まず始まったのは、よくある宣伝の動画であった。どこの映画館でも見られるような、実にありふれた映画の予告。映画館に立ち入ることが久しぶりの存在と、まず入ったことの無い存在であったものの、警戒することは怠らずに、その時を待つ。
少しこの現状に違和感を抱きながらも、『上映中は喋らずに、そして携帯の電源は切るように』という注意書きが映し出され、ブザーと共に上映が始まる。
始まった映像は、実に見覚えのある光景。それもそのはず、まさにグレープであったのだ。そしてその映像は徐々にズームインしていき、画面を占有するのは善吉本人であった。
『やあやあ、諸君。今この映画館に何人いるか、今の私は分からないが……私からのおもてなしは、喜んでくれたかな?』
まるで旅番組の主役かのように練り歩きながら、実に能天気な笑みを浮かべる。それが、たまらなく不快であった。
『さて、今回のこの映像で、私が伝えたいことは何か、と言うとだね……少なくともこの場にいるであろう二人……エヴァ・クリストフにまつわるものと、苗字を忘れてしまった悲しき少女、葵についてだ』
場面は転換し、エヴァが信一郎と共に討ち入りした五斂子社本社をバックにしながら、善吉はまるで観光地をバックに豆知識を披露する、某旅番組のように語りだすのだった。
『私は、正直回り道が嫌いだ。だから単刀直入に言うならば――――葵の本名は来栖葵。つまるところ、私の実の娘だ』
何てことない、ありふれた事柄を話した。善吉にとってはそれで終わりなのだが、二人の衝撃は尋常ではなかった。特に葵に関しては、その名前を告げられた瞬間から、嘔気が止まらずにいた。
今まで存在しなかった記憶が、まるで堰を切ったように雪崩れ込んでいく。まるで、その名前が記憶を取り戻すキーになっていたかのように。
『ずいぶん前、それこそ感動的な親子の別れの時。幼い葵に対して、私は一つの催眠を掛けた。いつ、その時が来てもいいように、長期にわたる催眠だ。この来栖葵という名前を思い出した時に――――』
エヴァの喉を両の手で掴む葵。しかし、葵自身はそんなことを本心から一切望んでいないために、苦しそうにしていた。エヴァは精一杯声を出そうとするも、一切の声が出ずに青ざめていた。
『隣にいる邪魔者を、全力で排除しにかかる。ああ、ちなみに映画館でのマナーは知っているかな? お喋りだったり、携帯のバイブレーションだったり一般的なマナー違反はこの場において実行不可能になっている、そんなマナー順守の全体催眠を掛けさせてもらった。無論私もだから、この映像が終わるまで約二時間、どうするか……正直楽しみだよ』