ここに来てどのくらい経っただろう。
幼い頃に拾われてきた俺は、とても暇していた。
何故か面倒を見てくれている、雪紀という男はどこかへ出かけてしまった。
いつも通り仕事だろう。
平日の昼間、誰もいないリビングは静かで寂しい。
きぃ姉から暇なら家事を手伝えと言われることは多いが、今日は珍しく何も言われなかった。
「出かけるか。」
「あれ?どこか行くの?」
「あぁ。」
「僕も行こうかな?」
「いい。」
こいつはコハク。
俺と同じくらいの歳で、唯一の友達だと雪紀は紹介してきた。
朗らかな性格だから仲良くなれるだろうとか話していたのを覚えている。
俺からすれば家族がいるにもかかわらずここに居座っている意味のわからないやつだ。
こいつはあまり喋りたくない俺の気持ちを知っているらしく、そこまで声をかけてこない。
雪紀もこいつの方を可愛がるようになった気がする。
こはくの方がなんでも出来るし教えがいもあるらしい。
大違いなのだから仕方がない。
「あれ?楓李どこか行くのか?いつ帰ってくる?」
雪紀と玄関ですれ違うと、声をかけてきた。
ほっといてもくれてもいいのに。
「終わったら。」
「晩御飯までには帰ってこいよ。」
「わかった。」
雪紀は親代わりとして大人らしいことは言う。
俺からしたらそれがすごくウザったい。
自分の子供でもない子供が可愛いわけが無い。
子供らしい可愛さなど、もう俺にはないだろうし。
日が少し沈んだ頃、俺はいつもの公園へと入っていった。
公園と言っても遊具すらないただの広場。
土日になると老人が集っている場所だ。
もちろん、子供は誰一人として来ない。
楓李でさえも雪紀に連れられてサッカーをしてからここに来るようになっただけ。
こんなつまらない場所、子供一人で来るには大人も嫌な顔をするだろう。
(あれ、誰かいる。)
数分遊んでいると、ベンチの上に誰かが座っているのが見えた。
小学生の低学年だろうか。
小さいのが1人でぽつんといる。
(女か。関わらない方がいいな。)
ふとそう思ってしまうのは、楓李が学校に通っていないからだ。
行く気はあった。
行きたいと思った。
1年生くらいまでは。
いざ、行ってみるととてもつまらない。
しかもいじめやらなんやらで冤罪をかけられたのだ。
そりゃ行きたくもなくなる。
何も悪くないのに謝らないといけない。
その意味がわからず、心に雪紀を宿らせて謝った。
いつもペコペコ謝っている雪紀を見ていたから、嫌な顔をあまり出さずに謝ることが出来たのだ。
きっとそうでなければ謝らなかった。
いじめを疑われた理由は目つきの悪さ。
周りの子よりも冷めたい部分のある俺を、先生方はいい顔しなかったらしい。
もちろんそれを聞いた雪紀やきぃ姉も学校に対していい顔はしなかった。
とにかく、校長と担任は飛ばしたらしい。
(今日もいる。)
女の子は毎日来ているということが俺もわかるようになってきた。
いや、俺は雪紀やこはくといるのが落ち着かないためここに毎日来ていたのだ。
別にこいつに会いに来ている訳では無い。
理由は簡単。
馴染めないのだ。
無理に話しかけられているような気がして、一緒にいる方がきつい。
本当の家族なら、こんなことないのかと俺はこの頃考えていた。
しかし、そんなことないなとすぐに思いなおした。
(なんでこいつは毎日いるんだろう。)
俺はそう思ったが、別に居心地が悪くなる訳では無いため声をかけなかった。
むしろ、居心地は良かった。
一人でいるよりもよっぽど。
(今日もいる。)
この頃、俺はその女の子を少し観察していた。
綺麗で寂しそうな子。
なんだかそんなイメージがする。
不思議なもので、その女の子は俺よりも歳上に見えた。
背は小さいし、そんなはずは無いと思っていても、女の子は少し大人びている気がしたのだ。
「っ……ねぇ、いつも見てるよね。僕のこと気になる?」
「え?あ、ごめんなさい。」
年下でもいいようにすごく優しく声をかけた。
女の子は自分を見ていた訳ではなく、ただぼーっとしていただけのようで、とても驚いていた。
申し訳ないことをしたようだ。
「い、いや。こっちこそごめん。」
「……、あの。か、帰……。」
「いや、ちょ……待って。怖がらせたなら謝るから。」
「え?」
「ん?怖いよね?」
「……。」
女の子は無言で頭を横に振った。
初めてだった。
いつも怖がられてばかりいたから。
「怖くないよ。なんで怖いの?」
「いや……あの、そのぉ……。」
女の子は不思議そうに首を傾げる。
俺はそれを見て何も言えなかった。
言い返すほどの理由なんてなかった。
ただ事実として、周りにいるみんなが怖がるから。
だから、この子も怖がるだろうと思っていた。
一方、女の子の方は本当に怖くなかったようだ。
怖がる理由はないとでも言うように首を傾げる。
何かされたわけでもなければ、手を出されたわけでもなかったから。
ただ一人で遊んでいるまん丸いの男の子を見ていただけ。
まるで不審者のように。
なので怖がられるのはこちらだと思っていたくらいだ。
「あ、もう瑠菜、帰んなきゃ。」
「え、あぁ……。」
「またね!」
「また……。」
俺はこちらを振り向きながら手を振る女の子を見てぼーっとしていた。
すると、女の子と入れ替わりで1人の男が入ってくるのが見えた。
「あれ?あいつと遊んでたのか?」
「え?あ、いや。」
「どした?」
「ちょっと話してただけ。」
雪紀だ。
雪紀はしどろもどろしている俺を心配しているように顔をのぞきこんだ。
俺は、それをされてそっと雪紀から目を逸らす。
「瑠菜、いつもこの公園に来てんのか?」
「知り合い?」
「まぁな。」
「……いつもいる。」
雪紀は俺に問いかけた。
俺はそれを聞いて自然と笑顔になれた。
「そうか。仲良くしてやれよ。」
「え?あ、うん。」
俺は雪紀に言われて大きく頷いた。
仲良くできるかどうかは分からないが、仲良くしたいとは思っていたから。
あんな美しい後ろ姿は初めて見た。
人の後ろ姿などあまり見たくはなかったが、あれは別だ。
できることなら、写真に撮って永遠に飾っておきたいほどに。
「こんにちは。」
「?こんにちは。」
次の日、俺は公園に瑠菜が入ってきた瞬間に声をかけた。
いや、なんて声をかけていいのか分からずにとりあえず挨拶をしただけだが。
その姿を見た瑠菜は首を傾げながらもニコリと笑って挨拶を返す。
「今日は何するの?」
「サッカー……。」
「サッカー好きなの?」
「まぁ。」
サッカーボールしか持っていなかった俺はサッカー以外にやることがない。
いや、雪紀に欲しいと言えば他にも遊びものが貰えるだろう。
しかし、俺はそんなわがまますらも言えなかった。
3歳の頃に親から買ってもらったこのサッカーボール以外、どうしても自分のものだと思えないのだ。
服も、ゲーム機も雪紀のものを借りているとしか思えない。
「……私もやる!」
「え?」
瑠菜はそう言って俺からボールを奪った。
まさか手に持っていたボールを蹴られるとは思っていなかった俺は驚いてしまった。
「ちょっ……。」
「ゴールっ!」
「は?」
「ふっふーんっ!」
瑠菜はそう言いながら俺に笑いかけた。
どう見ても煽っている。
自分よりも10センチほど背丈差がある男子を。
それは俺をイラつかせるには十分だった。
「よしっ!」
「うわーっ。足の長さずるい!」
瑠菜はそう言って座り込んだ。
まだ10分も遊んでいない。
相当体力がないのだろうと俺は思った。
最初は運動ができそうな感じだったが、一緒にやっているうちにそうではないというのが垣間見える。
「お話しよ。疲れちゃった。」
「うん。」
瑠菜はそう言っていつも座っているベンチの方によろよろと歩いた。
俺からしたらもっと動いていたかったが、瑠菜に興味があったためついて行った。
瑠菜の話は当たり障りのない事ばかりだった。
世間話というのだろうか。
自分の家の事や俺の家のことは話さない。
ただ同じものを見てそれについて話すだけだった。
俺からしたらそれがとてもありがたかった。
雪紀のことすらも話そうとは思えなかったから。
しかし、それと同時に瑠菜に対してはもっと色々知りたいと思ってしまった。
そう考えれば考えるほどいつもより言葉遣いが柔らかくなってしまう。
自分らしくないと俺は思う暇もなく瑠菜の話を聞いて話し続けた。
「……もう帰らなきゃ。」
「え?あ、うん。」
「ありがと。」
「いや、こちらこそ……。っねぇ!」
「ん?」
「何年、生?」
「私?」
「うん。」
俺からしたらすごく勇気を出した言葉だ。
これ以上にないくらいに。
「小四。」
「え……。」
「小学校4年生だよ。」
瑠菜はそう言って走って行ってしまった。
俺はその時グルグルと色々な考えが回っていて何も言えなかった。
しかし、最終的にはこの考えで落ち着いた。
(同い年かよ。)
自分よりも10センチ小さいから年下だと思っていた。
まさか同い年だとは周りから見たとしても思わない。
「楓李ー、ここいた。」
「ん?」
「なんか新しい子来るんだって。」
「は?」
「もう1人友達できるね。」
(いらね。)
コハクが楽しそうに話しかけてくる。
俺からしたらこれ以上騒がしくなるのはゴメンだ。
いや、俺といてもコハクは楽しくないだろうし、新しいやつが増えて嬉しいのは当たり前だろう。
「早く帰ってこいって雪紀さん言ってたよ。紹介したいって。」
「そうか。」
コハクに手を引かれて俺はようやく公園から出た。
できることならもう少し余韻に浸っていたかった。
瑠菜といたあの時間をもう少しだけ。
「おお、帰ってきたか。」
「ひぃ……。」
俺が家に入ると雪紀が玄関に立っていた。
相当、俺が帰るのを待っていたらしい。
そして、俺と目が会った瞬間に小さい男の子が雪紀の後ろに隠れたのが見えた。
初めて会った相手の顔を見て、短くとは言え悲鳴をあげるのはどうかと思うが、俺からしたら慣れたものだ。
やっぱり瑠菜がおかしいのだと改めて思う。
「楓李、こいつはアキだ。」
「ふーん。」
「仲良くしろよ。」
「あぁ。」
俺を見て小動物のように震えるアキを見て楓李は何も言わなかった。
きっとこれから先もこいつとは関わらないだろうとたかをくくっていたのだ。
「これから先もっと増えるかもしれない。」
「わかった。」
「楽しみだね。」
「お前らの中に花を入れたくなるな。あと一人増やすか。」
「花?って、女の子?」
コハクは雪紀と楽しそうに話す。
楓李はやっぱり居ずらく感じてすぐに自分の部屋へと入った。
誰が来ようと関係ない。
人に裏切られるくらいなら干渉しない方がよっぽどよい。
俺はずっとそう思っていた。
あれから数日間、瑠菜とはただ世間話をするだけの関係となった。
あの日から一緒に運動などしない。
俺も誘わないし、瑠菜もやろうとは言わなかった。
雨が降っていても風が強くても、どこかしらで話をした。
瑠菜の話を聞くうえで俺は少しだけ不安が積もっていた。
少しだけ自分と変わらないような気がしたからだろう。
学校に言っていた頃の自分と同じ立ち位置。
そう感じた。
そしてなんと言っても俺は来年から5年生になるのだ。
学年が一つあがれば今と同じ生活ができるとは限らない。
学校に来いと言われるかもしれない。
そう思うと気が重くなるが、これはどうしようもないのだ。
本当に明日が嫌になる。
今日は楽しくても明日は分からない。
家で淡々と考えるそれは俺にとってとても苦痛だった。
しかし、頭の中はずっとこのことで埋まっていて、どうしようもなかった。
「楓李……くん?ご飯だって……。」
「……。」
「楓李ー、呼ばれてるよー!」
「おいコラ楓李……楓李?」
俺は倒れていたらしい。
目が覚めたら病院にいた。
過呼吸だと雪紀から言われたがピンと来ない。
「まず……。」
「文句言わずに食え。」
「……もう帰る時間だろ。いいの?」
「気にすんな。」
雪紀はなかなか帰らなかった。
心配したのだろうか。
こんな俺に。
いや、ありえない。
「俺は、甘えてらんねーし。」
「そんなこと思ってんのか?」
「……、別になんでもない。」
「遠慮すんな。なんでも言え。」
「困らせたくねーし。」
「ガキが何言ってんだ?怒んねーから。」
つい心の中で思っていたことが言葉に出てしまった。
雪紀はそれを聞き逃さない。
やっと俺の本音が聞けたような気がしたのだろう。
俺もこの時は少しだけわがままが言いたくなった。
いや、ただ単に困らせたいと思ってしまっただけかもしれない。
「……ゲーム欲しい。」
「買ってやる。」
「……医療系の勉強してみたい。」
「教えてやる。」
「……学校行きたくない。」
「行かなくていい。」
俺が何を言っても雪紀は否定しなかった。
言葉だけなのは俺だってこの時わかっていた。
しかし、何故かそれを聞いてほっとする自分もいた。
まるで胸にあったつっかえが無くなったように。
「アキが来て不安になったか?」
「ちげーよ。」
「じゃあ、何があったんだ?」
「何も……。」
まさか瑠菜と話していて不安が積もったとは言えない。
瑠菜と話すのは楽しいし、瑠菜と一緒にいられなくなるのは少し嫌だと思うから。
ただ俺が勝手に不安になっただけ。
「……まぁいいか。また明日来るから。」
「うん。」
俺が何も言わないからか雪紀はため息をつきながら帰っていった。
俺もそのまま寝ることにした。
いつもの公園に今日も瑠菜は来ているのか。
退院したらまた会えるか。
色々考えた。
それはどれも瑠菜の事ばかり。
この時の俺に恋愛感情があったかと聞かれるとなかっただろう。
あるはずがない。
そんな余裕はなかったのだから。
「おはよー、あら。楓李さん、早起きねぇ。血液検査するよ。チクッてするから我慢してねー。」
俺が寝ていないのに気が付いたのか看護師がササッと注射針を刺す。
病院は朝から騒がしい。
たくさんの足音と声がする。
大泣きしているのはどこの部屋だろうか。
とてつもなく大きな声だ。
「はーい、頑張ったね。じゃあ、何かあったらこれ押してね。」
「……はい。」
俺の話など聞かずに看護師は部屋を出ていく。
相当忙しいようだ。
お世辞にも綺麗な病院とは言えない。
どれくらい昔に建ったのだろう。
黒くなった壁は白いところの方が不気味に感じる。
元々黒い壁だったと言われても疑問に思わなさそうだ。
「よぉ、元気か?」
「飯がまずい。」
「元気そうでよかった。」
俺の話など聞かずに雪紀は元気に部屋へと入ってくる。
毎日のことだ。
なんだかんだ言って毎日来てくれる。
しかし、今日は少しいつもと違った。
その腕には包帯が巻かれていた。
見た感じそこまで酷い怪我では無いのだろう。
少なくとも骨折にしては包帯の巻き方が薄すぎる。
「どうした?その怪我……。」
「ん?あぁ、ちょっとな。」
「いや、ちょっとって感じじゃねぇだろ。」
「自殺しようとしたバカがいてな。」
「助けたのか……。」
「何?俺の事心配してくれんの?」
雪紀は楽しそうに笑う。
なんか喜んでいるようだ。
俺はそれに気がついて目を逸らした。
照れくさいような感じがしたからだ。
「……俺はいつ退院できる?」
「まだだな。」
この時にはもう既に半年は入院していた。
できることなら外で思いっきり遊びたい。
あの公園に行きたいと俺は思っていたが、そうもいかないらしい。
「暇だ。」
「そう思えるなら良かった。」
「良くねぇよ。」
「外は枯葉が散ってきてるぞ。」
「俺は外に出たいんだ。」
「もう少し待ってろ。」
雪紀はそう言って俺の頭を撫でた。
何を考えているのか本当に分からない。
「あいつは……元気か?」
「ん?コハクとアキか?いつも通りだな。」
「……ちが……。」
「なんだ?誰のこと言ってんだ?」
「いや……そのぉ。」
雪紀はいじわるそうに笑っていた。
「その……瑠菜とかいう……。」
「そうそう、そいつのおかげでこの怪我なんだ。」
「え?自殺をとめたって……。」
「まぁな。」
俺はその時ふと嫌な予感がした。
当たって欲しくない予感だ。
「大丈夫なのか?」
「俺は大丈夫だって。」
「違う、あいつは……。」
「俺が庇ったんだから安心しろ。つーか、瑠菜のこと大好きだな。」
雪紀の言葉を最後まで聞かずに俺は安心した。
俺のその姿を見て雪紀はニヤニヤとしていたがよく分からなかった。
「もう少しでお前も退院できるから。それまで待ってろ。」
「あぁ……。」
雪紀の言っていたもう少しは思ったよりもすぐに来た。
俺からしたらとても一日一日が長く感じていたからすぐではなかったが、夜が来た回数を考えると、とても早かった。
元々荷物は少なかったからか、退院する時もほとんど何も持たずに退院出来た。
「雪紀様、またのご利用お待ちしております。」
「お世話になったな。」
「いえいえ、雪紀様のお知り合いとあれば喜んで看護させていただきます。」
どことなく合わない会話をして、雪紀は病院を出た。
深々と頭を下げる病院関係者を見る限り、雪紀の立場が上のように俺は感じた。
「んじゃ、買い物行くか。」
「え?」
早くあの公園に行きたかった俺はその言葉に素っ頓狂な声で反応した。
「お前が欲しいもん全部買ってやる。」
「……うん。」
雪紀の笑顔を見て俺は何も言えなかった。
外は寒くて、もう冬らしい気候になっていたし、瑠菜もいるはずがないかと思ったからだ。
それに、今回入院して少しだけ雪紀とうちとけた気がしたのだ。
「金は持ってるから気にすんなよ。」
「……それ、あんまり出すなよ。」
真っ黒く光るカードを雪紀が出した瞬間、俺は小さい声で呟いた。
子供ながらにそのカードは普通の一般人が持つカードでは無いと思ったからだ。
大量にゲームや漫画、小説などを買って家に帰るといつも通りにコハクとアキがいた。
半年前とほとんど変わらない。
俺の顔を見てほっとしたような顔をしている。
別に大きな病気にかかった訳でもないのに。
「おかえり、楓李。」
「……ただいま。」
「おかえりなさい……。」
「帰ったぞー。あれ、あいつは?」
「さっき帰ったよ。」
机の上にはお菓子の袋が散らばっていた。
誰か来ていたのだろうか。
「お前ら、会ってねぇだろうな。」
「会ってないよ。ただケイ兄さんが送っていくって言うから片付けてるだけ。」
「ならいいけど。」
楓李は何を言っているのか分からなかったが、とにかく俺らは会ってはいけないお客らしいということはわかった。
なぜ、そんなやつがここに来ていたのかは知らないが。
「俺、ちょっと散歩して来る。」
「ついて行こうか?」
「いい。」
「だってよ。」
雪紀の一言でコハクはそっかぁと言いながら片付けをし続けた。
俺が断っても雪紀が行けといえば着いてくるつもりだったらしい。
俺は家を出て公園まで走った。
少し遅い時間だったが、まだ瑠菜がいてもおかしくは無い時間だ。
きっといないはずたなんて思いながら走った。
「フゥ……。いない、か。」
「あら、楓李くん退院?おめでとう。」
「あ、はい。ありがとうございます……。」
近所のおばさんだった。
最初は話したりしていて最後らへんは挨拶したりする程度しか関わりがなかったが、覚えていてくれていたらしい。
まぁそりゃ、学校が終わる前から何も遊具のない公園で遊んでいる子供なんて大人からしたらよいネタだろう。
「もしかしてあの女の子探してる?」
「え、あ……その。」
「楓李くんが入院して数日間はここに来てたけど、入院したって言ったあとからは来てないわよ。」
「あ、そう……ですか。」
誰にでも声をかける人なのだろう。
俺が入院したのを知っていてここに来るのは雪紀くらいだ。
雪紀にもこんなふうに声をかけて、色々質問攻めにしたのだろうと俺は心の中で思う。
別に嫌ではないが、自分の情報が自分の知らないうちに独り歩きしているのは良いとは思わない。
「来てた……か。」
俺がいつも瑠菜の座っていたベンチに座るととても冷たい風が吹いた。
別に自分には関係ない。
会う約束をしていた訳でもないのだ。
ただ、もうここに来ることは無いなということだけは分かる。
「楓李、アキ、コハク!ちょっと来い。」
「んー?何?」
「は、はい。」
部屋でゲームをしていると雪紀が大声で3人を呼んだ。
退院してからというもの、夕方の3時から5時までは誰かお客さんが来ているようで、3人は自分の部屋で静かにしているように言われた。
俺は、コハクやアキにそれとなく誰が来ているのか聞いたが、知らないと言われた。
ただ分かるのは、その客はお菓子を食べて帰るということだけだ。
「お前らに紹介したいヤツがいる。」
「またー?」
コハクはそう言いながらも楽しそうだった。
遊び相手が増えるのは嬉しいのだろう。
「来い。」
「……こんにち……っ!」
「……!」
「ねぇ、あなた公園の!」
雪紀の後ろにいたのは小さい女の子だった。
そう、瑠菜だ。
可愛い笑顔で指をさしながら飛び跳ねている。
俺もすぐに気づいたが、なんて声をかければ良いのか分からなかった。
そうこうしているうちに、瑠菜は楓李の方に走りよってきた。
「っ……?」
「え?あ、そうそう。」
「だよね!」
瑠菜は俺の横のコハクの方へと向かっていった。
まるで俺のことなど見えていないように。
いや、分からなくもないのだ。
俺よりも声をかけやすいであろうコハクの見た目は、俺なんかよりよっぽどイケメンで優しそうだ。
ここ数ヶ月で俺は前よりも痩せたし、目も悪くなった。
見た目は前にあった時とはまた変わった。
これが成長期なのだから仕方がない。
「……おい、楓李?」
「……もう部屋に帰っていいか?」
「おま、まてまて。瑠菜はさっさと自己紹介しろ。」
雪紀はすぐにでも部屋に帰ろうとする俺とコハクの手を掴んで離さない瑠菜を交互に相手しながら困ったような顔をした。
雪紀からしても予想外だったのだろう。
「小学六年生、瑠菜です。この名前は雪紀兄さんにつけてもらいました。なのでこの名前で呼んでください。」
「え?」
「そうなんだ。良かったね。」
俺がなにか言おうとするとすぐにコハクが言葉をかぶせた。
俺はここでわざとだとわかった。
瑠菜と俺が話さないようにしていることが見て分かる。
瑠菜の可愛さはコハクをそうさせるくらいのものだった。
「んじゃ、俺は部屋に戻るから。」
「お前らは同僚だからな。仲間だぞ。わかってんのか?楓李。」
「わかったって。」
俺が部屋に帰ろうとすると雪紀が声をかけた。
しかし、もうそれすらも面倒くさい。
どうでもいいと思ってしまう。
「悪いな、あいつはあんな感じなんだ。思春期だからな。」
「別に気にしませんよ。わかってるから大丈夫です。」
「瑠菜ちゃんって学校行ってるの?」
「うん。帰りにここに寄る。」
「そっかぁ。」
雪紀の声を聞いて俺は怒りたかったが、間違ったことは言われていないと思うと何も言えなかった。
それよりも瑠菜とコハクの距離が近い事の方が気になってしまう。
元々瑠菜は距離が近い方だった。
俺が隣でもそれは変わらなかった。
分かってはいるがどう接して良いかも分からない。
声のかけようもないのだ。
この日から瑠菜のいる生活が始まった。
瑠菜がいじめにあったりしたのはこの後のことだ。
俺はその時も何一つすることは出来なかった。
いつまでも変に意地を張って、恥ずかしさだのなんだのという理由をつけてまともに話そうともしなかった。
その分、今は真っ直ぐ瑠菜に向き合えているからまぁ、いいか。