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5-1

ー/ー



 私立玉蘭女子学園高等学校、生徒会室。生徒会長・一条怜花の告白に、室内は水を打ったように静かになる。直前までの喧騒が嘘のようだ。
 怜花は続けた。
「あの本は生徒から没収した違反物ではなく、わたしが家から持ってきたものでした。そしてみなさんや他の生徒がいない時間を見計らって、生徒会室でこっそり読み耽っていたのです。あの本は、その、び、BLといって、いわゆる、男性同士の恋愛を描いたものです。わたしの両親は厳格な人で、そのような趣味を認めてもらえるとはとても思えませんし、家にはまだ幼い妹もいます。あの本が彼らに万一見つかったらと思うと気が気でなく、それで愚かにも生徒会室の没収品保管棚に置いていました。生徒会長ともあろう者が自ら学校に違反物を持ち込み、あまつさえ、みなさんを欺き、騙すようなことをして……本当に申し訳ありませんでした」
 言い終わると同時に、怜花は三人の役員に対し深く頭を下げた。座っている彼女たちからも、その後頭部がよく見えるほどに。生徒会室を静寂が包む。それぞれに語るべき言葉を探すように黙りこくった役員三人の中で、最初に口を開いたのは会計担当・三田彩芽だった。
「怜花」
 彩芽は立ち上がり、怜花のほうに体を向ける。
「あたしも怜花に謝らなきゃいけないことがある。本当は部活の朝練なんて嘘なんだ。あたしは今日、ある目的があって朝早くから学校に来てた」
「ある目的……?」
「うん」彩芽は首を振り、決心したように言った。「みんなが来る前に生徒会室に行って、保管棚に置かれているBL本を読むため」
「え、彩芽、いま何て……」
「怜花、ごめんね。あたしあの本のこと、前から知ってた。怜花のだってことは知らなかったけど。三週間くらい前かな。他の生徒から没収した違反物を棚に入れようと、一人で生徒会室に来たときにあの本の存在に気づいたんだ。それ以来あたしも、みんながいないときにこっそり生徒会室に来ては、あの本を読んでた。あたしの場合、部活の練習が終わった後に寄ることが多かったから、怜花とはバッティングしなかったんだろうね」
 彩芽の告白に怜花は言葉を失う。うまく頭を整理できぬまま、怜花は訊ねた。
「あ、あの本を読んでたって……どうして?」
「なんでって、そりゃあ、その……あたしもああいうの、好き、だから」
「BLが?」
「う、うん。その、あたしさ、たまに部活で他校に練習試合に行くんだけど、空いている隣のコートでその学校の男子テニス部員が練習をしていることがあってね。で、たとえばダブルスの男子ペアがさ、得点決めたときにハイタッチしたり、自分の汗拭いたタオルを相手に投げ渡したりしてるの見てたら……なんて言うのかな、なんか、いいなあって思うようになって……」
 彩芽の言葉を受け、怜花の頭の中にめくるめく想像が広がる。男子テニス部。先輩エース部員に密かな恋慕の情を抱く一年生部員。同学年のライバル二人が、レギュラーの座をかけて争う中で芽生えるただの友情を超えた何か……。自分がもしその場にいたら、一体いくつのカップリングを脳内生成していたことだろう。だが今はそんなことを考えている場合ではない。怜花は頭の中の妄想を振り払い、目の前の彩芽に意識を向ける。
「つ、つまり、彩芽。あなたは高校に上がってからBLに目覚めたということなのね?」
「そう、だね。正直、自分でもよくわからずにいたんだけど、たまたま見つけたあの本を読んでみたら、その、やっぱりこういうの好きだなあって、はっきり自覚した。……で、恥ずかしいんだけど、あの本にハマっちゃってさ。今日はたまたま朝練が休みになったから、その時間を利用して読みに来てたんだ」
「そうだったのね……。なんだ、早く言ってくれればよかったのに」
「言えないよ。そもそもあの本が怜花のだってこともいま知ったんだし、普通に生徒からの没収品だと思ってたしさ。違反物とはいえ、他の生徒から没収したものを生徒会役員が私的利用してます、なんて会長の怜花に言えるわけない。……それに怜花、さっきあの本のこと、低俗だって言ってたじゃん。下品だとか、汚らわしいとか。それ聞いて、ますます言えなくなったよ。あたしがBL好きだなんて知られたら、怜花はあたしのこと軽蔑すると思ったから」
「ひょっとして彩芽、高校に上がってからわたしに対して前よりよそよそしくなったのって、そのことを気にして……?」
「そうだよ。怜花は真面目だし、きっとああいうの嫌いだろうって思ったから。一緒にいて、何かの拍子にうっかりあたしの好みのことがバレて、嫌われるのがいやだったから」
「嫌うだなんて」
 怜花は彩芽の手を取り、そっと握り締める。
「わたしが彩芽を嫌うことなんて、あるわけない。たとえわたしがBL好きじゃなく、彩芽の好みを知ったとしても、嫌いになんて絶対にならないと言い切れる。わたしたちお互い、たった一人の幼なじみじゃない」
「怜花……」
「高校に上がってから彩芽がわたしを避けてたこと、ずっと気にしてたの。誤解が解けて本当に嬉しい。これからも友人として、そして共通の趣味をもつ同士として、たくさんお話をしたり遊んだりしましょう。わたし、ナマモノは専門外なのだけど、その道の先輩として彩芽に色々と教えてあげられると思うわ」
「う、うん。よろしくね、怜花。……ところで、ナマモノってなに?」
 あーゲフンゲフン、ゴホンゴホン、とわざとらしい咳払いの音が響く。侑麻の鋭い目が怜花たちに向けられていた。
「す、すみません、二谷お姉さま。わたしつい、盛り上がってしまって……」
「……いや、いい。それより一条。私もきみに、いくつか謝らなければいけないことがある」
「お姉さまが?」
「ああ。だがその前に……おい、三田」
「な、なに」
「さっきはすまなかったな。ちょっと言い過ぎた」
「え。あ、ああ、うん。あたしのほうこそ、色々と失礼なこと言って、ごめんなさい……」
「うむ。ではこれで仲直り完了だ。その上で、三田。一つ確認しておきたいんだが、きみは今朝、そのBL誌とやらを読みに生徒会室に来たのだろう? 結局、本を盗んだのはきみではないのか?」
「あ、そうだ、大切なこと言うのを忘れてた。うん、そうだよ。盗んだのはあたしじゃない。だってあたしが生徒会室に来たとき、あの本はもう保管棚の中になかったんだから」
「な……なんですって?」
「本当だよ、怜花。あたしが怜花より前に生徒会室に来た時点で、あの本はすでになくなっていた。だからあたしてっきり、持ち主に返却されたと思ったんだ。残念だけど仕方ないと思って、何して時間潰してようかなって校内をぶらぶらしてた。怜花の悲鳴を聞いたのは、そのときだよ」
「なるほど。ちなみに、きみが生徒会室に来たとき、ドアの鍵はどうだった? もう開いていたんじゃないか?」
「うん、そうだよ。あたし職員室に行く前に、様子を見に先に生徒会室に来たんだ。あたしより前に誰か来てたら無駄足になっちゃうからね。そしたら鍵は既に開けられてた。だけど中には誰もいなくて。荷物とかもなかったから、昨日誰かが鍵をかけ忘れたのかなってそのときは思ったんだけど……って、あれ? 侑麻姉、どうしてそのとき鍵が開いてたこと、知ってるの?」
「簡単だ。私自身が今朝、きみとほぼ同じ体験をしているのだからな」
「彩芽と同じ……。ではもしかして、二谷お姉さまも――」
「ああ。私も今朝、一条が来る前に一度、生徒会室に来ている。おそらく時間的に、三田が来るよりも前のことになるのだろう」
 そう言って侑麻は姿勢を正し、怜花を見る。「まずはそれを黙っていたことを、きみに謝りたい」と頭を下げた。
「も、もしかして侑麻姉も、あの本に興味があったの?」
「ふっ。きみたちの趣味を否定するつもりはないが、私はそういったものにはとんと興味がない。私が今朝、生徒会室に来たのは、あるものを回収するためだったんだ」
「あるもの……ですか?」


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 私立玉蘭女子学園高等学校、生徒会室。生徒会長・一条怜花の告白に、室内は水を打ったように静かになる。直前までの喧騒が嘘のようだ。
 怜花は続けた。
「あの本は生徒から没収した違反物ではなく、わたしが家から持ってきたものでした。そしてみなさんや他の生徒がいない時間を見計らって、生徒会室でこっそり読み耽っていたのです。あの本は、その、び、BLといって、いわゆる、男性同士の恋愛を描いたものです。わたしの両親は厳格な人で、そのような趣味を認めてもらえるとはとても思えませんし、家にはまだ幼い妹もいます。あの本が彼らに万一見つかったらと思うと気が気でなく、それで愚かにも生徒会室の没収品保管棚に置いていました。生徒会長ともあろう者が自ら学校に違反物を持ち込み、あまつさえ、みなさんを欺き、騙すようなことをして……本当に申し訳ありませんでした」
 言い終わると同時に、怜花は三人の役員に対し深く頭を下げた。座っている彼女たちからも、その後頭部がよく見えるほどに。生徒会室を静寂が包む。それぞれに語るべき言葉を探すように黙りこくった役員三人の中で、最初に口を開いたのは会計担当・三田彩芽だった。
「怜花」
 彩芽は立ち上がり、怜花のほうに体を向ける。
「あたしも怜花に謝らなきゃいけないことがある。本当は部活の朝練なんて嘘なんだ。あたしは今日、ある目的があって朝早くから学校に来てた」
「ある目的……?」
「うん」彩芽は首を振り、決心したように言った。「みんなが来る前に生徒会室に行って、保管棚に置かれているBL本を読むため」
「え、彩芽、いま何て……」
「怜花、ごめんね。あたしあの本のこと、前から知ってた。怜花のだってことは知らなかったけど。三週間くらい前かな。他の生徒から没収した違反物を棚に入れようと、一人で生徒会室に来たときにあの本の存在に気づいたんだ。それ以来あたしも、みんながいないときにこっそり生徒会室に来ては、あの本を読んでた。あたしの場合、部活の練習が終わった後に寄ることが多かったから、怜花とはバッティングしなかったんだろうね」
 彩芽の告白に怜花は言葉を失う。うまく頭を整理できぬまま、怜花は訊ねた。
「あ、あの本を読んでたって……どうして?」
「なんでって、そりゃあ、その……あたしもああいうの、好き、だから」
「BLが?」
「う、うん。その、あたしさ、たまに部活で他校に練習試合に行くんだけど、空いている隣のコートでその学校の男子テニス部員が練習をしていることがあってね。で、たとえばダブルスの男子ペアがさ、得点決めたときにハイタッチしたり、自分の汗拭いたタオルを相手に投げ渡したりしてるの見てたら……なんて言うのかな、なんか、いいなあって思うようになって……」
 彩芽の言葉を受け、怜花の頭の中にめくるめく想像が広がる。男子テニス部。先輩エース部員に密かな恋慕の情を抱く一年生部員。同学年のライバル二人が、レギュラーの座をかけて争う中で芽生えるただの友情を超えた何か……。自分がもしその場にいたら、一体いくつのカップリングを脳内生成していたことだろう。だが今はそんなことを考えている場合ではない。怜花は頭の中の妄想を振り払い、目の前の彩芽に意識を向ける。
「つ、つまり、彩芽。あなたは高校に上がってからBLに目覚めたということなのね?」
「そう、だね。正直、自分でもよくわからずにいたんだけど、たまたま見つけたあの本を読んでみたら、その、やっぱりこういうの好きだなあって、はっきり自覚した。……で、恥ずかしいんだけど、あの本にハマっちゃってさ。今日はたまたま朝練が休みになったから、その時間を利用して読みに来てたんだ」
「そうだったのね……。なんだ、早く言ってくれればよかったのに」
「言えないよ。そもそもあの本が怜花のだってこともいま知ったんだし、普通に生徒からの没収品だと思ってたしさ。違反物とはいえ、他の生徒から没収したものを生徒会役員が私的利用してます、なんて会長の怜花に言えるわけない。……それに怜花、さっきあの本のこと、低俗だって言ってたじゃん。下品だとか、汚らわしいとか。それ聞いて、ますます言えなくなったよ。あたしがBL好きだなんて知られたら、怜花はあたしのこと軽蔑すると思ったから」
「ひょっとして彩芽、高校に上がってからわたしに対して前よりよそよそしくなったのって、そのことを気にして……?」
「そうだよ。怜花は真面目だし、きっとああいうの嫌いだろうって思ったから。一緒にいて、何かの拍子にうっかりあたしの好みのことがバレて、嫌われるのがいやだったから」
「嫌うだなんて」
 怜花は彩芽の手を取り、そっと握り締める。
「わたしが彩芽を嫌うことなんて、あるわけない。たとえわたしがBL好きじゃなく、彩芽の好みを知ったとしても、嫌いになんて絶対にならないと言い切れる。わたしたちお互い、たった一人の幼なじみじゃない」
「怜花……」
「高校に上がってから彩芽がわたしを避けてたこと、ずっと気にしてたの。誤解が解けて本当に嬉しい。これからも友人として、そして共通の趣味をもつ同士として、たくさんお話をしたり遊んだりしましょう。わたし、ナマモノは専門外なのだけど、その道の先輩として彩芽に色々と教えてあげられると思うわ」
「う、うん。よろしくね、怜花。……ところで、ナマモノってなに?」
 あーゲフンゲフン、ゴホンゴホン、とわざとらしい咳払いの音が響く。侑麻の鋭い目が怜花たちに向けられていた。
「す、すみません、二谷お姉さま。わたしつい、盛り上がってしまって……」
「……いや、いい。それより一条。私もきみに、いくつか謝らなければいけないことがある」
「お姉さまが?」
「ああ。だがその前に……おい、三田」
「な、なに」
「さっきはすまなかったな。ちょっと言い過ぎた」
「え。あ、ああ、うん。あたしのほうこそ、色々と失礼なこと言って、ごめんなさい……」
「うむ。ではこれで仲直り完了だ。その上で、三田。一つ確認しておきたいんだが、きみは今朝、そのBL誌とやらを読みに生徒会室に来たのだろう? 結局、本を盗んだのはきみではないのか?」
「あ、そうだ、大切なこと言うのを忘れてた。うん、そうだよ。盗んだのはあたしじゃない。だってあたしが生徒会室に来たとき、あの本はもう保管棚の中になかったんだから」
「な……なんですって?」
「本当だよ、怜花。あたしが怜花より前に生徒会室に来た時点で、あの本はすでになくなっていた。だからあたしてっきり、持ち主に返却されたと思ったんだ。残念だけど仕方ないと思って、何して時間潰してようかなって校内をぶらぶらしてた。怜花の悲鳴を聞いたのは、そのときだよ」
「なるほど。ちなみに、きみが生徒会室に来たとき、ドアの鍵はどうだった? もう開いていたんじゃないか?」
「うん、そうだよ。あたし職員室に行く前に、様子を見に先に生徒会室に来たんだ。あたしより前に誰か来てたら無駄足になっちゃうからね。そしたら鍵は既に開けられてた。だけど中には誰もいなくて。荷物とかもなかったから、昨日誰かが鍵をかけ忘れたのかなってそのときは思ったんだけど……って、あれ? 侑麻姉、どうしてそのとき鍵が開いてたこと、知ってるの?」
「簡単だ。私自身が今朝、きみとほぼ同じ体験をしているのだからな」
「彩芽と同じ……。ではもしかして、二谷お姉さまも――」
「ああ。私も今朝、一条が来る前に一度、生徒会室に来ている。おそらく時間的に、三田が来るよりも前のことになるのだろう」
 そう言って侑麻は姿勢を正し、怜花を見る。「まずはそれを黙っていたことを、きみに謝りたい」と頭を下げた。
「も、もしかして侑麻姉も、あの本に興味があったの?」
「ふっ。きみたちの趣味を否定するつもりはないが、私はそういったものにはとんと興味がない。私が今朝、生徒会室に来たのは、あるものを回収するためだったんだ」
「あるもの……ですか?」