い、彼女はそれに「来てない」と答えた。彼女の言う通り、たしかに「生徒」は来ていない。だが「教師」は来ていた。鍵の掛かっている位置がいつもと違っていたのは、それを戻したのが九十九教諭だったからだ。
 さらに怜花の脳内には、今朝歩いた校内の様子が思い出される。塵ひとつ落ちていない廊下、キラキラと輝くほどに磨き上げられた窓……。そして生徒会室に入ったときに覚えた違和感の正体。日ごろから丁寧な掃除を心がけているとはいえ、そこにプロの手が入ったのだ、常よりもいっそう清掃が行き届いた状態になっていたのだろう。
 きっと業者は作業をするにあたって、一度部屋の中のものを外に運び出したりもしたに違いない。それによっておそらく、机や棚などの配置もいつもと微妙に違って――
 そこまで考えたところで、怜花ははっとする。頭の中にきらりと閃くものがあった。それを形にしようとしたところで、「そういえば」と五十嵐朱音が先に口を開いた。